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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第7章 タクティカルワインド
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第91話

 最初に社長から話があった時、恐らく誰もが「またか」と思ったに違いない。

 ライジングサン入社半年目となるハインラインは、彼と同様に呼び集められたのだろう30人の社員と同様に、ただぽかんとして社長の話を聞いていた。場所はカツシカ星系の工業ステーションオフィスの会議室。真新しいオフィスで、まだ一切の手垢がついていなかった。


「――というわけで、なんとかして自然食品を売りに出したいというわけです。"軍曹"は確か、生物化学の博士号を持ってるんでしたよね?」


 太朗に帝国軍時代の階級を呼ばれ、はっと息を飲むハインライン。


「はっ、その通りであります、司令官殿。自分はベータ星系帝国アカデミーにて生体の研究を。軍では地上戦教育課程を専攻しておりました」


 はきはきとしたハインラインの返答に、いささか困惑気な表情を浮かべる太朗。しかし何か思う所があったのか、彼は気を取り直したようにうんと頷いた。


「じゃあ、軍曹に開発チームの代表になってもらおうかな。あぁいや、どうしても嫌だっていうなら辞退してもらっても構わないけど、できればやって欲しい」


 ハインラインの戸惑いの表情に気付いたのだろう。太朗が控え目にそう発する。


「いえ、命令であれば従います。ですが自分の特質はあくまで戦闘にあり、開発ではありません。お役に立てるかどうか疑問ですが?」


「うん、もちろんわかってるけど、ぶっちゃけ軍曹より相応しい人材がいないのよね。基本的にはチームの指揮さえとってくれれば、実際の研究そのものは専門家……が居ないんで困ってるわけだけど、それに準じた人達に任せればいいよ。アルジモフ博士のツテで、何人か生物化学者にあたってもらってるし」


「はぁ、そういう事であれば……本日は詳しい話を聞かせて頂けるのでしょうか」


 ハインラインの質問に、「もちろん」と太朗。彼は集まった社員に着席するよう促すと、自らも機能的なシステムチェアへどさりと腰掛けた。


「基本的にはさっき言った通りで、自然食品素材の研究と実用化だね。右も左もわからないんで、意見があればどんどん言って下さいな」


 太朗の言葉に、しんと静まり返る室内。ハインラインは「いきなりそんな質問をされれば誰だってそうなるだろう」と他人事の様に捉えていたが、静まり返っている原因が自分にある事に気付き、慌てて考えをまとめ出す。社長がそう決定した以上、既に開発班のリーダーというわけだ。


「そうですね……自然食品と仰られてましたが、何か具体的なターゲットは決まっているのでしょうか。種類で言えば、それこそ星の数程存在していますが」


 これがわからなければ始まらないと、当り前の質問をするハインライン。そんな彼に、にやりと笑みを作る太朗。


「ターゲットはこれっす。皆さんお手元のリストをご覧あそばせ、とね」


 太朗は20センチ程の大きさの箱を足元から持ち上げると、机の上へ無造作に滑らせる。ハインラインは動じる事も無くその箱を受け取ると、ひんやりとした箱の感触に眉をしかめる。


「クーラーボックス、ですか。開けても?」


 ハインラインの声に、笑顔で頷く太朗。ハインラインはその箱が単純な機械式である事を確かめると、ゆっくりと蓋を開く。箱の中からは強い冷気が現れ、彼の顔をそっとなでた。

 中にあったのは、碁盤目状に並べられた5センチ前後のアンプル。学生時代に慣れ親しんだその姿に、ハインラインは懐かしさと共にそれの正体を知る。


「生体の遺伝子ですか……随分数がありますね。これは……ウシとニワトリと、それにブタ、と読むんでしょうか。聞いた事が無い生き物ですね。どこの惑星からですか?」


 手元の端末に転送されたリストを見ながら、不可解そうな表情で発するハインライン。そんな彼に、「そこは内緒って事で」と太朗。


「それにぶっちゃけ、ホントに鶏と豚と牛なのかどうかわかんないんだよね。遺伝子情報的には近いはずなんだけど、それ言ったらどこの惑星の生き物だって基本的にはそうみたいだし。サイズはそれぞれ2キロ、100キロ、500キログラムってとこだと思う。鳥、哺乳類、哺乳類。のはず」


「500キロ、ですか。随分大型ですね」


「んだね。角があるかもしれないんで、それに注意かな? 折っちゃっても大丈夫だった気がするけど、どうだったかな。予想される飼育方法はリストに書いた通りだけど、実際にやってみてダメだったら色々と工夫してみてね。というか、さっきも言ったけど全く違う生き物の可能性もあるっす」


「角? 飼育? ちょっと待って下さい。まさか、育てるんですか? 食肉培養するのでは無く?」


「いや、人工肉にしちゃったら自然もクソも無いじゃん。あぁいや、遺伝子のクローンとかはどうなんだろ。双子もいわばクローンだし、そこはセーフだよね?」


 太朗の突っ込みと共に、しばし時間の流れが止まる室内。ハインラインは冷静に努めようと、ひとつ溜息をしてからリストを眺める。


「ウシの予想飼育環境……食事は飼い葉から穀物、果物でもなんでも。環境温度は24度前後。呼吸は人類生存域以内。重力その他生存環境も人類と同じ……社長、いったいなんなんですかこの生き物は。こんな都合の良い自然動物は、普通に考えてありえません」


 大学で得た知識や、一般常識とされる知識。そういったものと照らし合わせ、断言するハインライン。彼はまるでふざけた話だと言わんばかりの表情で、続ける。


「それとも、温度調節も呼吸補助器もいらないと言うんですか? これではまるで、その辺の空いたスペースにでも放っておけば、後は水と食料だけで育つと言ってるようなものです。御冗談はよして下さい。これは遺伝的テラフォーミングを施されていますよね?」


「あぁいや、されてないと思うし、普通に育つんじゃね?」


「……そんな馬鹿な」


 失礼な言葉だとわかっていても、思わず呟いてしまう。彼は助けを求めるように周りを見渡すが、誰も彼もが困惑の表情だった。


「植物に関しては、苗がいくつかと種。それと遺伝子配列の情報をいくつか。全部で2千種程だね。それも情報をリストに送ってあるんで、目を通しておいてね」


 太朗の言葉に、再びリストへと目を落とすハインライン。そこには確かに太朗の言う通り、穀物リストとされる一覧のページがあった。


「こちらも人類生存環境と同じですか……そう都合の良い動植物があるとは思えないのですが……」


 大多数の帝国人と同じ考えから、そう顔を引きつらせるハインライン。


 しかし彼の予想とは裏腹に、それらはまさに太朗の言った通りとなった。


 もちろん最初の成功例を出すまでは苦労の連続であり、最初のひと月はほとんど無為に過ごしていたと言っても良い程だった。何をすれば良いのか、全く見当が付かなかったからだ。

 転機が訪れたのは、太朗がディーンへ相談を持ちかけた事からだった。


「良いだろう。いくつか当たってみようじゃないか。君の用意してくれた兵器は、どうやら私の階級章に星をひとつ増やしてくれる事になりそうだからね。それくらい安いものさ」


 その一言により自然食材開発は、帝国惑星開発機構テラフォームセンターから帝国遺伝子操作研究所までを巻き込んだ、ライジングサン始まって以来の巨大プロジェクトとなった。

 ハインラインは想像以上に大きくなってしまった事態に慌てたが、半ばヤケクソになりながらも部下達と共に奮闘した。最初の生体の母が誕生した時は、それこそ全員で涙を流しながら喜んだ。


 ただし、全てが上手くいったわけでは無かった。というよりむしろ、失敗の方がずっと多かった。


「こ、こっちに来たぞ。逃げろおおお!!」


 体重2キロとされていたニワトリのうちのひとつは、実際には200キロを超える重さの巨鳥となった。用意された檻は何の役にも立たず、容易く引き裂かれた。


「全員、隔離施設へ退避!! ドッキング切り離し!!」


 ある種の植物は空気中に毒素や病原菌を発し、あやうくステーションにバイオハザードを引き起こす所だった。汚染されたフロアは滅菌処理されるか、それでも危険な場合は焼却後に恒星へと投棄された。


 試験サンプル数3552種の動植物の内、実用化に至ったものは動物2の植物3。合計わずか5種だった。

 ハインラインとしては莫大な費用をかけたプロジェクトに対するこの結果を失敗だと思い、責任を取るつもりでいたが、社長はむしろ大成功だと喜んでいた。実際ハインラインのサラリーは3倍に増え、食品部門の正式な責任者となる事になった。


「何がどう転ぶかわからないものだ……」


 後で当時を振り返って見た時の、ハインラインの正直な独白。

 彼はどこもかしこも溢れんばかりの需要で満たされた宇宙艦隊教育課程では無く、地上戦教育課程などという、現代ではほとんど役に立たなくなってしまった課程を選んでしまった自分を憎んでいた。


 同期の仲間達は順調に昇進して行き、宇宙船に乗って銀河中を飛び回っていた。当然手当ても違えば、まわりが見る目も違う。宇宙船乗りは憧れの的だったが、陸戦兵の事など誰も知らない。彼と学生時代から付き合っていた女も、ある日宇宙船乗りを追いかけてどこかの星系へ行ってしまった。


 半ば自暴自棄になって軍を辞めた彼だったが、その後の勤め先はなかなか見つからなかった。良い勤め先も無く自宅で鬱屈した日々を送っていたが、ある日突然社長が自宅まで押し寄せてきた事でそれも終わる。


「ハインラインさん、帝国軍出身ってまじっすか!? ウチで働きませんかね、軍人さん大歓迎っす!! え、陸戦? いやいや、全然OKっすよ。そのうち必要になるかもしれないじゃないすか。いやー、カッコイイなぁ歩兵。未知の惑星でも見つけた日にゃぁ、アンタの出番ですよ的な?」


 今考えれば、どうしようもない人手不足から猫の手も借りたいという所だったのだろうが、それでも社長には感謝していた。船舶の操縦法を教えてもらったし、警備部要人警護班という自分に合ったポジションも用意してもらった。

 そして今では、食品開発部の部長だ。


「ニワトリ、ブタ、ゴマ、ジャガイモ、そしてコメか。しかし我ながら、良く頑張ったもんだな」


 机の上に置かれた稲穂をつまみ、呟くハインライン。そこへ彼の部下が歩み寄って来る。


「本当に売れますかね、部長。これらは確かにどれも美味しい食材ですし、特に調理したてのものに関しては抜群とさえ言えます。しかし保存が難しく、何より一般家庭には調理器具がありません」


「まぁ、そうだろうな。自宅に台所を持ってる家庭など、まずお目にかかった事が無い。しかし社長は、そもそも一般向けに販売するつもりは無いようだぞ」


 ハインラインがそう言うと、「どういう事ですか?」とでも言いたげな表情を見せる彼の部下。そんな部下に、ハインラインが続ける。


「一般向けの食品はだよ、君。既に大手食品会社が幅をきかせている中へ、切りこんでいかなきゃいけない。値段的にも相当割高になってしまうしね。それは不可能だ。大企業が黙って見ているわけが無いし、場合によっては戦争だ」


 思い出すように、中空を眺めるハインライン。


「わかるかい? あくまでこれらは、自然食品派の人々向けというわけさ……あぁ、そうだ。確かに、彼らはせいぜい5万人に1人くらいの割合でしか存在しない。私も同じように社長に進言した事があるよ。そしたらこう言われたね。"5万人に1人もいるのであれば、銀河中に12億人も自然食品派がいる事になる。そいつは十分すぎる程巨大な市場だ"ってね」




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