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「世の中の創作論ぜんぶムカつく」
「とんでもないこと言い出したな君」
部室にて。
唐突に富士見は気性難を爆発させた。
「論ってパッケージングで己の価値観をいかにも正しいですよと主張したがるとこがムカつくんすよ。鼻っ柱を蹴っ飛ばしたいなって。あんたの好みを世界全体に適用させようとするような態度が気に入らない。ンなモンは知らねーんすよ。あんたの考える正解はあんたの中での正解でしかねーでしょ。そのくせどいつもこいつも金太郎飴みたいに似たようなことばっか書きやがってよお~~? ムカつくんじゃ」
「……成功者の知見にはバイアスがある、という部分だけは同意しよう。だが、自らが持つ知識を共有しようという態度は社会を豊かにするものだ。そうやって階梯を積み重ねることで、人間社会は発展してきた。芸術もまたそうだ。とりわけ、インターネットの影響は大きい。多くのアマチュアの絵の質は、年々上がり続けている。平均点の高さ、という観点で見ると、10年前とは比べものにならないだろう」
「でも、文学は違うじゃないすか。新作が過去作を掃いて捨てるってコトないんすよ。古典作品がまだ読み継がれてるのがそのショーコっす。センパだって古典大好き人間でしょ」
「『読書について』」
早川が書影をかざした。19世紀ドイツの哲学者、ショーペンハウアーが著した図書だ。
内容を乱暴な一言でまとめると『本は作者の思考が出てくるものなのでりっぱなひとが書いた古典以外読む価値なし』となる。
「本ッ気で嫌い。その本マジで嫌い。文章の一文一文に注釈つけて何もかもを訂正してやって作者の人生すべてを否定してやりたくなるくらい嫌い。死ねッ!!ああもう死んでたっすねーよかったー」
「こら早川。富士見を刺激するな」
岩波はどうどう、と、がるがる言う富士見を諌める。
目が血走っている。100年以上前に亡くなった相手への言葉じゃない。完全にヤバい奴だ。
「うふふ。わたしは好きですよう。たとえ誤謬があっても。それは、ヒトの価値観がはっきりと浮き出た表現なのでえ」
「ほーん。つまり種族ヒトの標本としてホルマリン漬けになるのがお似合いってことっすね」
「うふふふ。今日のふじちゃんは過激さんですねえ。
べつに、わたしはよいと思いますよう。多くの創作論のなかで、共通してる正解は十分語られてると思いますしい」
「は? お言葉ですが正解なんてんなモンあるわけが──」
「『毎日書くこと』ですよう。己の生産速度を高めろという指示は、常に正しいです」
ぐぎ、と富士見がうめいた。
「ですけどぉー! インプットとかあるしぃー! 創作って自分が摂取したモノからできてんですよー!! あと文字打つ以外にもフツーにやることありますしー!」
「ポモドーロだ」
「は? ポモ?」
「25分集中と5分休憩、計30分を一日のどこかに作る。そこで書くことを習慣づけるべきだ」
※べき論である。実際にやっているわけではない。
あまり書くとき集中とかしてない。だらだら書いてる。書かないでサボる日とか普通にある。
「…………まあ。まあ? 一定の妥当性があることは認めないこともないっすよ?
Web小説のライバルは同じWeb小説だけじゃない。ヒトの時間は1日24時間しかないワケですから、あらゆるコンテンツが敵にいます。敵が多すぎる。……とりわけソシャゲ! ログボとかいう邪悪システムで習慣化させ、デイリーミッションとか周回とか邪悪な可処分時間を奪ってくる仕組みを次々に出してくるんすよ!! カネだけじゃなくて時間も奪ってくる!!!!」
「嫌ならやめてもいいんですよお」
「やめません!!!!」
「『自由論』」
「……そうだな。個人には、愚行権もまた保障されているものだからな」
「はー? センパ風に言うなら『費用を払って精神的効用を得るって行為』に変わりないですー。なんすかー?高いごはん食べにいったりするのとそんなに変わりないですー。
……ってそうじゃなく! わたしがソシャゲの話を急に出したのは、これが忘れられないための仕組みであるためです。
読者さんが忘れていくことと、現代のクリエイターは闘わなくちゃいけない。しかもその上、星の数ほどいるんです。だから、できるのであれば毎日更新を続けるべきなんです。……できるのであれば!」
「逃げたな」
「逃げましたねえ」
「『逃げるは恥』」
「だ、だってわたしアマチュアですもーん!!! 素人創作の利点は、ウケなくても別に野垂れ死ななくてよいことですしー!! 商業はウケなきゃ打ち切りですけどWeb創作は作者の気力ひとつでいっくらでも続けられるんすよー!!」
ただし、その気力の源として、やはり読んでくれる人の存在は大きいのです。
主に自分への備忘録と筆遊びのために書いている、この文章すら、目を通してくれる──恐らく各話目を通していただいていると思われる──読者さんが一定数います。
正直に言えば、忘れられることが一番恐ろしいことです。
「赤の女王仮説、というものがある。進化生物学の仮説で、生態学的地位を保持するために、生物は変化し適応し続けなければならないといった内容だ。
その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない。恐らく、Web小説とはそういう舞台だ。好いてくれる人はより長く残ってくれるだろうが、多くの人は忘却し離れていく。それを繋ぎ止めることができるのは、恐らく、より多くの文章をより早く投稿することだけだろう」
キャラクターたちがそう語っている上で、毎日更新はできません。『趣味のひとつ』というスタンスを崩すのは、それはそれでムリがでてしまうので。
筆者は、ウケを必ずしも志向しません。取っつきづらさをまず前面に出して、それから本命を投げることばかりやっています。こういったウケを志向しない姿勢は、商売になってくるともうその時点でビジネスパートナーに対する背信行為になりますが、おそらく見つかる予定がありません。
「……く、くぅー……!! せ、世界が敵だらけッ……!!」
「富士見。僕が思うに、君は何かを敵だと見なしすぎる。敵など、そうはいないものだ」
そう言って、岩波はすっと一呼吸をして。
「いいかい。──敵は、電子ジャーナルを高騰させる一部の学術出版社だぞ。奴らは社会の敵だ。APCなどと称して所属機関と投稿者から投稿料を二重取りしようとする。さまざまな公的サービスに対して税金泥棒という誹謗を時折耳にすることがあるがその目的は多様であり必ずしもそれは正しい批判ではない一方で公費である研究費を世界中から簒奪しようとする連中は最もその表現に相応し──」
「さあ!! 執筆執筆!!」
個人の価値観を滲み出し過ぎるとロクなことにならない。
富士見は強制的に終わらせることにした。




