第86話
突然叫びだした太朗に、耳を抑えながら怪訝そうな視線を向けるマール。太朗は彼女の非難めいた視線に気付きながらも、頭の中は新しい商品の事で一杯だった。
「そうだよ。別に船に積む必要なんか無いじゃん。ステーションや要塞に備え付ければいいんだ。大口径ビーム砲とどっちが使い勝手がいいのかって言われたら微妙なトコだろうけど、砲が足りない今なら十分いける」
太朗の独り言のような言葉に、ようやく合点がいったらしい。マールがなるほどといった表情で頷く。
「そういう事ね……威力は申し分ないわけだし、いけるかもね。ビームと違って弾頭やレールの補充が必要なのがネックかしら?」
「んだね。後、本体自体の値段か……さすがに割高になりそうだなコレ」
もう一度、そびえ立つ巨大な装置をみやる太朗。視線を落とすと、気まずそうに顔を背けるBBマキナ開発陣の姿。
「いや、まぁ。需要が大きいから売れない事は無いと思うっすよ。早いトコ電動コケシ生産会社から脱却したいし、どんどん押してきましょう」
社長からの太鼓判に、打って変わって「よし!」だの「やった!」だのと喜びの姿を見せる開発陣。
しかしそんな彼らに、無言で歩み寄るマール。
「ちなみに、実際の所いくらかかるの?」
短い質問。たったそれだけで、彼らの空気が凍りつく。やがてごくりと息を飲んだマキナが、一歩歩み出てから発する。
「……標準要塞砲の、約4倍です」
「却下」
即座に返される、否定の言葉。がっくりと膝を付くマキナ。
「4倍かぁ……値上がり考慮しても、3倍近くするって事だよな。ちょっと……いや、かなりキツイやね」
意気消沈と膝を付くマキナに憐れみを覚える太朗だったが、値段的にどう考えても折り合いが付くとは思えなかった。4倍近くの値段を出す気があるのであれば、品薄であっても予約順をすっ飛ばして砲を購入する事も出来る。
「それに他にも問題があるわよ。これを量産して売りに出すとして、生産する工場はどうするのよ。帝国軍との取引を反故にする気?」
マールの指摘に、「そうだった……」と眉間を押さえる太朗。開発陣は開発陣で、帝国軍という言葉に反応したのだろう。彼らの間に不安気な様子が漂う。
「両方やるってのは……無理か。どっちも中途半端になるし、第一押さえられる工場がどれだけになるかわかんねぇか」
「この特別需要の時期に、そうそう見つかるとは思えないわ。例の……その、おもちゃのラインを使えばいくらかマシにはなるでしょうけど、あれって売れてるんでしょう?」
「めちゃくちゃ売れてる」
「じゃあラインを止めるわけにも行かないわね。いきなり生産中止なんてやったら、それこそ卸から末端の購入者までひんしゅく物だわ」
「だめかぁ……なんとかなんねぇかなぁ……これ開発するの、大変だったでしょ?」
太朗の質問に、苦笑いともとれる笑みで頷く開発陣一同。その顔から、苦労の程が伺える。
「高値の理由は、単純に部品数の多さかしら。大きいから輸送費や何かも結構いくわね……これって、希少資源は使って無いんでしょう?」
巨大な装置を見上げたマールが、誰にともなく訪ねる。そしてそれに答えるマキナ。
「えぇ、必要最低限のもの以外は。BISHOPについてはどうしようも無いので、ドライブ検知素子を多めに使っています。素子同士の反発を抑えるギミックがどうしても小型化できず、この有り様です」
自信作ではあるのだろうが、商品化の目途が立たない事に申し訳なさを感じているのだろう。悲しげな表情で試作大型レールガンを仰ぐマキナ。
しばしその場に静けさが訪れ、各々が険しい顔でその場に佇む。太朗も同様に腕を組むと、何か良い案が無いかどうかを必死に考え始める。
しかしいくらもしない内に「よろしいでしょうか」という声が後ろから上がり、視線がそこへと集まる。そこには、片手を顔の高さに上げた小梅の姿。
「ミスター・テイロー。プリンターのインクカートリッジ、携帯電話。これらに共通する販売方法に憶えはありますでしょうか」
小梅の発言に、疑問符のついた表情を浮かべる一同。しかしその中で太朗だけが、明らかに違った反応を示す。
「なるほど……レールと弾薬……メンテナンス……」
ぶつぶつと、ひとり呟く太朗。その口元には、先程までには無かった笑み。
「いける……いけるぞ。たぶんだけど、価格についてはなんとかなるはず。後は生産工場の問題か。俺としては、正直こっちのを優先したい。けど、向こうを断ったらヤバい事になりそうだってのもわかる」
顔を上げ、一同を見渡す太朗。そんな太朗に「理由を聞いてもいいかしら」とマール。
「どういう方法で安く仕上げるかは置いておくとしても、帝国からの依頼よりも優先するっていう理由がわからないわ。同じ開発チームの商品だし、会社の将来性としても帝国を優先すべきじゃないかしら」
マールの質問に「うーん。まぁ、その通りなんだけど」と太朗。彼は巨大な装置を見上げながら歩みを進めると、剥き出しになったままの装置内部を覗き込む。中には複雑な基礎構造体に支えられた装置がぎっちりと詰まっており、所狭しと配線が引かれている。太朗はほとんどの部品の役割を理解する事が出来たが、中にはさっぱりわからないものもあった。
「こいつはさ。実際には数えてみなきゃわかんないけど、ぱっと見だけでも艦載砲用レールガンの何百倍もの種類の部品を使ってる」
手を伸ばし、装置同士の連結部分に置かれたゴム状の小さな緩衝材に触れる太朗。せいぜい数クレジットもしないだろう小さな部品だが、恐らくライジングサンに作る事は出来ない。金属は素直で御しやすいが、有機素材や強い変形が起こる材質は扱いが難しい。
「という事はさ、それだけ多くの企業や工場が関われるって事になるわけだ。船用のレールガンだと、一部の会社が大きく儲けるだけっしょ」
「でしょ?」とでも言いたげに首を小さく傾げる太朗。そんな太朗へ何か言いたそうに口を開いたマールだったが、迷いを見せた後にそれを閉じた。彼女はしばらくの後、再び口を開く。
「舌の根の乾かぬうちに嘘はつけないって事ね」
「うん。儲けるなら皆で、って約束したばっかだからな。出来れば星系経済に貢献できる方法を取りたいじゃん?」
「そういう事なら、まぁ仕方無いわね……もったいないけど、何か別の方法を考えましょう。現実的に言うと、設計図をひと通り渡してのライセンス生産かしら。それでも引き受け先があるか難しい所でしょうけど」
「……いや、設計図は出さない。どんなに遠くの工場でもいいから、普通に部品生産してもらう。もちろん組み立てはウチで。要塞砲はすぐに大量の発注が来るとは思えないから、それまでにレールガンを出来るだけ量産する形にしよう」
太朗のはっきりとした物言いに、怪訝そうな表情のマール。
「そりゃ遠くの星系まで範囲に含めれば工場はいくらでも見つかるでしょうけど、搬送代だけで馬鹿にならないわよ? ひょっとしたら赤字になる可能性もあるわ」
マールの指摘に、ごもっともだと頷く太朗。遠くの星系から物を運べば、人件費もスターゲイト使用料も、何もかもが距離に応じて上乗せされていく。
「それで構わないよ。赤字はちょっち困るけど、最悪そうなっても仕方ないって感じで。できればトントンに持って行きたいな」
「ちょ、ちょっと。あんた本気?」
「本気も本気。マジっすよ。本当は両方をこなせるのが一番なんだろうけど、今のうちらには無理だからね。だったら、二兎を追うような真似はしないで、ひとつに絞る。でもさ、例え赤字だろうと違った意味で大きな利益を生むはずだぜ。そうだよな、小梅?」
「えぇ、そうですね、ミスター・テイロー。末端であろうが代理会社であろうが、帝国とのコネクションが出来るというのは大きな利益と言えると思います。さらに言えば、先の会議に置けるミスター・ディーンの態度は、非常に踏み入ったものがありました。通常、軍の情報機関があのような形で身元を明かす事はありません」
小梅の指摘を受け、しばし考えた様子を見せるマール。
「えぇと、つまり彼は。私達、もしくはテイローとのコネクションを、本格的に作る気になったって事かしら。今以上に、踏み込んだ形での?」
マールの確認するかのような質問に、小梅が頷く。
「そう考えるのが自然かと思われます、ミス・マール。例の"おみやげ"についての催促も、恐らく共犯関係によるお互いの縛りを作ったと考えると自然です。公開されていないだけで、記録されていると考えるべきでしょうね。パワーゲームに勤しむような方が、些細な金品目当てに大きな危険を冒すというのは、あまりに不自然です」
小梅の指摘に、腕を組んでうなるマール。
「うーん、考えてみれば確かにそうね……目先の欲に駆られて未来を捨てるような人には見えないわ。鼻持ちならない奴だけど、頭は良さそうだし……って、ちょっと待って。それじゃ今回の取引も?」
何かに気付いた様子のマールが、ぱっと太朗の方を見る。そんな彼女に答える太朗。
「確信は持てねぇけど、多分"お近づきのしるし"って奴だろうな。実務交渉した人達を見てると、どう考えても交渉事に不慣れな様子じゃなかったし。価格面がどんぶり勘定なのは、向こうからのメッセージと見るべきなんじゃないかな」
損益など気にせず、常に適当な発注を行っている組織であれば、今回相対した交渉グループのような人材が生まれるはずも無い。価格こそこちらの言い値という大盤振る舞いではあったが、その他の細かい点の取り決めについては非常にしっかりとしていた。明らかに、交渉のプロである。
「なんか、裏で色々やってそうな人だから素直に喜べないわね……でもまぁ、それならなんとかやれそうね」
呆れたように笑うマール。彼女の表情にほっとした様子を見せる開発部の面々だったが、マールの「片方は組み立てだけとは言え、結局両方やるんだから相当にしんどいわよ?」という指摘に苦笑いを浮かべる。
「でも、自分達で開発した商品がようやく日の目を見るわけですから、血反吐を吐いてでもやってみせますよ。我々が、電動こけしを作るだけのメーカーで無い事を世に知らしめるチャンスです」
経営者の立場を離れ、近頃活き活きとしてきたマキナ。彼がそのように発すると、開発部の人間達は一様に頷いて見せる。
「よし、そんじゃさっそく工場探しだな!!」
両手をぱちんと合わせて鳴らし、気合を入れる太朗。彼は「そうね。でもそこが一番面倒よね」というマールに対し、親指を立てて見せる。
「ネットワーク上に公開されてる工場生産余力と距離による輸送費を照らし合わせればいいんだろ? 情報ネットワークのマップ作るのと大して手間は変わらねえさ。部品数10万だか20万だか知らねえけど、購入価格とリストが出来次第5分で終わらせてやるぜ」




