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36:とある妖精の泉へ

(フェンリル視点)



 グレアの背に乗って、エルを抱えて問題の妖精の泉に向かう。

 あちらの妖精の泉はせまいので、私が人型の方が都合がいい。

 エルは雪妖精を抱えている。


「早く魔力の泉に浸かって回復できるといいね……妖精はそうしないと体力が戻らないんだっけ?」


「そうだ」


 しょんぼりと伏せたエルの獣耳を慰めるように撫でた。

 さらりとした毛質はフェンリル族特有のもの。

 すこし元気を取り戻したようで「フェンリルにくっついてると安心する」なんて言うので、可愛らしいにもほどがある……!


 いつかこの愛娘も恋を知ることがあるのだろうか。

 王子の態度を思い出しながらふと考える。

 もったいないな、と胸がチクリとした。


「そろそろ着きますね」


 グレアが私たちを乗せたまま野バラのアーチをくぐる。

 視界が変わった。


<これは……!>


「ずいぶんと荒らされてしまったな」


 エルは絶句して、少し震えていたので、感覚を研ぎ澄まして雪原全体の気配を確認、「大丈夫だ」と声をかけて後ろから包むようにそっと抱きしめた。

 肩の力が抜けたようなので、エルを抱えてグレアから降りる。

 グレアも人型になった。


 この妖精の泉は、きらめく深い青だったはずだ。

 今では灰色のゴミがたくさん浮かんでいる。

 そして……怪物がもがいて岸に上がった跡だろうか、泉のほとりが無残に崩されていた。

 出口を探したのか、内部の花も折られていた。


「綺麗な場所だったんだよね。きっと」


 エルはきっと元の泉を想像したのだろう。やるせなさそうに眉をハの字にしている。


「復元しよう。考えるのはそれからだ」


 傷つけられたこの状態は覚えた。

 では、泉と雪妖精の回復をするべきだ。


 冷風で水面に浮かんだゴミをひとまとめに端に寄せ、凍らせる。

 さいわいにも深い場所に妙なものは沈んでいなさそうだ。

 ……いや、沈んでいたものはすでに怪物の一部として融合しているのかもしれないな。


「おいで、エル。やり方を教えよう」


 エルと一緒に泉のほとりにしゃがみこむ。

 手をかざす。


「「ーー冬の癒しを」」


 瞬く間に泉の表面が凍っていった。

 そして溶けていく。表面がキラキラと遊色の光を放った。砕けて沈んでいった氷のカケラは、じっくりとこの泉の魔力を回復するだろう。


「やったねフェンリル! ……フェンリル?」


「……思った以上の回復力だ。これは……今、この泉は、オヴェロンとティターニアがいる妖精の泉に匹敵する力に満ちている……」


「えっ!? わ、私が頑張りすぎた?」


 頼もしいさ、と慌てるエルに心から伝えておいた。

 うん、頼もしいんだ、とんでもなく。こんな不穏な時だから、身内のものが強化されるのは喜ばしい。

 もはや私の優位は、様々な物事を知っていることくらいだな……


<<フェンリル様、冬姫様。ありがとうございます>>


 妖精たちが泉に潜っていく。

 回復まで一晩はかかるだろう、と思っていたが、すぐに水しぶきを上げて飛び出てきた。

 グレアとともに信じられないものを見る目で唖然と眺める。


<<全快です!>>


「そ、そうか。それはよかった」


 雪妖精たちも自分たちの快調さにとても驚いているようだ。

 くるくる舞い、動きを確認している。待て。俊敏が過ぎる。シャキン! と氷の剣を作って騎士のように構えてみせた。おい。……いやいや、身内が逞しくなるのはいいことだ。


「この泉の植物も癒してしまおう」


「うんっ。あのね、フェンリル」


「なんだ?」


「泉に異世界の機械が落っこちて、おかしな変化をしたんだよね? じゃあさっき氷を張ったみたいに、蓋をしたら防げるんじゃないかなぁ」


「いいと思うが、問題が。妖精は一日に一度は泉で体を癒さなければいけない」


「そうなんだ。じゃあね……蜘蛛の巣みたいに細かく隙間を空けておくのは? ギリギリ雪妖精が通れるくらいに。それなら大きな機械は落ちないから、危険性が低いと思うの」


 エルの発想の豊かさに驚く。

 本当に優秀だ。

「多分ミシェーラが遭遇したのは掃除機の怪物じゃないかと思うんだよねぇ」と、氷のキャンバスに絵を描いてみせた。星座を作った時のように。

「泉にゴミが散らばっていたから確信したの」と言う。


「エルのアイデアを採用したい」


 嬉しそうに頷いたエルと手を繋ぎ、魔力を馴染ませながら思考することで、イメージを共有した。


「「ーー冬の癒しを」」


 水面の中央に雪の結晶の魔法陣が現れた。そこを起点に、まず泉が凍っていく。六方に氷の橋が伸びて、橋の間をさらにこまやかな氷の橋が繋いだ。蜘蛛の巣というか、これも雪の結晶のようだ。

 魔法は泉の縁を凍らせて、雪色の花を咲かせる。

 傷つけられたツルをしもが覆うと、生命力を発揮して伸び始めた。元どおりだ。


「できたね!」


<<フェンリル様、冬姫様、ありがとうございます>>


 バンザイするエルの周りを雪妖精が舞った。

 手を繋いだままなので、もれなく私も片腕がバンザイの格好になる。


「少々気恥ずかしいな……」


「あっごめん、フェンリル。あー、顔が赤い! なんか……人間みがあるぅ」


「人間み?」


「しまった。失礼になってない……?」


「かまわない」


「あのね。人型のフェンリルがすごく綺麗だから、なんかこう、神々しく感じてたんだけど、今は身近に感じたの」


 そういえば、人型になったのは随分と久しぶりのことだ。

 基本的には雪山で獣として過ごしていて、王国にはユニコーンを使者として送っていたから。これが300年。

 その間に表情の作り方を忘れてしまっていたのかもしれないな……。


 思いきって、にっこりと笑顔になってみる。


 エルが赤くなって震えて、グレアが真剣に拝み始めて、雪妖精がダイヤモンドダストで私を彩った。

 なんだこれは。喜ばれている……のだろうか?


「こういうのが好きか? では心がけよう」


「ちょっっ待っっこれから頻繁に今のが見られるの? 信者たちの心臓がもたないって……! 好きだ……うっ、とても好きだぁぁ……!」


「喜んで死んで蘇りますのでどうか何度も微笑んで下さいませ!!!!」


「グレアまじ強い。その生き様を見習いた……いようなそうじゃないような」


「どうぞどうぞ」


「見習うって決めたわけじゃないってば」


「ふっ!」


 エルたちの会話が面白いので思わず噴き出すように笑ってしまった。

 はしたなく思ってとっさに口元を押さえたのは無意識の仕草だが、私は王子だったときにそのように過ごしていたのだろうか。


「「もう本当に末長く好きです」」


「そうか。私もオマエたちと過ごすのは楽しくて好きだな」


「「うわああああああ」」


 若者たちの反応は感情豊かで新鮮だ。

 やる気がむくむく出てきている、と二人が張り切っているので、それではとその後、他の妖精の泉にも足を運んで泉に氷を張ってまわった。

 四分の一ほどの泉を保護することができた。


 エルの魔力は底なしのように湧き出てきて、グレアの走りはまるで疲れを見せなかった。

 エル曰く「メンタル鼓舞」の力はすごいな。

 私の好意を伝えるくらいでこうなるならば、これから積極的に伝えていくことにしよう。


 寝床に戻り、さすがに疲れたー! とエルが獣の毛並みにもぐりこんでくる。

 尻尾を乗せてやると、すぅすぅ寝息をたて始めた。

 本当に可愛らしい。


 洞窟の奥をぼんやりと見ると、薄闇の中、青い文字が浮かび上がっている。

 私が代替わりした時のことも記されている。

 それ以降ゆるやかに忘れていった人の気持ちが、エルと魔力同調することで思い出されている気がした。


「本日も素晴らしいご活躍でした。フェンリル様」


「ああ、グレアもお疲れ様。明日もよろしく頼む」


「お任せ下さいませ!!!!」


 鼻息荒く興奮した様子のグレアに、もう寝ろ、と笑い混じりに告げた。

 エルは寝言で「遠足前日の子どもぉ〜……」とふにゃふにゃ呟いた。




おかげさまで9600pt、640,000pv を越えました。

応援ありがとうございます!

続きを書く活力になります。


DMで丁寧な誤字のご連絡を頂いたので、昨夜修正しました。読み込んで下さっていてとても嬉しかったです。今後気をつけてまいりますね。

引き続き、楽しんで頂けますように。


読んで下さってありがとうございました!

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