83:ラストエピローグ【ミシェーラ編】
【冬フェンリルエピローグ:13】
(ミシェーラ視点)
「懐柔、見事なものだったよ」
檻の部屋から廊下に出ると、待っていたカイル王子がわたくしにそう声をかけました。
「誘導尋問、というべきかな?」
「そうですね。今は決断を急がねばならぬ時です、そんな状態で彼女ができるだけ納得できるよう猶予を与えたこと、わたくしたちにできる最大の配慮だったと思いますわ。カイル王子、その間の会議のご調整も誠にありがとうございます」
「あー、うん、ミシェーラ? 俺が悪かったから、そう重々しくしないでくれ。寒々しくというか、うん。ごめんって」
カイル王子が頭をかいて、わたくしに少しだけ会釈をしました。
誘導尋問をしたこと、わたくしにも自覚がありますし、言及されて嫌な気持ちになりませんよ。
つまらないジョークとは思いましたけれどね。
さて、切り替えましょう。
「彼女の答えですが……」
「あ、うん。会議室で発表してもらってもいいかい? 実はあちらでもちょっとした騒動があってね……」
まあ何かしら。
早足に会議室に移動します。
会議室は騒然としています。
中央に緑の伝統衣装をまとった男子が転がっていて、ピンときました。
「ここにお前を呼んだ覚えはない!」
緑の国王の声。そうでしょうねぇ。
転がっている男子は、緑の国の王子に瓜二つ、というか双子であり彼自身も王子なはずです。
あ、たった今、父親に勘当されておりますけどね。
ただの男子となりました。
わたくしはまず紫の髪を探します。
「グレア様。お怪我はございませんか?」
あの王子が暴れたかもしれませんから、ユニコーン様に怪我でもあったら……とまず心配になったのです。
声に反応がなかったので、マントをひっぱると、グレア様が振り返った。まあ瞳が冷たいこと。
「無傷です」
「それはよかった。あちらは?」
「地獄に落ちたようです」
なるほど地獄に落としたのですね。
ユニコーン様は負の感情を高まらせると、対象を呪うことができるそうです。
やたらと「腹が痛い!」と騒いでいる男子はそうとうな報いを受けたのですね。
「彼、何しにきたのですか?」
「抗議だそうですよ。緑の国の王位継承権を剥奪されたのは納得がいかない、緑の姫君と話させろ、それと……」
グレア様がぎりっと奥歯を噛み締めました。
「フェルスノゥ王国の陰謀だなどと、馬鹿馬鹿しいことを……!」
「あらぁ……」
グレア様が地を這うようなドス声で告げた途端、王子は口を押さえて真っ青になり、まわりの者たちが「吐くか!?」「漏らすか!?」と戦慄しました。
「外に連れて行け!」と緑の国王の怒声が響きます。
会議室で自国民がそんな失態を犯したら国家の名に泥を塗るどころではすみませんものね〜。
……わたくし、もし遭遇したら色々とぶちかましてやる予定だったのですけど。
やる気も削がれましたわ。
もうフラフラではないですか。
「お、お前は!」
「あらぁ。通り過ぎざまに指差される覚えはございませんわ」
「フェルスノゥ王国のミシェーラ……! 次期女王だと? 国土を毒で汚し、冬の魔獣を死にかけさせたそうじゃないか、不出来な管理者だ。世界の四季をなんだと思っているんだ!」
てめえの罪状をよくもこう都合よく記憶改変してなすりつけようと考えるもんですわね。
それから四季魔獣を、ただ四季を保つ道具と思っているらしいのも実に腹立たしい。
彼女らは生きていて、心を持ち、一生懸命に自然に恩恵を与えてくれているではないですか!
──あらやだわたくしったら。
ドン!! と会議室が大きく揺れて、足を踏ん張った国王たちは真っ青になりました。
氷で覆い尽くされた部屋。
ほんの一瞬で魔力を拡散、なにごともなかったかのように氷を消し去ってみせた。
わたくしは巨大なツララを剣のように持ち、カツンと先端を男子の喉につきつけました。
しかしながら相手は冷たい檻の中。
動けるはずもございません。
「ごめんあそばせ。今にも嘔吐しそうでしたから、氷漬けにしておきました……あなたが然るべき場所に辿り着いたら、魔法を解きますわ」
元王子をまるごと含む氷柱──。
緑の衣装も、ぶわっと乱れた黒髪も、険しい顔も、全てが晒されています。
緑の国王が、こめかみを指でグッグッと押して頭痛に耐えていますねぇ。
氷を「どこに運べばよろしいかしら?」とカイル王子に笑顔で聞くと、青ざめながら「外の警備室に」とおっしゃいました。
妖精王様たちの力を借りて、一瞬で移動させます。
……はあー、とため息がいっせいに溢れましたね。
「彼の罰は、王位継承権剥奪と身分降格のようですね。それから他には?」
カイル王子が、緑の国の現王に尋ねる。
世界中の国が、耳を澄ませている。
「……一生我が国が面倒をみて、国外に出しませぬ。面倒をみる程度については、厳格に、と約束申し上げる」
確約、いただきましたわ。
厳格に、きっと生涯牢で暮らすことになるのでしょう。表向きは。そんなことしてたら寿命が縮まるかもしれませんよね、お察ししますわ。
妥当な落とし所だと思います。
話し合いが終わると、視線はわたくしに集まりました。
「ミシェーラ……君、さっきのは……! はー。代替わりの姫君の魔力は凄まじいな。こんなにも強力な魔法を一人で使える王など、各国で君だけだろう……王宮お抱えの魔法師が数十人で行うような大魔法だぞ……」
「素晴らしいですね!」
カイル王子が声に恐れを滲ませて言う中、帝国王子の晴れやかな声がかぶる。
うっとうしい馬鹿なのかそれとも場の空気を和らげた賢者か、まだ計れない。
わたくし、魔法を褒められるのはいい気分ですわ。
努力して磨いてきた技術ですもの。
そう考えたときに、どうしても緑玉姫のことが頭をよぎった。
彼女を救うことはできない。
わたくしはフェルスノゥ王国の安寧を願う女王なので。
どうか身内のことはそちらでよろしくと、緑の現王と第一王子を眺めた。
騒動についてきちんと謝罪しているあたり、カッと怒りやすいけれど、政治配慮はできる方々のようですわ。
膿が露出した今から、より良い国へと変わっていきますように……。
先ほどの大魔法に関して「妖精王様たちが手伝ってくれました」とごまかしておきます。
国王がたった一人で莫大な力を持つことは、他国に恐怖を与えかねない。しかし力が無いとみなされるわけにはいかないので誇示も必要、そのバランスを、わたくしはこれから身につけなくてはなりませんね。
「メイシャオ・リーと話しました。彼女はその名を、春龍に捧げて、回復を助けるようですわ。彼女の勇敢な決断に、どうかみなさまからの祝福を──」
スピーチを終えると、みんなが立ち上がる。
各々が伝統的な最敬礼をした。
「「「四季の安寧と、良い未来を」」」
良い未来を。
四季のため、国のため、魔獣のために変わってゆく乙女たちに、どうか祝福を。
わたくしが最上段で祈ると、いっそう明るい光がステンドグラスからふりそそぎました。
読んで下さってありがとうございました!
明日の朝、感想返信させてください(。>ㅅ<。)
これにてミシェーラ会議編、完了です!
次、ラスト!




