(発売記念SS)冬フェンリル座
季節は春のはじまり。
あたたかい雨が雪を溶かして、冬が終わったあとのこと。フェルスノゥの空気はすっきりとしている。
私は洞窟を出て、夜になりかけの空を見上げていた。
「さむ……」
春だもんねえ。
春毛になり冬の加護は変化していて、冷気にあんまり耐性がないの。
髪の毛はうっすらとしたピンク色、懐かしい桜のような色。
獣耳がうすら寒い風を受けてピルピルしてる。
「ふうーーーーーーーー」
息を吐くと、冷風になる。
山の下の方まで吹き抜けていって、豊かな野の緑をおおきく揺らした。
春に芽吹いたばかりの緑はしっかり根を張っているから葉が飛んでいくなんてことはない。
ゆらゆら揺れているのはダンスしてるようにも見えて、春を謳歌している。
「そろそろ星が出てきた」
ピカピカと一番星が光っている。
いつかこの世界に来たばかりの頃に、フェンリルたちと星を繋いで遊んだ。
いろんな星座を作って── どんな配置だったかだいたい覚えてる。だから星が一つ光るたびに、それを繋いで探してみた。
あれ?
「ないっ」
ユニコーン座、繋げなかった。
「また、ないー!」
フェンリル座も見当たらない。
それからしばらく空とにらめっこ。星がだんだん増えていって動いていって……けれどフェンリル座の基準になる青のよく光る星が見当たらないの。
「もしかして。地球と同じように軸があって自転をしてるから? 見える星の種類が季節によって違うの? 宇宙があって重力があって球体の星があって、その一つがこの世界? SFみたいになってんじゃん……まあそうとも限らないけど」
この世界には魔法があるから。
ふうーーーーと空に冷風を送り、雲の形を変えてしまう。冬フェンリルの愛子の魔力は、氷の魔力。雲の温度を変えたり形状を変えたりということがしやすい。
星座は見つけられなかったから、雲でふわふわしたフェンリルを空に作った。
「なーーんか名残惜しくって」
<何がだ?>
「うわフェンリル!?」
私は今、崖の手前に座っていたんだけれど。
その崖の向こうからズオオオッと浮上してこないでほしい。尻餅をついちゃったよ。下は青の草で柔らかかったけども。
冬に土壌が回復して、雪解け水を飲んで育った草花がすくすくと育っている。
この山頂に生えている草花については冬の名残で、葉が青いのが特徴だ。
幻想的な青の葉が茂る森の入り口に、フェンリルが座る。ほのかに桜色の春の毛並み。
尻尾が誘うように揺れたので、私も崖からちょっとバックして、フェンリルの毛並みにもふんと埋もれた。
ああーーーーコレコレ〜〜!
春眠にも最適すぎる。ふわりと繊細な毛並み、サラサラの手触り、それに獣のあたたかさ。花の匂いがする。最強かよ。
<エル、ただいま。森林のパトロールは問題なかったよ>
「早いお帰りで嬉しいなあ」
<後半はグレアに任せてきた。たいそう喜んでいたな>
「グレアこの仕事大好きだもんねえ」
<エルはなにを?>
あ、さっき崖のところでぼうっとしていたから心配されちゃった?
大丈夫だよ。なんか病んでたわけじゃないから。
「空を見てみて」
<ふむ……私の形をした雲か?>
「そう〜。冬フェンリル座がなくなっちゃったからさ」
<あの星をつなぐ遊びのことだな>
思い出を大事にしてくれるところがフェンリル好き好きの好きです。
<星の出現は四季によって変わる。まず最もきらびやかに光る星、冬は青、春は緑、夏は黄、秋は赤。その星の周りを月がめぐる。ひとつの季節で一周だ。そのほかの星は、四季に祈りを捧げる生きとし生けるものの数だと言われている。星の光の強さは四季を尊ぶ心の強さだ>
「そんな仕組みなの!?」
知らなかった……フェンリル座を作ったとはいえ、毎日空を見ていたわけじゃないからさ。
そっか、月はそんな動き方をするんだね。
満ち欠けはしていたはずだけど、その仕組みも、太陽の光をもらって〜とかじゃなく、魔法的なものなんだろう。
なるほどファンタジー。
「あ……じゃあ春の夜がちょっと薄暗いのって……」
<春への尊敬の心が少ないのであろう。それに緑の星もかがやきが弱いな>
二人ともの獣耳がへにょんと下がる。
「春龍様、回復するといいねえ……」
<そうだな。翠玉姫があちらに戻ったしこれから改善していくことを祈ろう>
「祈るだけでいいかなあ」
<エルは、自分ができることがあるならつい多めに与えてしまうところがある。美徳だが心配だよ。それなら──まずは祈るところから、でどうだ? 祈れば”どうしたいのか”がわかる。先に何をするのかと考えてしまうと、やることそのものが目的になってしまって理想に近づけないこともある>
「勉強になります」
すごく納得。
目先のことに囚われて全体像を見られなくなるんだね。
それにやり始めちゃうと、忙しさに翻弄されたりもするし。
ただ準備すればいいわけでもなくて、自分を信じて感性を研ぎ澄ませてから── 祈る。
<……今、青の星が一瞬光ったな>
「え、うそ!?」
<エルのことが周知されていなければ天変地異として騒ぎになっていたことだろう>
「今となっては雪国で何か起これば私たちが説明に行くもんね、うん……お手間かけます」
<嬉しいことだよ。またエルを自慢できる>
フェンリルがすりすりと鼻先をすりつけてくる。
鼻先がちょうどよく渇いていて気持ちいいくらい。
<エルが祈って冬の星も”そうあればいいな”と同意をしたのだろう。もともと四季の調整をするために生まれたのが大精霊だ。もしかしたら世界が春龍の助けになってくれるかもしれないな>
「そう祈ったよ。春龍様が回復しますようにって」
<理想はそうだなあ>
「だねえ」
そうそう、私があくせくと動き始めることじゃない。
褒められたりご褒美が欲しいわけじゃない。回復してくれるならそれが一番いいんだから。
「空。実は久しぶりに見たんだ」
<大地に住まうものたちのことで大忙しだっただろう。冬姫としてよく学ぼうとしている>
「ふふふふ。やりがいあります」
フェンリルの背中にもたれかかって、尻尾を膝にかける。あったかーい。
「ここで寝ていい?」
<快適なのだな。うん…………おや、ヒバリが鳴いている>
夜に鳴く鳥は冬はフクロウ、春はヒバリなのかあ。ぼんやり閉じてきていた瞼を上げると、獣の青い目は空高く飛ぶヒバリを見つけて、口元がいつの間にか微笑んでいた。だって私に子守唄を降り注がせるみたいに鳴いて、頭上をくるくる回ってる。
懐かしい。冬が枯れていた頃、こうやって鳥たちが集まってきて私に最後の果物をくれたことを思い出す。
「祈ろうっと」
<そうしてあげるといい>
「この世界を保ちたいなあって。あ、この世界が保たれますようにって」
<そうそう、エルだけじゃなくて私たちも背負うから>
フェンリルがヒバリを真似て喉を鳴らす。
え、そこデュエットするの? すごくない?
<おやすみ。冬フェンリルの愛子>
「はーい。おやすみ旦那様……」
おやおや、とかフェンリルが呟いたのを聞き流したふりをして、私は豊かな桜色の毛並みに埋もれた。
すーーぐに寝ちゃった。そしてまた、冬姫エルとしてフェンリルの懐で目覚めるの。
読んでくださってありがとうございました!
現在シリーズで「春フェンリル」を連載しています。もしよかったら遊びに来てくださいね!
これにて冬フェンリルの冬本編はマジの完結。
発売日も迎えられて、ひと息です〜緊張してる〜!><
もしよかったら小説評価を☆☆☆☆☆で聞かせてください。みなさまにとって楽しい物語がお届けできていたら嬉しいです!




