貨物室の木馬
リカエルはセシリアが諦めたはずの荷物を持って来たと言った。
その荷物は馬車の貨物室に片付けられているらしく、彼はセシリアに対して荷物の確認をしようと手を差し出してきた。
「女性にドッグスタイルになろうなんて酷なことは言わないよ。俺達はしゃがんで移動のヒキガエルスタイルになろう。出来るかな」
「私は別に四つん這いでもかまわないわよ」
「俺が構う。俺は女性に変な期待をしている昔の男なんだ」
セシリアはリカエルから差し出された手を掴む。
そして貨物室に乗り込み、彼女は狭くて暗くて変な体制で移動するしかない空間の中で、自分がワクワクしかしていないことに気が付いた。
セシリアを誘導するリカエルの横顔こそ少年のようなワクワク顔だ。
彼はセシリアの視線に気付いていたからか、目玉をぎょろっと動かした。
セシリアは目が合った事に驚き急いで視線を別の場所に動かす。
「ははは。驚いちゃった?いいのに、俺を穴が開くぐらい見つめてくれても」
「え、ええ。驚いたわ。凄い馬車で視界がぐるぐるよ」
「俺に見惚れていたって認めないのか。いじっぱり」
「気付いていたなら、あなたこそ私を見ていたってことね」
「そう。俺は君を盗み見ていたさ。君は美人で好きな顔なんだ」
セシリアは自分の頬が真っ赤に染まったはずだと思った。
そこで仕返しにリカエルこそ見惚れる顔だと返そうと思ったのに、セシリアの口から出たのは可愛げも何もない台詞である。
「それで、ここには武器も入るって言っていたけど、ええと、戦車の格納庫にどうして木馬があるの」
リカエルは口元をアヒルみたいに突き出して不機嫌な顔を作り、思いっ切り不貞腐れたという風にセシリアからそっぽを向いた。
しかし、彼が顔を向けた方角は木馬がある場所だ。リカエルはどこまでも律義にセシリアの質問に答えようとしてくれているのだと彼女は気付き、次こそはちゃんと彼に合わせて彼を誉めてあげようと誓った。
「あれか。俺もどうしてあるのか知らない。この馬車は前ドラゴネシア当主が、お前も使っていいよって、今の王様に管理を押しつけたってことしか俺は引継ぎしていないんだ」
「――ドラゴネシアって、陛下に優しくない人達?」
「さあ。デューン様は、どこまでもドラゴネシアだったからな。それからさ、これは戦車でもあるけどね、俺達を運ぶ砦でもあるんだ。イーナが呼んだとおりのゴングリア、巨大要塞、さ。ゴングリアって音からして格好いいな」
「敵国にこれで乗り込むの?」
「いいや。新天地を探しに行く移民船だな」
「どういうこと?」
「俺達は戦闘民族だ。明日には世界中から恨まれる。平和になりゃいらないって虐殺されるかもしれない。その時には生き残った子供達だけでもこれに乗せて、新世界へと送り出そうって、そんな馬車だ」
「あなた方はそんな覚悟をして私達を守っていたのね」
リカエルの馬車の説明にセシリアは喉を詰まらせた。
リカエルが初対面だったセシリアをどこまでも親身に助けてくれるわけがこれかと、セシリアは理解した。理解して悲しくなった。
彼は高潔すぎるだけであるのに、勝手に期待して心惹かれるばかりな自分は、なんと浅ましい性なのだろうかと。
「だから木馬があるのね。小さな子供が乗るかもしれないから」
「あ、ああ。いや、それは」
「違うの?」
「うーん。これって、クラヴィスの木馬だろ?」
「違うの?ドラゴネシアの木馬ってどんなのなの?」
「どんなって」
セシリアは驚いた。
リカエルがドラゴネシアの木馬についてセシリアに説明しようとした途端に、リカエルの瞳から涙が一粒彼の頬をつたったのである。
「リカエル?泣いているの?」
「埃だろ。馬よりも君は自分の荷物を確認して。俺が持って来たドレスは君が書いたデザイン画の奴と間違いのない奴だよな」
「ああ、そうだったそうだった」
セシリアは自分の荷物のことを思い出し、リカエルが運んでくれた荷物へと向かっていた。
どうしてこんな奥にわざわざ入れたのだろうと考えながら向かったため、尻に軽い衝撃を感じるまで自分が四つん這いで移動していた事にも気が付かなかった。
「きゃあ。お尻を叩くってひどいわ」
「酷いのは君。俺の涙は?」
「埃でしょ?」
「違うかもだろ?」
「そうね。持って来たドレスが間違っていたら泣く事になるわね。マダムデブンヌのデザインドレスを持って来ていたら許さないわ。あんな才能無しの作品と間違ってなんかいたら、私への凄い侮辱ですからね!!」
「わお、怖い」
リカエルはセシリアの返しを鼻で笑った。
そしてセシリアはリカエルに憎まれ顔を向けながら、男二人が横になれそうな棺みたいな大きな箱の蓋を開ける。
!!
一瞬で彼女こそ悲鳴を上げて、海を作り出すほどに涙を流して泣いてしまいそうになっていた。
全部、ぜんぶ、取り残しどころか、諦めていたものまで入っている!!
「どうした?」
「すごいわ!!」
セシリアは横に並んだリカエルに抱きついていた。
そして、あんなにも恐ろしいはずの人が、簡単すぎる程に床に転がってしまった事に驚くばかりだった。




