(おまけ小話)桜祭りと雪の国・前日編☆
【桜祭り】の支度がおおいそぎで進んでいる。
伝統的な機織りの音がかちゃんかちゃんと街中に鳴り響いて、特別なタペストリーが作られているんだって。
糸屋さんは朝から晩までひっきりなしにお客さんが訪れていて、こんなに騒がしい春は初めてだとぼやきながらも嬉しそうだ。
気むずかしそうなおばあさんの顔のシワがゆるんで曲線を描いている。いつも怖がって逃げていく子供達がちいさな硬貨を握りしめておそるおそるやってくると、春の木苺をプレゼントしているくらい。
ガラス工房の窓からは熱気が漏れ出ている。春らしい色のガラスをこの土壇場であろうとも作りたいのだと、職人さんが団結している。隠居していたおじいさんまでやってきて、新しいものを生み出す楽しみが工房歌となって窓から漏れる。
飲み物の差し入れを持ってきた若奥さんは、ガラスの水差しにさわやかなハーブを漂わせて清涼感の妖精みたいだった。
「いかがですか? エル様。お忍びでやってきた工房街の様子は」
『日常が見えて、なんだかとっても楽しいよグレア!』
グレアの「フン」とすかした鼻息が頭の後ろにかかる。
うひいっ……!と桜色の毛並みを逆立ててしまったのは不可抗力だ。しょーがないじゃんくすぐったかったんだからー。呆れたような目で見ないでよぅ。
今、私はちいさな桜フェンリルの姿になって、グレアの腕に抱えられている。
グレアは春用のまっしろな被り布でその特徴的な紫髪を隠しているから、補佐官のユニコーンだってみんな気づかないみたいだ。
全身を包むのはゆったりとした白の民族衣装。
フェルスノゥ王国では、冬が終わると、装いがガラリと変わる。
重い毛皮のコートを脱いで、軽やかな白と青緑色の布を重ねた軽装になるの。
とくに変わったのは靴だ。
雪のかぶっていない緑の大地を踏みしめるために、靴が変わる。靴底が薄くなり大地を駆けるのに適した、くるぶし丈のやわらかいブーツ。
空気はキンと澄んでいておそらく気候的にまだまだ肌寒いはずなんだけど、あの長い冬を越している雪国の民にとっては、春の冷風くらいなんてことないんでしょう。
腕まくりしてる人までいる。
この時点でこんなに軽装だと夏はどうなるんだろう? とか先のことまで考えてしまうよね。
いろんなフェルスノゥ王国を知るのが楽しみだー!
私の桜色の尻尾が、ふかふかと左右に揺れる。
ブルッとグレアが震えた。
「ちょっと、くすぐったいじゃないですか。尻尾を制御して下さいエル様、人型の素肌はビンカンなので、ああわずらわしい」
『ぶつぶつと……グレア一人で喋ってて怪しい人みたいだよー? みゃんっ』
「こうしてしまえばよかったですね」
『小脇に抱えるの、反対!』
せっかく手足の裏をグレアの両腕でしっかりと支えられていたのに、今や片腕を輪っかのようにして持たれているからサーカスの火の輪くぐりかよぅ。
私のちまっこい肉球があられもなく晒されている。ひー違和感! ぞわぞわするのね……獣の姿で地面に足がついていないと居心地が悪いとは、新発見。
知りたくなかったぞ?
『ぶーー……』
「下品な声はおやめ下さい」
『あれ?』
「どうなさいました?」
視点が下がり、グレアの腰あたりの景色だからこそ、気づいたものがある。
ガラス工房のそばの樽の影に、変わった服装の子どもが身をひそめている。
生成りのくすんだ布地に緑の刺繍がほどこされた珍しい服を着ていて、光沢がある布を肩から斜めがけにして縛っている。男の子なんだけど足元がひらっとしてる変わったズボンを履いていて、ペタンコ靴が印象的。
この辺りでは珍しいまっすぐな黒髪でつぶらな瞳を潤ませていた。
『どうしたんだろう?』
「……ちょうどいいか。エル様、魔力察知をしてみて下さい」
『え、やり方は?』
「野生の本能」
目覚めよ!!!!
私の野生!!!!
くっそーーこんなもんで分かるようになるかい!!
力を込めて肢体をピーーンっと張ってると、グレアが冷めきった眼差しで見下ろしてきた。
「捌かれる前の小動物のようですね……」
『オオカミだぞ』
シャーーっと威嚇しておく。
グレアにフィーリングでやれと言われたので恥をかいたんだからねっ!?
と文句を垂れるとなぜかウンウンと頷かれた。
「まっとうな主張です」
なんで叱られて嬉しそうなんだこの馬……尻尾が揺れている。ユニコーンだって気づかれちゃうぞ。
こほん、とグレアが仕切りなおすように咳をした。
「エル様は誰かを責めることが苦手でいらっしゃる。ついつい口が滑ってしまう幼狼の時期が終わって、最近では取り繕うことをよく覚えられてしまった。それイヤなんですよね」
『私情じゃん……』
「それがなにか? 俺は俺ですのでね。俺のイヤなことは望ましい方へと変わりやがれと思うのは道理です」
『獣ってたくましいよね。それを本人にぶつけてくるあたりとくにさ』
「エル様じゃなかったらやりませんし」
『なんなんだよぅ!?』
「信頼ですかね。あ、クリスにもよくやってました」
『それはちょっとわかる……』
反応が楽しいよね。
クリスってピュアだからさ。
なんだよそんな私の反応も楽しいものだみたいな結果に繋がりそう理論……やだやだ、すっかり墓穴を掘らされてしまったぞ。
「おや静かになった。キャンキャンとよく吠えましたねぇ」
『イヌ科の特徴の方ピックアップしないでくれる?』
「そろそろ本能的なやつ、どうです?」
『名称がすごい適当!』
ンーーーーー!と唸ってみる。奥歯の方がムズムズする。
それから獣耳の先っぽの毛が逆立って、おっ、これはもしや、”察知”をできてるんじゃないですか?
フェルスノゥ王国の"涼しくて心地よい"魔力とは”違うもの”。
フェンリルの体毛の調子が変わってしまう、あたたかくてそわそわと心を浮足立たせる別の魔力。
草と泥と雨のまざった独特のにおい。
『──緑の魔力だ』
「正解です」
『ってこんなこと長々やってるからさあ、あの子、逃げてくんだけどーーー!? そりゃ立ち止まったデカイ人間がじーっと自分のいる方見てたら不自然だし怖いよねえ!? つまりグレア、コラッ』
「エル様の訓練が最優先でいいと思いましたのでね。俺の中で」
『万能だなあ俺の中!』
「追いたいですか?」
『う、うーん……追うようなものか私は知らないから、補佐官さん、指示を仰ぎたいです!』
「そうでしょうそうでしょう」
グレアが得意げに「ふすーっ」と鼻息を吐いた。こういうしぐさ、馬の名残があるよね。
「追わなくてよろしい」
『そうなの?』
「ええ。エル様は、あのものが隠れているからやましいことがあるのかと感じた、それから緑の魔力を察知したことで、先日までの騒動のことを思い出して心配になった。追いかけるべきか悩まれたのは、意図を測りかねているから。──意図がなければいいのですよね? ないと思いますよ」
『どうしてか、教えてくれる……?』
「ええ」
グレアは私をガラス工房のそばに連れて行って、なかの人たちに「水を分けて欲しい」と言った。あわててもってきてもらったハーブ入りのお水を飲みながら、工房外の木陰の休憩所で、ひと息つく。
うん、話をするには落ち着いた場所がいいけどさ。グレアがハーブ入りお水を飲みたかっただけなんじゃないの……?
じとりと見上げると、綺麗な横顔がまんぞくげにコップの水を飲み干していた。
……まあ、いっか。
私はちびちびとコップの水を舐めた。
その姿を職人さんたちがスケッチして「このお姿をガラスに再現するぞおおお」「淡いピンクのガラスを持ってこい!」と盛り上がっているので仕方がないのさ……。ちびちび……ちびちび……
ハーブの香りが心を鎮めていってくれる。
ふう、と舌で口の周りを舐めたところで、素朴なクッキーが口に突っ込まれた。
グレアの膝に乗せられたのでそのままモシャモシャと咀嚼していると、つぶやきのような言葉がふってくる。
わずかに獣の音が混ざっていて、おそらく人間には聞き取りづらい声だろう。
「さっきの子どもは、緑の国付近にルーツを持つ移民かもしれません。
他国から観光としてやってきてこの土地の冬に魅せられて移住を決める、よくあることなんですよ。ひと冬超えるころには、あまりの寒さに耐えかねて引っ越していくものが多いですけれどね。ほら、フェルスノゥ王国民がこの土地に住めるのは、フェンリル様の加護をいただいて寒さに強くなるからだ」
グレアは私を撫でていた手を、顔の前に持ってくる。
すらりとした指に乗っかっている爪は、氷色をしていた。
私も同じだ。
爪は氷色、牙や瞳が青色がかっている。
「ここしばらく冬が来なかったので、他国から定住したものがいつもより多かったようですね。エル様はまだ気にかけたことがなかったかもしれませんが、春・夏・秋のどの地方のものも一定数おりますよ。一番少ないのは夏の民です、なにせ彼らは寒いのが苦手だ。見分けかたは爪が常向日葵のイエローカラーであること」
『へえ。それでも滞在する魅力がこの街にあるの、わかるなぁ』
周りを見渡すと、異国情緒のある街並みがどこもきちんと整備されている。
住民が街に愛着を持っている証拠だよね。
雪の重さに耐える木造りの頑丈な家々に、雪の白さのなかでよく目立ちそうなカラフルなタペストリーが家ごとに違った伝統模様で飾られている。冬の間はぶあつい窓の内側にあったタペストリーは、今は玄関に飾られていて春風に揺られてひらりと動いた。
商店には魔法で凍らされた魚、トナカイの肉の塩漬け、野草を摘んできて束ねたものなど。畑はもう少し街の向こう側にあるようで野菜が少ない。その代わりに草原で取れる木苺がカゴに盛られて甘酸っぱい匂いをただよわせている。
玄関扉に青の肉球マークがあってね、フェンリルと冬の街並みを歩いた時のことを思い出してクスリとした。
物はけして多くなくて、派手ではないけれど、素朴な自然の恵みをだいじに使い、たくましく雪を踏みしめて生きてきた人々の生活がここにある。
私も、初めて街に降りて来た時に圧倒されたっけ……。
命を薄っぺらくしか感じられなかった社畜時代とちがって、ここにいる人たちは生命力が体の奥底から湧き出んばかりで、あたりまえに『生きたいから生きていた』。
みんなで力を合わせて。雪かきの仕事が終わったらお酒を交わして大笑いしてた。
『ステキだっ』
「ええ、ええ、フェンリル様がお護り下さる土地ですから」
グレアの基準が圧倒的にフェンリル信者なのはいつものこととして。
白金髪の子どものグループが工房にベリーを売りにきていて、可愛らしい声を上げている。フェルスノゥ王国で生まれた子たちなんだろう、職人たちは慣れた調子で「よう、来たね」「今なら機嫌がいいから小遣いに色をつけてやるぞ!」と言いながら中に招いて、お駄賃をあげていた。
硬貨を握りしめた子たちは、はしゃぎながらお菓子屋さんへと駆けていく。キャンディにでも交換するのかな。
『……』
「あのコミュニティが雪の民だけで構成されていることに違和感を感じていらっしゃる?」
わかりすぎでしょ補佐官すごいな!
『違和感っていうか……むーーん。なんて言ったらいいのかなあ……』
「そのお気持ちをそのまま口に出したのは正解ですよ。状態が分かりました。ようはモヤモヤしているものの感情の原因がわからなくて困っているのでしょう。解決したいかどうか、は?」
『解決したい』
ウンウンと頷く。
「よろしい。陰鬱な感情をため込むといいことがありませんものね……」
『グレア、顔、顔。なんで邪悪?』
「昔イヤなことがあったような気がいたしまして」
や、闇〜〜〜。
『いろいろあったんでしょうけど、んで、忘却の魔法で自分を押さえ込んでいたんでしょうけどね……? それ、あとになって跳ね返ってこない? ほら、イヤなことがあった気がするけど思い出せなくて気持ち悪いぜ〜みたいな』
「そんな時はフェンリル様のことを考えると安定しますので」
『グレアってフェンリルとしか生きられなさそうだよね』
グレアは私の前脚の裏側に手のひらをさし入れると、ひょいと持ち上げた。
真正面から顔を見合わせることになり、なんだよー、と眉をゆがませてリアクションしてやった。
まぶたに相当する辺りの筋肉が動いて、おそらく訝しげなオオカミが生まれているんじゃないだろうか。
『──おーい、ジェネリック・フェンリルで冷静になろうとしてない!?』
「じぇねりっく」
『うわ超悔しそう。へへーん意味がわかんなかったでしょーそうでしょ〜だって異世界日本の外来語だったからね、うわ顔怖……ごめんごめんって』
「正解は?」
『真面目だねー。えっとね、本物ではないけどほぼ同等の効果を持つ後発品』
「ハハハハハハハハ片腹痛い!」
『爆笑するとこ!?』
絶対わかってやってるってこのユニコーン!
私がこないだ使った”片腹痛い”をもうマスターしてるぞって見せつけてきやがる。言葉の学習能力が高いのは認めるけど性根がちっちぇえ!
どうせ私はまだ未熟すぎるフェンリル未満だよぉ!
あ、工房のみなさんが驚いてこっちのこと見てる。
ちょ、そこのデザイナーさん、私たちのマヌケな姿をスケッチするのやめてやめて。
グレアが立ち上がった。
ひょいと私を小脇に抱えて。
「フェンリル様に相談すればよいではないですか。影響力は絶大ですし知見も豊富、エル様が納得する答えにたどりつけることでしょう。それに俺もお姿を拝見できるので一石二鳥というやつです」
『私の悩みと自分の欲望を同等に持ってきたよこの人! いやこのユニコーン! 語呂悪……』
「さっさと行きましょう」
『会いたがっていすぎる!!』
フェンリルは今、桜祭りの最終調整のためにミシェーラたちと話し合いをしているはずだから。
城の庭園へと行ってみよう。
***
「ふむ」
フェンリルがぷはっと噴き出した。
「エルらしい」
ねえそこ笑うとこ? 獣の感性って時々独特なんだよなあ。
振り返ってみたけど『他国の、とくに緑の国の滞在人たちがこの国でつまはじきにならない方法あるかなあ?』って聞いたどこに笑いの要素があるんだろうか。
「答えが知りたいですか?」
『え、ちょ、グレアの読心術こわ……』
「そういう顔してるんですよエル様が。なお獣型の方が察しやすいですね、俺ももともと獣ですので」
『待って待って、悔しいからちょっと自分で考える』
つまり獣感性としては……
『……獣たちは自然の摂理で考えているからつまはじきになるならそれまで、外来種扱いするだけ。なのに私は人間的思考を獣の姿でおこなってかばうから、面白い。どうだ!?』
「フェンリル様ーエル様がこのようなことをおっしゃってますが〜」
『待て待て待て私を話しかけるきっかけにしようとするんじゃないよ!? すっごい声とろけてんじゃん! てか獣の声フェンリルも理解できるから翻訳いらないじゃん!』
フェンリルが口元を押さえながら俯いた。
こらえてるけど爆笑してるなこれ。
肩が震度7だよもう。
「ふ、くくっ、随分と街を楽しんできたようで二人ともごきげんだな」
『一番ごきげんなのは笑ってるフェンリルだと思うのよ?』
「ふふふ」
またしばらくフェンリルの爆笑終了を待った。
正直どれだけでも待てるんだよね。
フェンリルの笑う姿はめちゃくちゃ美しくて絵になるからさ。
可憐な雪解け薔薇のアーチを背景にして、ガーデンチェアに座る超絶美男子が、ふわりとした獣耳をゆたかに揺らしながら微笑んでいる。
(((はーーーーーー!)))
使用人が遠くでうっとりとため息を吐きながらばたばたと倒れている音が聞こえる。
同じく机についているミシェーラとクリスはさすがに王族だからこらえているけれど、机の下で拳を固く握り締めていて、本心としては机に突っ伏して悶えたいような心地なんだろう。わかるよ。
グレアは私を下敷きにしてる自覚を持ってくれ! 膝に乗せられてたんだけどグレアが身を折ったことによって桜フェンリルプレスされている。プレスされてるよ! スタンダップ!!
フェンリルの顔が見えないでしょ! 私も見たいのに!!
フシャーーーーー!と威嚇してなんとか退けた。
「すまないな、エル。相談についてだが、もう少し意見を聞きたい」
『意見ね』
現状は報告してある。
で、フェンリルは私がどうしたいのかを聞いてくれるそうだ。
それが、フェルスノゥ王国にとって害か益か、はミシェーラとクリスが教えてくれる。
二人にも聞いてもらうために人型になった。
ぱたぱたとスカートの裾を払って桜色の毛をはらう。
一人用の椅子を引きずってきて、尻尾は……椅子の背もたれのすきまに通して、座った。
あ、またフェンリルが笑ってる……。
「私ね、緑の国に関係するものや人を避けちゃう気持ちは、わかるの。そしてあの子供や移民の人たち自身が、ルーツのことを考えて引きこもっちゃうのもわかる。冬の終わりにあんなことがあったばかりだもん。
でもそこで拗れちゃったら、せっかくこの街を気に入って移住してきた人たちなのにって。あの人たちがフェルスノゥ王国を気に入って移住してきたことは確かだって思うから、だから……どうにかしたい」
それが意見かな、と締めくくった。
なんとも中途半端で、まだ迷いが残ってる。
ええい、全部はきだしちゃえ。
「……私、元の世界で働いているときに、営業の仕事をする機会があったんだけどね。話しかけに行った先で辛くあたられたことがある。誠意を込めたプレゼンを持っていったけど、御社の資料は見る気にならない!って追い返されたんだ……。所属するグループで評価が変えられてしまうのは、つらいよね。努力じゃどうにもならない」
ここで区切った。
「あのね殺気押さえて?」
みんな顔がものすごい笑顔なのがすげー怖いです。
過ぎたことだからね。
例え話だからね!……でも口にしたってことは私の中でずっとくすぶっていた後悔だったんだろうけど。
「グレア、全員の怨念ゴホンっ思念を昇華できるか?」
「仰せのままに」
「いつの間にそんなことができるようになっちゃったんだよユニコーン氏!?」
やっベーー感じなのでもうスルーすることにした。
やたらと私の心がスッキリしているのは、愚痴を吐ききったからだと思いたい。まさか時差で異世界日本に念を送り込むなんて無理だよねぇ。
イヤー溜め込むってヨクナイナー。
「国民のちいさな意思ではどうにもならないことを政策で支援するのも、国家の仕事です」
ミシェーラがニコリと微笑む。
クリスも頷いた。
「ああ。せっかく春への感謝をする空気ができあがっているんだ。緑の国が春を呼んでくれた、と説得力があるタイミングを逃さないほうがいいな」
「ええ。狙いに参ります」
「強気だ」
「女王様とお呼び?」
くすくすとミシェーラたちが笑ってる、有名な絵本のワンフレーズを口にして。
それくらいゆるい空気感が生まれている。みんな無事に訪れた春に浮かれているのだ。
「夏の暑さにイライラし始める前に、調和を目指すのがよさそうですね」
グレアは暑いのがちょー苦手なんだって。あの長い紫髪をぜったいに切らないのも一因じゃないかなって思うけど。フェンリルに褒められた栄誉あるたてがみだからって。
「私も協力しよう。目的は緑の民と雪の民の縁結び。きっかけにするのは桜祭りのパフォーマンスがよさそうか?」
フェンリルの同意ももらって、私はじめじめしていた心が春の空のように晴れやかだよ!
フェンリルがまるで幼狼にそうするように私の頭を撫でた。あ、私の尻尾ぶんぶん揺れてる。
「さて、根本の問題は、緑の民について”得体が知れない”信用できない”という点だろう。その心を安心させてやればいい。エル、考えてごらん。きっと大丈夫だから」
丸投げ!?
桜祭り、明日なんですけどーーーーーー!?
私は夜更けまでウンウン唸ることになった。
なんとかアイデアを捻り出す。
夜桜を見るまえに、フェンリルの毛並みに包まれるとくずれおちるように眠ってしまった。すやぁすやぁ……。




