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連行

 セシリアを抱いたリカエルは、幼子のようにセシリアに体を寄せて熟睡しきっている。セシリアはリカエルの寝顔を眺め、教会の聖母像の眼差しが柔らかい理由を知った気がした。


 両目を瞑ったリカエルの寝顔は安らかこの上ないが、長い睫毛のせいで目元に影ができてもいるので角度によっては苦悩しているようにも見える。

 セシリアが彼の眠りを守ってあげなければ。

 そんな風にセシリアは思いながらつい彼を撫でてしまうのだ。


 さらさらしているのに時々指先に絡む彼のような悪戯な癖毛。

 筋肉で引き締まった体の肌は滑らかで、柔らかな花びらのよう。


「全ての人に安らかを願う聖母の気持がわかった気がする。私が守りたいのはあなたの眠りだけだけど」


 セシリアはリカエルのこめかみに軽く口づける。

 リカエルは全く起きはしない。


「私に色々されちゃって慣れちゃったのかしらね」


 今なら彼を眠らせたまま、動ける?

 セシリアはそっと彼の腕から出た。


「うん?」

 起きた!!


「トイレよ。すぐに戻る」


「うん。約束」


 リカエルはセシリアが手に取るよりも早く彼女の下着を掴み、なんと自分の体の下に隠してしまった。セシリアはリカエルに怒るべきだが、彼のその素振りが猫にしか見えず、彼の額を叩く代わりにキスを落とした。


「行ってくる」

「うん」


 セシリアは涙を堪える。

 嘘ではないし戻って来る。

 彼をもう一度寝かしつけねば、自分は彼を捨てることはできないのだから。

 彼女はトイレに行った後に馬車の客間に戻り、リカエルの為の毛布を取った。

 彼女の人生そのものの宝物も。


 それから再び貨物室へと戻ると、再びリカエルの腕の中に入った。

 リカエルはセシリアの帰還に眠たそうに瞼を開け、嬉しそうに微笑みながらセシリアに両腕を伸ばしたのだからセシリアは彼の腕の中に戻るしかない。


 彼に人質にされていた下着も取り戻さなきゃ、そうでしょう。

 違うわ、もう少しだけ彼を味わいたいのよ。


 しばしのち、再びリカエルから規則正しい寝息が聞こえると、セシリアはゆっくりと彼の腕から這い出た。途中リカエルは目を開けたが、彼女がデザイン帳を開いていることで安心したのか、すぐにまた目を閉じる。


 セシリアは嗚咽を飲みこんだ。

 彼女は想像してしまったのだ。

 リカエルと結婚した場合の生活の一部を。


 夜中にデザインを思いついてデザインを描きはじめる彼女。

 きっとリカエルはそんな彼女を煩く思うどころか、こうして見守り微笑み、彼女の情熱について応援だってしてくれるだろう、と。


 だから彼女は、自分の幸せをそのデザイン帳に残した。

 リカエルとのハッピーエンドを望めないならば、今のこの一瞬を留めておこうと、彼女はリカエルの寝顔を宝物のデザイン帳に描き残そうとしているのだ。

 そして彼女はリカエルを描き終えると、もう一枚のページに浮かんだばかりのドレスデザインを描き、そこにサインがわりに最愛の男性への別れの言葉を書いた。


 セシリアがそのページをデザイン帳から破り取り、動かした自分の荷物の代りに置いてもリカエルは起きなかった。

 それは彼がセシリアを信じているからだ。

 セシリアにはわかっていた。

 わかっている癖に、セシリアは彼を捨てたのである。

 愛した人に裏切られた悲しさを自分こそ知っているのに、セシリアはリカエルを裏切って捨てたのだ。




「さっそくの罰がこれってことね」


 セシリアは地上に出られるはずの階段を見上げて溜息を吐く。

 セシリアの大事なドレスは、車輪付きの荷物箱にリカエルが収納してくれていた。そのお陰でどこまでも持ち運べる状態であるのだが、持ち運びには条件が付いていたとセシリアは思い知らされたのである。

 普通の鞄よりも重い箱は、女性の力では階段を攻略できない、と。


「リカエル呼ぶ?」


 セシリアはイーナに対して首を横に振る。


 男爵である彼の未来のために身を引いたというのに、荷物が運べないから手を貸してと彼にお願いしに戻るというの?

 どれだけ彼を馬鹿にした行為になるというの!


「出来ないわ。ええと。一回中の荷物を全部出して、持てるだけ手で持って上にあげて、最後に空の箱を上に持ち上げるのはどうかしら?」


 セシリアの提案にイーナは笑顔を返してくれたが、その笑顔は、ヤレヤレと完全に呆れ返っているものである。


「言いたいことがあればどうぞ」


「リカエル今までの男ぜんぜん違う。今まで逃げなかったくせにリカエルから逃げる。理解できない」


 セシリアはイーナに全く言い返せず、ぐうの音も出ない、を体験した。

 そして普段はセシリアに賛成意見しか言わないイーナこそ、セシリアに言いたいことを色々とため込んでいたようだ。


「本気で店出す気があるのか?リカエル怖い男。新しい店潰す奴らに睨み利く。私達住む家も用意する言った。どうしてあんな優良物件を袖にした!!」


「聞いていたの!!」


「ドカンと大きな音した。私寝ていたの起きる。当たり前」


 セシリアはリカエルが頭をぶつけた情景を思い出し、真っ赤になった顔を両手で覆った。真っ暗になった視界の中で、あの馬鹿、とリカエルを罵りたい気持ちと、頭は本当に大丈夫?という彼への心配心がせめぎ合う。


「どうしてリカエルを捨てた?」


「――彼が男爵様だから。私と結婚を考えてくれた素晴らしい人だから。だから、愛人には絶対になりたくなかったの。愛しているからこそ、金銭での関係に絶対にしたくないのよ」


「ならば結婚すればいい」


「いいえ。私は誰とも結婚できないのよ」


「じゃあ俺の愛人になるか?」


 急に低い男性の声がセシリアとイーナの間に挟みこまれ、セシリアとイーナは言い合いをしていたことも忘れて互いに抱き合った。


 真っ暗に見えた影から、にゅっと男が姿を現した。

 一般的にセシリアの父ぐらいの中年男性だが、彼の姿は一般的と全く言えない。

 暗がりでよくわからないが金髪か薄茶色の髪をした男は、とにかく背が高くて体格が良く、セシリアは戦士をイメージした。


 なぜ戦士なのかは、彼が身に着けている衣服からではない。

 身に着けている衣服など粗末どころか、灰色の仕立ての良いスーツ姿である。

 そのスーツの生地など、生地を見慣れているセシリアが、一目で上級品だと言ってしまえるほどのものだ。


 それなのに彼が戦士としか思えないのは、灰色スーツの生地を通してでさえ、戦士としか思えないほどに鍛え上げられた筋肉があるのがわかるからだろう。

 さらに言えば、セシリアを見下ろす男性の顔がマダムデボンヌと繋がっていた暗黒街のボスよりも凶悪そうでありながら、あのボスやデ二スピエルにあったような陰湿さが見えず、神々しい威厳さえも感じてしまえるからでる。


 よってセシリアが抱いた彼への第一印象が、騎士でも貴族でもなく、戦士、だったのだ。


「あの」


「とりあえず立ち話もなんだし、俺達のヤサにおいで。俺達から盗まれたその玩具箱について色々と聞きてぇしな」


 抱き合っているセシリアとイーナは、今度は同じ叫びを心の中で上げていた。


 リカエル!!

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