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朝食と女中とリカエル

 部屋のノックの音で瞼が開いた。

 セシリアは自分が熟睡していた事に恥ずかしさばかりだが、部屋をノックする音を煩いと思うどころかベットから飛び起きてドアへと向かっていた。


 カチャ。


「朝食をお持ちしました」


 ドアの前には朝食が載ったカートを運んできた女中がいた。

 セシリアはリカエルを期待していた自分を叱責する。

 そんなセシリアの内面など知らないはずの女中は、セシリアに対して見下げた様な視線を向け、セシリアは驚いたまま一歩下がる。すると女中は当たり前のようにして部屋の真ん中にカートを押して来た。


 リカエルが使っていた部屋には二人掛け程度のティーテーブルセットもあり、彼女はそこに運んできた朝食を乗せ上げていく。

 卵に焼き立てのパンとスープ。

 朝食だけでもセシリアには豪勢なメニューであった。


 両親が生きていたあの頃は、朝はこのぐらいは当たり前だったというのに。


「ありがとう。あとは私がやりますから給仕は良いわ」


「あなたに私が給仕を?食べられたらさっさと出て行って下さいな。あなた方みたいな賎業婦に朝食を持って来させられただけで一生の恥ですの」


 セシリアはグイっと顎を上げた。

 それから女中を睨みつける。

 使用人でも王宮勤めできるほどであれば自分への誇りがあるのはセシリアは理解できるが、自分自身を馬鹿にされるいわれなど無い。目の前の人間よりも自分とイーナは多くの困難に見舞われ、それを打ち破って来た自負もあるのである。


「何でしょう」


「やはり給仕していただこうかしら。まずは椅子を引いてくださる?」


「私が?」


「ええ。お嫌でもなさるべきよ。私はこの部屋のお客なの。例え私が唾棄したい人間だとしても、あなたが給仕人である以上せねばならないわ」


「この部屋の人の権力を笠に着ようと?たった一夜の売春婦が偉そうなものね」


 トントン。


 女中もセシリアもノックの音に驚き振り返り、手首だけの右腕が扉からはみ出ている様子にさらに驚いた。


 セシリアは今度こそリカエルの存在に。

 女中は部屋の主から叱責を自分が浴びる事態を見越した驚きだ。


 二人の女性が見守る中、その右手の持ち主はひょいと顔を出した。だが、その気安そうな動作とは違って顔付は恐ろしいばかりの怒り顔である。

 リカエルは女中に目線を合わせたまま、セシリアにだけに話しかけた。


「君の胸に男爵夫人と看板を下げた方がいいかな」


「状況をご存じないだけの方よ。許して差し上げて」


「そうか。食事が終わったら伯爵家の方に案内する。そこでは客ではなく、我が家のように寛いでもらいたい」


 リカエルは言うだけ言うと再び戸口の奥へと消えた。

 妻ではないと否定するどろか女中からの侮辱に怒りを抱いたままリカエルの言葉に乗ってしまった、とセシリアは溜息を吐く。


「ひぃ。も、申し訳ありませんでした。だ、男爵夫人」


「いいのよ。好き勝手にする男性に振り回されるのは、女性共通の頭にくる面倒の一つだもの」


 女中はくすりと笑った。

 本来感情を表に出すことこそしてはいけない事だろう。

 セシリアは彼女を観察し、彼女が王宮で働くその基準に達していないからドラゴネシア宿舎を担当させられたのではと思った。四爺達は煩く怖い人達であるが、彼女が感情を露わにしても、笑って流してくれるだろう懐の深さがある。


「本当に申し訳ありません。でも、小間使いとベッドを一緒に使う貴婦人もたまにおりますものね」


 彼女はやはり基準外の人らしいと、セシリアの神経を逆なでした。

 貴婦人たちの噂話を耳にする立場の針子であるセシリアも、貴婦人が気に入った美女と男性とするようにしてベッドに入ることもあることを知っている。

 そしてこの女中はセシリアとイーナをその関係と勝手に考え、セシリアを男爵夫人と認めながらも存在を貶めようとしているのだ。


「妹ですわ。似ていませんけれど、大事な妹です」


「あああ、申し訳ありません」


「うるさい、です」


 女中とセシリアは同時にイーナへと振り返る。

 イーナはゆっくりとベッドから下りると、セシリアに脱がされた下着ドレス姿を隠すためにベッド上に乗っていたガウンを取って羽織った。

 セシリアはイーナのその仕草を見つめながら、なんて洗練されているの、そんな風に初めて思った。


 そう、そんな風に思えるのは初めてのはずだわ。

 いつでも逃げられるように彼女は構えていたから、こんな風に半裸姿でベッドに熟睡してたこともなければ、半裸姿で起きたなんて初めてのはずなのだわ。

 本当はこんなにもお嬢様な振る舞いが出来た子なのね。


 セシリアはイーナがきれいな子だと知っていたが、そこに洗練された仕草が加わると、綺麗どころか高貴になるのだと思い知った。

 イーナ自身は単にベッドから下りて朝食テーブルに向かっただけであるのに、彼女のそのお姫様としか見えない姿にセシリアは目が離せなくなっていた。


「どうぞ、お嬢様」


 女中こそだったらしい。

 本物のお姫様や王子様を目の当たりにして来ただろう彼女自身が、イーナに圧倒された風にして椅子を引いた。

 イーナはその椅子に腰かけ、いいわ、と言い放った。


「あの」


「下がれ」


 女中は顔を真っ赤にさせると、セシリア達に品が良いと言えないお辞儀をした後に、牛か馬がイ草に飛び込むようにしてドアの外へと消えていった。


「イーナ。すごいわ」


「セシリアもこのぐらいする。店主は人の上に立つ」


「まさにそうね。あなたに教えて貰わなければいけないわ」


「では、どんな相手でも、会話を待つな」


「頑張る」


 二人は微笑み合い、朝食に取り掛かった。これからリカエルが言った通りにドラゴネシア伯爵家を訪問する事になるが、セシリアはそこでしばしの住処と店をヴェリカから引き出さねばならないのだ。


「ヴェリカの真珠ある。形見の品が戻る。それは一番うれしいはず」


「そうね」


 セシリアとイーナの朝食が終わるころ、再び廊下を歩いてくる足音が聞こえた。

 それはリカエルかと振り返ってしまった事で、セシリアは自分を罵った。

 寝ても覚めても自分がリカエルを探しているところが情けないのだ。


 そしてリカエルはセシリアに馬鹿にされ傷つけられた事を忘れていない、そんな顔をセシリアに向けた。


 笑顔も無い無表情の顔だ。


「着換えるにも着換え鞄までラウンジだったな。置いておく。後二十分で用意してくれ。俺も急いで伯爵家に戻らねばならない」


「わかりました」


「早すぎるって言わないのか?甘える気も無いか」


「無表情で急かす人には従うしかないでしょう。ここに二人で残される方が恐怖なんだから、はい、了解ですわ」


「では急げよ」


 バタン、と扉が強く閉められる。

 セシリアは自分がリカエルの一挙手一投足にいちいち反応しているとわかってるからこそ苛立っており、自分がリカエルの顔を見て頬を緩ませてしまった事をリカエルに気付かれているに違いないことも許せなかった。


 全く表情一つ変えないだなんて!!

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