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54:気持ちの落とし所

 

(クリストファー視点)




 山頂が見えてくると、文献にもない珍しい木々が現れた。

 雪妖精が守っているという事は、悪いものではないのだろう。

 フェンリル様たちも普通に通り過ぎていく。

 冷風がまだ小さな実を揺らし、ベルのような音を響かせた。


「あ。クリストファー王子、このツリーは私が初めて育てたんです」

「どおりで! 美しいと思いました」

「え? なんだか照れますね。さっきクリストファー王子が口にしたツリーフルーツも、ここのものなんですよ。一番目に作ったから、私は魔力をこれでもかと込めていたらしくて、特に体力回復の効能が高いんです」


 聞けば聞くほど、素晴らしいものを僕は分けてもらっていたらしい。

 ツリーフルーツの口当たりの素晴らしさについて熱く語ると、プリンセスとフェンリル様は「おおー」と声を上げた。

 照れますね。

 お二人の獣耳がぴこぴこ揺れていてグレア様が悶えていますよ。やば、鼻の奥が……なんとか堪えた。


 並ぶツリーフルーツの上部に、氷の祭壇がすでに少し覗いている。

 荘厳で美しい屋根……!

 早く眺めたい、と足が急ぐ。


「わあ……!」


 日光を氷が吸収して自らのものとし、祭壇が内側から輝きを放っているようだ。


 フェンリル様のための氷の祭壇。

 プリンセスが心を込めて作った芸術。


 これまでこの世で見たどのような建造物よりも美しかった。


「素敵ですね」


 やっと口から出た感想は、装飾も何もないちっぽけな本音だったが、プリンセスたちはとても嬉しそうに笑ってくれた。


 フェンリル様が獣姿になり、氷の祭壇にゆっくりと登っていく。

 その隣にはプリンセスが寄り添っている。


 ──遠吠え。


 伸びやかに響き、きっと王国まで声が届いたことだろう。


 フェンリル様とプリンセス、氷の祭壇、癒しの冬景色。

 全てが完璧だと思った。


 どうしようもなく納得した。

 恋心の猛吹雪が収まり、春の風が心に吹いた気すらする。


 恋の落としどころを、僕は見つけてしまったんだ。


「クリス」


 呼ばれてふと横を向くと、人型になったグレア様がハンカチを差し出してくれている。


 僕は、泣いているらしい。

 うなずきでお礼を言って、涙をそっとハンカチに吸わせた。


 談笑していたフェンリル様とプリンセスが、くるりと振り向く頃には、笑顔になることができた。


 ハンカチはグレア様に返そうとしたのだが「雪山のツルが頑張って織り上げた貴重品ですので。記念に差し上げます」と気を使って下さった。

 それフェルスノゥ童話で語られている伝説の品では!?!?

 ……素晴らしい品を、ありがたく受け取ることにした。


 お礼に僕からは、国の職人が作った魔法ペンを差し上げると喜んで下さった。


 そして二人で、祭壇から帰ってきたフェンリル様とプリンセスに五体投地する。


「ちょ、ちょっとー!?」


 慌てるお姿も可愛らしいです!!!!

 ああ!! 幸せだー!! 感激の涙が滲んだ。


「フェンリル様を讃える場所として、氷の祭壇は最高だと思いました! 先ほどの光景を、願わくばずっと後世まで残しておきたいくらいです。絵画などもいいかもしれませんね……」


 絵でも描こうか? と思いながらそう言うと、プリンセスがポンと手を叩く。


「あ! それでは、写真に撮ってみましょうか」

「写真に撮る?」

「映像をそのまま切り取って記録する機能があるんですよね。異世界の……この、機械に」


 プリンセスが少々ぎくしゃくとしながら、スマホという機械を取り出す。


 そっそれは……!?

 なんだか気まずい気持ちになって、僕とフェンリル様、グレア様はそっと目を逸らした。

 プリンセスも、うっかり口にしてしまってからセルフダメージを負ったのだろう。

 眉を八の字にしてごまかし笑いだ。


「えーとねー、大丈夫だよ? ただ写真を撮るだけだからね。やってみるね」


 プリンセスは自分を励ますようにそう言って、少し後退すると、真剣に機械越しに僕たちを眺めている。

 僕、倒れそう。

 何やらプリンセスは指を動かした。


 カシャ、と耳慣れない音。


「はい。撮れました」

「撮れた……のか」


 ピンとこなくてみんな戸惑っていると、プリンセスが走り寄ってきて、機械の反対側を僕たちに見せてくれる。

 三人で息を呑んだ。


 どんな絵画よりも精巧に、風景が切り取られている。


「絵画の機能、みたいな?」


 プリンセスの説明でやっと理解して、僕たちは夢中で機械を眺めた。


「髪の一本でさえもそのままに、鮮やかに描かれている。あのほんの一瞬で、一体なにが起こったのでしょうか?」

「スマホの構造がどうなっているのかは、私も詳細には説明できないんだよね。だけど機械を作った凄い人がいて、私の世界ではこれが量産されているから、日常使いしているの」

「はあー……!」


 こんなものが、たくさん。

 魔法がないらしいのに、異世界日本って凄いのだな。


 プリンセスは「はい、にっこり笑って笑って」とまた遠ざかって僕たちを撮ろうとした。


「プリンセス。操作を教えていただけませんか? 僕たちばかり撮ってもらうのではなく、プリンセスも一緒に撮りましょう」

「ああ、そうだね。一緒に……うん、そうだねぇ」


 プリンセスがぱちぱち瞬きして、やっと気づいたようにコクコク頷いた。

 この反応で、僕たちはなんとなく事情を察した。


「なんだか撮ってばかりのことが最近多くて、すっかり感覚忘れてた」


 ぽつんと呟いた独り言は僕たちの耳にしっかりと入り、(それはもしかしなくてもあのカイシャとやらがプリンセスを仲間外れにしていたのですね)と三人でねっとり黒い憤りを抱いた。

 グレア様が口に含むようにして”何か”言ったのを、僕たちは聞かなかったふりをした。


 罪には相応の罰を。国家の常識ですから。


「内蔵カメラモードで、みんなを映して……っと」


 プリンセスの笑い方は、最初はどこかぎこちなかったんだけど、フェンリル様が隣に寄り添い、グレア様と戯れて、僕が頑張って話すと、次第にいつものように素敵な笑顔をみせてくれた。


 全員でむぎゅっと寄り集まっている。

 今まで機械を厄介だとしか思っていなかったのだが今だけは財宝のように崇め感謝したい……! 距離感が贅沢すぎる!!!!


 プリンセスは撮影を楽しみ始めた。

 雪山の風景や、自分が作った氷の祭壇、そこに優雅にたたずむフェンリル様などを撮る。

 ツリーフルーツに雪妖精、遠くに見えているフェルスノゥ王国など、様々なものが機械に納められた。


 日が落ちてくる。

 夕焼けでオレンジと薄桃色がかった空は、白い大地にその色を映し、一面が柔らかに燃えているようだった。


「この光景も大好きなんだぁ」


 少しヒヤリとした空気が頬を撫で始めた頃、プリンセスはそう言って、熱を求めるようにフェンリル様に寄り添った。


 彼女が心からリラックスして幸せでいられる場所は、あそこなんだろう。


 それならば、僕は……彼女の笑顔ができるだけ多く見られるように支えていきたい。

 そう覚悟した。


 たとえ恋で結ばれていなくても、彼女の近くに立ち、同じ風景を守ることができる雪山の調査隊を選んでよかった。


 選択肢を与えてくれてありがとう、ミシェーラ。


 赤く染まるフェルスノゥ王国に、僕は最敬礼を贈った。



 ***



「洞窟に帰って夕飯にしましょう」

「いいですね。狩りをして参りましょうか」

「元気ですね!? 今日はあんなに働いたのに」

「王子の仕事は体力勝負なところがありましたからね。持久力には自信があるのです。今宵の料理の支度はお任せ下さいませ。調味料もたくさん持ち込んでおりますから」

「とっても楽しみ!」


 張り切って調理させていただきます!!!!

 プリンセスの笑顔は何よりのエネルギー源!!


 氷の剣で獲物を狩って、丁寧にさばき、ペチカの実で肉を焼いて、珍しい香辛料で味付けしたものをみんなで食べて、楽しく過ごした。

 バーベキューだね! とプリンセスが笑う声に、僕たちみんなが癒されたと思う。


 夜のとばりが下りた。

 僕たちはまだ眠らない。






いつも応援して下さりありがとうございます、励みになり頑張れます!


引き続き、ブクマなどで最後まで見守って頂けますように。


やっとクリスは恋心の落とし所を見つけましたね。頑張ったよ、えらい……!


読んで下さってありがとうございます

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