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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第7章 タクティカルワインド
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第95話

 茫然と、その場に立ち尽くすゴーウェン。彼は歯を食いしばって意識をしっかりさせると、報告してきた部下に向けて叫ぶ。


「何か……何かとは何だ!! はっきりしろ!!」


「わかりません!! センサーは……何かの飛来物を捉えています!!」


「飛来物!? ちょっと待ってろ!!」


 ゴーウェンは急いで船体情報へアクセスすると、デブリ回避とされるカテゴリの情報をリストアップする。電子戦機の強力なセンサーは、普通の船では捕えきれないような細かい情報も、簡単に収集する事が出来た。


「デブリだ……いや、違う。焼却ビームが対象を捉えてない……誘導兵器の類か? おい、ロックオンジャマーはどうなってる!!」


「やってます!! 先ほどからジャミングし続けてます!!」


 ゴーウェンの張り上げた声に、負けじと返す彼の部下。ゴーウェンは部下の気迫に少したじろぐと、「では何故ロックオンされてるんだ?」と発する。


「ロックオンを解除した直後に、再びロックオンされてしまいます!! それも、全艦同時にです!!」


「なっ……相手は観測艦(スポッター)か? 続けて切り続けろ。全力でやれば――」


「既に全力です!! 毎秒、遮断とロックオンを繰り返してるんです!! 毎秒ですよ!?」


 半ば悲鳴に近い部下の声に、いよいよただ事ではないと悟るゴーウェン。相手の船が何者だかは不明だが、どうやらとんでもない相手だという事だけはわかった。


「毎秒13隻をロックオン……ただでさえ時間のかかる、ステルス艦相手にか……」


 頭の中で、どうすれば最も良い結果を残す事が出来るのかを必死に考えるゴーウェン。しかしその選択肢はあまり無さそうだった。


「アクティブソナー充電完了です。放ちますか?」


 ゴーウェンを見上げるように、彼の部下が発する。ちらりと部下の顔を見ると、唸り声を上げるゴーウェン。彼はどちらかというと入念に準備した作戦で相手を翻弄するタイプの戦いを好み、その場で咄嗟の判断を必要とする類の状況というのは苦手だった。


「……艦長?」


 不安気な様子で、部下の誰かが発する。ブリッジにいる各種制御担当者は慌ただしく戦闘処理を行っていたが、命令が降りない事に疑問を持ったのだろう。やがて妙な沈黙が降りる。


「ステルスジェネレータを発動しろ」


「……はい?」


「聞こえなかったのか。ステルスジェネレータを発動しろ。撤退するんだ!!」


 半ばヤケクソ気味になりながら、大声で叫ぶゴーウェン。彼の頭の中には、既に戦闘に関する事柄はどこかへ消え去っており、帰ったらどう言い訳をするかが大多数を占めていた。




 巡洋艦プラムⅡのブリッジで、キャッツの4名と共に戦闘操作を行っていた太朗は、相手の姿がレーダー上から消えていく様を無表情で眺めていた。視点は定まらず、ただぼんやりとした顔。


「おい社長、こっちもそろそろ飛んだ方がいいんじゃねぇか? 去り際にでもあれを使われたら、相当まずい事になるぞ?」


 普段は無人である戦闘操作盤の上で、タイキが茶色い毛を逆立てながら発する。彼らの胴はベルトと強力な磁石で操作盤へ固定されており、揺れる船体の中でも問題無く制御を続けている。


「……おい、社長!! 聞いてるのか!!」


 大声で叫ぶタイキに、ようやくはっと意識を戻す太朗。意識が完全にBISHOPの中へ沈み込んでいた為、急に戻って来た船内の視界に、びくりと体を震わせる。


「あ、あぁ。うん、そうだな……向こうも引くみたいだし、こっちもおさらばしようか」


 頭痛の酷い頭を手で押さえ、こめかみを揉み解す太朗。不快な耳鳴りが聞こえ、吐き気を運んでくる。


「しっかし、さっきのは凄かったね。改めて思うけど、社長の脳はどうなってるんだろう。それとこの船の中央BISHOP制御システムもだね。あんな高速ロックオンは、スポット艦でも難しいよ」


 いつの間にいたのか、太朗の足元でチャーがご機嫌そうに発する。太朗は「あはは、どうなってんだろうな」と彼の背中を優しく撫でると、オーバードライブに備える為に膝の上へと抱き上げる。念の為にと僚艦に識別信号を送ると、すぐさま近くのステーションから返答が返ってくる。問題無く避難出来たという事だろう。


  ――"オーバードライブシステム 起動"――


 予め計算しておいた座標へ向けて、その身を旋回させるプラムⅡ。太朗はプラムⅡが問題無くオーバードライブした事を確認すると、チャーをそっと床へ下ろし、設備室へ向けて走り出す。


「マール!! 小梅はどうっとぅあっ!?」


 設備室へ駆け込むなり、何かに躓いて盛大に地面を転がる太朗。それ所では無いと立ち上がろうとする彼だったが、自らが躓いた何かの正体に気付くと、寝転がったままそれを抱き上げる。


「小梅!! 大丈夫なん!? 生きてるか!?」


 懐かしい球体を両手で持ち上げ、まるで傷が無いかどうかを確認するかのように、四方八方から覗き込む太朗。


「えぇ、問題ありませんよ、ミスター・テイロー。しかし女性の体をそうまじまじと見つめるのは、どうかと思いますね」


 ランプを明滅させ、抗議をするかのようにぶるぶると振動する小梅。


「そっか……はぁ……良かった……」


 小梅を胸の上に下ろし、両手を広げて大の字になる太朗。そんな彼の傍へ、口元に笑みをたたえたマールが歩み寄る。


「安物のボディじゃなくて良かったわ。ちゃんと多段階ヒューズがあったおかげで、回路の方には影響無かったみたい。駄目になったのはボディの方だけね。気絶すらしてなかったみたいよ」


「えぇ、運ばれている間もちゃんと起きていましたよ。出力が壊れてしまいましたので、何の反応も出来ませんでしたが。しかし、ふふ。ミスター・テイローのあの慌てっぷりったらありませんでしたね」


「やめて!! なんか恥ずかしい!!」


「何を仰いますか、ミスター・テイロー。私としては、不謹慎ながら嬉しかったですよ。録画していなかった事実にこれほど後悔した事はありませんね」


「そうよ、テイロー。誰かを心配するのを恥ずかしがる必要なんて無いわ。それより……」


 首を巡らし、壁に立て掛けられた小梅のボディを見やるマール。船体との接続を行っていたコードのある左手から肩にかけてが黒く焼け焦げており、せっかくの可愛らしい服が大きく破けてしまっている。


「残念だけど、義体の方は駄目ね。過電圧で部品そのものが焼けちゃってるから、修復も難しいと思う」


「オーバーホールでなんとかなりませんでしょうか、ミス・マール。もしくは、流用の効くパーツを保存する等出来ると有難いのですが」


「うーん、結局総取り換えになっちゃうから、新しいのを買うのと変わらないと思うわ」


「そうですか……残念です」


 カメラを自らの義体へ向け、ランプを明滅させる小梅。太朗はどことなく寂しげに見えた球体を持ち上げると、「元気出せよ」と笑う。


「小梅が無事だったんだから、それで何よりじゃねえか。ボディも服も、また新しいのを買ってやるさ」


 球体の表面を優しく撫で、親指を立てて見せる太朗。


「次はドリル装備の義体だな」


「ほぅ、ドリルですか」


「いや、なんでそこで乗り気なのよ。やめなさいよ」


 マールが小梅をぺちんと叩くと、みっつの笑い声が上がった。




 操船の為にと太朗が去った後の、設備室。マールはその冷たい床を転がる小梅を持ち上げると、そっと作業台の上へ乗せる。


「で、本当の所はどうなの。修復可能?」


「何の話でしょう、ミス・マール。小梅はご覧の通り、問題ありませんよ?」


 小梅の返答に、腰に手を当て、溜息を吐き出す事で応えるマール。


「小梅、私はメカニックよ? ヒューズが切れるまでのわずかな時間に、いったいどれだけの電流が流れるのか位は知ってるわ」


 怒っているのか、それとも悲しんでいるのか。自分でも良くわからない表情。


「……それは失礼を、ミス・マール。そうですね、ハードウェア制御用回路の一部が焼き切れています。転がる程度なら問題はありませんが、しばらく義体の操作は難しいでしょう。ドライブ粒子による放射線ですので、ほとんど直に過電化されました。ECMというのは、かくも恐ろしいものだったのですね」


「ハード制御って……危ない所だったのね。治せるの?」


「えぇ、ひと月程かかるかもしれませんが、問題無く。しかし困りました。しばらくの間球体でいる事に、何か言い訳を見つける必要があります」


「あの取り乱し様、普通じゃ無かったものね。本当は正直に話すべきなんでしょうけど、日を置いた方が良さそうか……そうね、もうちょっと当たり障りの無い場所に障害が残った事にすればいいんじゃない? 下手に嘘を突くより、そっちの方が効果的だわ」


「なるほど。参考にさせて頂きます……時にミス・マール。どうされました?」


 小梅に覆いかぶさり、抱きかかえるように両手を回しているマール。


「ごめんね、小梅。宇宙船って、人間を守るようには作られてるけど、AIはそれに含まれてないわ。もっと対策を講じておくべきだったと思う」


「いいえ、どうか気になさらず、ミス・マール。生体を優先するのは当然の事ですし、ミス・マールの責任ではありません。換えの効くAIと違い、さらに人間は壊れやすいですから」


「馬鹿ね。あんたの換えなんてあるわけないじゃない……小梅は小梅なんだから」


 ぺちんと、球体を叩きながらマール。


「ふふ、おかしな言い回しですね。小梅は小梅ですか」


「そうよ。口の悪い、私達の大事な家族なんだから」




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