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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第8章 ステーションマスター
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第99話

 球状の、鉄の塊。戦う事に特化しているという点を除けば、宇宙ステーションとさして変わる事の無いだろう浮遊要塞。太朗はビーコンプログラムの指示に従い、自動着艦プログラムの成すがままに船を進める。まわりにいる船の数が多く、障害物となる施設も多数存在する。


「お、見ろよマール。うちの製品が使われてるぞ」


 球体である要塞をぐるりと一周する、土星の輪のようなリング状構造物。それに取り付けられた大型の砲台は、まぎれもなく開発部の作成した設置型レールガンだった。レールガンはゆっくりとリングの上をすべるように移動しており、要塞の全周囲に対して攻撃可能である事が見て取れる。


「わ、ほんとね。こうやって実際に使われてるところを見ると、ちょっと感動するわね」


 モニタを覗き込むようにして、笑顔を見せるマール。


 ビーコンプログラムの指示のまま、開いていく隔壁を抜け、浮遊要塞の内部ドックへと着艦するプラムⅡ。太朗は無重力下のドックを相変わらず不格好に進むと、重力制御された本当の意味での内部施設へと足を踏み入れる。


「お、いたいた。おーい、ライザー、元気かー!!」


 大きく手を振り、暇そうに携帯端末を眺めていたライザへと声を掛ける太朗。彼女は太朗の声に気付くと、いくらか照れたそぶりを見せながらも歩み寄って来る。


「お久しぶりですわ、テイローさん。でもこのように人が多い場所では、もう少し声を落としてもよろしくてよ?」


 ロビーにはEAPの関係者が大勢集まっており、それぞれが何かしらの作業を行っていた。まわりはどこもかしこも鉄だらけで、飾り気の無い実用本位のロビーではあるが、申し訳程度の椅子やソファが並べられている。作業員達は太朗の声に反応して顔を上げるが、すぐに興味を失った様子で元の作業へと戻っていった。


「そいつは失礼。でもほら、美人を見るとつい張り切っちゃってさ」


 似合わないウィンクをしながら、親指を立てる太朗。


「あら、何人の女性に同じ事を言ってるのかしらね、テイローさん。御機嫌ようマールさん、小梅さん。お変わり無いようで何よりだわ。調子はどう?」


 ライザは太朗の親指を軽く押し戻すと、後から来たマール達へと向き直る。マールは小梅を抱きかかえており、その後ろにはアランやファントム。そしてエッタが続いている。


「ぼちぼちよ、ライザ。というか警備班から聞いて知ってるでしょ? 常に一緒にいるわけだし」


「残念、といってはいけないんでしょうけど、お宅の社員は優秀でしてよ、マールさん。色々とお話させてもらってるのだけど、口が堅い方が多いわ。特に最近はね」


 冗談めかした様子のライザに、合わせた指を向けながらアランが答える。


「警備部のトップが化物にかわったからな。きっとそいつが恐ろしいのさ。久しぶりだな、ライザ」


 にやりとした笑顔のアランに、ファントムが抗議の視線を向ける。


「俺の事を言ってるのであれば、それが仕事だから仕方ないじゃないか。しかし情報流出の監視は君の情報部だぞ? 君の方が恐れられてるんじゃないかな……あぁ、ミス・ライザ。はじめまして。うちの部下がいつもお世話になってるね」


 ファントムによるびしりとした地球式の敬礼に、帝国風の挨拶を返すライザ。


「はじめまして。こちらこそお世話になってるわ。さ、早く会議室へ急ぎましょう。ミス・ベラが先へ行ってるはずだから、これで全員集合よ」



 TRBユニオン最高幹部会議。それに臨むにあたり、太朗は様々な議題を考えて来ていた。対エンツィオについても当然の事、ユニオンの方向性。カツシカでの利益の再分配。艦隊の運用等だ。数日前から睡眠時間を削りながら作成したもので、太朗はなかなかに良い案が練れたのではと考えていた。


 しかしそれらも、ライザから発せられた最初の提案により、すべて吹き飛ぶ事となった。


「いやいやいやいや、ちょい待ちちょい待ち。え? まじで? 本気で言ってるん?」


 円卓の椅子から立ち上がり、信じられないと慌てる太朗。その横ではマールが口に手を当てて驚いた様子を見せ、アランは興味深そうな表情をしている。ひとり無関心な様子で無表情なのは、ライジングサンではファントムだけだった。


「えぇ、本気ですわ。既に損益の試算も出ていますし、ベラさんとも相談済みですの」


 澄ました表情でそう語るライザ。太朗は「本当に?」という確認の視線をベラへと向ける。青い髪を後ろでまとめたベラは微笑を浮かべており、こちらも「本当さ」とでも言いたげな視線を送って来た。


「まじっすか……でも、なんでまた? 今まで問題無く、というよりも順調すぎるくらい順調にやって来たつもりなんすけど。なんか不満があったんですか? 俺? 俺のせいっすかね?」


 ライザから語られた議題というのは、TRBユニオンの解散について。完全に意表を突かれる形となった太朗は、取り繕うのも忘れて慌てる事に。


「ほらほら、せっかく上手くいってるのを解散とか、もったいないっすよ。俺はこれからも頑張りますぜ? 会社もどんどんおっきくなってるし、いやぁ、今捨てるのはもったいないんじゃないかなー!!」


 身振り手振りで、なんとか引きとめようとあたふたとする太朗。


「ちょっとテイロー、落ち着いて。見てよあのライザとベラのにやにや顔。冗談は言ってないけど、真実も語ってないっていう所だわ」


 太朗の横で、じと目のマールが発する。太朗が希望を持った表情で再びベラを見やると、彼女はわざとらしく肩を竦めて見せる。


「坊やの慌てっぷりを見るに、もう少し強気な条件に出ても良かったかもしれないねぇ」


 そう言うと、実に楽しそうに笑い出すベラ。そんなベラをぽかんとした顔で見ていた太朗に、「からかうのはその辺にしといてやってくれよ」とアランが助け舟を寄越す。


「俺としては……あぁいや。俺の考えが正しければだがな。むしろ単なる解散という形の方が、驚きとしては少ないな。どう思う?」


 横へ視線を向け、ファントムを見やるアラン。それに対し、「そうだな」とファントム。


「単純に、ユニオンでいる価値が無くなったんだろう。輸送、警備、生産、管理と、現状3つの会社は完全にひとつの組織として動いてる。別会社である事に何かメリットがあるとは思えないね」


 つまらなそうに語るファントムに、疑問符を浮かべた太朗。「えぇと……何のお話でしょう」と首を傾げる太朗に、「合併さ」とベラ。


「会社をひとまとめにして、無駄なコストを削減しようって話さね。坊やがどうしてもというなら考え直す用意もあるけど、こちらとしては飲んで欲しい所さ」


「合併? どことどこが?」


「うちと、坊やと、ライザのとこさ」


「ひとつの会社にするの?」


「だから、さっきからそう言ってるじゃあないかい。ユニオンを解散して、ひとつの会社にするのさ。新しい名前を考えてもいいけど、知名度的にあんたの所の社名を使いたいね」


 驚きのあまり、息をするのも忘れて茫然とする太朗。しばらく目を見開いていた太朗だったが、マールの「ねぇ、どうするのよ」という囁き声に意識を取り戻す。


「いやいや、え、まじで? 合併て……あぁいや。そらまぁ色々と合理的ではあると思うけど、いいの? ベラさんの所は古くからの会社だし、ライザのとこなんて役員とかいなかったっけ?」


 太朗の疑問に、ライザが口を開く。


「スピードキャリアーにいる大口の役員は、現在私と兄の2人しかおりませんでしてよ、テイローさん。会社と兄とで少しずつ株式を購入して、先月8割を達成した所ですわ」


 ライザに続き、ベラが「うちの所は」と指を上げる。


「確かに古い企業だけれども、別に古さを売りにしてるわけじゃあ無いさね。それにどんな会社も、変化に対応できなけりゃあ死んでくだけだろう? 私は今がまさにその時だと思うね」


 ベラの言葉に、横で深く頷くライザ。ベラは周囲に断りを入れてから葉巻を口にくわえると、手馴れた様子でそれに火をつける。


「TRBユニオンはだね、坊やの言う通り上手く行ってると思う。けどね、まさにそこが問題なのさ。あんまりに上手く行き過ぎてるもんで、組織の構造が硬直しちまってるのさ。坊やの所が兵器を提供して、うちらが使い、ライザの所を守る。簡単に言うとだね。ガンズもスピードキャリアーも、既に一人で歩けなくなっちまってるのさ」


 ベラはそう言うと、「このままだと坊やの所もね」と付け加える。太朗はベラの言葉を頭の中で反芻させると、腕を組んで考え込む。そんな太朗に、ライザが「他にもあるわ」と続ける。


「ライジングサンに、ガンズアンドルールに、スピードキャリアー。テイローさん、今の会社の規模を比較した事があって?」


 ライザの質問に、うんと頷く太朗。


「ユニオンとしての共有部分は抜くとして、最近ようやくうちが2人の所に追いついた形だよね。売り上げに関してはライザの所がまだまだ大きいけど、従業員や規模は並んできたと思う」


「そう、そこですわテイローさん。今同規模になったと仰いましたけど、このままでも同規模でいられると思って?」


「えぇと、どういう――」


「そのままですわ。たった1年でスピードキャリアーに追いついたライジングサンが、そこから急に成長を止めるなんて事は有り得ないという事。仲間の成長は喜ばしい事ですけれど、このままでは私たち。"置いてかれてしまいますわ"」


 置いていかれるという部分を、はっきりとした口調で発するライザ。太朗はようやく問題の本質を理解すると、苦い表情で腰を下ろす。どうしたものかと考え込む太朗に、再びベラ。


「なんとなくわかってきたかい? このままだと、あたいらの存在価値は時間と共に無くなってっちまう。けど、今なら違う。だから今しか無いのさ。今ならまだ、存在感を示せる。坊やはそんな事しないだろうとは思ってるけど、いつかお役御免となって放り出されたら、あたいらはにっちもさっちも行かなくなっちまう」


 紫煙をふうと噴出し、にやりと笑うベラ。


「なぁ坊や、そんな顔しなさんな。これが企業ってもんだし、決して悪い選択じゃないとあたいらは思ってるさね。今よりも大きな舞台に立つってのは間違いないし、待遇だって良くなるさ。残念な気持ちが無いわけじゃあないけど、それを超える期待があるってのも嘘じゃあ無い」


 うっとうしげに煙を払うライザが、そこへ続ける。


「そうよ、テイローさん。みんな納得の上ですし、うちの社員の中には諸手を上げて喜ぶ者もいる始末ですわ。最初にも言いましたけれど、どうしてもというのであれば否決してもらっても構いませんわ。けど、出来れば受けて欲しいというのが本音ですわね」


 二人の声に、いよいよ黙り込む太朗。申し訳ないやらありがたいやらで、胸の中がごちゃごちゃになる。理屈と感情がせめぎあい、言葉を詰まらせる。


「……よろしく、お願いします」


 テーブルの上に押し付けるようにして頭を下げ、やっとの思いで搾り出す太朗。他になんと言えば良いかわからず、相応しい言葉など思いつかなかった。申し訳なさは当然先に立ったが、謝罪の言葉が正しいとは思えなかった。



 翌日、元々予定されていた戦時体制への移行に合わせ、3つの会社が合併する事が正式に決定される事となった。ライザは輸送部門の責任者となり、ベラは警備部門の責任者に。ベラは現行責任者であるファントムに遠慮して当初はそれを断ったが、ファントムはむしろ喜ばしいと歓迎した。元々サラリーや地位目当てでライジングサンへ来たわけでは無いので、彼にとってはどうでも良い事だったようだ。


 そうして、ライジングサンは従業員5000名を超え、二つの星系を従える中堅企業へと生まれ変わる事となった。企業の再編は多少の混乱が予想されたが、言ってしまえばそれだけだった。続いてきた緊密な関係は、他から見れば合併の為の下準備にさえ見えたかもしれない。




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