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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第7章 タクティカルワインド
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第92話

 エンツィオ・EAP戦争。

 双方に戦う気が無いとしか思えないこの不思議な戦争は、人々にファニー・ウォーと呼ばれていた。太朗個人からすると冷戦と呼ぶ方が相応しいのではと思っていたが、どうでも良い事だった。


 開戦以来の戦闘回数は27で、死者数はたったの50。艦船数で言うとずっと多くが様々な被害を与え、与えられたが、撃沈に至る船はほとんど無かった。お互いが引き気味で戦闘を行っている為、追撃して止めを刺すような戦いにはならなかったからだ。


「もう3ヶ月近く経つっちゅーのに、まじでどうなってんだろうな。これってもはや戦争でもなんでもねぇだろ。にらみ合いだにらみ合い」


 カツシカで僚艦2隻と共に哨戒任務を行っている太朗が、プラムⅡの艦橋で悩ましげに発する。

 太朗は立場的にわざわざ哨戒などを行う必要は全く無いし、クラークや何かには止められた事もあったが、それでもこうして暇さえあれば宇宙へ出る事にしていた。これは操船の腕を鈍らせない為というのもあったが、一般社員と同じ事を自分もやっているという事を知らしめる為でもあった。太朗は出来れば、"ボス"では無く"リーダー"でいたかった。


「エンツィオ同盟の事? 何も無いに越した事は無いわ。会社もステーションも運営は順調だし、出来ればこのまま終わって欲しい所だけどね」


 マールがシートから振り返りながら、さして興味無さげに応える。

 確かに現在会社の運営は順調すぎる程に推移しており、問題らしい問題と言えば、食品開発部門への出資が思ったよりもずっと大きい額になっている事だけだった。先行投資と考えればどうという事も無いかもしれないが、額が額だけに、失敗した時の事は想像するのも嫌になるレベルだった。


「まぁ、そやね。何事も平和が一番。戦う為の道具で儲けてる俺が言えた義理じゃねぇかもだけど」


 対して大型レールガンの方はカツシカ星系周辺領域への試験的な配備が進んでおり、いくつかのステーションでは実際に戦果を上げ始めていた。他所の星系へ売りに出すにはまだ実績が物足りないが、それらは時間の問題と思われた。


 太朗はマールの「リンの方でも相変わらず?」という問いに頷くと、腕を組んで大きくシートにもたれかかる。


「結局向こうでも良くわかんねんだとさ。会談の要求も蹴られてるみたいだし、まるで見えない分厚いカーテンが敷かれてるようだって。ただ、最近は大きな動きがあるみたいだな。物価の高騰がこっちよりも早いペースで動いてるんで、間違いなく何かが起こってるはずだろうって。エンツィオの方は戦争が起こるまでノーマークだったから、中枢にスパイがいないんだと。っていうかスパイとかいるんだな」


「いるんだなって、そりゃいるわよ。ウチだって相当探りを入れられてるのよ? アランやあんたの暗号化がなかったら、相当まずい事になってたと思うわ」


「うげ、マジっすか。俺のお宝コレクションとか無事かな……」


「お宝?」


「ミス・マール。詳しくはミスター・テイローの私室、入って右手の収納ボックス上から2段目をお探し下さい。きっと吐き気を催す邪悪がそこにあるはずです」


「何で知ってるの!? というかそんなえげつない代物でもないよ!?」


「小梅、後で破棄しといてね」


「御慈悲をぉお!!」


  ――"オーバードライブ 終了"――


 泣き叫ぶ太朗を他所に、プラムⅡは巡回地点のひとつへと到着する。


「ビーコンは……あったあった。あれか」


 太朗は暗号化されたビーコン目掛けて船を進めると、傍に置かれているパッシブスキャナーの情報をダウンロードする。継続的に広域スキャンを行うこの装置は、カツシカ周辺の至る所に設置されていた。


「大丈夫そうね。過去2時間に渡って、何の異常も無いわ……ねぇテイロー、これもうちょっと無いの?」


 そう言いながら、手元の袋を振って見せるマール。その袋には、太朗お手製のゴマ団子が詰まっているはずだった。中身の団子こそ人工食品だが、ゴマに関してはライジングサンの食品開発部が作成した自然食品だった。


「いや、もう全部食ったのかよ……っていうかそれ、まだ貴重品なんですけど」


 呆れた調子で返す太朗。

 太朗の開発した米と胡麻――正確には、それらと思われる穀物――は、生体の再現には成功したものの、量産についてはまだだった。現在収穫用の農業ステーションを建設中であり、完成にはもう少しかかりそうだった。


「"まだ"って事は、もうちょっとしたら一杯作れるのよね。どれくらいの量が採れるの?」


「うーん、それが良くわかんねんだよね。実験室から畑に移るわけで、未知数の所が多すぎんのよ。それこそこっからが農業の知識の出番なんだろうけど、その辺さっぱりだから。高速育成遺伝子が組み込まれてるから、テンプレさえつかんじゃえばすぐだとは思うんだけど……」


 開発の段階での苦労を思い出し、少し上を見上げる太朗。3ヶ月という期間は決して短くは無いが、自然食品の開発という点からすると奇跡的なまでに短時間とも言える。とはいえ、現段階は生体の再現に成功しただけに過ぎないので、課題は引き続き山積みだった。


帝国惑星開発機構テラフォームセンターがバックアップしてくれるんだから、その辺もきっと大丈夫よ。それと改めて思うけど、これで地球についての確信がずっと深まったわね。本当に人間の最適環境と同じ環境に特化した動植物がいて、あんたがドンピシャでそれを見つけたんだから」


「ドンピシャつっても、後半は総当たりだったけどな。99%は良くわからん生き物だったし。検索については、環境を限定するだけで相当絞り込めたのがデカかったかなぁ」


 気温や大気が地球と酷似しており、なおかつ安定している惑星というのは少ない。地球が定期的にそうなるように、かつては安定していたが現在はそうでは無いという惑星も多い。氷河期や砂漠化。恒星の活動期や何かと様々だ。

 そして太朗が検索した限り、地球環境に近い特質を持つ惑星は、例外なく人類発祥に名乗りを上げていた。


「自称人類発祥惑星を除外したのが大きかったのでしょう。それらを含めていれば、検索数はゼロが6つ程追加されたはずです。しかしミスター・テイロー。ひとつお聞きしたいのですが、ある程度勝算があっての行動だったのでしょうか?」


 小梅の質問に、首を傾げながら答える太朗。


「まぁ、ちょっとはな。人間がこうしてひとり来てるわけだから、それ以外の生き物が来ててもおかしくはないっしょ。地球由来の生き物やそういったデータはさ。完全に消えたわけじゃなくて、ただ見つけられないだけなんじゃないかってね。広すぎんだよ、銀河って」


 手を伸ばし、銀河星系図をくるくると弄ぶ太朗。彼の手の動きに従い、ホログラフに浮き上がる無数の光点が目まぐるしく移動する。


「それは言えてるかもね。学問体系が広がり過ぎて、興味の無い所は放っておくしか無いもの。きっと地球の事だけじゃなくて、誰にも見つからずにひっそりと埋もれてる知識や技術も沢山あるんだわ」


 太朗の動かす星系図を、うっとりと遠い目で眺めながらマール。彼女は視線を手元の袋に移すと、再び口を開く。


「あんた、地球では自然食材ばかりを食べてたんでしょ? 一家にひとつ調理場があるって言ってたし、きっと毎日おいしい物を食べてたんでしょうね。羨ましいわ」


「まぁ、今となっては、だけどな。遺伝子組み換えの穀物を販売するだけで、ちょっとした社会問題になる程度には食い物に敏感だったなぁ……そういや自然食品派の人は、遺伝子組み替えるくらいなら全然問題ねぇってよ」


「リサーチ結果が出たの? 良かったじゃない」


「化学合成食で無く、種として確立していれば良いようですよ、ミス・マール。それに厳密な定義があるわけでは無く、各々主義主張があるようです」


「そいや地球にもベジタリアンとか、宗教絡みで食い物制限してる人はいたからな。似たようなもんか」


「ふうん、色々あるのね。でもこれで当面の問題は解決ね。動物の方にも高速成長遺伝子を組み込むの?」


「いや、ちょっと無理らしい。いずれそうなるかもだけど、どんな影響が出るのか短時間じゃあ調べようがねぇってさ。当り前だけど、まともな成長をしねぇだろうって」


 食品開発部が短期間で生体の再現に成功した理由として、最も大きいのがこの高速成長遺伝子となる。帝国遺伝子操作研究所主導で行われた遺伝子改良により、ゴマも、イネも、わずか数日から数週間で収穫可能なまでに成長するようになった。

 欠点として環境変化に脆くなってしまう点。そして地力を浪費してしまう事があるようだが、そこはなんとかなりそうだった。宇宙ステーションでは、事故を除けば環境変化などほとんど起こらないし、地力はそもそも化学的に付与されている。


「そっか。じゃあ動物の方は地道に数を増やしていくしかないのね。カロリー効率が悪いから、凄い割高になりそうね……というかなによ。なんだかんだ言ってた割に、凄い順調じゃない」


「それがそうでもないんですよ、マールたん。自然食材ってさ、環境や育て方ひとつで味が変わるんよ。動物も、植物も。ただ育てばいいってもんでも無いんよね。量は作れるけどマズイです、じゃあ売れないから。さっきも言ったけど、ここからが本番だな」


「そうなんだ……あぁ、でも言われてみればそうよね。紅茶や何かも、産地によって味が違うもの」


「いいえ、ミス・マール。残念ですが紅茶のあれは、工場と成分配合の比率の問題ですね。自然食品のように、成長過程で生じた変化ではありません」


「あ、そ、そうなの……なんか恥ずかしいわね。まぁ、とにかく、早い所量産できるようにしてよね。これ、絶対売れるわよ」


 袋の内側についたゴマを指に付け、口に含むマール。煎り胡麻の香ばしい香りが太朗の所にも届き、もう少し作ってくれば良かったかといくらか後悔する。


「こんなきもちわるぃぶつぶつたべられなぁ~ぃ、って言ってたクセに、結局ハマったんか」


「うぅ、うるさいわね。調理したてがこんなに美味しいなんて思わなかったのよ。それにそんな言い方はしてないわ……って、ちょっと待って。何か反応があるわ」


 顔を赤くして狼狽えていたマールが、急に真剣な表情で計器へと向き直る。

 太朗もすぐさまBISHOPで船体情報にアクセスすると、その不可解な結果報告に眉を顰める事となった。


   ――"広域スキャン 反応数12.5"――


「……いや、0.5ってなんだよ」




感想欄にて、生体の再現にかかった時間を半年と報告しましたが、

科学技術の発達等、様々な要素を考えた上で、3ヶ月に訂正致しました。

今話にある通り、まだ再現に過ぎない為です。


混乱させてしまい、申し訳ありませんm(_ _)m

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