第87話
レーダースクリーン上を細かく動く、僚艦、敵艦、そして各種建造物の表示。太朗はのんびりとそれを眺めると、ちらりとBISHOP上のカウントダウンタイマーを見やる。
「まぁまぁ、なのかな? 比較対象が無いからなんともわからんやね」
太朗は相手艦隊の動きをそう曖昧に評すると、少しばかり遊んでやるかとタレットを起動させる。
「"テイロー、一部がそっちへ行ったぞ。相手を頼めるか"」
無線機から聞こえるアランの声。太朗はそれに肯定の答えを返すと、立ち上げたタレット制御プログラムへ標的の座標を送り込む。
「あぁあぁ、もう。進軍速度を合わせてねぇから孤立してんぞ……先頭の船にタレット4つで攻撃。後続にジャミングをかけとこうか」
プラムⅡのタレットが素早く旋回し、こちらへ向い来る船へピタリと狙いをつける。
「敵4番艦中破判定……訂正します。大破判定。3番艦が4番艦に止めを刺しましたね」
小梅の、透き通ったような声での報告。顔には何の表情も表れていないが、声色にいくらか呆れた様子が入る。
「仲間の船を撃っちまったのか……まぁ、いい教訓になるっしょ。ジャミングされたら修正計算ができるまで撃つなってね」
大破判定を受け、模擬船プログラムによって強制停船させられる相手の船。実際の宇宙空間は静かなままだが、レーダースクリーン上には多数のビームが飛び交う。
「ミスター・テイロー、味方2番艦中破、8番艦撃沈。右翼が突破されました」
「えぇぇ!? いやいや、右はアランの部隊だよね?」
「"すまんな、テイロー。沈められちまった。早いとこ逃げんと、お前も――"」
撃沈判定を受けたアランの船からの通信が、強制的に切断される。実戦に基づいた挙動として評判の訓練プログラムは、アランの船が爆散した旨をこちらへ伝えて来た。
「しかし何で右手がやられてんだ……あれ、船増えてね? 伏兵?」
レーダースクリーンには、先ほどまで確認できていなかった複数の船舶の姿が。太朗は付近にある大型デブリの存在に気付くと、恐らくそこへ隠れていたのだろうとあたりを付ける。
「ファントムさんか……って、これまずくね? 第一前線部隊後退!! 第二前線部隊は散開して正面を受け持って!!」
高速で迫る右からの艦隊。太朗はプラムのエンジンを全開にすると、それとの距離を取ろうと試みる。
「はえぇ……フリゲート中心の船団か。くそ、レールガン使えればさっと潰せるんだけどな」
「"それはさすがに反則だろう。仮想敵が所持している武装じゃないから、練習にならないよ。勘弁して欲しいね"」
通信機より聞こえ来る、ファントムの落ち着いた声。太朗は「確かに」と頷くと、レトロな作りの腕時計へと目を向ける。カツシカの市場で見つけたこれは、太朗にも馴染み深い、腕に巻きつけて使用するタイプの物だった。
「タイムアップで終了っと……これってルール的にはこっちの勝ちだけど、実戦だったら俺やばかったっすよね?」
太朗の質問に、端末に映るファントムが肩をすくめる。
「"いや、どうだろうね。実戦であれば君の実弾兵器が使えただろうから、また違った戦況を迎えていただろう。非常に良い訓練になったよ。社長自らすまないね"」
ライジングサン・バトルスクールの校長として、ファントムが敬礼をする。帝国軍で使われている胸に手をあてるものでは無く、額へそろえた指をあてる形。すなわち太朗の良く知る、地球の軍隊や警察で使用されていたものだ。
「やっぱこの敬礼がしっくり来るよなぁ……あいあい。またいつでも相手になるっすよ。シミュレータばっかりじゃおもしろく無いだろうし、緊張感も違うだろうしね」
4時間に渡る、バトルスクールの生徒対ライジングサン第一艦隊の戦い。もちろん本気でやっては勝負にならない為、第一艦隊の方は副官や待機兵力が中心となって艦を運用した。それでも力の差は歴然だったが、時にはバトルスクール側が攻勢を見せる事もあった。
「"そうしてくれると助かるよ。実際にこうして戦えば、警備部のレベルというのが彼らにも理解できたはずだ。良い目標になるだろう"」
ファントムの満足気な答えに、「目標ねぇ」と呟く太朗。照れくささを覚えて鼻をかくと、レコーダーを終了させる事にした。戦闘中の全ての通信は記録されており、後で学生達が研究に使用する。
「これで良しっと……うん、ぼちぼちやれそうな感じかな。必要最低限の動きは出来るみたいだし、集まってる船も悪くないやね」
手元の端末で船舶リストを確認し、ある程度の防衛線をはれるだろうと見当を付ける太朗。古い中古の船や、カツシカの有志からの寄付で賄われた様々な種類の船。もちろんライジングサンが購入した新造船もいくつかあるが、あまり数を揃える事は出来なかった。船が少ないというより、入学希望者が多すぎたのだ。
「維持費の方はかなりの額となりますが、先行投資と思えば悪くは無いかと思われます。星系に戦闘艦乗りが増えれば、それは我々にとっても良い財産となるでしょう。彼らはいずれ、経済を活性化させます」
小梅の率直な答えに、いくらか苦笑いで頷く太朗。
「まぁ、その通りなんだけどね。とりあえずは第一次防衛計画に必要な戦力が揃いそうだって話さ。経済も大事だけど、それにはまず安全を提供しなくちゃね」
シルバーマン市長を含め、カツシカ星系の首脳陣によって作成された防衛計画。それは建造物の防衛をBBマキナが提供する大型レールガンとバトルスクールの防衛艦隊が担い、ライジングサンの第一艦隊が適時迎撃と駆逐を行うという実にオーソドックスなもの。第二艦隊は引き続きカツシカ・デルタラインの航路巡回にまわってもらい、時折必要に応じてエンツィオ同盟との小競り合いに参加する。
大型レールガン。そしてバトルスクール艦隊は、実戦で役に立つと証明できれば今後に大きな弾みがつくはずだった。レールガンはまだ実用性を喧伝できる程のデータが無いし、バトルスクールも第一期生が入学し始めたばかり。商品を売るにあたり、それは致命的な程に重要な事だった。
「ほいじゃ、帰って向こうの様子も見るとしましょか」
太朗はプラムを大きく旋回させると、光り輝く点となっていたカツシカへ向けてオーバードライブを行った。
学校。そう言うと聞こえが良いが、実際の所明らかに軍人の養成所であるバトルスクール。
カツシカ市民を中心に様々な場所からの入学者が集まるここには、地球における一般の学校と同じく、座学場や講堂。それに運動場や実験場といった施設が集まり、他にも食堂から宿舎まで、思いつくがままに建てられた施設が集合している。
それら施設は入学者とライジングサンの関係者には自由に開放され、食堂や運動場といったものは会社のそれと統合され始めている。同種の施設を複数維持するのであれば、大型施設をひとつに絞ったほうが何かと融通がきく。
「あ、テイローさん。こんにちは」
学校の構内を歩いていると、こちらに気付いた大柄な学生がそう言いながら駆け寄って来る。
「はい、どうも?」
太朗は手を上げてそれに答えようとするが、素早く目の前に歩み出たファントムの姿にそれは中断された。彼は声をかけてきた学生の胸倉と腰を捕まえて上へ持ち上げ、くるりと相手の体を回転させた。頭から地面へ墜落しそうになった学生は悲鳴を上げるが、すんでの所で足首を掴んだファントムがそれを固定した。
「おい、貴様。どこのどいつだ」
普段と違い、恐ろしいまでに低く、はっきりとした声。学生はむっとした表情で歯を食いしばると、自由なもう片方の足でファントムの顔目掛けて蹴りを放つ。
「面倒な奴だな。威勢が良いのは悪くは無いが」
ファントムは眼前に迫った足をどうという事も無くもう片方の手で掴むと、おもむろに学生を壁に叩きつける。まるで風船で出来た人形を操るように軽々とした動作で行われたそれだが、鉄に叩きつけられたガァンという音は非常に重量感のあるものだった。
「もう一度聞くぞ、どこのどいつだ」
足首を掴み、学生をぶら下げたまま、もう一度発するファントム。苦しそうに喘ぐ学生。
「いやいや、ファントムさん。良くわからんけど、何もそこまっ、ちょっ」
もう一度壁へ叩きつけられる学生。再び鈍い音が廊下に響き、何事かと様子を見に他の学生が何人か集まって来る。
「もう一度聞くぞ、どこのどいつだ」
「パ、パイロット育成コース、ゼロ、00121、エインです!!」
全く同じ調子で尋ねられた質問に、学生が涙声で返す。ファントムはつまらなそうに学生を地面へ放ると、その背中に足を乗せ、髪を掴んで顔を起こさせる。
「目の前にいる、このお方は、誰だ?」
ファントムの質問に、必死で正解を探しているのだろう。太朗の方へ目を向け、口をわなわなと動かす学生。
「テイ……ミスター・テイロー……社長。ミスター・テイロー社長です……であります」
学生の答えに「そうだ」と、低い声でファントム。彼は太朗を手で指し示すと、「では」と続ける。
「我らがバトルスクールの、最高司令官は誰だ」
「ミスター・テイローしゃ……司令官であります!」
「お前らに無償で住処を与え、飯を食わせ、技術を教え、英雄になる機会を与えてくれようとしているのは、誰だ」
「ミスター・テイロー司令官であります!!」
「そうだ。わかってるなら、二度と"テイローさん"などといった呼び方をするな。少なくとも、ここへ在籍している間は、だ。俺はお前のようなクズはさっさと放り出すべきだと思っているが、テイロー司令官は慈悲深い。そうはしないだろう。首にされないだけ有難く思え」
「はい!! ありがとうございます、上官殿!! ありがとうございます、司令官殿!!」
太朗の事を涙交じりの目で見ながら、元気良く発する学生。太朗は引きつった笑みでそれに何度も頷くと、構わないからと学生にその場を離れるように促す。
「……いやいや、ファントムさん。やりすぎっすよ。別にどう呼ばれようと構わないし」
他の学生に連れられ、去っていく学生を見ながらひそひそと太朗。それにファントムがいつもの声色で返す。
「そうはいかないよ、君。示しというものがあるし、学生には目上の人間には無条件で従うようになってもらわなければならない。自分の行動に疑問を持ったり、上からの指示に従わない兵隊なんて何の役にも立たないからね。いないほうがマシだ」
ファントムのはっきりとした言葉に、そんなものなのだろうかと考え込む太朗。そんな様子を見てか、ファントムが続ける。
「君は戦いの最中に、いちいち部下へ作戦の概要から指示の必要性。その意味や役割の説明をする時間があるのか? そんなものは無いだろう。それにそういった事を教えた所で、正直何の意味も無いよ。結局やる事は同じで、拒否権など無いわけだから。それに――」
太朗の目を、まっすぐに見据えるファントム。
「――命令不履行で作戦に支障でもきたしてみろ。それだけ仲間が死ぬ事になる。勝手に死ぬのであれば好きにしろと言うしか無いが、仲間を巻き込むのは許されない。一見馬鹿馬鹿しい規律に見えるかもしれないが、必要な事なのさ。君も立場上、覚悟を決める事だね」
そう言い、にやりと笑うファントム。太朗はファントムの言い分に疑問が無いでも無かったが、彼に正しい反論が出来るとも思えなかった。彼の言っている事が正しいかどうかはともかく、自分がやろうとしていた事は感情から来るものだとわかっていたからだ。
「まぁ……了解っす。でもやり過ぎには注意してね。のんびりした会社の風潮ってのもあるし、御家族も色々思うところがあったりするだろうし」
一応、そう念を押す太朗。それにファントムは「了解したよ」と返すと、続ける。
「だが、大丈夫さ。何ヶ月か経って家に帰すと、大抵の家族には喜ばれるものさ。あんなにぐうたらだった息子が、こんなにしっかりした人間になって帰ってきた、ってね」
口元に笑みを作り、肩を竦めて見せるファントム。
太朗はそれがジョークなのか本気なのかがわからず、曖昧な笑みを浮かべる事しか出来なかった。




