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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第6章 アライアンス
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第84話



 演説の間からパーティー会場へと変貌した、カツシカステーション公益ホール。太朗はダイアモンドコーティングされた金属製のグラス――おかしな表現だが――を手に、マールと2人。比較的自由にあたりをうろついていた。


「まぁ、ガラスは危ねぇしな……」


 立食パーティーというとカクテルグラスのイメージの強い太朗。手元にある青いカップを、指先でチンとはじく。


「ガラスはステーションではあまり使われてないわね。重力発生装置に異常でも発生したら、それこそ割れた破片がそこら中を飛び回っちゃうから。透明なグラスが欲しいならアクリルのがあるわよ?」


 ご機嫌そうに、そう答えるマール。太朗は「いや、これでいいよ」とグラスを掲げて見せると、中身をぐっと飲み干す。すぐさま「どうですか?」と給仕のロボットから差し出された次の一杯を受け取ると、壁際へ向かって歩き出す。人混みは狭苦しいが、歩けない程では無い。それに誰もが道を空けてくれる。

 正直な所、もっと質問攻めや何かに会う事を想定していたが、どうやらまわりが気を利かせてくれているらしい。目が会えば挨拶こそしてくるものの、話しかけてくる所まで行く者は数える程しかいなかった。


「それにしても、もうマジで助かったぜマールたん。あん時まじで100%死んだと思ったからな。トラウマになりそうな静けさだったぜ」


 演説の際の沈黙を思い出しながら、太朗。そんな太朗に、マールがいくらか得意気な様子で返す。


「あんた1人でなんでも出来ると思ったら、それは大間違いよ。前より随分と成長したのは認めるけど、大元の土台が帝国育ちと違うんだから」


 マールの指摘に、「だよなぁ」と頭を掻く太朗。


「本当はBISHOPで伝えても良かったんだけど、あんたテンパってたっぽかったし……ところであの演説の原稿って、あんたが考えたの?」


「いや、アランとの合作に、ベラさんの推敲やね。結局半分くらいアレンジ入っちゃったけど。てへっ」


 太朗の答えに、「ふうん」と感心した様子のマール。彼女はテーブルにあった何かの果物を指でつまむと、ひょいと口に入れる。


「無重力下での歩き方もわからずにおろおろしてただけのアンタが、良くもまぁここまで来たって感じだわ。正直凄いと思う」


 口元に優しい笑みを作り、太朗を覗き込むマール。太朗はしばし彼女の笑顔に見とれるが、やがて照れくさくなってそっぽを向く。


「ふ、ふん。俺だってやる時はやるんだぜ」


 自分でも「何を言ってるんだ」と言いたくなる、どうでも良い強がりの台詞。しかしマールがどうという事もなく「知ってるわ」と答えると、いよいよ太朗は言葉を失った。彼は褒められる事に慣れていなかった。


「"ミスター・テイロー、ご報告があります。来客につき、控室の方へいらして頂けますでしょうか"」


 BISHOPより流れる、小梅からの報告。マールに対する口説き文句を考えていた太朗は、舌打ちと共に控室へと向かう事にした。




「就任おめでとう、テイロー殿。なかなか見事な演説だったよ……だが、帝国との繋がりを強調するのに私を利用したのはいただけないね。そんな勝手は困る」


 控室で待っていたのは、帝国軍の白い礼装に身を包んだディーンの姿。彼は開口一番にそう発すると、「座っても良いかね?」と続ける。


「いやいや、俺とディーンさんの仲じゃないですか。それにしてもお久しぶりです。どうぞ腰かけて下さい……えぇと、本日はどのようなご用件で?」


 ディーンを柔らかいソファへ促しながら、自らも向かいに腰かける太朗。太朗の後ろには小梅とマールが控え、ディーンの方には見知らぬ女性が立ち尽くしていた。


「えぇと、お連れの方もそちらにどうぞ?」


 ソファの奥にある、従者や連れが使う為の丸椅子を指し示す太朗。どうやら女性はサイボーグのようで、大きく開いた瞳孔で太朗を見つめている。しかしディーンは片手を上げ、「彼女はいいんだ」と冷たく言い放つ。


「どうせ機械の体だ。疲れなどせんよ……彼女はただの護衛だ。気にしないでくれ。それよりテイロー殿。この頃も失速する事なく、どんどんと活躍を続けているようだね。ライザからの手紙が、まるで明るい話題のものばかりだ」


 きつい表情の軍人らしからぬ、穏やかな顔。太朗は騙されるものかと気を張るが、もしかしたら妹には優しい兄なのかもしれないとも考える。


「えぇ、まぁ。戦争だのなんだので、随分とわっちゃわっちゃしてますがね。そっちはどうなんでしょう。決して暇そうだというわけではありませんが、うちらを監視しててもあんまおもしろい事はありませんよ?」


「いやいや、君等ほどおもしろい監視対象は見た事が無いよ。おっと、うっかり口を滑らしてしまったね。飲み過ぎたかな? しかしこの様子だと、もう少し口を滑らせてしまいそうだ」


 わざとらしく、細目で肩を竦めて見せるディーン。太朗はどうしたものかと逡巡するも、言葉通り素直に受け取る事にする。


「小梅、ちょっとアレとってくれるかな……ん、ありがと。ディーンさんは、お酒好きなんですかね。これ、なかなか珍しい物なんで良かったらどうぞ」


 太朗は小梅から受け取った包みをディーンへ差し出すと、彼の表情をつぶさに観察する。彼の表情がわずかでも不満を示した場合、別の品を差し出す用意をしなくてはならない。


「これは、友人として受け取って良いんだね?」


 伺うように、確認するようにディーン。表情は窺えず、太朗はその言葉に深い意味があるはずだと頭をフル回転させる。


「……えぇ、そうです。友人として、差し上げます。決して賄――」


 太朗が言葉を続けようとした時、素早い動きでディーンが太朗の眼前に手のひらを向けて来る。


「決してその続きを発してはいけない。少なくとも今はね。ネットワーク上の自動音声集積プログラムがその単語を捉え、君は私と共に別の組織に監視される事になる」


 視線を落とし、自らの腰にある何かの装置を指し示すディ-ン。太朗はごくりと唾を飲むと、その集音装置と思われる機械をちらりと眺める。ディーンが上げていた手を下ろし、続ける。


「それに、私は"それ"を望んでいるわけでは無いよ。君がどういった人間かを試しただけだ。現金の類で無くて本当に良かったよ……君を投獄せずに済む。まぁ、これはもらっておくがね」


 にやりと笑うディーンの言葉に、いったいどこまでがジョークなのかと震え上がる太朗。しかし決して正解の行動では無かったかもしれないが、最悪の選択肢を選ばなかった自分を褒めてやりたいとも思った。


「さて、お遊びは終わりにして本題に入るとしようか。今日わざわざここへ来たのは、君に商談があっての事なんだ」


 お遊びなのか本気なのか。相変わらずその線引きがわからなすぎる人だと呆れていた太朗だが、商談という単語に反応してさっと意識を戻す。


「商談って……帝国軍とっすか!!?」


 驚きのあまり大きくなった声に、ディーンが顔を顰める。


「騒がしいね……間違ってはいないが、君が想像するようなものでは無いよ。第一、我々の需要に応えられる程君の会社は大きく無いだろう。従業員があと二桁か三桁程増えてから期待したまえ」


 ディーンの指摘に、確かにその通りだと苦笑いの太朗。

 10億の軍人に、例えば靴ひもを通す為の金属の輪を納入するとする。2年に一度更新されるとして、ひとつの靴に20の穴があるとすれば、年に150億個の輪っかを生産しなくてはならない。一日で約4000万。現状のライジングサンには、靴ひもの穴を保護する為の小さな金属でさえ引き受けが出来ないという事だ。無論、靴ひもなどというものが存在すればの話だが。


「いやぁ、ははは。でも帝国軍と取引出来るって言われたら、誰だって同じように期待しますって」


「まぁ、気持ちはわからんでも無いさ……それより商談についてを進めよう。取引先は帝国軍の部署のひとつで、私の息のかかった人間がトップに立っている。直接取引をするつもりは無いので、ダミー会社を通してもらう形になるな。そういったやり取りに覚えはあるか?」


「ないっす」


「正直でよろしい。いくらか驚いたが……まぁ、書類上の問題だからアランにでも頼めばよろしくやってくれるだろう。彼は器用だからね。納入してもらいたい品は、君の船に搭載されている"おもしろい兵器"だ。どうかな?」


 にやりと、窺うような視線のディーン。


「あぁ、レールガンっすか? どうぞ……つっても、うちの生産力じゃたかが知れてますよ?」


 さらりと答える、太朗。ディーンは目を細めるようにして太朗を凝視していたが、その瞳が一瞬泳ぐ。


「随分あっさりとしているね……ふむ。弾頭自体に何かがあるわけでは無いのか」


 顎へ手をやり、考え込むような仕草のディーン。太朗はそれを苦笑いで見つめると、口を開く。


「いや、別に秘密にするような事は無いっすよ。俺のギフトが、たまたまああいった攻撃と相性が良かっただけです。何か特別な仕様の兵器が欲しかったんなら、当てがはずれましたね」


 いかにも残念だ、といった様子の太朗。いくらかわざとらしくはあったが、これは本心でもあった。取引先としては、これ以上にない程有望な相手だったからだ。


「うーむ。情報機関に身を置いているせいか、君のその開けっぴろげな態度は理解しがたいな……いや、まあいい。それはそうとして、レールガンの納入については通常通り注文したいと思っている。それも出来るだけ、大量にだ」


 思わぬ答えに「おぉっ?」と期待の声をあげる太朗。

 恐らくわざと漏らしたのだろうが、相手は帝国軍の情報機関に属しているらしい。そんな彼がこちらの会社の事を知らないわけが無く、工場の余剰生産力一杯に買い取る気があるという事になる。

 しかも、レールガンはプラムに積み込む目的のみで開発が進められている物である。今まで対外的に利益を上げた事は無く、また、売れるとも思っていなかった。一般の人間が扱うにおいては、ビームに対するメリットがあまりに少ない。


「そりゃまぁ、こちらとしてはいくらでも売りますけど……理由を聞いても?」


 あまりにうまい話に、やはり何か裏があるのではと太朗。そんな太朗に、ディーンが片眉を上げて見せる。


「単純な話さ。足りないんだよ、君。砲も、船も、モジュールも、あらゆる装備が不足している。特にレイザーメタルを使用するビーム兵器まわりは、壊滅的と言っていい。場つなぎ的とはなるだろうが、そういった特殊な資源を使用しないレールガンは悪く無い兵器だ。これから需要が伸びてくるだろう」


 ディーンの言葉に、なるほどと頷く太朗。確かに、そういった需要が生まれ始めている事は、他ならぬ太朗の艦隊での事で知っていた。従来砲が高く、数を揃えるのが難しくなってきていたからだ。


「そういう事なら、まぁ。でも、役に立ちますかね。ビームで焼かれちゃいますよ?」


 何か方法があるだろう事はわかっていたが、とりあえず尋ねる太朗。それにディーンが、いかにも帝国軍といった答えを返す。


「デブリ焼却ビームが対応出来ない数の実弾を飛ばし、飽和攻撃をしてしまえば良いだけだろう? 一度に数百から数千もぶつけてやれば、それはとても対応できるものでは無いだろうさ。なに、どうという事は無いよ」




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[良い点] 数で押せばいいじゃないに噴いた。 本当になんでもいいから代替できる火器が必要なわけね。
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