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真夜中の二人

 セシリアは妹分に裏切りられたことで、かなり大きく衝撃を受けていた。

 守るべき相手だと思っていた子供であるのに、実はイーナこそセシリアを守っていたのではないのかと、戦々恐々ともしている。


 私が彼女が酷い目に遭わないように自分の体を使った時、彼女こそ私の為にその身を投げ出したりなどしていなかったかしら?

 だとしたら、私のせいで彼女は受ける必要のない苦痛を味わっていたかもしれないのね。


「暗く考えるの禁止な」


「この程度の裏切りなど可愛いわ」


「そうか。それならいい。意外としっかりしている彼女ならば、実は手に手を取ってサッサとデブンヌから逃げておけば良かったとか君が後悔しちゃってるかなって、俺は勝手に考えてしまった。そうしなかったせいで、あの子も私みたいな汚辱の海に沈められていたかしら?――だったらあんなに明るくねえよ」


「――本当に余計な事ばかり考えているのね、私は」


「ああ。過去は過去。次に失敗しなきゃいいし、そん時の判断が間違っていることは無いんだよ。間違っていた場合はそのように誘導される何かがあった。間違ったと思える思考の持ち主ならば、そんな誘導が無けりゃ間違わなかった。つまり、君は何も間違っていないよ。よく生き残ったね、ってだけ」


 セシリアは隣に並んで歩く男性に対し、ありがとう、と素直に言っていた。

 彼女の感謝に対し、よくできました、という風にリカエルは彼女の手の甲を軽く指先で叩き、その感触でセシリアのリカエルの腕を掴む指先に力が籠る。


 指先は厚みのある布地の中にある、リカエルの腕の筋肉を知覚した。

 指先が知った感覚は、温かく揺るがない腕がそこにあるとセシリアに教える。


「悪いな歩かせて。帰りは馬車だからな、余計な馬車はいらないのさ」


「帰りは馬車って、あの馬車を動かすの?」


「ああ。あの穴倉から広い世界に飛び出たせるんだよ。御者台に座って体験したく無いかな」


「ええ、ええ。凄いわ。あ、ああ。それならば、イーナも連れてきてあげたかったわ。あの子こそ喜ぶんじゃない?」


「そんな幼い子に見えないけどね。あの子は実年齢はいくつなんだ?君が俺と二人きりを阻止してしまうぐらい、実はお年頃か?」


「――十四歳よ。拾った時は小柄だったから十歳って誤魔化したの。この国は十二歳から客を取らされたりするでしょう」


「あの子が君を守ろうとするわけだよ。君はイーナにとって本当に命綱で、守ってくれる姉だったんだね」


「簡単に裏切られてしまったけれど」


「裏切りかな。俺はそんなに君を不幸にしそうか?」


「――その反対」


「じゃあ、やっぱあれか。君はもう子供が産めないから俺から身を引きたいってやつか?女はババアでも分かんねえ魔物って、親父の言った通りか」


 セシリアはリカエルの腕から自分の腕を引き去ると、その手で拳を作ってリカエルの腕を殴った。


「痛い。よし。ガキは産める程度の年齢と。痛い」


「失礼ね」


「いや。だってよ。俺は別に惚れた女さえいればガキはいらねえのによ、女は子供が産めないって理由で身を引くって聞かされればなあ」


「で?子供が産めると知ったあなたはどうなさるの?」


 リカエルはにやっと笑うと、セシリアの腰に左腕を回してセシリアを自分へとぐいっと強く引き寄せた。

 そのせいで反り返ったセシリアに対し、リカエルは覆い被さるように顔を寄せるが、二人のその格好はまるでダンスの途中そのものである。


「リカエル」


「どうにもしない。俺にガキを産んでやれないは、俺との結婚の障害にならないと互いの共通認識となりました。今後はご理解をお願いします」


 リカエルは再び身を起こし、けれどセシリアはいつの間にか再びリカエルの左腕に右腕をかけているという格好となっていた。


「あなたは怖いわね」


「一人っ子だからかな。お断りを消化できないんだ」


「それでよく従者を出来ているわね。従者は自我を消さねばならない職務では無いの?」


「そんな訳無いでしょう。いいかな?あるじというものは、どれだけ威厳を保った状態で周囲の言う事を聞けるか、ということを要求される職務なんだよ」


「それは、つまり?」


「ダーレン兄さんは俺に甘い」


「まあ!可哀想なダーレン様。だからね!!あなたがヴェリカが嫌なのは、ヴェリカがあなたの我儘を許しそうも無いからなのね」


「ハハハ。違うな。ぜんぜん違うな」


 セシリアの腰に再びリカエルの腕が回される。

 リカエルの真横に真っ黒の辻馬車が止まる。

 あとは、セシリアはその馬車の中へとリカエルによって引き込まれた。


「馬車は使わないって」


「伯爵家の馬車は使わないってだけだ」


 真っ暗な馬車の中。

 リカエルの右足が、どん、と床板を打つ。

 辻馬車は走り出す。


 セシリアはリカエルに全ての出来事を抗議するべきである。

 離れ離れにされるものかという風に彼に抱きついている場合ではない。

 けれど、セシリアは抗議の声をあげるどころか、彼女こそ彼の声を自分の唇で塞いでしまっていた。


 リカエルの両腕はセシリアを強く抱きしめながらも、彼女の肉体の曲線を手の平に覚えさせようと彼女の全身を這っている。

 もちろん、セシリアがその行為を止めるはずは無い。

 彼女の両手こそリカエルの体を探索しているのだから。


「ああ。君を愛している。明日から離れ離れだ。結婚してくれないならば、せめて、君が俺のものだという烙印が欲しい」


「リカエル」


「ああ。もう一晩だけ。君との思い出が欲しい。君に俺を焼きつけたい。君が俺だけを求めてくれるように」


 セシリアは、私こそもう一晩欲しい、と応えそうになった。

 けれど馬車がガタンと揺れたのだ。


 揺れたことで車窓を覆うカーテンが揺らぎ、月の光が車内に一瞬だけ入った。


 セシリアを抱き締め、セシリアを求める男性の顔を光が照らしたのだ。


 皺ひとつない滑らかな肌は、その肌こそ輝いているかのように光を帯びている。


 そこで彼女は急に気が付いたのだ。

 彼は何歳なんだろう、と。


「私はあなたを知っているようで知らないわ。あなたはいくつなの?」


「関係あるのかな。俺は君がいくつでもかまわないけどね」


「いいから」


「二十四だ」


 車内は再び真っ暗になる。

 セシリアの気持も真っ暗だ。

 たった二歳の違いであろうが、されど二歳だと彼女には感じるのだ。


 私の目元にある皺があなたには無いはずだわ。


「どうした?」


「リカエル。こ、こんな場所で先に進むのは嫌だわ」


「ああ」


 リカエルは椅子に座り直し、右足の踵で再び大きく床板を打った。

 馬車はさらに加速する。

 セシリアは加速した分の圧を受け、リカエルの体に押し付けられる。


 このまま彼の体の中に溶けてしまいたい。

 そう考えながら彼の体に身を押しつけていた。

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