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(おまけ小話)桜祭りと雪の国・当日編4☆

 

(エル視点)




 お昼だーーー!


 今日はフェルスノゥ王国からのお弁当が配られている。


 雪解け水と春野菜がとろけたポタージュスープ。真っ白なゆで卵と、岩塩。ナッツが入った香ばしいパンと、砂糖漬けのベリーが練り込まれた甘いパン。それから桜の模様が入った真っ白な蒸しパンのセット。


 それがまとまって小箱に入っていて、スープのために使い捨てのカップと蓋、スプーンもセットになっている。こぼれずに大量に作れるメニューを探していたから偏っているけど、許してね。



 街の人たちは興奮した様子で、お弁当を受け取っている。


 各家庭で遠出のためのパンを持っていくことはあっても、お弁当という形で栄養面を考えられた食事セットが配られるのは初めてのことで、私が日本の常識をもとにフェルスノゥ王国と相談をくりかえした企画だったのだ。えへん。


「なんだこの蓋、薄っぺらくて中が見えるなんて不思議だ!」

「紙のカップとスプーンなのに頑丈だなあ」


 それは結界魔法をうすーく伸ばしたものなんです。

 優秀な幼い王子様たちが手伝ってくださって、もちろんコストは高めなんだけど、特別なこのお祭りのためにって頑張ってくれたんですよ。


「ふふん!」

(エル様。尻尾がスカートを持ち上げています)

「しまった。はあ、ポタージュスープもおいしいねえ」

(エル。また尻尾が)

「くううう! 私の感情に反応して動いちゃうよお」


 お弁当が美味しいなーって喜んでたらこれだよ。まったくもー。私の尻尾。


 フェンリルがクスリとしながら、屋外に出されたフリーテーブルに新しいお弁当を広げている。

 それ二つ目では?

 よっぽど気に入ってくれたんだね。

 お昼からは私たちも忙しいから、たくさん食べておかないとねー。


「お、お腹が苦しい……」

「エル様…………俺の顔を見て察してくださいね?」

「小馬鹿にされている! フェンリルの方を見て癒されよう」

「それは俺もやります」

「オマエたちは元気がいいなあ」


 にこーっとしてくれるフェンリルを見てカロリーが消費されたような気がするよ。

 心臓も2倍速で動いてるしね。


 さて腹ごなしもできたし! 午後の部、はっじまっるよーーー!




 ☆




 街の大通りに雪だるまが整列する。


 さっきまでのふらふらしたウブな動きはどこへやら、ぴしっとガーディアンのように木の枝の腕を敬礼させた。

 おお……と人々から歓声が上がる。


 さすがに今の雪だるまたちに安易に近づこうとする人はいなかった。

 少し遠巻きにしながら、大通りに注目が集まって人だかりができる。


 そしてフェルスノゥ城から、パレードの飾り車がやってきた。

 ヘラジカが複数でひく巨大な乗り物。冬のソリのような見た目で、雪の上を滑る板の代わりに、車輪がついている。


 ヘラジカの歩行はよく訓練されていて、ゆっくりと脚を揃えて歩く。

 ……あんなことができるなんて! と移民たちは息を呑んで見入っていた。

 フェルスノゥ王国の面々は誇らしそうだ。ヘラジカはミシェーラ姫のトレードマークともいうべき動物だから。


 幼い頃、街にミシェーラ姫がやってくるとヘラジカを乗りこなしていた。

 それは冬の名物だったのだ。


 冬フェンリルの代替わりに選ばれてからは、もうめっきり街には現れていなかったが……


 それには新しい冬姫様が収まってくれた。



 久しぶりに街に現れたミシェーラ姫は、白金のゆたかな髪を春風になびかせて、瞳のような青のドレスに、若草色のやわらかい布を肩にかけていた。

 頬には遠目から見てもわかる「桜色」の化粧を施している。


 ミシェーラ姫は隣にいるクリストファー王子から、鈴がついたステッキを受け取った。

 笑いながら二人は何事か会話している。

 そしてクリストファーが一歩後ろに下がり、横笛を持つ。


 空気の中をスーーーと進むようなまっすぐな音から、演奏が始まった。


 巨大な飾り車の後方に座っていたのは器楽隊だったのだ。

 優しいメロディーは、ミシェーラの声を邪魔しない。



「ごきげんよう!」


 フェルスノゥ王国の伝統的な礼。

 国民たちは同じ仕草を返した。

 まだそれを知らなかったものには、周りの大人たちが教えてやっている。


 ミシェーラ姫は群衆が頭を上げるのを待って、リィン! とステッキを鳴らした。


「みな、雪だるまたちに魔力を分けてくださってありがとう。この光景を作ってくれたのは、紛れもなく国民のみなさまですわ」


 ミシェーラが微笑むと、雪だるまたちも同じように口角を上げた。それは見ている方が幸せになってしまうような「へにゃり」とした笑顔。


 そしてくるりと雪だるまが回ると、その頭上に魔力で作られた小さな雪雲が生まれて、なんと”上向き”に雪を噴出し始めた。


 国民たちがざわざわとして雪だるまを指差し「あの花飾りをつけてる雪だるまに魔力を分けてあげたんだ」「その花飾りをあげたのは私よ」「あっ、僕があげたお菓子食べてる!?」──など口々に噂する。


 それから自分たちの手を見た。

 氷色の爪を見た。


 フェルスノゥ王国に所属するものである証を。


 ある黒髪の男子は、緑の爪の先端が、わずかに氷色になっていることに気づく。


「……?」

「その土地で育まれた食材を食べ、四季の気候を体に受けて、心で愛することによって、生き物は変わっていけるんだよ」


 隣にいた白金髪の王子が、歌うように諳んじた。

 自分の氷色の指先を並べて見せてやる。


「ほらね」

「本当だ……色が似てる……」

「嬉しい? 私は嬉しいよ! 君と友達になれて!」

「ぼ、僕も」


 ささやかな声の本音が呟かれた。


「僕も嬉しい」


 恥ずかしくって今にも顔を覆ってしまいそうだった。

 うつむいた時、わああっ! と大きな歓声。


 空を見上げると、氷でできた春龍が悠然と飛んでいたのだ。春風に乗って──





 ☆





(エル視点)


 まじか!!!!

 春風に酔っちゃうなーーー!!!???


 私は今、氷でできた春龍の上に乗っている。

 くぼみがあるんだよ。デパートの屋上のコインで動く子供向けの乗り物みたいに、座れる場所をつけてみました。すごくない?


 溶けない氷を飲み込んだおかげで、春であっても私は氷魔法を使うことができる。

 そして圧倒的な春風を吹かせて氷春龍を動かしているのはフェンリルだ。

 さっすがーーーー!


 ぐあああああーーー!

 風が強い! お腹が膨れすぎてる! 吐かないぞ……けど酔うーーーーーー!


 フェンリルは人が湧く光景をよく分かってる。空中ででっかい氷春龍がぐおんって旋回したりしたらすごいよね。


 ものすごい安定感のある春風なんだ。

 ただスピード感もものすごくて。

 絶対に降りられないジェットコースターって感じかな。


 終わってくれ……!!


 あと何分?


 ピピピピ、とストップウォッチが鳴る。

 ”異世界の落し物”を参考にしてクリスがつくってくれたからくり魔道具。

 

 パレードのソリも彼の手作りだっていうんだから驚きだよね。これからは雪山調査と魔道具作成とか裏方の仕事を楽しむつもりみたいだ。


 っと、私は私の仕事を。



「”──春よ、来い”」


 なんてね?




 氷の春龍がしゅわりと半分溶けて、冷気となる。

 その体に内包されていた大量の花びらが、豊かに街に降りそそいだ。


 桜祭りだから。

 みんな上を見上げていて。

 たくさん歓声が上がった。


 大成功だね!



 ホッ、とした時。

 私の鼻の頭に、ペトリと桜の花びらがくっついた。


「ふえっクシュ!!」


 ……やばーーーー!? 


 どんどんと春龍が溶けていく。

 私は足元の氷が無くなってしまい、転がり落ちた。


 足場もなく空中に浮かんでいるっていう事態にひやっと背筋が凍る。

 なんとか、なにか創り出そうとしたけど一度途切れた集中力は魔法として形になってくれなかった。


「フェンっ」



 フェンリル!


 ──って呼ぼうとした時にはもう、彼の腕の中にいた。


「エル。お疲れ様」

「……平然としてる。すごく平然としていらっしゃる。えええ? そんな当たり前のように微笑まれても……私、失敗しちゃった。ごめん」

「ミスは想定されていただろう? なにかあれば私が助ける手はずになっていたんだから問題ないよ」

「うううドジが把握されている……」

「それよりもエル、ありがとう。国民の楽しそうなこと!」


 たしかに大歓声だ。

 おおおおおおーーー! って空気が震えるほどの。


 下を見ると、フェンリルは氷の支柱を咄嗟に作り出したらしかった。

 何本も乱立している。

 高さが違う氷の支柱を、ジャンプしつつ階段みたいにして登ってきたんだろう。


「それ私も見たかったなああ……!」

「エルの前でだけまたやってあげよう」

「ファンへの福利厚生が手厚い。ありがとう。それにしても私が落ちたのに気づいたの、早かったね?」

「エルのことなら。っと言いたいところだが、私よりも目がいい者がいたからね」


 誰だろう。

 考えられるのは……


「双子の第四王子とか?」


 お弁当箱を開発するときに、王子様たちに手伝ってもらったんだけど、その中でも飛び抜けて魔法が上手な双子がいたんだ。柔和でとても物知りな兄と、ものすごく魔力が多くて五感が優れた弟。まるでクリスとミシェーラみたいだね、って話してた。


「そう。弟のメロニェース・レア・シエルフォンだ。上空を見ていたら異変がありました、と私に連絡をよこしてきた」

「あとでお礼を言わないとねぇ」

「ああ。……もし連絡がなくとも私がエルを助けるのは変わらなかったが、怖い思いをさせる時間が短くなったのは間違いなく彼のおかげさ」


 ……フェンリルの獣耳が伏せている。


 これはもしかして、嫉妬ではなくともモヤモヤとか、そういう甘酸っぱい感情なのではないでしょうか?

 その憂いを帯びた表情美しすぎるでしょ。刹那の全てがシャッターチャンスすぎる。くっっっスマホを日本に帰してしまったのが惜しくなっちゃうほどの光景だな。


「エル?」

「フェンリルを悲しませたくないから言わないよ」

「言ってくれ」

「悲しそうな顔をしているあなたもカッコいいなあああってえええええ顔が近いよお!」

「そうだったか。照れているエルは可愛らしいな」


 そういうこと言う!!!!



(──そろそろ降りてきてくれませんか?)


 グレア毒電波とばしてくるのさすがだな。

 ユニコーン氏、嫉妬してストレス溜めたんですねごめんって。


 そういえば公衆の面前だってこと思い出させてくれてありがとうね! 今更だけどさ、顔が赤くなっちゃうぜ……!




 企画としては氷の春龍からこっそりと降りてくるはずだったんだけど、はちゃめちゃに目立ってしまった。

 いつもこんなんだな。

 まあ……桜を楽しんで、移民の居心地もよくなるといいねって当初の目的は達成できたからいいか。


 氷の支柱を、フェンリルに横抱きされたままとんとんと降りて、大通りの中央に立った。

 微笑んで手を振りながらも、私の目はうつろだったに違いない。恥ずい……。



 白金の髪の第四王子たちが走り寄ってきて、無邪気に繋がれた手の先には、黒髪の男の子と、ひまわり色の髪の女の子。他にも赤髪の子とか、青い髪の子もいるし、いろんな輪を作れたみたいだね。


「冬姫様。これを受け取っていただけますか?」

「春の若草にお菓子を編み込んだリースなんですっ。ボクたちどうしても何か贈りたくて……飴の包み紙が四季の色で、きれいでしょう?」


 お子様らしさをモチーフでアピールしつつ、幼いから無邪気にプレゼントを押し付けにいってもしかたないよね♡という天使の目論見で渡されたリース。

 いいでしょう!


 被り布を取りはらって、桜色の髪と獣耳をさらけ出すと、リースを冠みたいに乗っけてみせた。



 声をあげて笑った。


「桜祭りを楽しんでる?」

「「はい!」」


 ”サクラ”だなー!

 でもいいじゃん?

 企画としては大成功だ。失敗もあったけど大ごとになる前に対処ができてるし、参加者の盛り上がりが絶頂になったところで閉会のファンファーレが鳴る。


 ここでファンファーレなの。面白いでしょ。

 終わるのに、まるでこれから始まっちゃうみたいだ!


 これからの余韻は国民たちがゆったりと味わうためのもの。



 空に吹きすさぶ桜の花びらと、雪だるまから現れる雪のかけら、街にあふれるパステルカラーに、耳に残るミシェーラ姫が鳴らした鈴の音。こんなの忘れられないよね。まだあるよ?



「それではみなさま、手を組んで、その氷色の爪にフェンリル様への敬愛を、フェルスノゥ王国への祈りを捧げて下さいな──」


 みんなが頭を下げた。


「手を上に!」


 号令とともに反射的にみんなが手を上げる。

 指の先端が冷たくなって、ほんのわずかに漏れた氷の魔力を感知し、魔法陣に誘うようにしてまとめあげたミシェーラが極大魔法を使う。



 空がダイヤモンドダストのきらめきに包まれて、そのきらめきの一つは自分自身なのだと、国民の心に忘れられない光の雪が降り積もった。







挿絵(By みてみん)


双子の第四王子。

春フェンリル編でも活躍してくれます。


右の子が女装なのは、現フェンリルが王子→代替わりとできたことをふまえて、ミシェーラが亡くなった場合にはこの子が控えていたのでした。

魔力も経験もミシェーラには及びませんがとても優秀な子です。




挿絵(By みてみん)

飴ちゃん入りの冠リース



8月25日は、春フェンリルハネムーン編のプロローグを公開しますね!


引き続き、お楽しみいただけますように♪


コミカライズは8月は休載で、

9月25日に9話が更新です。


こちらもよろしくお願いします!



読んでくださってありがとうございました₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑!

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 今回も楽しく読ませて頂きました。 小劇場風(?)感想!? グレア 「……エル様(シッポ)は”本能に従順・忠実”でいらっしゃいますねぇ……」 エル「!?」 グレア…
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