第83話
「――であるからして、カツシカステーションは今後より一層の発展をするべく。大小企業を中心とした協力体制を敷く必要があり、我々はそれに向けたさらなる努力を行う必要があるものと考えます。なお――」
ステーション運営に携わる、数百名の局員。彼らはライジングサンの社員では無く、カツシカステーション管理委員と呼ばれる公共法人の職員である。ステーションマスターの出資と指示に従い、ステーション管理の実務的な管理を行うのが彼らの仕事である。
そしてその管理局の局長と共にステーションの行く先を決めるのが、星系所有権を持つ企業の代表。すなわちテイローと、彼が新設した市民投票によって選ばれた民衆代表者となる。市長という存在自体は前から存在していたので、その選出方法と権限を大きく変えた形だ。
「いったい何時間続くのよこれ。同じ話ばかりで、いい加減飽きて来たわ」
先程から職員達に向かって所信表明演説を続けているシルバーマン新市長に対し、小さな声で文句を発するマール。太朗はマールへ同意の頷きを行うが、顔の笑顔はそのままにしておいた。現在彼らは広いホールの檀上におり、その姿はステーション中のネットワークサイトへと生中継されていた。
「おほっ、視聴率82%だってよ。約400万人が今俺達を見てる計算になるな。新しい何かに目覚めそうだぜ」
手元の端末へ、ちらりと目を落として太朗。ライジングサンの社員が勢揃いすれば1000近い視線が集まる事にはなるが、400万となると未知数だった。そんな太朗に、マールが深いため息を返す。
「注目されるのはあまり好きじゃないわ。冷やかされるし、ろくでも無い事を書かれるし。今更ではあるけどね」
そう言って、小さく肩を竦めるマール。
ライジングサンの名前は既に星系中に広まっており、今やカツシカでは知らぬ者のいない有名企業となっていた。もちろんステーションマスターとなる企業なので当り前の事ではあるが、太朗、ひいてはライジングサンの皆にとっては初の経験であった。
カツシカの委譲を受ける前から既に星系の守護者として名を上げていた事もあり、彼らは一躍時の人となっていた。マールは女神ともてはやされ、アランは知将としてネットワーク上の掲示板を賑わせていた。もちろん太朗が最も注目されている存在だったが、童貞の守護者という二つ名は健在だった。そして今も、コアなファンが存在する。
「そろそろカッコイイあだ名がついてもいい頃だと思うんだけどなぁ……」
シルバーマン市長の声を右から左に流しつつ、ひとりぼやく太朗。市長の声が心地よい子守唄のように聞こえ始め、寝不足の体に強烈な眠気を運んでくる。
「――わよ。テイロー、起きて。あんたの番よ!!」
ひそひそと。しかし鋭いマールの声にはっと目を覚まし、慌てて飛び上がる太朗。座っていた椅子がガタリと音を立て、静けさの漂うホールにこれでもかと目立つ音を立てる。そしてシルバーマン市長の、いくらか不安気な表情。
「……アハハ、これは失礼。大丈夫です、ちゃんと聞いてましたよ……"小梅、要約してくれ!!"」
前半はシルバーマンへ向けて、声で。後半は舞台袖で待機している小梅に向けて、BISHOPで。
「"はい、ミスター・テイロー。彼の言葉を要約するとこうなります。みんなで、頑張りましょう。以上です"」
「"サンキュー小梅……しかし銀河標準語ってのは不便だな。それだけの事を言うのにあれだけの時間がかかるんだから"」
「"HAHAHA、なかなか良いジョークですね。座布団は御所望ですか?"」
「"使い古されたネタだから、遠慮しとくよ"……はい、どうも。この度ステーションマスター就任となりました、ライジングサン代表のテイロー・イチジョウです」
檀上の中央へ歩み寄り、集まった人々へ向けて。カメラへ向けて。そしてカメラの向こうの人々へ向けて発する。高性能な集音マイクのおかげでマイク台は必要無く、檀上はがらんとしていた。太朗は手持無沙汰になった手を、後ろに組む。
「えー、ライジングサンが出来て間もない会社であるのは皆さんご存知の通りであり、その代表たる自分もいわゆる若輩者です。最少年齢ステーションマスターの座はさすがに逃しましたが、かなり珍しいかもしれません」
職員たちをざっと見渡し、その目と耳が自分に向いている事を確認する太朗。
「結構不安になってる方もいるんじゃないかと思います。あんな若い男で大丈夫か、ってな具合で。この通り話し方もガサツで、どう良く見ても天才児やカリスマ溢れるハンサムには見えません。あぁ、もしそう見えるという女性がいたら、後でこっそり連絡先を教えて下さい。男性は角膜矯正手術をお勧めします。もしくは芸術家を志した方がいいかもしれませんね」
会場から漏れる、笑い声。太朗は努めて爽やかな笑みでそれに応えると、続ける。
「ですが、大丈夫です。安心して下さい皆さん。僕はただの若造ですが、ミスター・シルバーマンは違います。彼は経済界における歴戦の古強者であり、皆さんと共にここで育った仲間です。新参者である僕とは違います。そしてご存じの通り、ステーションの運営は彼が中心となって行います。僕では、ありません」
太朗はそこでひと息区切ると、咳払いと共に左手を口元へあてる。そして袖の中から延びるチューブを見えないように咥えると、緊張に乾いた喉を潤す。
「それはきっと皆さんにとって喜ばしい事だとは思いますが、はてさて。皆さんはきっとこうも思うはずです。ライジングサンは自分達の金を他人に運用させて、何がしたいんだと。もしくは、あまりに人任せすぎなんじゃないかと」
逆光で個々の顔は見えないが、いくつものシルエットが頷くように動くのが確認出来る。太朗は彼らと同じように、何度か小さく頷く。
「えぇ、それはまさに、当然の疑問でしょう。普通であれば会社の利益を第一にステーションを運営する形になるんでしょうが、ミスター・シルバーマンはそうはしないと皆さん知っているでしょうから……しかし、実際は違います。ミスター・シルバーマンは我々ライジングサンの利益を最も優先してくれるだろう事を、僕は、確信しています」
どよめく会場。ちらりと視線をやると、心外だとばかりに表情を険しくさせるシルバーマン市長の姿。今にも掴みかからんばかりの表情の彼へ、太朗は落ち着くように手のひらを向けて宥める。
「お怒りになるのは、きっと話を聞いてからでも遅くはありませんよ。では続けます……というのも、それはミスター・シルバーマンの人格に問題があるわけでも、我々と彼の間に何かの密約があるというわけでもありません。別にそれをする事が禁止されてるわけではありませんし、どこもやってる事ではありますがね。そうでは無く、もっとシンプルな理由です」
あえて色々と考えさせる為、間を開ける太朗。
「えぇ、非常にシンプルな理由です。それは、皆さんの利益と我々の利益が、同じであるという事です。ですから、ミスター・シルバーマンは間違いなく我々の利益を第一に行動してくれるはずです。なにせ、それが皆さんの利益でもあるわけですから」
実に簡単でしょう、といった体で肩を竦める太朗。太朗はシルバーマン市長が満足げな様子で落ち着いた笑みを浮かべた事に、いくらか安堵の気持ちを覚える。
「僕は……というよりライジングサンは、カツシカと末永い付き合いをしたいと考えています。5年10年と言わず、50年、100年。それこそ可能であれば、1000年に渡る付き合いが出来れば良いと思っています」
夢想家のように、上を見上げる太朗。そしてその視線を、再び下ろす。
「そうなるとアラ不思議。どう計算しても、ライジングサンがひとりで大きくなるより、星系の各企業が皆で成長した方が、最終的に儲けが大きくなるんです。その場合の利益は指数関数的に上昇し、その損益分岐点はそう遠くありません。理想でも、綺麗ごとでも、なんでも無いんです」
太朗のゆっくりと上昇する左手を、急激に上昇する右手が追い抜く。グラフに見立てたその手の動きに、1000の目が集まる。太朗はその手をゆっくりと下ろすと、再び後ろ手に組む。
「皆さん。カツシカの置かれている現状は、決して楽観できるものでは無いかもしれません。新型のワインドが現れ、ネットワークは寸断され、その生活を脅かしています。エンツィオ同盟という、やっかいな相手もいます。ですが、これはチャンスでもあるはずです。カツシカは、新主要交易航路として今後に期待され、そして防衛戦準備という大きな需要も発生しています。ここで星系の勢いを削ぐような、人々から搾取をするような政策は誰も得をしません」
組んだ手を解き、抱擁前のように広げる。どれも、事前にアラン達と練習した通りの動き。
「皆さん、自由にやりましょう。好き勝手にでは無く、お互いへの配慮と秩序の元で。頑張った者が報われ、そうでない者は相応の報いを受ける。そして自分達の事は、自分達で決める。自由と義務を、その自らの手で守りましょう!! 難しいかもしれません。でも、やってやれない事は無いはずです!!」
抑揚を付け、段々と声のトーンを上げる太朗。
「我々は、管理する者とされる者に分けるつもりはありません。お互いに手をとって、皆で頑張ろうじゃありませんか!! 僕は、我々を信じろなんて言いません。そういうのは、何年も経った後にようやく発する資格が出てくるものです。大丈夫です。商売人は儲けに正直なのは皆さんご存知でしょう。利益になるのであれば、我々は間違いなく全力を尽くします!!」
両手を大きく掲げ、終わりへ向けて最大限に声を上げる。
「自由と繁栄を、カツシカに!! 共に歩んで行きましょう!!」
目をつむり、話が終わった事を暗に伝えるテイロー。まわりの反応に備えて口元に笑みを作るが、それはいくらもしないうちに困惑の表情へと変わる。
異様なまでの静けさ。
「……あ、あれ。なんか、失敗したかな?」
万雷の拍手とは言わずとも、せめて社交辞令や愛想としての拍手を期待していた太朗。それだけに、肩すかしを食ったような現状に冷や汗が流れる。人々は何やら不安気な表情でまわりを伺い、どう反応したものかといった様子で眉を顰めている。
「テイロー社長。少し、よろしいでしょうか」
後ろから、全く動じない様子のマール。太朗は藁にもすがる思いでコクコクと頷くと、マールへその場を譲る。マールはすれ違いざまに「まだまだね」と笑みを作ると、職員達の方へ向ってゆっくりと手を上げた。
「代表であるテイローに代わり、副社長である私、マールが補足します。社長は帝国軍高官と懇意にしており、その妹であるライザ社長は、TRBユニオン傘下の重役であります。既に表明は帝国に送られ、その正式な承認を得ています」
一瞬の沈黙。
その直後、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「ハハ……なるほど。自由にっつーと、帝国が怖かったのね……」
熱狂的なまでの喝采の中、太朗は苦笑いと共に小さく呟いた。




