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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第7章 タクティカルワインド
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第89話

 BBマキナの化学設備室。いくつもの端末や装置が立ち並ぶ雑多なその部屋で、直径20センチ程のシャーレを前に跪く太朗。


「味噌汁とか、まず無理。それ以前の問題。つーか、俺こんなもん食ってたのかよ……」


 シャーレの中にあるのは、化学的に培養された人工肉。見た目は完全に丸い肉の塊で、地球のスーパーでパック売りされている鶏肉や何かと良く似ている。先ほどまで培養液の中に浸されていたこれは、今は死んでいるが、培養液から取り出すまでは間違いなく生きていた。

 それは銀河帝国で一般的に食されているたんぱく源であり、太朗が今までに食べてきた肉類は、ひとつの例外もなくこの人工肉だった。


「元の生物がどんな形だったかすらわからないとか、お前ら何てもん食ってんだよ」


 誰にというわけでもなく呟く太朗。それに近くで薬品の入ったビーカーを興味深げに眺めていた小梅が答える。


「残念ながら小梅は食事をしないので"お前ら"のカテゴリには入りませんよ、ミスター・テイロー。何か問題でも?」


「いや、問題っつーか……あー、それがこっちじゃ当り前だって言うんだろうけどさ。なんなのこれ。都市伝説とかじゃなくて、ホントに正体不明なの?」


「肯定です、ミスター・テイロー。もちろん元は何かの動物だったと推測されますが、それが何だったかは今となっては不明です。現在では単に食用肉と呼ばれ、銀河中に普及しているようです。遺伝子的にも相当いじられてしまっていますので、元の動物の推測は難しいでしょう。哺乳類である事は間違いないようですが」


 小梅からの答えに「はぁ」と気の抜けた返事を返す太朗。彼はビーカー上の肉の塊を手でつつくと、当り前ではあるが、リアルな肉の感触にぶるりと震える。


「必要な場所だけ培養してたら、元なんてどうでも良くなったって奴かね。てことは何よ。たまに会話に出る酪農場って、牧場じゃなくて工場なん?」


 太朗の方を見て、首を傾げる小梅。


「その二つに何の差異があるのか現行の定義上では難しい程には、そうなりますね。培養カプセルを収納したケースが立ち並ぶだけの部屋を想像すれば、まさにその通りです」


「うへぇ……散々宇宙船乗り回してから言うのも何だけど、完全にSFの世界だな。野菜や穀物はどうなってんの?」


「同様ですよ、ミスター・テイロー。消化補助繊維を形作れば野菜となりますし、それに糖質やゼラチン等の成形補助剤を加えれば穀物その他の食品が作れます。当然味は甘いだけで他に何もありませんが、混ぜ込む香料や調味料の配合で味付けはいくらでも可能です」


「だぁ、もう完全に化学の世界じゃねぇかよ。つーか、だからあんな単調な味だったんか……てっきり輸送の問題や何かでしょうがないのかと思ってたぜ」


 太朗は普段の料理の味を舌の上に思い出すと、毎度感じる物足りなさの原因が判明した気がした。


「化学合成で大抵の味が作れるとは言ってもよ。それって赤と緑と青があれば全ての色が作れるからって、3色の絵の具だけで絵を描くようなもんだろ。無理無理。絶対無理。味ってそんな単純なもんじゃねぇって」


「そうですか。ですが、ミスター・テイロー。何度も言いますが、必要最小限の味覚しか無い小梅に言われても味の事などわかりませんよ。ちなみにデータバンクによると、自然食品派と呼ばれる人々も存在するにはしているようです。一般的には金持ちの道楽と捉えられているようですが」


「道楽て……あー、でもあれか。コストとかカロリーとか考えると、どうしても効率を求める方になっちまうか」


 いくら宇宙ステーションが広いと言っても、惑星の大地とは比較にならない。有限であり、増設に大きな資源がかかる事を考えると、太朗にも問題がなんとなく把握できた。


「銀河帝国が必要とする総カロリー量を考えると、それの供給に必要な畑の数は天文学的な数字となります。今でこそ平和な時代が続いたおかげで余裕もありますが、銀河開拓時代はそうで無かった事でしょう。人工食糧は確かに味気ないのかもしれませんが、安全で、扱いやすく、大量に生産が可能です」


「初期の人類って事か? 言われてみればそうだよな……そんなもんにリソース使うなら、もっと致命的な所へまわすか。そもそも量が足りねぇとそれ所じゃねぇしな」


 いったいどういった人々だったのかはわからないが、この銀河を開拓する事にした最初の一団を想像してみる太朗。少し想像するだけで数えきれない程の苦難や問題が予想でき、当時の苦労が偲ばれた。


「はぁ……でもさ、今の帝国ならやれるんじゃねえの? ステーションもポンポン増設できてるし、需要があるんなら商売にもなるっしょ? 農業ステーション作って、中で栽培すりゃいんじゃね?」


「いいえ、難しいと思いますよ、ミスター・テイロー」


「え、なぜに?」


「誰も穀物の育て方や、動物の飼い方を知りません」


「…………は?」


「ですから、ミスター・テイローの仰る"農業"という技術は、既に失われた技術体系ロスト・テクノロジーです。レールガンのような比較的近代まで使用されていた兵器技術でさえ、それの再実用化に四苦八苦している有り様なのをお忘れですか? ましてや農業ともなると、全く記録が残されておりません。居住可能惑星を持つ企業がそのノウハウを再発見している可能性もありますが、難しいと思います。それに知っていたとしても、決して公開はしないでしょう」


「まじかよ……いや、さっき言ってた自然食品派とか呼ばれてる人達は? どうやって食い物用意してんの?」


「どうやっても何も、居住可能惑星でわずかに採取された食糧を輸入する形となりますね。ですが、それらの味が良いという話は、少なくともデータ・バンク内には存在していません」


「いや、なんでよ。やっぱ慣れ親しんだ味じゃないと……あー、違うな。わかった。改めて聞くけど、"何"食ってんだそいつら」


 嫌な予感と共に予想が付き、じと目で小梅を見る太朗。小梅は無表情のまま手近にあった端末へ歩みよると、ディスプレイへ指先から延びるコードを接続する。やがて画面に表示される、画像リスト。


「……うーん、見なきゃ良かったな」


 リストにあったのは、太朗が今までに見た事も無い種類の植物や動物。そして昆虫や魚の数々。しかしいずれも、"~と思われる何か"、と付けるべきだろう生き物。今まで彼は失念していたが、考えてみれば当たり前の事ではある。そこが地球で無い以上、生態系も違う。


「こうなっと酵母とか乳酸菌とか、その辺の微生物がいるのかすら怪しいな。味噌とか不可能ってレベルじゃねぇぞ……」


 マールに言われて食糧の自作を軽い気持ちで考えていた太朗だが、こうなると予想よりもずっと難しそうだった。少なくとも、醗酵や何かといった複雑な要素が存在するものは完全にお手上げだ。


「時にミスター・テイロー。現在使われている化学調味料を使用して、欲している味覚に近い物を作り出すのは難しいのでしょうか?」


「うーん、難しくは無いと思うけど、なんか違うんだよな。似せてるだけで、それそのものじゃないんだよ。なんて言えばいいのかなぁ。ウナギとアナゴの違いっていうか。コーヒーと代用コーヒーの違いっていうか」


 自分の中に感じる違和感を何とか説明しようとする太朗。しかし味覚を持たないAIを相手に何をやっているのだと、しばらくしてそれを取りやめる。


「はぁ……やっぱ難しそうだな。けど、これでますます地球への期待値が上がったのは確かやね。あそこで家畜やら穀物やらを仕入れられたら、間違いなく帝国の食糧事情が一変するぜ?」


「そんなものですかね? 小梅には良くわかりませんが、今の人類の舌に合う味という保証はありませんよ?」


 首を傾げる小梅。そんな小梅に、得意気な様子の太朗が胸を張って答える。


「いや、絶対合うね。だって、基本的には帝国で美味いって言われてる食い物は、俺が食っても美味いわけだからな。つまり、そこんとこは変わってねえのよ」


 シャーレの肉を横目に、太朗が続ける。


「人類がどんだけ長い事存在してっかは知らねえけどさ、何億年もかけて地球環境に適応して進化成長してきたわけじゃん? 当然味覚だって地球産に最適化されてんだと思うぜ。適者生存の元に今も進化し続けてんなら別だろうけど、そうは見えないしな。ちょいとアラン達にも相談してみよう。ファントムさんの銃みたいに、地球産の何かが残ってるかもしれないし」



「もちろんあるにはあるが、オリジナルを手に入れるのか? 結構な額だぞ?」


 ライジングサンのオフィスと統合されたバトルスクールの一室にて、驚いた顔のファントムが発する。それに対し「無理かな?」と太朗。


「無理とは言わないが、場合によってはいくら金を積んでもコレクターが手放さないといった事はあるな。穀物や何かはあまり人気が無いジャンルではあるが、現存数が少ない貴重な品だからね」


「まじすか……いや、オリジナルである必要は無いっす。近い物とか、複製……が出来るのかは知らないっすけど、なんかそういうの無いすかね? つーか、マジであるんすか?」


 机から身を乗り出し、ファントムへ迫る太朗。隣のマールが迷惑そうにコップを避け、アランは興味深そうに太朗を見ている。


「動物はさすがにわからないが、植物の種であればいくつか。物によっては発芽を成功させたという者もいたはずだぞ。タキオ星系のコレクターだったかな? 当人は偉くはしゃいでいたが、残念な事に誰も相手にしていなかったな。地球産であるという信憑性を調べる事が出来ないからね。偽物かもしれないよ?」


「地球で言う古代蓮みたいなもんか……あれも二千年前の種とかだったし。いや、冷凍保存されてたらそんなもんじゃねぇか。人ひとり実際来てるわけだしなぁ……あぁ、すいません。信憑性については大丈夫っす。むしろモノホンじゃなくても、味が良ければそれで」


 太朗の答えに「味?」と首を傾げる面々。

 太朗は「マールからのヒントで考えたんだけどさ」と始めると、カツシカ農業プラントについての構想を熱心に語り始めた。




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