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これで運命共同体

 セシリアはヴェリカが痛々しいと感じ、彼女を抱き締めてしまっていた。

 ところがヴェリカこそ、セシリアを殺せる毒を持っていたのだ。


 セシリアがヴェリカを抱くのはセシリアこそ辛いのかとヴェリカは尋ね、違うと否定したセシリアに対してその毒針を指したのである。


「そうかしら。ブリューア」


 セシリア・ブリューアは、セシリアが捨てて隠した本名だった。


 呆然としてしまったセシリアの腕からヴェリカは抜け出すと、可愛らしいばかりの美しい顔を悪辣そうに歪めた。


「あなたは幸せでは無いわ。こんなに簡単に壊れ、こんなに簡単に誰にでも操られそうな危うさを見せてしまったじゃないの」


「――私には店を持つ夢は叶わないと?」


「いいえ。私はあなたを後援するわ。誰かにあなたの秘密をばらすと言われても、私やダーレンはもう知っている。この脅しに今後脅えることは無くてよ」


「ヴェリカ?」


「でもね、脅されたら教えてね。私の大事なお友達を台無しにしようとする人は、私がお相手して差し上げようと思っておりますの。どうぞ気兼ねなく教えて下さいませね」


「ヴェリカ?」


「あらいけない。お相手なんて言い方は誤解されてしまいますわね。言い直しますわね。完膚なきまでに潰して差し上げます、ですわ」


 セシリアは、まだ十八歳のヴェリカには人生を取り戻せたのに、自分には出来なかった理由がハッキリとわかった、と思った。


 自分はヴェリカでは無かった。

 彼女は脅されても脅えはしないだろう。

 脅されたら相手を脅し返し、逆に相手を食い物にしてしまうのだ。

 あの伯爵家が彼女を幽閉していたのは、彼女を外に解き放った後が怖いとわかっていたからかもしれないわ。


「お店に関してはダーレンがリカエルに一任したの。明日にはリカエルもここを発ちますけれど、ちゃんと代理人も用意するはずですから大丈夫よ。それで、住む場所ですが、今思い付いたわ。ここに住んじゃいなさいな」


「ここに?」


「ええ。伯爵家はドラゴネシアの宿屋状態なんですって。広いお部屋もたくさんあるし、洗濯に食事にと使用人の手があるからあなたは仕事に没頭できる」


「伯爵家に住むだなんて。でもいいの?侯爵夫人の権力を使ったら、あなたが悪く取られやしないかしら?」


「あら謙虚ね。あなたのような人と一緒に住めるのは得難いばかりのはずよ。あなたこそ住んでやっているんだって胸をお張りなさいな。それと、人生ははったりと押しで何とかなる時もあるの。合図があったら恰好良く登場なさってね」


 そうしてヴェリカは部屋を出て行った。

 嵐みたいな女性だと見送っていたが、セシリアはヴェリカが去った後にも残っている自分の大事な人達に向き合うのが怖かった。


 自分は強盗殺人犯として指名手配されている女なのだ。

 それは完全なる濡れ衣であるとは言えず、告発されたら私は絞首台に乗らねばならないだろう。その場合、イーナもリカエルも巻き込まれて証言の為に拷問を受けることになるかもしれない。


「さて、ブリューアさん。あれよりもあなたは真っ当でしょうから、何も恐れずに隠し事をお話していただけませんか?あなたについて全任されたましたので」


 セシリアはリカエルへと振り向いた。

 セシリアに向ける彼のエメラルドグリーンの瞳の輝きは柔らかく、その瞬間セシリアは彼が知っていながら受け入れているとわかった。


「いつから」


「さあ?俺は君のことは君から聞きたい」


「リカエル」


「私もだ!!」


 セシリアはイーナへと振り返る。

 セシリアと目が合ったイーナは両手でスカートの裾を持ち、クラヴィスの令嬢がするようにちょこんとお辞儀をした。


「えっと、初めましてブリューアさん。あなたについて知りたいです。ご紹介が遅れましたが、私はイーナ・スム・アイゼンヴィダラ・ジサイエル」


 セシリアはリカエルとイーナに向き合うしか無い、と覚悟を決めた。

 彼等こそセシリアと道連れになるつもりであるならば、セシリアこそ彼等に対して誠実であらねばならないのだ。


 セシリアはイーナに向かって頷き、次にリカエルへと視線を動かした。


 リカエルはなぜか四つん這いになっていた。


「お腹でも痛くなったの?」


「イーナちゃんから受けたクリティカルヒットで俺は死にそうだ。どうしよう。俺は今すぐにドラゴネシア緊急会議を開かないといけない」


「気にするな。私父負けた。私売られた。もはやジサイエル人じゃない」


「だけど、君はアイゼンヴィダラの称号があるお姫様でしょう!!普通のお姫様じゃないじゃないの!!」


「アイゼンヴィダラは特別なの?」


「クラヴィスでの宗教観に当て嵌めると聖母とか聖女とかだ」


「神殿に住んでただけ。普通の姫の方がいい暮らし」


「そうかもだけどさあ。ああ、スム族が潰れたのか。穏健派の古い一族が」


「穏健派だったからな」


 イーナは本物のお姫さまだった?それも聖母ぐらいの?

 そんなすごいお姫様でも売られちゃったりするの?


 セシリアは自分の妹分へと恐る恐る顔を向ける。

 セシリアとリカエルの視線を独占したイーナは、軽く肩を竦めたあと、自分の身の上について、大したことではない、と呟いた。


「ジサイエルではよくあること。私も同じ。だが私は違った。家族ぜんぶ死んだが私生き残った。新しい姉に助けられた。姉は私をずっと守った。今度は私姉守りたい。守らせてくれ」


 セシリアはイーナの両手を取った。

 私の妹で家族であるならば、と。


「私は指名手配犯よ。疫病を封じ込めるためだって我が家は何もかも焼かれてしまったのに、父のカフスボタンを村長がつけていたの。どうしてって詰めよったら乱暴されかけて、それで、私は彼を突き飛ばした。当時の私はまだ十五歳。頭から真っ赤な血を流して意識不明な人を見て、怖くて怖くて逃げるしか無かったの。そのせいで、殺された妹について告発することだって出来なかったのよ」


「俺と結婚できないのはそれが理由か」


 セシリアはリカエルを真っ直ぐに見て、違うと首を横に振った。

 それだけでは無いのだ。

 世間を知らない何も持たない子供が生き伸びるには、自分の身を切り売りしなければダメなのだ。

 彼女には自分の人生の過去が重すぎて辛いのである。


 もし、愛する子供が誰かから後ろ指を指されたら?

 ほら、売春婦の子供だよ、と。

 セシリアにはそれは耐えられない未来である。


「結局自分を守りたいだけ。そもそも貴族と労働者階級は結婚など出来ないし、結婚した場合に出来た子供は誰とも結婚できずに不幸になるだけだわ」


「ドラゴネシアを誤解しているな。まあいい。今日は君の過去を全部知れたことで満足するとする。そもそも結婚話は一時凍結だったもんな」


 そうね、とセシリアはリカエルに言いかけた。

 言いかけただけでセシリアが何も言わずに終わったのは、ヴェリカの声が応接間から聞こえたからである。


「主人に従えないどころか主人を貶めようとなさる人達は不要です。笑った理由ぐらい他意が無ければいくらでも言い繕えるはずですわね」


「はい。スタンバイ。合図の前にハプニング発生らしいな。俺こそ何がどうしたのかわからんが、あれが心優しい伯爵夫人と令嬢の心を壊す前に君達が助けに行ってくれ」


 セシリアとイーナはリカエルを一瞥すると、ドレスの入っている荷物箱を引きながら隣の応接間へと向かった。心なしか足元がしっかりしているとセシリアが感じるのは、十一年ぶりに心のつかえが取れたからだろう。

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