春フェンリル:プロローグ[GOGO!ハネムーン]
10月連載予定の、一話目です!
いま溜めてるので10月から始められるよう、頑張りますね〜〜!
「うわあ! すごーい!」
ゴンドラから身を乗り出すようにして、私──冬姫エルは思いっきり叫んだ。
できるだけ無邪気に。
できるだけ明るく。
だってハネムーンに来ているんだからね!!
訪れたのは、春龍の加護を授かっている緑の国「ラオメイ」。
霧深く、仙人が住んでいそうな雰囲気のある谷に、切り立った山々がそびえる。濃い緑の木々はどれも樹齢1000年以上だそうだ。わずかに甘い香りが漂うのは、名物の桃の時期だから。
その山々を繋ぐのは、龍のひげから作られたロープ。
ゴンドラを繋げて、山の間を行き来する。
驚くほど頑丈で、谷風にもびくともしない。
「エル。ゴンドラは頑丈でも、落ちてしまったらひとたまりもないよ」
フェンリルが私の首筋をつかんで、そっと後ろに下がらせた。
私の恋人、フェンリルは、巨大オオカミであり冬を呼ぶ大精霊。今は人型でたおやかな青年の姿をしている。
白雪の肌に、青色のすずやかな瞳。冬には長髪だったけど、雪解けとともに肩につくくらいの長さの桜色の髪になった。
優しい微笑みを湛えている。控えめにいっても全人類が見惚れてぶっ倒れるくらい美しい男子だ。
ぽうっとしている私の姿が、フェンリルの目に映ってる。
そっくりの桜色の髪がサラッと揺れて、大きな青の瞳は見開かれて、頬が染まってる。
獣耳がピクピクすると、頭にかぶっている刺繍のスカーフが持ち上がった。
(このまま抱き寄せてしまってもいいんだけど)
(おひかえなすって!?)
(なんだその言い方。ふはっ)
クスクスとフェンリルが笑いつつも、離してくれないなあ。
ハネムーンだぞ!!本当だぞ!!ってアピールしないといけないもんね?
──真実を言うと、これは緑の国ラオメイへの「外交」だから。
この世界は春夏秋冬、それぞれの四季を司る大精霊がいるんだけど、春龍がかなり弱っている。
春はやってきたけれど、わずかな間桃の花を咲かせたら、すぐ暑くなってしまった。
このままでは芽吹きが全て枯れてしまう恐れがある。
春に芽吹きがなければ、夏には植物が枯れて、秋は食料が足らず、冬に凍えてしまうだろう。
他国の龍のことだけど、他人事なんかじゃない。
この世界で生きている限り、四季を保つことに協力をしなくっちゃ。
私たち冬フェンリルの夫婦は、春龍を冷やしてあげて、芽吹きが育ちやすい気候に戻すために、はるばるやってきた。
なぜハネムーンなんて言い方をしているのかというと、狙われないため。
これまで秘境から出ることがなかったフェンリルが、不慮の事故に見せかけて攫われたり、狩られたり、春龍を治すという目的を邪魔されないように、華やかな建前を掲げているわけだ。
大精霊がいるということをただの伝説と思っている国々、人々も多い。
なにせ秘境から出てこなかったため、当たり前に季節は来るものと思っているんだ。
私も、”日本にいたときには”そうだったもん。
あ、異世界転移者なんです、どうも。
こちらにやってきて冬姫としてフェンリルと「冬を呼ぶ魔法」を使って、季節を順調に巡らせるのがどれだけ大変かを知った。
春龍もきっと努力していて、でもできなかったはずだ。
早く、助けてあげたいな。
……私たちを眺めている、緑の国の方々の視線がぶっささってきますね?
こんなところでいちゃついていてすみませんね?
ハネムーンなので!! ってご理解下さいね!
ここで護衛を務めてくれるラオメイの使者さんと、春龍の使者である「影」の人型。
どちらも取り繕うということが苦手らしいので、ゴホンゲホンと咳払いをしている。熱烈ハネムーンを見せつけて「これで行きますからね」と慣れて頂くしかない。
途中で外交らしさが出ちゃうとせっかくの周知も水の泡だからね。
私たちだって嬉し恥ずかしなんですよ。恥ずかしさもあるんです。一緒に頑張ってくれ。ちょっとはごめん。
「そうっと見守るものですよ」
「ハネムーンは夫婦の愛を深め合うのが目的ですからー」
……フェルスノゥ王国の第四王子である双子が、一番しっかりと場を調整してくれているなあ。
「僕たちは外遊なのです」
「みなさま、緑の国のことを教えて」
幼い二人を連れてきている建前は「外遊および外交」、本音は「フェンリルの盾」である。
フェンリルを狙うものたちにもし遭遇してしまった場合、オトリになる。
双子は魔法や魔道具が使えるから足止めができるし、毒を盛られるとしたら一番幼い二人から狙われるだろうと。雪国の女王ミシェーラが命じて、双子は応じたのだ。
まだいたいけな子供だから、正直すっごく気が咎めてしまうんだけれど……フェンリルがもしも死んだらこの世界から冬が消え、やがて春・夏・秋も回らなくなる。世界の終わりを防ぐための冒険はまるで英雄のようだとまで熱く演説をされたら、二人の同行を承認せざるをえなかった。
それにコミュニケーション能力が高いから普通に頼りになる。
たくさんの人が協力してくれて、このたびの外出が実現した。
みんな、願いは同じはず。
春を立て直し、四季をしっかりと巡らせること。頑張ろう。
──ゴンドラの進行が止まった。
「影さん?」
この影さんが、緑の魔法を使って架空の植物を芽吹かせて、ツルの長さを調整することでゴンドラは進んでいたのに。
みると、影さんは完全に腕をおろして魔法を使う気がないようだ。
ラオメイの使者さんが訝しげに尋ねる。
「ど、どうされた。使者殿よ……」
双方は同郷だけど、霧山と国家からの使者だから、けして同僚ではないんだよね。話し方にも距離がある。
ぶっきらぼうに影さんが言う。
「冬フェンリルのお力を見せていただこう。果たして春龍様を回復させられるのか」
「何っ!?」
「無礼です。外交問題になりますぞ!」
「はねむーん、なのだろう?」
ははーん。私たちは信用がないってわけだ?
…………。
「いいよ。やります」
「冬姫様……お気分を害されていたら申し訳御座いません」
「はい。きっと霧山の使者さんは、春龍様をどうしても治したいから、私たちがその意思と実力を持ち合わせているのか……心配なんですよね? 敵意がないのか、どれだけ相談を聞き入れるのか、そういうことが知りたいはずです」
だって霧山の緑妖精がかつてフェンリルのいる雪山に毒を送ってきたもんねえええええ。
そりゃ、自分たちが報復されないかも気になるよねえええええ。
あ、ラオメイの使者さんは気まずそう。
自国の責任大きいからね。
そういう気まずさとかふっとばしてさ、協力の意思を持てるようにしようよ。目的は同じはずだ。
うん、これはオープニングにするべき良い機会だと思おう。
「いいよね? フェンリル」
「エルがやってみたいなら喜ばしいと思っているよ」
「やる!」
「そうだな、ふふ。……使者よ」
フェンリルの声がグンと重くなる。
大精霊の魔力を感じて、影の使者はきっと膝をつきたくなったはずだ。震えている。
けれど立ち続けた。どうしても春龍様を治したい、そちらの意思は伝わってくるよ。
「どうしてほしい?」
「……風を、後方に吹かせてくれ。ゴンドラの操作は我々がこなす」
「了解!」
フェンリルが私の体を支えてくれている。
搭乗者が総勢10名、ゴンドラの隅につかまった。
準備はオッケーね。
「冷風!」
フウーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
口をすぼめて魔力の風を吹き出すと、台風のような風が爆発的にゴンドラを押した。
風向きを知るための風車が、恐ろしい勢いで回っている。
あわてて影の使者が緑魔法を使い、ロープを強化した。
さて、冬フェンリルの気合いもわかってくれたかな?
丁重におもてなししてちょうだいね?
「!!!」
はるか谷の底から、うめき声が聞こえてきた。
私たちの獣耳にしか判別できない声。
「春龍のようだ。自分はここにいる、と私たちに意思表示してみせた。交流するつもりはあるのだろう。
──冬は上から、春は下からやってくる」
雪が降ってくること、芽吹きを表しているんだろう。
私はもう一度、獣の声を交えて、大きく息を吹き出した。
フウーーーーーーーーー!!!
「!?!?」
──豪速で、一番大きな山のてっぺんにあるラオメイの王宮についた。
待っててね、春龍様。
読んでくださってありがとうございました!
この春編、
10月から連載しております♪
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