腹を割って話すか?
リカエルは神を呪っていた。
せっかく伯爵家の部屋を間借りできるようになったのに、セシリアは育ちが良いために馬鹿正直で遠慮がちであった。せっかくリカエルが彼女達に続き部屋の二部屋を手配したというのに、彼女達はそれぞれを自分の部屋にするなんて考え付かなかったようなのだ。
一部屋をイーナと同室の私室にして、もう一部屋を完全なる仕事部屋にしてしまったのである。
これは違う。
目論見と違う。
ミシンどころかドレスを吊り下げるラック、ドレスが思いのままに縫えるようにと採算度外視で仕入れた生地の山。リカエルがそれらを用意したのは、単純にセシリアの好感度を上げる為である。あわよくばセシリアの寝室に深夜忍び込み、親密なる話し合いの場を設けられるのでは、と目論んでいたのだ。
セシリアとイーナが部屋を一つ潰して相部屋になってしまうなどと、リカエルが望んでいた結果では決してない。
どうして作業部屋を先に告げておかなかった。
こんなにたくさんの材料とお道具をどうするの?
ちゃんと専用のお部屋を用意しているよ、愛する人。
これを企んだばっかりに!!
そしてもう遅い、とリカエルは自分の運の無さを嘆いた。
今さらの部屋替えの提案などは、セシリアとイーナにリカエルが邪魔にされるだけである。また、伯爵家の召使いにもリカエルが嫌われる事になるだろう。
それはリカエルが一番避けたい事だ。
リカエルが嫌われるだけなら構わないが、明日からいないリカエルへの召使の鬱憤が、全てセシリア達に向かうのは問題だとリカエルは思うからだ。
ちなみになぜ部屋替えが召使い達から嫌われる理由になるのかは、現在の室内の状況に作り上げたのはセシリアとイーナの二人だけではなく、リカエルがどんどん運び入れる荷物をセシリア達の指示を受けながら配置した伯爵家の召使いが複数名いるからである。
やり直せと?
リカエルが同じ目に遭ったとしたら、絶対に反発すると確信できる状況だ。
「俺は明日ドラゴネシアに帰らねばならないんだが、どうするべきか」
リカエルはセシリアに求婚することを一先ず取りやめたが、彼女に求愛行動をする事は取りやめてはいないのである。
それなのに、と、リカエルは頭を抱えながらしゃがみこむ。
イーナの目の前で盛れるほどリカエルは恥知らずでは無い。
とりあえず、床一枚や壁一枚の隔たりぐらいは必要だ。
そしてリカエルが伯爵家の屋敷構造について熟知している人間であるならば、いくらでも秘密の隠れ家など用意できる。それなのに今のリカエルがここまで焦燥感に駆られているのは、仕事に没頭できる環境となった事でセシリアの意識変化が起きたと彼が感じるからである。
セシリアはリカエルの求婚しないを拡大解釈したらしく、リカエルに対して完全に他人行儀な振る舞いしかしなくなったのである。
他人行儀ならまだよいが、階級違いの人間がするように、館の召使いがリカエルに対してするような応対しかしなくなったのだ。
晩餐会に二人が招かれなかった点は、リカエルの不徳の致す点である。
ご馳走などを彼女達の部屋にこっそりと持ち込み、部屋の中で三人でピクニックなどしてセシリアを堕とそうなど考えた彼の失策である。
セシリアは食事入りのカートをリカエルから受け取った後、ありがとうおやすみなさい、と彼の鼻先でドアを閉めてお終いとされたのだ。
「仕事部屋とプライベートルームが隣り合っているせいでセシリアは仕事モードから抜け出せなくなっているんだ。くっそ。完全に俺に気持ちがあるはずだと思ったんだけどなあ。あれら全部吊り橋効果なだけだったのか」
「気持があるから勘違い。いや、ええと」
薄暗い廊下の隅でしゃがんでいた彼の横に、元お姫様だった異国の少女が来ただけでなく、彼を慰めようとしているらしい。
リカエルは驚きながらも感謝の笑みを作って顔を上げた。
彼と目が合ったイーナは、彼への慰めの気持などない見下しの視線をリカエルに向ける。それから彼女のかっての姫時代を彷彿とさせる、見下し目線に見合った命令を彼にしてきたのである。
「アルバセラ、ゲスト、アルバセラール」
「自分の言葉で話すが俺も自分の言葉で話せか。おっけ。確かに互いに言葉は分かるが、話そうとする言葉が他国の言葉だとたどたどしくなって嫌だな」
「(ジサイエル語は族によって言い回しが違う。お主が覚えた言葉が私には理解できないこともあるから、お主が自国の言葉を喋ってくれた方が通じるんだ。お主は発音が悪いしな)」
「イーナちゃん。やっぱ、俺達の言葉で話してくれる?俺は妹分は可愛い方が守りがいがあるなあって思う昔の男なんだ」
「(お主のそういうふざけたところがセシリアの癇に障るのではないのか)」
「おっしゃるとおりです」
「(全く。どこまでも喰えない男だ。私がお主に言いたいことは、セシリアには絡め手よりも直接的の方が利くのでは無いのかということだ)」
「――おっしゃる通りだと思います。それでありがたいお言葉ばかりですが、俺の後押しをされる事はセシリアへの裏切りになるのでは。――いいのか?」
「(私を案じてくれるようなお前だ。セシリアを幸せにするだろう?セシリアが幸せならば私は安泰だ。それにな、愛し合う者同士が一緒になるのが自然だ)」
「さすが愛染様でございます。愛し合う者が一緒、俺こそそう思います。それで、ええと、俺は色々したいのに、急に硬化しちゃった。なんでだろ。どうして?」
イーナは、フン、と大きく鼻を鳴らした。
そして彼女はリカエルだけでなく、恐らく廊下で聞き耳建てている者がいればそれら全員に聞こえる声で、リカエルに真実を突きつけたのである。
クラヴィス語によって。
「おまえが目の前でレティシア抱くから!!」
リカエルはイーナに感謝ばかりの視線を向けた。
彼の視界の隅の方で、彼等の様子をうかがっていた女性が慌てているのである。
リカエルはイーナに向けて手を差し出した。
「イーナちゃん。俺はこれからあの化け物馬車を取りに行かなきゃいけない。ドラゴネシア宿舎に君は忘れ物はあったかな?」
「あった気がする。一緒に行っていいか?」
イーナはリカエルの手の平に自分の手を乗せる。
リカエルとイーナが手を取り合ったそこで、慌て声が彼らの間に落ちた。
「だ、だめよ、二人だなんて。わ、私も行きます!!」
二人は同時にセシリアへと顔を向け、同時に繋いでいた手を外した。
イーナの手には大き目の銀貨が握られており、彼女はそれを片眼鏡のように右目に当てながらセシリアに言い放つ。
「セシリア行くなら私早寝したい。セシリア頼む」
「え?」
「じゃあお休み。俺の大事な妹分!!」
「ええ?」
リカエルはセシリアが逃げる前に彼女の右手を掴み、ドラゴネシアに発つ前の最後の語り合いを二人でするのだとセシリアを引き摺って行った。




