79:ラストエピローグ【ミシェーラ編】
【冬フェンリルエピローグ:9】
(ミシェーラ視点)
いよいよ会議本番。
わたくし、ちゃんとできるかしら? なんて弱気が顔を出しそうになれば、冷たい指先とブレスレットが慰めてくれました。
一人じゃありません。
フェルスノゥ王国とフェンリル様たちを背負っています。
まあ、なんて心強い重みなのかしら!
その重みを感じたままに足を踏み出せば、ミシリと床に霜柱が出現しました。
あら……。
「力が入りすぎでは?」
グレア様がため息とともに手を取ってくださると、柔らかな癒しの魔力が送りこまれて、すうっと霜が溶けていって、体が軽くなりました。
……まだまだこれから、ですわね、わたくしってば。伸び代がありますわ。
「その目を見て安心しましたよ、ミシェーラ。参りましょうか」
「はい!」
グレア様の底冷えするような暗い目とドスの効いた声もまあ心強いですこと。
堂々と胸をはり、会議室に入ります!
会議のための大広間は、高い天井のイエローステンドグラスから、自然光がさんさんと降り注いでいます。
きっと亀の甲羅模様なのでしょうね。
建築の美しさに、しばし見惚れ、満ちるあたたかな魔力に、まるでもう夏かと錯覚してしまうようでした。
半円の弧を描く会議机が左右にあり、すでに他国の国王や外交官がズラリと揃ってわたくしたちを迎えます。
お父様は先に着席していて、引きしまった厳しい表情でこちらを眺めました。
わたくしとグレア様は、机の間に通った道を歩いて、突きあたりの机につきます。
今季の発言権をもつ四季のいずれかの国が、まず報告をするのです。
「それでは、冬春の世界会議を始めましょう」
夏のカイル王子が、声を響かせました。
「冬の報告を申し上げます」
わたくしが声をあげると、囁きさえも封じられる。
外交官がペンを動かしメモを取り始めた。
声は壁に反射してよく響くので、喉に負担をかけずとも、広間のすみずみまで言葉を届けることができそうです。
「今年の冬は、至極順調に気温が下がり、雪が降り、水が凍って、大地に冬の魔力が満ちました。フェルスノゥ王国では魔物が冬毛になり、あたたかな春を迎えると雪解け水が土を肥やしました。理想的な冬であったこと、みなさまも実感されていると思います」
ここで、外交官などが顎を手でこするなどする。
自国の冬を振り返っているのでしょう。
ホッと緩んだ空気を、引き締めにかかります。
「全ては、冬の魔獣フェンリル様が力を取り戻したゆえ」
ごくりと唾を呑む音。
わたくしの後ろにいるユニコーンのグレア様に、注目が集まります。
彼が頷くと、はあー、へえー、などと感心の呟きが聞こえました。
「取り戻した、について、これから説明いたしますね。わたくしがここにいる理由でもあります。フェルスノゥ王国のミシェーラが、フェンリル様の代替わりとして捧げられる予定でしたが」
腕を前に突き出し、手のひらの上に、シャンデリアのような氷の芸術をつくりあげてみせる。
すると人々は息を呑んだ。
ええ、偽物ではなく、冬姫になるはずだった魔力を持つ娘ですわ。
「しかしながら──フェンリル様の愛娘となったのは、異世界の女性でした。わたくしよりも魔獣の魔力になじみ、氷魔法の才能がある彼女の名は、エル。……名前の一部をフェンリル様に託して、見事回復させたのです」
そんなことが可能なのか? 導きの魔法陣はどうなった? なんてざわざわと抑えきれない声が飛び交います。
魔法陣がどうなった、ねぇ……緑の国の王子が胸を押さえていますね?
「静粛に! まずは全て聞きましょう。……どうぞミシェーラ」
「ありがとうございます、カイル王子。現在、冬姫エル様と、フェンリル様、お二人が我が国に存在しています。エル様は莫大な魔力を持つ幼い魔狼、これからの成長が見込めます。またフェンリル様はすっかり力を取り戻してあと300年は生きるでしょう」
空気がざわついたのは、冬のバランスが崩れるのではないか!? ということでしょう。
それこそ今年みなさまが経験したばかりではありませんか。
「今年のような安定した冬を、来年からもお約束いたしますわ。フェルスノゥ王国の誇りにかけて!」
定型句で発言を締めました。
わたくしたちが全力で、冬を守る。
グレア様の頷きが心強いですね。
魔狼フェンリルの受け継ぎがこれまでとは違ったとはいえ、過去に男性フェンリルが300年間冬を保っていたことと、今季が安定していたこと、フェルスノゥ王国の現在で納得していただけたはずです。
質問がある方、とカイル王子が尋ねると、いっせいに手が挙がりました。
順番に答えていきましょう。
みな、冬の様子などを訪ねてまいりましたので、丁寧に返答をいたします。
そんな中、毛色の違う質問が飛びました。
「冬姫エル様とは、異世界の人材なのですよね。危険はないのですか? 不安定ではないですか?」
これについて、次の議題で説明する手順でしたのに……わざわざ大声で言及するなんて。
帝国の王子殿下。
やってくれますわね。
にこり、と氷の微笑を向けると、あちらはクスリと笑ってみせた。わざとなのでしょうね。
大国の方は恐ろしいですわ? 上等です。
(ミシェーラ姫! あっ次期女王! 帝国の王子は敵に回さない方がいい、非難をせずひとまず回答として応えること)
まあカイル王子。忖度、大切ですわね? 心得ておりますわ。
笑顔を彼に向けると、顔を引きつらせた。なぜかしらね。
「異世界について。みなさま、自国に稀に『異世界の落し物』がやってきますね? その落し物が、生身の人間として訪れました。それが今回の冬姫様です」
「異世界! どのような場所なのですか?」
帝国の王子殿下は目を輝かせて深掘りしてきます。
急かさないで。
と文句を言いたいですわ。
……適当に、地味なところだけを答えておきました。魔法よりも職人技術が発展しているようですよ、大きな建物が多いとか、と。
「魔法がないからこそエル様は魔狼の魔力をぐんぐん吸収して馴染んだ」なんて言ったら何を企むかわかりませんから、そっとごまかします。
「文化がまったく違うからこそ、異世界の落し物ってあんなにわけのわからない構造をしているのですね」
「はい。エル様が不安定なのか? について、フェルスノゥ王国が今後の冬を保証するだけでは足りないようですね。では、ご本人に答えていただきましょう」
(ミシェーラドライすぎー!?)とか必死でジェスチャーしているカイル王子は置いといて、パチンと指を鳴らしました。
わたくしのイヤリングが光って、氷色の翅が四枚、空中に浮かび上がります。
四隅を魔力の線が繋いで、四角のうすい氷が張りました。
これは!? なんて視線で問いかけられたので、声高く参ります。
インパクト勝負。
「妖精王オヴェロン様、妖精女王ティターニア様のご助力ですわ!」
クスクスと妖精の声が響いて、氷の面に、白銀の美少女が映った。
キャーーー! エル様ーーー!




