38:フェルスノゥ王国会議★
(クリストファー視点)
フェルスノゥ王城は白い壁に青いとんがり屋根。
今は恵みの冬の期間なので、魔力をおびた青い葉とツタが壁を彩っている。
「「ただいま帰りました」」
僕とミシェーラが声を揃えて言うと、国王夫妻が玄関先まで来て出迎えてくれた。
柔らかな微笑みで迎えられて、ホッと肩の力が抜ける。
僕の居場所もここにある、そう感じたんだ……ミシェーラが女王になりたいと手を挙げて、家族の反応が心配だったんだなと、僕は自分の気持ちに気がついた。
「よく帰った」
父の声はよく通る。
窓から光が差し、父の王冠をピカッと光らせた。
あの重みはどれくらいのものだろうか……
このまま僕が王になったとして、重圧を威厳とし、父のように堂々と構えていられるのだろうか。
ふとそんなことを考える。
「おにーさま!」
「わっ」
幼い弟たちが走ってきて僕の脚に抱きつく。
名前を呼んで頭を撫でてやると、白金の髪を揺らしてふわふわ微笑んだ。
第二夫人の息子たちだが、みんなで仲良く暮らしている。
「クリストファー、まずは着替えてくるといい。服に雪が付いているぞ。外で払ってこなかったのか?」
「いえ、払いましたが……今年の雪はさらりと細やかなので」
ああなるほど、と王は納得した。
これまでの冬とは勝手が違うんだよな。
しかし……着替えか……この雪はプリンセスが呼んだもので……うっ、離れがたい……惜しい……
手のひらで顔を半分覆うと、ヒヤッと冷たい。
そういえば今朝、レトルトドリアで軽く火傷した時にプリンセスが氷のリングで冷やしてくれた……ああああああ!? 顔の熱で溶けたァ!?
後半は思考が口に出ていたらしい。僕はバカか。
いきなりしゃがみこんだ僕を心配していた王たちの雰囲気がガラリと変わる。
「その氷のリングは冬姫様が下さったものか!?」
「溶けて問題は無いものです……僕のヤケドが治れば溶ける、そのような効果の贈り物でしたから」
緊迫していた空気がゆるんだ。
王たちは直接プリンセスに会っていないから、冬姫様を怒らせないかと心配したんだろうな。
幼い弟たちが僕の頭をなでてくれた。
ありがとう……兄は情けない姿を見せてしまったな。
「お兄様。お着替えが終わったら部屋に迎えに行きますわ」
ミシェーラの(さっさと動きましょう)という威圧笑顔に見送られて、僕は早足で部屋に戻った。
白の貴族服に着替える。
フェルスノゥ王国の正装は白か銀の布地に青の紋章。
雪山に行くときは遭難時に見つけやすいように濃い色の服を着ると決まっている。
「まいりましょう」
「ベストタイミングだなミシェーラ……壁に耳でもあるのかと」
「お兄様の行動予測をして時間を計っただけですわ」
さらりと凄いことを言ってるぞ。なんだその特殊技能。
すれ違った従業員たちが「おかえりなさいませ」と僕たちに頭を下げる。
王子と姫が喧嘩をしていないのか心配していたようなので、いつもよりミシェーラに寄り添って歩いた。
微笑ましそうに眺められた。
☆
広間に重鎮たちが集まっている。
顔を引き締めているが、たまににこっと破顔してしまったり、まあ締まらない。苦笑する。ちょっと照れくさいな……幼い頃から僕たちを支えてくれている彼らは、今は完全に子どもたちを見守る目だ。
「会議を始める」
国王の厳格な声が響くと、全員気持ちを切り替えて真顔になった。
「第一王子クリストファー。まずはよく戻った。フェンリル様のご様子はどうだった?」
「はい。とてもお元気に過ごしていました。氷魔法を駆使し、雪原を駆けて狩りを行うほど」
おお、と感動した声が上がる。
「吉報であるな。ユニコーンの使者が一年前に訪れた時の報告では、洞窟で静かに眠っていることが多かったそうだから」
「まさに良い兆しです。フェンリル様ご本人から、体調が回復していると聞きました。まだまだ死ぬ気がしないと」
「そうなのか!?」
国王でも冷静でいられないほどの重大発表だ。
守護聖獣の寿命が延びた、と言ったのだから。
「魔力を受け継いだプリンセス・エルが、フェンリル様をも癒したようです。雪山の動物や魔物とも心を通わせて、とてもお優しく対応していました。人にもとても優しかった」
「そうか、素晴らしい方なのだな。クリストファー……顔が赤いが?」
「しばらく雪山で暮らしていましたので。城はあたたかく感じるのです」
頭を振って言い訳した。
この場の全員がニヤニヤしている。い、今はそんな時じゃないだろ! お父様! あとでしっかりとプリンセスの素晴らしさを語りますからお待ち下さい。
ミシェーラが(及第点)と呟いたのが聞こえた。こっわ。
「異世界人のプリンセスの魔法により、雪山の魔物はこれまでにない変化をしています。
スノーマンはさらりとした雪により雪崩を起こしていた。フェンリル様たちが迅速に対応してくれていますが、まだ雪山の奥深くへの狩りは控えるよう国民に告げて下さい」
「わかった。今年の冬の恵みは豊かで、森の入り口にもキノコや冬の木の実がみのり、獲物も多い。そこまででしのげる」
「良かった」
「……異世界人の冬姫様、か。クリストファーよ。冬姫エル様がいらしてから異世界の落し物がとても増えたこと、謎の怪物が現れたことについて、どう考える?」
王が目を細めて僕を見る。
まっすぐに見返す。
「異世界からの落し物が増えたことは……関係があるのでは、と思っています。
しかしプリンセスのご意思ではないと感じました。彼女は本人の意思でやってきたわけではなく、偶然フェンリル様の魔法陣に巻き込まれたのです。困惑しながらも冬に馴染もうと一生懸命に励んでいましたよ」
「一例としての話だが、冬姫様が異世界を恋しがっているから、落し物がやってきた、などという可能性はないか?」
ひゅっと喉が鳴った。そこには考えが至らなかった。王の発言は鋭いと感じる。
「彼女が働いていた場所は劣悪な環境で、そこに未練はないと思います。異世界にいる家族のことでは悩んでいると……プリンセスと関わりがあるのはその二点だけと、フェンリル様から聞いています」
「冬姫様が語ったわけではないのだな?」
「職場の件で心が傷ついていますので、尋ねたら泣かせてしまいますよ」
辛い思いをなさったのだな、と皆がひそひそ呟いた。
ミシェーラも眉をハの字にしている。
「深入りするとフェンリル様を怒らせることにもなりかねないな……今後もやんわりと親密度を上げていくように」
「分かりました」
つまりプリンセスを泣かせずに情報を引き出せ、と。
無茶を言う……と思うけど、それが政務だ。個人的にも親密度はめちゃくちゃ上げておきたいので、頷いておく。
「怪物について、重大報告があります。フェンリル様たちと雪原を走っていた時、王国で捕らえたものとは別の怪物に出くわしました」
重鎮たちが顔を青くした。
王はミシェーラから少しだけ聞いていたのだろう、眉を顰めただけで、静かに続きを待つ。
「ギラリとランプのような光を灯し、硬質な金属のボディ、蜘蛛のような動きをしていました。人型のもの皆に襲いかかりました。王子、半獣人のプリンセス、人型のフェンリル様……」
「人型のフェンリル様!?!?」
ガタガタッ! と王と重鎮たちが立ち上がりかける。気持ちはすごくわかるが落ち着いて。ミシェーラを見習って。
「それほど力を取り戻したということです」と告げておく。
「森の浅いところに現れた怪物は少女を探していたようだ、と報告されていたから、狙いは可憐な冬姫様なのでは……と推測していたが。ううむ。予想が外れたか……」
「怪物によって狙うものが違うのだろうか……?」
しばらく様々な意見が飛び交う。
どれも推測だが、いくつかの有力説がフェンリル様への相談要項として手記で記録された。
「怪物出現の対策は……できないか……もしもこれから怪物が頻繁に現れるようであれば、恵みの雪原も危険な地域になってしまうな。なんということだ。
それに半獣人姿だという冬姫様の御身も心配だ。獣姿であざむくこともできない」
王が告げて、空気が落ち込む。
その時、広間の中央に雪色の魔法陣が派手に現れた。
<ここはフェルスノゥ王城か?>
<ほほほ。妾たちがこの地に声を届けるのは何百年ぶりかの>
溢れ出した圧倒的な魔力に圧倒されて、重鎮数人が腰を抜かしている。
危機だと思ったミシェーラが立ち向かおうと魔法陣に近寄った。
「待て、ミシェーラ! ……妖精王オヴェロン様と妖精女王ティターニア様ですよね?」
<<いかにも>>
僕の確認によって、敵襲ではないことが皆に伝わる。
「魔力が強すぎて普通の人には負荷が大きいのです。調整してもらえませんか?」
<<なんと、そうか>>
魔力負荷が軽くなり、全員がやっと肩の力を抜いた。
ミシェーラは小声で(失礼を働くところでした。止めてくれてありがとうございます)と僕に囁く。(国民を守ろうと動いたんだし、ミシェーラのことだからまずは結界で様子見と考えていただろう。それならばいいさ)と伝心魔法で伝えた。
<怪物の正体をフェルスノゥ王国に伝えてくれ、と冬姫様からお願いされてな>
「!!」
<あやつらは妖精の泉に落ちて変化した、異世界の落し物じゃ>
ーー納得した。
妖精の泉に落ちて心がイタズラ者となった黒鳥の末裔など、よくない変化をする場合があるから。
魔法陣から冷気が溢れて、青の魔力が氷のドームを作っていく。雪の結晶のような形。
<今、冬姫様たちがこのような氷で妖精の泉を覆って周っている>
<大きな異世界の落し物が落ちることは、防げるじゃろう>
「感謝申し上げます! とお伝え下さいますか!」
<<よいだろう>>
本当に助かる対応だ。せめて大きな物が落ちなければ、強力な怪物に変化するリスクが減る……!
<ふふふ。我々と契約した冬姫様はとても頭が良いな>
僕もそう思います!! プリンセスのアイデアだと妖精王に明言されたことで、彼女が怪物出現を図ったのでは、との疑いはいっきに無くなった。
<<では!>>
別れの挨拶とともに、魔力が拡散した。
夢でも見ていたのだろうか、とみんなぼうっとした顔をしているが、広間に存在したままの氷のドームが夢ではなかったことを保証してくれた。
王が感嘆の息を吐く。
「フェンリル様の活力を取り戻し、特別な冬を呼ぶ魔力を持ち、妖精王たちと契約をして……冬姫エル様のおかげでフェルスノゥ王国と雪山の繋がりもこれまでになく強化された。
クリストファー、ミシェーラ。ーー2人は彼女を信用するのだな?」
「「はい」」
はっきりと2人で明言。
国王と重鎮たちが全員深く頷いた。
「新たな冬姫様たちとともに、皆で怪物問題にとりくもうか」
王の厳格な声により、国の方針が定まった。
プリンセスが国に受け入れられたことが嬉しくて、僕はつい笑顔になる。
「さて。クリストファーよ。ではお前の意思を問う」
「!」
ごくりと唾を飲む。……ついにきた。
「ミシェーラが王位を継承したいと私に告げた。第一王子であるクリストファーの意見を聞きたい」
「はい。僕は…………迷っています」
「ほう?」
「今回ミシェーラが手を挙げたことで、僕にはこれまでにない選択肢が生まれました。
国王を目指す道、ミシェーラに王位を譲る道、冬の調査員となる道……どこに進むこともできます」
「これまではクリストファーが王になると決められていたからな。ミシェーラはフェンリル様の後継になる予定だったし。
すぐに国王の椅子を取り合わない様子をみると、他の道もお前にとっては魅力的か?」
「……そう感じています」
「そうか。それならば良かった。心が満足できる道をじっくりと選ぶといい。
王位継承まではまだ時間があるのだから」
国王が柔らかく告げた。
僕は、ほうっと息を吐く。
「ご配慮、感謝申し上げます」
心を込めて最敬礼をした。
隣でミシェーラも同じ動作をする。
さあ、ではこちらが配慮を見せる番か。
横目でミシェーラを見ると、楽しげにクスクス笑っている。やはりまだ言っていなかったか。とっておきを告げるタイミングなら今、だよな?
「フェンリル様にこの会議の内容を告げるため、また雪山に使者を……」
「国王陛下。実はフェンリル様が、この国を訪れてくださるそうなんです」
「なんだって!?」
どよどよっと空気がざわめいた。
皆、顔が輝いている。
「この国で捕らえた怪物を確認して欲しいから、とわたくしがお願いいたしました」
「良くやった!!!!」
いっせいにスタンディングオベーション。気持ちはよくわかる。僕もとても楽しみだ。
「会議終了!!」
王の厳格な一声。それからわくわくと、
「さあフェンリル様を迎える準備をするぞ! 食料庫からとっておきの食材を全部出せ、高級布地で絨毯をしあげ、リース職人から冬のリースをこれでもかと買いつけろ!
大通りの脇にはミニスノーマンをたくさん作ろう。我々の歓迎の気持ちを表現するのだ!」
「おおおおおお!!」
広間に大歓声が響いた。
耳が痛いくらいだな。こんな活気は僕も初めての経験だ。楽しい。
「クリストファー! 雪山でフェンリル様たちと暮らしていただろう? 何を召し上がっていた? やはり生肉か、そうするか!」
「仕留めてまいりますわ」
ミシェーラが氷の剣を掲げてさっそうと扉に向かうので、騎士団が嬉しそうに立ち上がる。
ちょっと待てぇ!!
「待て! フェンリル様は妖精の泉に入る時、狭いところでは人型になるとおっしゃったんだ。
城に来るならば、おそらく人型で訪れる気がする」
「お姿を拝見できるのか……!」
重鎮たちが熱烈に祈りを捧げ始める。まあ気持ちは分かるよ。でも落ち着け。
「では最高の食事と心からのおもてなしを」
「それがいいと思います」
王に頷きを返す。
フェンリル様はきっと綺麗に微笑んでくださるだろう。
あの仏頂面のグレア様はフェンリル様が讃えられたら喜ぶだろうし、プリンセスは……はにかんだような笑顔。うん、これだな。尊すぎるだろ!!!!
「落ち着いて下さいませお兄様」
強烈なブーメランと肘つきをくらった。
しかし僕の心には優しい冬が訪れてとても幸せな気持ちだな。人生って最高。




