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窓の向こうの風景

「レティシアが一人になったのはギランを誘うためかな」


 イーナの台詞に、セシリアはイーナが窓の向こうを眺めて会話していたのだと初めて気が付いた。そこで彼女はドレスを縫うミシンを止め、窓の向こうの風景が見えるようにと首を伸ばした。


 あら、確かにレティシアがいるわ。


 セシリアはミシンを止めて糸の始末をするや、もっとよく見るためにと窓辺へと向かう。セシリアが窓に辿り着いたと同時に彼女の横にはイーナも立っており、イーナは自分が眺めていたものが分かるようにと指を指す。


「レティシアの隣にギラン座った」


「まあ、ほんと。それよりもあの子はどうしてあんな寂しい行動を取ったの?」


 レティシアはヴェリカを囲んでの茶話会に参加しているはずである。

 それがどうして中庭の、それも誰も覗き込みそうにないトピアリーの影に子供みたいにして座り込んでいたのだろう。


 彼女とヴェリカこそ親友では無かったの?


 そんな疑問は今目にしている風景によってセシリアから消え去り、レティシアの行動の意図などどうでもよくなった。


 二人はとてもお似合いなのだ。


 セシリアはレティシアがギランの横に並んでも遜色が無いことについて、おかしいと思うどころか、当り前だ、としか思わない。


 セシリアとイーナが伯爵家に居候する条件として課せられた条件が、当家の令嬢のレティシアを見栄えの良い女性に仕立て上げる、それである。

 だがしかし、セシリアの目から見たレティシアに醜いところなど無いどころか、ドレスメーカーにとっては女神そのものの存在であるのだ。


 ドラゴネシア特有の高い背に均整の取れた体格は、ドレスラインを極限まで追及出来る可能性を示し、金髪でなかろうが蜂蜜色に輝く髪と健康的な肌色は何色だって似合うはずだとセシリアに直感させた。


 彼女が醜い?ピンクが似合わない?

 私だったら彼女こそピンクが似合うと言わしめるドレスを作り上げられる。


「二人は友達だった?レティシア一人になったのはギラン呼ぶため?噂のギランのお気に入り、もしかしてレティシア、だった?」


 イーナの言葉にセシリアはもの思いから覚めただけでなく、ハッと気付いた。

 ここまでレティシアが社交界で見下げられ虐められていた理由に、だ。


 近衛兵団長のギランは外見の麗しさもさることながら、誰にでも気さくで人当たりが良いことで国一番の騎士と人気がある人である。

 そのため彼を狙う女性も多いのだが、反対に、騎士では無い若い貴族男性にはギランは妬ましい存在となっている。


 相続権などありはしない貴族の三男四男などは、持参金の多そうな令嬢と結婚するしか身を立てる方法が無い。そんな崖っぷちな彼等の目の前で、彼らが結婚相手として狙う令嬢あるいは小遣いをせしめられそうな裕福な婦人の誰もが、ギランにだけ憧れの視線を向けているのだ。


「あ、そうか。そうだそうだ。それでのあのゲームだったのね。ギランに意趣返しできる、酷いゲーム」


「なんだ?それ?」


「若い男達の間でね、ギランのお気に入りを誰が落とすかって賭けがあったの。婚約者が出来た女性に近衛兵は声を掛けてはいけないってルールがあるから、ギランは二度とその彼女に話しかけられなくなる。嫌がらせね。それだけじゃなく、ギランのお気に入りを横取り出来たらギランに勝てたって思ったのかしら」


「さいてい」


「ええ、最低。私は相手が誰だったか知らなかったけれど、レティシアだったのね。あの婚約者が仲間の評価と掛け金欲しさだけでレティシアを誘惑していたのだとしたら、本当にレティシアは酷い目に遭ったのだわ」


「ほう。それは詳しく知りたいな」


 セシリアとイーナは、背中が急に凍えたとカチンと固まる。

 後ろのリカエルの殺気で息も詰まってしまうほどだ。


「セシリア?」

「ひゃっ」


 リカエルはセシリアを後ろから抱き締め、あまつさえ、彼女のうなじに自分の顔を埋めてきたのである。


「教えてくれ。その、反吐が出そうな噂話を、ぜんぶ」


「さ、さっき言っただけのことよ。その後はあなたの方がご存じでは?」


「それで、レティシアが男を誘っているみたいなことを言ったけど、あれはなんだ?あいつは男を誘うなんて絶対に出来ない奴だぞ?」


 リカエルの怒りはレティシアを傷つけた元婚約者やその取り巻き連中へではなく、レティシアへの当て擦りにもなる言葉を放った私達へのものだったのね。


 セシリアはリカエルに大事にされている女性へと視線を戻す。

 隣に座ったギランに笑みをたどたどしく返す彼女はとても可愛らしく、彼女を求めてしまうギランの気持がわかるほどである。

 そしてセシリアは自分の視線の先に自分が失った全てがあると認めた。


 清純。

 純潔。

 希望。


「セシリア?」


「レティシアが男性を誘うなんて思ってはいないわ。王宮のパーティに近衛騎士が参加している理由をあなたこそご存じよね。すべての参加者が楽しめるように、麗しの騎士達が話下手な若者の場を盛り上げ、壁の花の令嬢にはダンスホールへと誘う。ギランの気を惹くためにピンクドレスが流行ったのはそのせいね。彼が必ず声をかけると噂されていた少女にあやかったらしいから」


「それがレティシアだった?レティシアが辛くて一人の時は声も掛けなかったくせに?お気に入りだと?糞婚約者から自由になった途端に纏わりつきやがって。ドラゴネシアの男になりたいからって口説くような奴に妹をやるか!!」


「きゃっ」


 抱きしめられた時と同じくらいにリカエルから唐突に解放され、瞬間的に後ろを向いたがセシリアの視界でリカエルの姿など影も形も捕まえられなかった。


「うわ。リカ早っ」


 セシリアは再び窓の外へと振り返る。

 イーナを驚かせた神出鬼没の男は、今はもう自分の妹分の腕を引いて館に向かって歩いているという状況だった。


「いもうとぶん?」


「兄だって妹を抱き締めるわよ。それに、ドラゴネシアの姫とドラゴネシアの始祖の名を持つ男爵は、とても良い組み合わせでは無くて?」


 焦げ茶色の髪をした美貌の男性が蜂蜜色の髪の美女を抱きしめる姿は、とてもぴったりと嵌る絵になっている。

 セシリアはこれでお終い、という風に窓にレースカーテンを引いた。


「どうでもいいわ。その一言で良いのに。セシリアは分かりやすすぎるな」


「あなたがこういう時だけ流暢になるのはなぜかしら」


「ハハハ。神さま、セシリアに言ってやれ、思うからじゃないか?あれに幸せを求めさせろって」


「神様なんか捨てたわ」


「私も捨てた。だが、セシリアが私を拾った。神様いると思うよ」

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