46:両親の事情
ランプの灯りが星のようにたくさん光る暗闇の異空間、宙に浮かび上がるようにステップ、美しい獣と踊る。
そんな夢をみて…………私は目覚めた。
<おはよう、エル>
優しく声をかけてもらうのはもう何度目だろう。
寝ぼけていた頭に、じんわりと幸せな現実感が染み渡っていく。
毎日がとても忙しくて、楽しくて、充実しているから、ずいぶんと長いことこの世界で生きているような気がするなぁ。
「おはよう。今日もよろしくね」
にっこり笑って、フェンリル、グレア、レヴィに挨拶をした。
変な挨拶、ってちょっと首を傾げられちゃったけど。
エルは本当に可愛い顔で笑う、って過剰なくらいフェンリルに褒めてもらって、すごく照れたんだけど……にーっこり笑っておいた。
私が返せる感謝の気持ちだと思うから。
こんなに自然に笑えるようになったよ。
ありがとう。
うーん、と伸びをして腕を上げると、指輪がぴかりと光ってなおさら照れた。
***
「レヴィ。お土産」
<なにかしら?>
オレンジのお湯に、お土産の”練り香料”を浮かべる。
蝋みたいななめらかさの木の実を潰して花の粉末やハーブを混ぜたもの、なんだって。
トロリと入浴成分がひろがって、レヴィのお湯がほんの少し色が変わる。
<なんだか不思議な感覚……>
レヴィは面白そうに渦を作って、温泉成分と香料を混ぜ合わせた。
酔っているようにへにゃっと笑う。
おお、新しい反応かも?
「入浴しても良いかな?」
<もちろんよ! 冬姫様がそう言ってくれるのを、わたくしはいつだって心待ちにしているのだわ>
「ありがとう」
ワクワクと期待しながら温泉に浸かる。
ふぅ〜……気持ちいい。熱が体の芯まで染み渡る。香りが鼻をくすぐった。
「レヴィにピッタリな可愛い香りだと思ったんだ」
<冬姫様、わたくし嬉しいわ>
「あ、しまった……! レヴィ、ちょっと照れすぎ」
<あら失礼>
レヴィが照れたから、お湯の温度が上がっちゃった。
少しなら平気なんだけど、酔ったようになっているレヴィは、熱さの調節ができていない。
けっこう熱く感じたから雪の花を一つ増やして調整した。
ゆるやかに温度が下がる。
私たちは「えへへ」と一緒に苦笑した。これくらいの失敗は誰にでもあるよねぇ。
ほんの少し水着が溶けちゃった。
「エル。…………!?」
「フェンリル?」
人型のフェンリルがやってきたんだけど、私を見ると、ぶわっと尻尾の毛を逆立たせた。
もふりたい。じゃなくて。
「何!? もしかして……何か変なものが近くにいる!?」
キョロキョロ周りを見渡したけど、特になにも変なものは見当たらない。
グレアが美味しそうに温泉卵を食べているくらいかな。
首を傾げてフェンリルを振り返る。
「い……いや何でもない。驚かせてすまない」
「そうなの? 具合が悪かったら相談してね」
「わかった」
フェンリルはそわそわとしながら「珍しい食材があったので、それを朝食に用意した」って伝言して、ぷいっと顔を背けて行ってしまった。
なんだかよそよそしいのは、気のせいかな……?
へにょんと私の獣耳が伏せてしまった。
「フェンリル様のご乱心の気配がする……!?」
ハッ、とした様子のグレアは狼電波を受信しているらしい。
なにそれ羨ましい。私もフェンリルの心の内が知りたいよー!
(早く用事を済ませてフェンリル様の元にまいりましょう?)というグレアからの熱い視線のエールを感じたので、ひやりとしながらスマホを握った。
そう、私、レヴィの温泉に浸かりながら、お父さんへの返信を考えていたんだ。
手が進まなくて、ついレヴィと戯れちゃってたんだけどね。
「転職したの。って前は伝えたんだよね。……その後の説明、どうしよう?」
考えを整理させるためにぶつぶつ口に出す。
近くにいる二人は、私の思考を邪魔しないように静かにしてくれている。
一案、「外国に来ているの」。
いやいや……フェルスノゥ王国はまあ外国には違いないんだけども、世界を跨いじゃってるからなぁ。
もし会いに来たいって考えられても困るし、ビザで私の出国状況を調べたら、行方不明扱いされるのは目に見えている。
余計な心労をかけまくるだろう。そして私はどうしたって解決してあげられない。
一案、「こんな職業についたよ」。
場所は伝えず、内容でいったんごまかす。
……冬姫的な職業ってなんだろうね? えーと、動植物の世話係みたいな? 動物園勤務? 一番近いのはそれかもしれないけど、免許もないのにどうしていきなりって疑問に思うよねー。
適当な職業をでっちあげる?
……嘘に嘘を重ねてしまうと、そのうち絶大な信用を失うって目に見えている……。
暗礁に乗り上げた。
早すぎる。
難しすぎるんだよぉー。
私は上半身をぐでーんと温泉からはみ出させて、ふわりとした雪に埋もれた。
半獣人のこの体はしもやけにもならず、雪の冷たさを心地よく受け入れる。
冬は、私の味方なんだ。
藤岡 柊は変わった。
ーーあ、さっき溶けた水着ももうきちんと直ったね。
ピロン♪
あれ?
私の方から返信してないのにお父さんからメール!?
がばっと雪まみれの上半身を起き上がらせて、スマホをガン見する。
反射的にメールボタンを押してしまったけど、もしもこれがお父さんじゃなくて会社とかだったらどうするつもりだったんだ私!?
って、ネガティブ禁止ーーーー! せっかく温泉で良い心地になってるんだからー!
自分に喝を入れるつもりでぶるりと震えて水分を飛ばし、指輪をキラリと朝日に当てて光らせた。よし!
メールはお父さんからだ。
開封。
「ーーーー!?」
『母さんが倒れた。治療方法が見つかっていないとても希少な病気だそうだ。
ノエル、お前が大変な時に心配をかけてすまないが、家族の大事なので連絡をした』
私の口から小さな悲鳴が漏れた。
お母さんは確かに体が弱い人だ。
でも、倒れただなんて初めて。そして治療できない病気なんて……!
絶句していると、声を聞きつけたグレアとレヴィ、フェンリルが大慌てで駆けつけてくる。
「どうした!?」
「あ……えっと」
ポロリと瞳から涙をこぼして、言葉を詰まらせていると、またメールが。
続報?
『一度帰ってきて、顔を見せてくれないか。ノエル。
母さんはお前に心配をかけたくなくて黙っているが、きっと、それを望んでいると思う。
場所は×××病院の……』
「うあーーーー」
体から活力が抜けてお温に流れ出ているような感覚すらある。
温泉の中で膝を折って、少しの間、誰とも目を合わせずに俯いた。
メールがぶつ切りで、間隔が空いたのは、お父さんが言葉を選んでいたからだろう。
私と同じく、お父さんたちもこの距離感をすごく悩んでいるんだよね……きっと。
「……聞いてくれる? 私の両親のことなの」
顔を上げて、フェンリルたちに話しかける。
どうにもできない問題だけれど、私一人で抱え込まずに、相談しようと思った。
フェンリルたちはホッとした表情で、私の話に耳を傾けてくれた。
…………。
「返信、どうしようかなって」
フェンリルは真面目な顔で私を見た。
「私なら……叶わない期待を持たされ続けるのはつらい。
どんなに途方も無い話だろうとも、本当の現状を聞きたいと思う。
愛娘が伝えてきたならば、きっといつかは信じて受け入れられる。あちら側もそうだと思うよ」
ううう。優しい励ましが染み渡っていく。
ーー深呼吸。
書こう。
私の事情をそのまま偽りなく。
だいぶ長く待たせてしまったけど。
両親を想うからこそ、途方もないおとぎ話のような現実を、伝えよう。
一番よい結果に固執するんじゃなくて、私がしたいように行動するんだ。
大好きなフェンリルたちに囲まれて、夢のような冬景色の中を駆けて、異世界で活躍しているんだよって……両親にこそ、知ってほしいと思う。
そんな風に覚悟できたのは、いつも新雪のようにふんわり心を包んで癒してくれたフェンリルのおかげだよ。
温泉を出て、フェンリルの側に座りながら、スマホを打とうとする。
彼が白銀の獣になってくれたから、頬をさらりとした毛が包んでいた。
ーーその時、おおきく地面が揺れた。
お待たせしました。
なんとか今日に間に合った……!
11,200pt 超えありがとうございます。
たくさん応援してもらえて、書く活力になっています。
どうか引き続き、楽しんで頂けますように。
そういえば15万文字を超えていますね。こんなに書けたのも読んでくれる方がいてこそですので、心から感謝申し上げます。
これからハッピーエンドに向けて盛り上げてまいりますね!




