72:ラストエピローグ【フェンリル編】
【冬フェンリルエピローグ:2】
(エル視点)
フェルスノゥ王国の北の草原、みずみずしい緑の大地を駆け抜ける、ひとつの白いふわふわした塊。
足が四本、ぽてっぽてっと動く。
か、駆け抜け…………うわわーーっ!?
……転んだ。効果音をつけるなら、ぽてころろん。みたいな。
溶けかけのバニラアイスかってくらいに伸びた。
<大丈夫か? エル>
<フェンリルぅ〜>
鼻先でつつかれて、えいやっと起こされる。
うわーっ! 勢い余って、また転んだ。ころんと一回転。
<ふっ!……すまない>
<もぉーフェンリルが笑うぅ〜。しょうがないじゃん〜獣、慣れないもん>
<ハハハハハ>
<グレアはあからさますぎるっ>
<では早く起き上がって下さい。俺が笑わなくてもいいようにね。これ結構、馬の顎には負担なんですから。ハハハハハ>
<やったろうじゃん!!!!>
オッラーーーーー!!!!
私は四肢にぐぐっと力を込めて……立ってやったぞ!!
ちんまり胸を張ると、ふあーっと胸部分の毛並みが春風になびく。
いかにも柔らかそうな細い毛は、白銀と桜色。
春特有の、フェンリルの毛並み。
はるか上に、微笑ましそうに子狼を見つめるフェンリルの姿。
<わー。身長差が増した>
<そうだなぁ。エルが小さくなったからな>
ねー、ソレ、恋人に向ける視線じゃなくない?
あんまりにも幼い子を見るようだったから、ぷくっと頬に空気を入れると、牙が頬の内側を傷つけてしまった。
<きゃん!>
<何をやっているんですか……はあ>
獣の叫びをあげると、グレアがユニコーンの一角獣をそっと頬に当ててくれる。
先っぽが地味にこわいんだけど、傷が治ってホッとした。
<さあ、まだまだやったろうじゃん!>
足踏みをすると、前足、後ろ足、ぽてぽてっと動いて、肉球のとこ、草がこすれて変な感じだ。
くすぐったい。
尻尾がゆらりと動いて、その感覚にもびっくりするよね。
んんん人間だった時にはさ、尻尾なかったからあああ……!
その感覚に気を取られていて、転ぶ。ちきしょー。子狼になった私は、非常に好奇心旺盛になっていた。今なんて獣の本能で蝶々を追いかけてしまっている。
<こらこら。フェルスノゥ王国に行く時間に間に合わなくなるよ>
大きな獣のフェンリルが寄り添ってくれた。
獣が二体、とてもよくなじんでいるね。
頬をこすりつけあう動作には、ちょっぴり甘さが滲んだ。
……恋人、なので。
<ねぇ、私、成長してる?>
<ああ、順調だ。もう山のふもとまで来た。街にたどり着くまで、あと少しだな>
うしろをふりかえると、魔獣フェンリルが住まう神聖な山がそびえている。
ここの坂を、慣れない獣姿でえんやこらと降りて来たんだから、大したものじゃない!?
……補助はそれなりにしてもらったけどね。
<ねえ、あとは風に乗っていきたいな?>
<エル様! またそうやって甘えを>
<いい、グレア。冬の魔法が別の季節にはどのように変換されるのか、エルに慣れてもらおう>
<……おおせのままに>
わーい!
それ、ジェットコースターみたいですごく楽しいんだよね。
ちゃんとお勉強するから、グレアも拗ねた顔しないでね。
<エル、できそうか?>
<やってみる! だから……>
<何かあれば私たちがサポートするから、心配いらないよ。やってごらん>
フェンリルに<ありがとう!>と笑いかけた。
にいっと不器用に口が大きく開きすぎちゃって、<牙を見せないことですよエル様>とグレアに愚痴られちゃったけど、フェンリルはニコッと甘やかしの微笑みを返してくれた。
私、とても幸せだよー!!
<冬の女王、フェンリルが命ずる。風よ、吹け>
とたたんっ! と軽やかにステップ。
……しまった、足を一度打ちつけるだけのつもりが、四倍の魔法がかかっちゃったー!?
ぶわっ!! と春風が、私たちをさらう。
あたたかさの中に、桜の花びらをたっぷりとつめこんで。
冬フェンリルたちの毛皮に当たると、白銀のきらめきを発した。
<うわーーーーっ!? フェンリ、ぅぅ〜!?>
<大丈夫だエル。風の吹く先は王城だから、このまま行ってしまおう。よくできたんじゃないか?>
<酔いはあとで治してあげます。お勉強お勉強>
<きゃーーーーーっ!>
獣たち!
スパルタ的な顔をしている!
もーーっ! あとで癒しのもふもふを要求してやるんだからね!
うっ、風に乗ることに集中してなかったら春風の中でローリングしてしまうことが分かった。
すみませんでした。うへぇぇ。
フェルスノゥ王国の街の上を春風が走り抜けていくと、あとには桜の花びらを降らせた。
王城にたどり着いた。
暴走のままに玄関扉を突き抜けるかと思ったけど、その直前でフェンリルが風を解いてくれた。
「ようこそお越しくださいましたわ」
ミシェーラが真っ先に挨拶してくれる。
……のを、ぼんやりと私は聞いた。
フェンリルの頭の上で、ぐったりとしている子狼を見て、フェルスノゥ王族のみなさんはきっと微笑ましそうな顔をしているに違いない。恥ずかしい……。




