78:ラストエピローグ【ミシェーラ編】
【冬フェンリルエピローグ:8】
(グレア視点)
(注意もせずにほったらかし。自慢の娘を見せつけたかったんですか?)
(ほっほっほ)
そっと聞いてやれば、腹を揺らして国王は笑ってみせた。
フェルスノゥ王国は代々、家族愛が濃い。
他国に対して不敬にならない程度は心得ているだろうから、俺としては問題ないが、まあ派手だな、と。
国王は自国の警備隊に指示をして、目立っているミシェーラをさりげなく守らせている。
俺は、籠を運ぶとするか。
馬の蹄を鳴らして足踏みする。
……白の石畳の坂道は、馬の蹄では歩みにくい。
見れば、商人らは坂の上まで伸びたロープに籠をくくりつけて、回転式に動かすことで、商品を坂の上に運んでいるらしい。
なるほど、この仕組みがあるから、街には荷物ひきの動物が少ないのか。
で、道もこんなのだと。
まあ俺はフェンリル様補佐の最優秀ユニコーンなので、よほど籠を揺らすこともないのだが。
そこまで籠の中身を気にしてやる義理はない。
「グレア様。あなたが歩みやすいように、わたくしが道を作りますわ」
<そうしてもらえますか>
頷いて返事をすると、ミシェーラはにこりと笑った。
いや目がギラギラしている、ヤる気だなこれ。
彼女の肌が露出された肩に、雪色の光がふたつ。
妖精王と妖精女王のカケラだ。
その力を借りれば、春でもきっと。
「氷の橋よ!」
軒を連ねた商店の上に、氷の橋がかかる。
あんぐりと口を開けた下々を見下ろしながら、俺はかろやかに氷の上を走った。
背中では、青のドレスが揺れている。
「まさかグレア様に乗せていただけるなんて」
<箔がつくでしょう?>
ユニコーンに腰掛ける氷の姫君。
それは絵になることだろう。
紫のたてがみは……エル様曰く、美しいらしいですし?
ま、他のものをこうして乗せるなんて、今日くらいだ。
絶対にフェンリル様たちにとって有利な会議にしたいので、その努力は惜しまない。それだけ。
ミシェーラと先ほど、下々に関わりすぎないように見張る約束もしましたからね。
少し遠くに、異質な魔力を感じる。
横を見ると、赤の紅葉を散らして天狗の風で空を飛ぶ、秋の国ヒトウの者たち。
こちらに対抗したのでしょうね。
その反対側には、春の花咲く木の上を、忍者よろしく素早く走る……緑の国、オラアアアお前たちは自重しやがれ!! どのツラ下げて見せつけてやがるんでしょうね!?
恥知らずか!!
籠の中が、がたがた動いたような気配があった。
姫君とやらが緑の魔力を察したらしい。
知るか。
速度を上げると「キャアア野蛮!」と悲鳴があがった。フン。
氷の橋を渡りきり、黄色屋根が華やかな王宮の前に辿り着く。
広大な中庭に降り立った。
常向日葵という花がいたるところに咲いている。
そして、各国代表が勢ぞろいしていた。
大国・小国とわず、最上位外交官や国王・王子が顔を揃えてこちらを見ている。
この世界会議に参加することはステータスになるため、遠方から数ヶ月もかけて訪れる国もあるとか。
中でも、魔獣の加護を得た春・夏・秋・冬の4国は特別だ。
まず、魔力の種類が違う。
迫力を肌で感じる、とつぶやいている一般人の感想を鼻息で笑っておいた。
「やあー、ミシェーラ姫だね?」
秋の使者からミシェーラが声をかけられる。
「フェルスノゥ王国の氷の芸術を見ていたら、ヒトウも負けてられないなと思ってねぇ。ほら、うちって芸術大国だから。つい季節外れの秋の紅葉をお見せしてしまったよ」
黒の伝統衣装をまとっていて、燃えるような赤の髪、秋の国ヒトウの使者が、カラカラ笑って目を糸のように細めた。
まろやかな湯の匂いが香る。
秋の国……名物はたしか、紅葉と温泉。
「ふふ、そう言っていただけて光栄ですわ、火ノ丸王子殿下。わたくしたち、大荷物でしたので、国民の皆さまの邪魔にならないように空を通行したのです」
ミシェーラが凛と主張すると、その声には清廉な魔力がにじむ。
空気が冷ややかになり、周囲のものを圧倒した。
「……大荷物……」
苦い声を絞り出したのは、春のラオメイ。
緑を基調とした細身の伝統衣装には龍が描かれていて、組紐の装飾が華やか。
つややかな黒髪が顔に影を落として、切れ長の瞳が、怒るべきか悲しむべきかと困ったように、揺れている。
「ええ、大荷物ですわ」
「へぇ。通達で聞いていたけど、まさか本当に……?」
「……ッッ」
ミシェーラと、ヒトウの王子がねっとりと言及する。
「ストーーップ!」
怪しくなってきた雲行きを吹き飛ばすように、明るい金髪が割って入った。
オレンジがかった濃い金髪に、太陽石カラーの瞳がかがやき、褐色の肌に、色あざやかな貴族服をゆったりと着こなした夏の王子。
3人の間に立って「そこまで!」と牽制しているが、もともと距離はとっていたため、ぽっかり空いた広場にひとりきりで飛び出していった形となり、なんだか間抜けだな。
「みんなー! 会議室で話そう!?」
判断は正しい。
各国が「いかにも」とそろって頷いた。
ミシェーラと秋の王子はしれっと「そう思っておりましたわ?」「同じくですし」と合意し、緑の王子だけが唇を噛み締めていた。
……あちらは双子の王子だと聞いている。
俺が呪っている片方は腹を抱えて苦しんでいるはずだし、今ここで俯いているアレは、"もう片方"なはずだ。
顔立ちが、籠の中の姫とよく似ている。
大人しそうではあるが、負けじと到着競争に参加してきたくらいの度胸はあるらしいな。
「それにしても……俺も参加したかったなあぁぁ競争! あれすごかった!」
「あら、カイル王子。それではまた今度、ぜひ」
ガックリと頭を落とした夏の王子に、ミシェーラが柔らかく対応する。
「本当か! 姫君はやさしいなぁ」
「次期女王とお呼びくださいませ」
凍るような冷たい声。
ああ……ミシェーラの心の扉が爆速で閉じられたな、これは。
しかも夏の国の王子は、様子見のつもりでわざとミシェーラをからかったらしく、悪びれた様子もなく「失礼しました。つい可愛らしくて」なんて言ってミシェーラの氷の瞳を燃え上がらせている。ミシェーラは他人から容姿を褒めらえることを喜ばない。
ああこれは……心の永久氷結、不可避。
永久氷結!!!!
ああフェンリル様万歳!!!!
禁断症状が!!!!!!!!!
思わず声高くいなないてしまったら、注目を集めてしまった。仕方ないだろうがフェンリル様とこんなに長いこと離れているのは久しぶりなんだよ!!!!ああああ!!!!…………ふぅ。
「あの籠、しかるべきところに運んでくださる? カイル王子」
「あ、ああ」
「例の罪人が乗っています」
「!」
ミシェーラの断定発言。
ジロリと睨んできた緑の国の恨みを買ったのだろうが、うら若い乙女ミシェーラが青ざめて震えてみせると、緑の王子は気まずそうに目をそらして、注目は一気に同情に変わった。
「かわいそう」の使い道をよくわかっているな……。
ミシェーラが涙をポロリと落として、それが地面に吸い込まれると魔法陣となり、周囲一帯にぶわっと冬風を吹かせた。
「ああ、失礼いたしました」
(なんという魔力だ!)(さすが代替わりに選ばれた姫……じ、次期女王様)なんて噂がこそこそとささやかれている。
すべて計算通りですね?
彼女の瞳を見ていたらよくわかります。
腰の後ろでピースしてみせるのはやめなさい。こら、見られたらどうするのです。
ふん、と笑ってから籠をカイル王子の部下に引き渡し(妖精王たちに相手の素性は確認してもらいました)俺も人型となり、ミシェーラの隣に並ぶ。
お久しぶりですね、などと秋の天狗と話す。
一般道路を通りすこし遅れてやってきたフェルスノゥ王国現国王たちは、若者たちの様子を見て自らのおでこをパシンと押さえて、しかし冬風に心地好さそうな顔をした。
娘に声はかけない。
全てやらせてみるつもりなのですね。
私も、いつの間にかミシェーラを応援する気持ちでいっぱいで、フェンリル様がエル様を眺めていた時もこんな心地だったのだろうか? と、隣を見下ろしながら思った。
読んで下さってありがとうございました!
なんと……
40日の休園になり……
5歳児がずっとおうちにいます……!
できる範囲で、レアクラも書くし、冬フェンリルの更新もしますね!!
みなさんも心と体の命大事に、おすごしください。
それではまた明日!
しんどいときだから楽しい話読んで元気になろう! っと連日更新にします!




