胸が痛いけれど頭はもっと痛い
灰色スーツの大男、リュートと言う名の男がセシリアとイーナを連れこもうとしている場所は、王宮内にあるドラゴネシア専用宿舎であるそうだ。
王宮の敷地内に建てられた小宮殿であると、セシリアはリュートに案内されながら説明を受けた。そこで、ドラゴネシアは小宮殿を宿舎にあてがわれるほど王族に優遇されていると考えるべきか、王族に忌避されているから離れとなる建物内に押し込まれているのだと見做すべきかと迷い、返す言葉にかなり困った。
リカエルが語った馬車の話もあるので、王宮の敷地内でも宮殿とは違う場所という点が、いくらでも邪魔になったら処分できる場所、という風に思えるのだ。
しかし、セシリアは何も言葉を返す必要は無かった。
「わかったら、余計な行動するなよ。面倒が増える」
どうやら彼は、今セシリアが歩いている場所が王宮の敷地内と知らせ、彼女が余計な行動に出ないようにけん制していただけらしい。
そしてリュートが宿舎内のラウンジへとセシリア達を案内し、そのラウンジの扉を開けた途端に、セシリアは歩いていた最中に宿舎について考えていた事が明らかになったと思った。
それは、セシリアが案内されたラウンジに、リュートと兄弟かと思うほどによく似た、リュートと同じ世代の大男が三人いたからだ。
薄茶色の金色に近い色合いの髪と緑色の瞳は言うに及ばず、筋肉質の体に相応しく顔の輪郭もごつごつしているところもドラゴネシアの共通らしい。
リュートを最初に目にした時と同じ、怖い、としかセシリアには感じない外見の男達は、セシリアとイーナを目にした途端に一斉に立ち上がった。
「リュート、なに女引っ掛けて来てんだ。女房に殺されるぞ」
「迷子探しに行っていい女を連れ帰るなんて、お前はなにしてんだよ」
「それで、この子達はどうした?」
声が大き過ぎる。
セシリアとイーナは男達の大声が煩いと両耳を塞ぐ。すると大男達は失礼だと憤慨するどころか、さらに大声で笑い声を立てる。
なんて煩い。
王は苦情避けにドラゴネシアを敷地内に住まわせ、ついでに自分達が煩くないように王宮から離れた小宮殿に彼等を押し込めたのだろう。
セシリアはドラゴネシアの宿舎についてそう判断を下した。
「キリアン、ボーネス、そんでもって、ギャランよ。こっちの嬢ちゃんはリカエルの女だ。リカエルを捨てたばかりのな!!」
リュートがセシリアの人生を終わらせる大声をあげた。
しかし当の男達はリュートのセシリアに対する紹介に対し、リカエルを捨てたと憤るどころか更なる楽しそうな笑いを上げた。
「リュート。まじか~。あいつやるな~。煽ったその日のうちに女を誑したか」
「キリアン。リュートの今の台詞じゃ、その日のうちに振られたようだぞ」
「ボーネスの言う通りだな。ハハハ哀れな奴。で、振ったのがこの別嬪さんか。それじゃあしょうがねえ。貢ぎたくなる気持ちがわかるってもんだ」
「ああ。ギャラン。俺達の玩具をひっくり返したあいつに罰を与えなきゃならんと思ってたが、慰めなきゃならん状況だったみたいだぜ」
ぴた、と笑い声が収まった。
両耳を塞いでいたセシリアは、耳を塞いでいたから何も聞こえなかった、そんな風にしてこの場をやり過ごせないものか、とイーナに視線を動かした。
イーナはフルフルと小さく震えている。
ここがドラゴネシア宿舎だと言うならば、リカエルの味方ばかりの場所なのだ。
そしてセシリアこそ、リカエルがセシリアにフラれる程度の男とは思っていない。素晴らしすぎる彼を自分の過去で汚したくないから、彼女は逃げたのだ。
「まあ、まずは、座ろうか」
「そうだな。そっちの小さいのは――」
「ガー!!」
イーナは手を差し出された男の手を叩き払った。
けれど彼女は、死ねという意味のジサイエル語ではなく、リカエルがセシリア達を追い立てる時に口にするアヒルみたいな声の方をあげていた。
すると、イーナに手を叩かれた男は叩かれた自分の手とイーナを見比べ、瞳を嬉しそうに輝かせるではないか。
「わお。元気いいな。ドラゴネシアの子共だったら悪い子だな。夜更かしも大丈夫か。甘い菓子もあるぞ。喰うか?」
「え?」
「ジサイエルがダーと叫べばドラゴネシアはガーと返す。ガーと叫ぶ子はドラゴネシアだ。そうだろう?」
困惑するセシリア達にリュートは当たり前だという風に言ったが、そもそもなぜガーなのかわからないのがセシリア達である。
ガーなどクラヴィス語には無い。
けれど彼女達が呆然としてしまった事を良いことに、大きな男達は自分達が囲むような形にして彼女達をソファに座らせてしまった。
この大男達がいなければ最高の場所なのに。
セシリアは緊張しながら目線だけで周囲を見回した。
ふかふかの絨毯が敷き詰められて大きな暖炉もあり、今セシリアとイーナが腰かけさせられているソファなど、リュートが寝転がっても余裕がありそうなほどに大きくベッドみたいなのだ。
セシリアは、こんな場所は初めてだと思った。
家具はどれも高級だとわかるのに、全て素晴らしく寛げると感じる。
ガブリエラやデボンヌに連れられて金持ちの家の中をいくつか見て来たが、どの家も気取りかえっているがここまで豪勢なものは無かった、と思い出す。
ドラゴネシアは一般人が思っていた事と違い、王家に大事にされているのね。
リカエルはドラゴネシア侯爵の従者だって自慢していた。
そんなリカエルを侮辱したのだから、彼らは私に言いたいことがあるはず。
私が悪いのだから何を言われても我慢するのよ。
大男四人に囲まれて座る状況は居心地が悪いどころではない。
ソファの座り心地が眠気を誘うばかりだからこそ、セシリアは天国と地獄を味合わせられているような感覚である。
イーナはセシリアにピタッと貼り付いている。
この子はジサイエル人というドラゴネシアには敵国の人間だ。
よほど怖いのだろうとセシリアがイーナを覗うと、……イーナは寝ていた。
「あ、寝ちゃったか。お茶があると起きるかな」
「キリアン。ガキは寝かしてやれ。何時だと思ってんだ。っていうか、キリアンだけでなく、ボーネスにギャラン。お前ら部屋帰れ」
「リュート。お前は酷い奴だな。俺達だってリカエルの一大事は大事なんだよ」
「そうだよ。キリアンの言う通りだ。俺の息子は頭に猫乗っけて喜ぶだけで浮いた話が一つも無いんだ。リカエルの話に噛ませてくれ。と言う事で嫁がいるお前は部屋に帰れ、キリアン」
「ボーネス、貴様」
「そうだ。ボーネスの言う通り、嫁がいる幸せ者は帰れ」
「いや、お前達こそ帰れ?ギャランにボーネス。俺は、息子の嫁になりたくないお嬢さんに、息子とどうして結婚できないのか確かめにゃならん。ちゃんと確かめにゃ、あとで女房に殺される。邪魔になるからお前ら全員部屋に帰れよ!!」
「うそ、リカエルのお父さんだったの!!」
セシリアは、もうおしまいだ、と思った。




