片田舎で起きていたマーダーへの考察
ラウンジに戻ったリカエルが見つけたものは、ダーレンの不在である。
ダーレンは足など痛くもなく、リカエルとセシリアに二人の時間を与えるために気を使っただけ、という事のようだった。
「兄さんの気の使い方は違うよ」
リカエルは部屋の中でうごめく大柄な獣達を眺めながらぼやいた。
リカエルの父リュートを含んだ四爺は、ダーレンから受け取ったらしきセシリアの置手紙をニヤニヤしながら回し読みしているという状況なのだ。
「リカエル。お前はちょっと来い」
「親父こそ来い。俺の大事なその宝物を持ってな」
リュートはリカエルにニヤリと顔を歪めて見せたが立ち上がる素振りなど無く、自分の目の前のテーブルの天板を右手のひとさし指で突いた。
向いに座れ。
その上からの命令にリカエルは当主交代しただろうと反発してやりたかったが、父親の目の前にクラヴィスの地図が開かれているならば父親の言いなりになるしかないと、彼はしぶしぶ前に進んだ。
そしてリカエルがリュートの向かいに座るや、リュートがぶっきらぼうに話し始めた。
「あの嬢ちゃんはいくつだ?」
「知らない」
「お前は」
「顔と性質に惚れたからそれでいい。年齢なんざ知らないよ」
「全くお前は。若く見えても女は魔物でな。子供が産めない年齢だってことで身を引く奴だっているのだぞ」
「俺は別にガキはいらないし」
「お前は。まあいい。多く見積もって三十としてな、一人でも女がどこかに住みこんで働けると考えれば十三ぐらいか。すると今から何年前だ?」
「十七?それが何か?」
「あの嬢ちゃんは家族が伝染病だってんで家に閉じ込められて殺されたらしい。駆け付けたって言ってたってことは、寄宿舎の学生だったか住み込みで働いていた女中だったってことだ。その十七年間で俺が受けた伝染病発生の報告は、三つ。五年前のゴルバ村に六年前のカラベル村と、十四年前のブレサン村だ」
リュートは言いながら彼が持ち歩いている細い木炭棒を使って地図に丸を三つ書き入れる。
「疫病でデカい被害が出たのはこのブレサン村だ。村一個消えた。高熱と下痢で体力を失って死ぬだけだが、皮下出血を起こして真っ黒な姿になる奴もいた。恐慌に陥った村人が病人を生きているのも死んでいるのも一か所にまとめ、一気に燃やして殺したって村だ。ああ、お前はよく知ってたか。どこぞの馬鹿が自分のやっちまった事をこの村で起きた事みたいに燃やしちまったもんな?」
リカエルは両手に拳を作り、自分の父親を睨んだ。
リュートはリカエルの過去にやった事についての当て擦りをしたのであり、リカエルはそれは違うと言い返したかったのである。
人質を取ってリカエルの友人達を裏切らせた人間がいたその村は、とうの昔に王への裏切りに動いていた村だった。人質も友人も殺されていたのであれば、リカエルは敵の前哨基地でしかない村など潰して当たり前だったのである。
「どうした?睨んで。お前の忘れたい失敗談だったか?」
「同じにしてくれるなって奴だ。俺がやったのはクラヴィス王家に叛意を翻したいどころか、単により自分に権力が欲しいだけの屑にたかるハエを潰しただけだ」
「そうか。それならいい。お前が友人の死とそっちを混ぜて落ち込んでいるんじゃ無ければ構わない。いや、構うか。吹っ切れているならあの嬢ちゃんのお陰だ」
「吹っ切れたのはダーレンのお陰だよ。兄さんは自分の怪我を誇らせてくれって言った。俺を守ったって自慢させろってね。だからさ、人質を取られて裏切るしか無かったあいつらが、それでも俺を信じて俺への道しるべを作っておいてくれたこと、俺が誇らなくてどうするんだって俺は思っただけだよ」
「やっと自分を解放したか。おせえよ、馬鹿。あの出来事にはお前だけじゃなくて、ベイラムもガムランも関わってたんだ。お前がシャキッとしなきゃ、あいつらだってシャっきりできねえ。お前はアークノイドの名を背負ってんだ。お前は何があっても頭を垂れんじゃない」
「すまない。それで、親父。本題に入ってくれないか?」
「とに、戦バカが。簡単な事よ。このブレサン村の奴らはお咎めは無しだった。奴らは殺した病人の金目のものも盗んでいたのにね。ぜんぶ疫病による混乱ですましちまったんだな。当時の領主は無能極まりなかったからな」
「何が言いたい?」
「俺は思ったんだよ。強盗殺人をしても疫病のせいにしたら罪にはならないって、学んだ奴らがいたら怖いねって」
リカエルはリュートが線を引いた地図を見つめ直した。
その地図のブレサン村があった領地は現在王領地となっているが、以前はクンツゥアール子爵家の領地だった場所である。
「はあ。ギランって嫌な風に関わるな」
国一番の人気者で王からの寵愛も深い騎士、ジュリアーノ・ギランの亡くなった母親がクンツゥアール子爵家の令嬢なのである。
「王領地となってからは十一年目か。嬢ちゃんが餓死させられた妹の告発をせずに逃げたって言ってたのは、もしかしてこの頃で、当時のごたごたで役人に訴え出る事もできなかったのかもね」
リュートは、どうする、という顔でリカエルを見返す。
リカエルも父を見返したが、その表情はリュートが思っているようなものでは無かった。
「どうした?」
「いや。なんでこの地域限定なのかなって。別に他の村だってあるだろ。親父はなんか知ってんのか?知ってることあったら、ハハハ、全部吐いて欲しいな」
「女房と同じ顔で同じ陰険な表情を向けるのは止めろ」
「――母さんに手紙書こうかな。俺の女を親父がナンパしやがったって」
「そ、それは、俺こそお前と彼女の仲を何とかしたくて」
「余計なお世話。で?」
リカエルが父親に手を差し出すと、元城代のキリアンが彼の息子のキースがリカエルに報告書を差し出す仕草そのままに彼に一枚のチラシを差し出して来た。
リカエルはその紙切れを受け取り、それを軽く一読したそこでぎゅうと両目を瞑るしか無かった。
「――誰か。兄ぃを止めてくれ。あの女はやばすぎる」
「その手配書を渡してくれたのがダーレンだよ。さっき出る前にくれた。なんかね、花嫁の家の執事が昨夜二人押しかけて来て、一緒に今日の手はずを練ったんだそうだ。その時についでという風にそれを手渡されたらしい。ダーレンはマナーハウスの方の執事の方が怖いと唸っていたけどね、こんなの簡単に手に入れてくるタウンハウスの執事の方が俺は怖いね」
手配書に記載されているのは、リカエルのセシリアだった。
美しい彼女に似ている所の無い手配書であるが、髪を赤に瞳を真っ青に塗ってあるそこで、彼女をイメージしてしまう。
リカエルはそう思った。
セシリア・ワーグナーことセシリア・ブリューア。
ブレサン村に隣接するフロラム村にて紳士階級であるブリューア家の長女として生まれ、家族の死の後に混乱した彼女は村長の家に押し入り強盗殺人未遂を起こし行方不明だと書かれていた。
リカエルは手配書を捩じり棒状にすると、そのまま暖炉へと投げ込んだ。
「おい、ちょっ」
「べつに。俺は信じてるし、俺が知っているセシリアで充分だ」
「ぶぁか。あの嬢ちゃんに強盗殺人なんかできないだろ!!濡れ衣あるから結婚できないって泣いてんじゃないのか?あれで彼女から真実を吐かせて、俺が守ってやるって流れを作ればいいじゃないか。この馬鹿」
リカエルは、あっ、と小さく叫ぶと、弾丸のように飛び上って暖炉に向かった。
しかし手配書は、すでに赤々とした炎に包まれて完全な塵と化していた。
リカエルは暖炉前でしゃがみながら頭を抱えた。




