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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第7章 タクティカルワインド
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第96話




 太朗は保護したエンツィオ同盟からの船をカツシカへと曳航すると、いったいどうするべきかとEAPに指示を仰ぐ事にした。亡命者をどうするかなど太朗が独断で決めて良い事では無かったし、そのまま解放するなどもっての外だった。


「カツシカ星系はテイローさんの管轄なので、基本的にテイローさんの判断で構いません。もし有用な情報が得られるようであれば、こちらに送って頂けると助かります」


 通信機から聞こえるリンの声。


「いや、こっちの判断つってもなぁ。一応船体情報をちらっと覗いてみたけど、特に怪しい記録は無かったな。普通に亡命者みたい。ただし、民間船ってのは嘘だな。もろ軍船」


 船を掌握した際のデータを想い出し、上を見ながら太朗。通信機に映る幼い顔つきのリンが、「そうですか」と溜息がちに口を開く。


「実はここ数日、急に大量の亡命者が現れ始めたんです。テイローさんの所以外にも、報告があっただけで7件。何か、大きな動きがありそうですね」


「うーん、とりあえず何があっても対応できる準備はしとくかぁ。おっけ、わかった。んじゃこっちでなんとかするわ」


「はい、すいません。いよいよ持て余すようでしたら、こっちに送り付けてもらっても構いません。ではまた、ご武運を」


 額に指をあてるリンに、「あいよー」と手を振って答える太朗。彼は通信を終了させると、どうしたものかと考える。


「うーん、とりあえずアランやファントムさんと相談かな。取り調べとか尋問とか、ちょっと俺には無理だな」


 軍事の一環としてそういった知識こそ頭の中に存在はしていたが、船の操縦と違い、相手は人間である。手探りでマニュアル通りにやった所で、上手く行くとは思えなかった。


「まぁ、それがいいんじゃないかしら。亡命者も協力的な様子みたいだし、悪いようにはならないと思うわ」


 マールが肩を竦めながら、そう発する。太朗はぼんやりと亡命者の行く末を考えていたが、BISHOP上に現れた緊急入電の文字に、はっと意識を戻す。


「何? アラン? どうしたん?」


 通信機に向かい、声を上げる太朗。やがていくらもしない内にアランの姿が映り、その背後には慌ただしい会社オフィスの様子が見てとれた。


「テイロー、とうとう連中が動いたぞ。エンツィオ同盟領との国境が慌ただしい事になってる。近い内にでかい一発があるかもしれん」


 発言と共に、船体へと送られてくる各種情報。そこには、今まで決して同盟軍が現れる事の無かった星系にまで、彼らが圧力や攻勢を仕掛けて来ている旨の報告が書かれていた。


「残念ながら、長期休暇は終わりってやつだろう。大将、近い内に一度ユニオンの主要メンバーで会合を持った方がいいな。ホットウォーになるんであれば、会社も戦時体制に移る必要があるだろう」


「長期休暇ねぇ。みんなお休みは大好きなんだから、ずっとこの状態でいて欲しいけどな……つーか俺、最近まともに休みをとった記憶がねえな」


「ははっ、そいつはご愁傷様だ。しかし休みってのは、いつだって他人が決めるもんさ。社長だろうと社員だろうと、そいつは変わらない。早い所平和になるといいな」


 太朗はアランの声に肩を竦めると、大きく溜息を吐き出した。




「お姉さま、お姉さま、見て下さい。ライジングサンのテイローですわ。きっと私達はこれから、想像するのも憚られる屈辱的な取り調べをされるんですわ。どうしましょう」


 両腕を抱え、小さく縮こまるようにして首を振る少女。くりくりとした薄オレンジの髪がそれに合わせて揺れる。


「いやいや、しないしない。テイローちゃん、そういう所チキンだし」


「じゃあどうするって言うのよ、この外道!! 変態!! それとも何よ、放置系がお好みなの!! やるならちゃんとやりなさいよ!!」


「いや、ちょ。怖っ!! というか放置しちゃったら取り調べもクソも無いよね……ところで君、さっきから誰に話しかけてるのかな。えぇと、そっち系の人?」


 ぐるりと顔を巡らし、カツシカステーションオフィスの厳重なロックのかかった個室にいるもう一人の亡命者。メイリーアン号の船長へと顔を向ける太朗。


「えぇと、彼女は……その、そうですね。ちょっとアレでして……ハハハ……」


 乾いた笑いを漏らす船長。その笑みは引きつり、額には汗が見られる。


「何もかもを話せと言ってるわけじゃあない。話したくない事実があるならそれで構わないし、無理に取り繕う必要も無いよ。これは質問であって、尋問では無いからね」


 にこやかに、扉を背に立つファントムが発する。彼の言葉に安堵の息を漏らす船長だったが、続けられた言葉にさらなる汗を流す事となる。


「ただし、嘘は許さん。言いたく無いのであれば、はっきりとそう言えばいい。嘘は敵対行為とみなすし、最悪、君が想像しているような事態になる。お前は、帝国の戸籍を持っていないんだろう?」


 ゆっくりと、低い声で発するファントム。戸籍の確認は、言外に"お前らに何をしても許されるんだぞ"と言っているに等しい。彼の手で回る直径5センチ程の鉄球が3つ、照明の明かりを反射してぬらぬらと輝く。


「もう一度確認するぞ。まとめると、同盟側はその領を固有の物とした国家を樹立し、帝国のくびきから離れようとしていると。先の長年続いた同盟内部での戦争は、欺瞞の為のまやかしだったというんだな?」


 ファントムの声に、真剣な表情で頷く船長。


「えぇ。エンツィオは前の戦争で、ほとんど消費をしていません。それどころか、中央に集まる戦力はずっと上昇し続けてたはずです。もちろん一般市民や何かはそんな事は知らないでしょうし、本当に戦争をしていたと思っているはずです。知っているのは軍のトップだけでしょう」


 船長の説明に、いくらか考えた様子を見せるファントム。そんなファントムに向けて、太朗が口を開く。


「筋は通るっすかね。長年戦争してきた相手同士が、なんで急に手を組んだんだろうって疑問には思ってたから」


 椅子に座ったそう発する太朗に、「そうだね」とファントム。


「しかし、疑問だね。今でこそ現実性を帯びてきた話かもしれないが、それは旧ニューラルネットワークの崩壊があってこそだ。当時からそれを知るのは不可能だろう?」


 ファントムの疑問に、言われてみればと頷く太朗。全銀河を繋ぐニューラルネットという存在が無くなった今だからこそ、帝国の介入を制限する事が出来る。帝国からの入口はネットワーク的にアルファ星系周辺領域へと限られ、かつて良好な通行路だった星系は、軒並み見えない壁と化している。


「さすがにそこまではわかりません。あぁ、いえ。軍のトップだったら知ってるのかもしれませんが、下士官の自分には……ですが、先程言った事は本当です。軍の士官は一通り知らされ、拒絶の反応を示すものは粛清されました」


 粛清という言葉に、眉間へしわを寄せる太朗。


「えげつねぇなぁ……アウトローってのはどこもそんな感じなん? ディンゴもそうだったけど、ぽんぽん人殺し過ぎだろ」


 不機嫌そうにそう発する太朗に「人によるさ」とファントム。


「良くも悪くも人次第。そんな所さ、アウタースペースというのは」


 ファントムはそう言うと立ち上がり、ゆっくりと船長の元へと歩み寄る。彼は視線を少女の方へ向けたまま顔を船長へと近付ける。


「あの娘、いじられてるな?」


 地の底から響くような、嫌悪感を含んだ声。太朗はぞわりと駆け上がる恐怖心に身を震わせると、詰め寄られているのが自分でなくて本当に良かったと、誰にともなく感謝した。


「何の事だか……あぁあ!!」


 手のひらを抑えながら、叫び声を上げる船長。何事かとそちらを見ると、船長の手にはファントムが持っていた鉄球が深くめり込んでいた。


「嘘を、ついたな?」


 先程とは打って変わり、全く感情の感じられない声。船長は痛みに顔を歪めながらも、恐怖に飲み込まれた表情で口を開く。


「わ、わかりました!! 話します!! 彼女は、軍の生体兵器です……実験体ですが、逃げ出す為に役に立つかと思って……」


 涙声で、そう話す船長。ファントムは船長の手から鉄球を回収すると、ひとつ鼻を鳴らしてから椅子へと腰掛ける。


「先程も言ったが、嘘は許さん。次は鉄球の数をひとつ増やすからな……ところで逃げ出す為に利用したと言ったが、特質は何だ」


「は、はい。彼女は電磁波受容体として最適化を受けていますので、非常に高い精度でスキャンを分析する事ができます」


「ソナーマンか……今時古臭い事を」


 ファントムは吐き捨てるようにそう言うと、やおら椅子から立ち上がる。


「俺も、強化人間だ。その上サイボーグだがね。尋問をアランに変わろう。俺は彼女の尋問に適切じゃない。同情心が沸いてしまったからね」


 太朗の方をちらりと見てから、扉のすぐ横へと移動するファントム。するとすぐアランが部屋の中へやってきて、苦笑いを浮かべる。


「俺は、あんたの尋問を受けたそっちの亡命者に同情するがね。一応代わりは引き受けるが、どうする。他に聞き出したい事などあるのか?」


 そう言うと、太朗の方を見るアラン。太朗は「いや、もう十分でしょ」と答えると、船長を治療施設へ搬送するように社員へと頼む。


「やり過ぎ……って言っていいのかどうか、正直判断がつかねぇっす。聞き出した情報ひとつで、こっちの人間が大勢助かるかもって状況なんよね?」


 ぼやく太朗に、いくらか驚いた顔を見せるファントム。


「ほぅ、我らが司令官は、思ったよりも大人のようだね。てっきり前と同じように怒られるかと思ったよ」


 笑いながらそう言うファントムに、「限度はありますぜ?」と太朗。


「そうだね、心得てるよ。しかし、あの娘をどうしたものかな」


 顎に手をあて、地べたに座り込んでいる少女を見やるファントム。


「強化人間、でしたっけ。どういうものなんすか?」


「ふむ。そのままさ。BISHOPの制御やある特定の能力を伸ばす為に、脳を弄るんだ。大抵はソフトウェアでの手法だが、時としてハードを埋め込む事もある。例えば俺のここには」


 自らの額を、指でとんとんと叩くファントム。


「熱量検知のセンサー機器と、弾道計算に最適化されたBISHOP補助装置が入ってるね。だから機関銃で弾丸をばらまかれても、それら全ての弾道を計算する事が出来る。BISHOPの未来検知と組み合わせれば、弾丸を避けるというのはそう難しい事じゃないな。彼女の場合は――」


 視線を少女へ向けるファントム。


「――恐らく頭蓋骨か、もしくは髪の毛か。それらを電磁波やドライブ粒子の受容体にしてるんだろう。全身という可能性もあるが、帝国軍以外にそんな高度な真似は不可能だ。いずれにせよ成功率が低すぎる為に、今ではほとんど行われなくなってる。俺や彼女は、いわば珍しい存在だろうね」




キリが悪く、少し長くなってしまいました。

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