22:王国の使者★
朝。
鈴の音で目がさめる。
…………。
「わ!」
<どうしたエル!? カイ……悪夢かァ!?>
「ひえっフェンリル声が大きいぃぃ……! かまくらで響くよぉ」
ぐわんぐわんと声が頭でこだましてふらふらぁ〜……
目を回しているのはグレアも同じだ。ただ幸せそうなので、やっぱりあやつ強いわ。
「だいじょーぶ。鈴の音が聞こえて……今日、使者の人が来るって思い出したの」
「忘れていたのですか?」
「フェンリルの毛皮が心地よすぎて」
<許した>
ひしっと抱きついたら、フェンリルがにこにこ許してくれて、グレア敗北。お小言を飲み込んだみたい。ごめーん。
<会えるか? エル>
「…………うんっ」
少し迷ったけど、会うことにした。
だってフェンリルの魔力を確かに私が受け継いでいて、この冬は半分私が呼んだもん。
私が知らんぷりしちゃいけないよね。
<心配ないから>
フェンリルが力強く言ってくれる。
かまくらの外に出ていく。私の前を歩いて、私を守るように。
「ありがとう」
後脚に抱きついて心からお礼を言った。
よしっ! と気合いを入れて、私も外に出る。
ひやりとした外気と、レヴィのぽかぽか湯気が混ざる不思議な感覚。朝日が目にまぶしい。
<おはよう冬姫様>
レヴィと、にこりと笑顔をみせあった。
私は、冬姫エル…………藤岡ノエルじゃないんだ。
瞬きして目を開いたら、世界がすこし青みがかったような気がした。
瞳の色のように。
グレアが早朝に山頂で採ってきたツリーフルーツを朝食にする。
フェンリル、私、グレアと横に並んで、氷の道の遠くを見つめて使者を待った。
***
鈴の音が近い……もうすぐ……来た!
森を抜けて、ソリがやってくる。
装飾布をつけたトナカイがソリをひいてて、その後ろで金髪が輝いている。
……四人。
ソリは私たちのすこし前で止まった。
雪がふわっと巻き上げられ、使者さんの服に付着する。
「「「「フェンリル様。フェルスノゥ王国の遣いが参りました。お導きを誠にありがとうございます」」」」
四人が綺麗な一礼。
祈るように手を組んで、片膝を深く曲げる変わった仕草だね。
それにしても使者さん……若いなぁ。
少女と青年が前、おじさん二人が後ろ?
前の二人は雪に浮かび上がるような美貌の持ち主。キラキラと存在感が凄い。
私はフェンリルを見上げる。
「ご苦労さま」
あ。王国とは対等ではなく、フェンリルが上の立場なんだね。了解。
フェンリルに合わせて、軽く会釈だけしておく。
えーと、フェンリルの言葉は王国側に通じていないんだよね。グレアが通訳をするらしい。
使者の人々は……私を凝視して唖然としている。
え、えーっと……妙な沈黙が、困る……。
「初めまして」
ニコッと微笑んでおいた。
「うっ!」
青年が胸を押さえてうずくまった。
んん!? 大丈夫!?
「グレア、気分が悪そうだよ! 治してあげて……」
「必要ありませんね」
すさまじく冷たい目だよグレアーー!? 何事!?
「お、お兄様! すみませんフェンリル様、彼は道中に足をくじいてしまって、今痛みが再来したようです」
少女が駆け寄って……ひゃー麗しい光景。
"ドスッ"
……………………?
今、妙な音が聞こえたような。
青年は足を押さえててめちゃくちゃ痛そうにしてる。やばいんじゃない?
「ね、ねぇグレアー!」
「確かに怪我をしていますね。でも治しませんよ」
「なんで!?」
「ユニコーンが癒すのは女性だけです」
「もーーーー!」
種族的特性、めんどくさいなっ!
目の前で人が苦しんでて見てるだけなのは辛いよ。
使者さんを怖がらせないように静かに近寄る。
あ! ごめん! 少女とおじさんたちがビクッとした。
青年は俯いてる。
「大丈夫ですか? 足が痛いなら、冷やしましょう。右足のふくらはぎですよね?」
青年が押さえてるとこ。
異性の脚に触れるのははしたないかもしれないけど、緊急事態だからごめんね。
「お大事に」
布越しに触れて、冷やしていく。
うん……いい感じかな。それから細い氷のリングをズボンの上にくるりと作った。これでしばらく冷えてるよ。調子が戻ったら、ズボンが濡れる前に消すからね。
「どうぞ。治癒の果物です」
ツリーフルーツのおすそ分け。フェンリルたちを癒したから、青年にも効果があると思う。
「い、いただきます」
青年が顔を上げて私を見る。
うわ、涙目で顔真っ赤。脚、お大事にねー。
「クリストファー様!? 私どもが毒味を……ウッ」
ドスドスッ! と妙な音が!?
屈強なおじさん二人がプルプル震えながら直立している。
少女はきらびやかな微笑みで私を眺めていた。
シャク、と青年がツリーフルーツを齧る。
「……なんと芳醇な甘さ……! これまでの冬のどんな恵みよりも甘い。それに体に魔力が満ちてあたたかい」
「よかったぁ」
味、気に入ってくれたみたい。
それに魔力回復と回復力向上の効果なんだよ。
「感謝申し上げます」
青年が跪いて、私の手を取り……ひゃー王子様みたい。
ん? さっきクリストファー様って……?
「さすがエル様です」
グレアがつかつかやってきて、繋がれた私たちの手に鋭いチョップを落とした。
「いったぁ!?」
「長く手を繋いでいると、フェンリル様の魔力が流れてヒトには過ぎた薬となるかもしれませんよ」
「あーなるほど……。でもえんがちょ! みたいにやらなくてもー!」
うっわ目が極寒だわ!
文句言おうと思ったけど触れないでおこう。
気に入りませんでしたかそうですか。治さずにいられなかったんだってば。
グレアが私の手を取りそのまま癒した。
「ごめんね。ユニコーンは女の子だけを癒すんだって」
手が痛そうな青年には苦笑いしておく。
強く生きて。
「わたくしどもへのお心遣いに深く感謝申し上げます。新たなる冬のプリンセス。フェンリル様の魔力を受け継いだ方……と判断しましたが、合っているでしょうか?」
美少女が鈴のような可憐な声で話しかけてくる。
「あっうん。そうです」
しまった軽率に頷いてしまった。
美少女の小首傾げ上目遣い笑顔の威力がすごくて。
「まあ!」って驚く仕草もめちゃくちゃ優雅。ひゃー。
「ごめんねフェンリル。会合の形式とかあった? 先に挨拶しちゃった……」
振り返って謝っておく。
<構わないさ。私の愛娘>
フェンリルがこう言って、柔らかな眼差しで私を見る。
フッと息を吐くと、冷風が私を包んで白銀髪がキラキラと輝く。
我が髪ながらきらびやかー。
王国側が感嘆の息を吐いた。




