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さあ嬢ちゃんよ、聞かせてくれまいか?

 セシリアとイーナをドラゴネシア専用宿舎に案内したリュートは、リカエルの実の父親であった。

 悪夢のような出会いだと、セシリアは気分が悪くなるばかりである。


 爵位の譲渡は亡くなってからでは無くて?

 本当のお父様?

 義理とかそういう関係もあるのでは?

 でも、本当だったら?


 そうするとリカエルは男爵と公言していたけれど、その実はたんなる跡取りで、でも、結局父親の後を継いで男爵になるのならば、男爵で良いのよね。


「おいリュート。嬢ちゃんが混乱してるぞ」

「そりゃあな。ぜんぜん似て無いもんな。リカエルはナタリアさんにそっくりで、ドラゴネシアの貴公子だもんな」

「嬢ちゃんよ。この怖い顔したのが、本気でリカエルのパパだからな。嘘は吐いて無いから安心しような?」


「でも、爵位の譲渡があったならば」


 リュート以外の三人はきょとんとした顔になったが、すぐに、部屋が弾け髙ぶぐらいの大声で笑い出した。


「そういや、クラヴィスの爵位はそうだった、そうだった」

「親が死ななきゃ引き継げないんだったな。リュートがバケモンに見えるわけだ」

「リュートがバケモンなのはいつものことだ」


「うるせえぞ。お前ら全員俺と同じバケモンだろうが!!」


「あの」


 戸惑うセシリアに対し、四人の中では一番柔和そうな顔立ちの男性がずいっと前に乗り出し、自分の親指で自分の胸を指し示した。


「俺はもとハルメル伯爵だ。いまや息子が俺の代りに城代になっている。ドラゴネシアではね、息子が成人すりゃ爵位の譲渡ができるんだ。それが許されないなら爵位なんかいらねえって脅したら、俺達に与えられる爵位には好きにしろって特記をしてくれるようになった。ドラゴネシアがドラゴネシア以外の名前をいつまでも名乗ってなんかいたくはないよ」


「そうそう、アベイ男爵もフォーガス男爵も名乗りたくも呼ばれたくもねえな。ああ!!それでお前の息子は引きこもって頭に猫乗っけてんじゃないのか?元フォーガス男爵様よ」


「うるせえ。ドラゴネシアから出たがらねえのはお前らの息子も一緒だろうが」


「それではリカエルも」


「いいや。あいつは名乗りたがりの方だよ。アークノイドは始祖の名で、一番最初に始祖が名乗ってた爵位名でもあるんだ。当時の当主がドラゴネシアを名乗れるようになった時に、その名前を消さないように右腕の相棒にその名前を渡したって逸話付き」


「爵位話なんかもういいだろ。でよ。君が俺の息子と結婚できないって理由はなんだ?あいつと結婚したらドラゴネシアなんて辺境に行かにゃならんことか?」


 恐れ多い爵位と家の歴史そのものですわ。

 私はその家名に泥しか塗らないの。


 問題はリカエルではなく自分自身にしかないと言おうと、セシリアがリュートに顔を向けると、リュートはまっすぐにセシリアを見つめていた。

 セシリアはリュートに真っ直ぐに見つめられたことで、彼がリカエルの実の父親であることをすんなりと理解していた。


 リカエルは相手の身分など考えずに相手を見つめる人なのだ。

 相手の身分を考えずに暴れてしまう危険な人であるけれども。

 そう、素晴らしい人を泥沼に沈めてはいけないの。


「嬢ちゃん?」


「セシリア・ワーグナーと申します。私はそれしか申し上げられない女です。両親の名前もこれまでの生き方も、愛した相手にこそ語れない女です。そんな女ではリカエル様の名前も生き方も汚します」


「あいつがどんな自慢してようがな、俺達は戦争屋だ。べったべたに汚れてんの。可愛い女の汚れぐらい屁でも無いんだな」


「それでも私は汚れを知られたくありませんの」


「じゃあ黙ってりゃいい。過去なんざ終わっちまったことだ」


 セシリアは両手に拳を作っていた。

 リュートに終わった事だと言われて拳を作った自分を、セシリアは自分こそ確りと意識していた。


「終わってません。終わらせられません。終わらせたら妹が浮かばれません。伝染病に家族が罹ったとの知らせで駆け付ければ、実家の窓や扉に外から板を打ち付けられておりました。伝染病を広めないようにって処置だと言われました。私の家族は病気なのに閉じ込められたんです。私の妹は病死ではありません。餓死していたんです。まだ五歳の子供が!!私は事実を知ったのに、告発も出来ずに逃げました。忘れられません。その後に生きてきた私の汚れた過去だって自分の選択の間違いの連続です。忘れたらいけません」


「そうか」


 セシリアはこれで話は終わったと、零れていた涙を乱暴に指先で拭う。

 しかし、そうか、と言ったはずのリュートには話など終わってなかったようだ。


「息子の特技は村潰しだが、その特技についてどう思うかな?」


「はい?」


「いや、あいつな。ドラゴネシアとは関係ねえ、家の無いガキどもと仲良くなってな、そいつらにも仕事ってさあ、間者みたいな事させたんだわ。結果、ドラゴネシアを裏切った奴三人、裏切り者に殺された奴二人。そんで怒ったあいつは裏切り者が逃げ込んだ村を焼いちまったんだよな。どう思う?」


「どう思うって」


「俺は報復を完遂した奴を褒めてやりたいぐらいだが、あいつは誇るどころか死んでしまった友人二人を助けられなかったことばっかり重石にしてやがる。それでイキって殆ど自殺行為で死にかけて、あいつが神様と仰ぐ大将に大怪我させちまった。あいつはさらにさらにドツボだ。あいつをどうしたらいい?どうしたらあいつを自分自身から救ってやれるかわかるかな?」


 何も無かったことなんだよ。


 リカエルが吐き捨てた言葉。

 けれど彼は言い換えた。

 私がその言葉で傷つくと思ったから。


「わかりません。私にはわかりません。そうよ。彼を助ける方法なんか私にはわからないのよ。私は彼の重荷になるしかないの。だから、だから、彼を諦めるの」


「立派な糞みてえな自己犠牲だな。そこはあいつとお似合いだ。不幸に浸って自己満足か?」


「失礼な!!彼を諦めたって不幸せになったりしないわ。彼を諦めた分、私は幸せになります。王都一番のドレスメーカーに私はなりますから!!」


 リュートは鼻で笑った。

 そして言った。


「独身のまんまで王都一のドレス店を持つ夢は叶わねえと思うよ?」


「私には才能があります。男の人に囲まれなくても、ええ、私には融資してくれる女友達がいるわ。店を持てます」


「悪いがそういう意味じゃねえ。リカエルはドラゴネシアの男だ。俺の息子なんだよ」


 リュートはそれはもう悪い笑顔をセシリアに向けた。

 彼のその表情はリカエルがデボンヌの店で敵に見せた表情と同じ、とセシリアは震える。


「な、なにを仰られたいの?」


「あいつの母親は俺に略奪されたんだよ」

 がちゃ。


 ラウンジの扉が開いた。

 戸口に鎧姿の大男とリカエルが現れた。

 略奪したぞと自慢そうな悪い表情を私に向けているリュートと対照的に、リカエルは風に煽られただけで転びそうなほどに落ちぶれていた。


 そんな姿だった。


 目元は泣いたばかりのように赤く、光沢のあった黒スーツはよれよれの皺だらけで、そして、彼の右手は小さな子供が毛布を掴んでいるみたいにしてセシリアが残した置手紙を掴んだままなのだ。

 セシリアの胸は張り裂ける所ではない。


「どうしてそんなものを持って歩いているの!!」

「お前が俺にくれた最初で最後の贈り物だからだよ!!」

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