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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第6章 アライアンス
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第82話




 仕事場と化してから久しいプラムⅡの自室にて、椅子に座り、うなり声をあげる太朗。机の上にはいくつものチップが並べられ、モニタには読み取られたチップの内容。すなわち太朗が学校と称した、カツシカ防衛学校の指導内容が表示されていた。


「ねぇ、テイロー。ちょっとは休んだら? あんた気付いて無いだろうけど、もう30時間も起きてるわよ」


 背後よりかけられた声に、びくりと振り返る太朗。彼は充血しているだろう目をこすると、マールからコーヒーを受け取る。


「あぁ、ありがと。うん、もうちょっとでキリのいいとこまでまとまるから」


 口に流れ込む苦くもあまいコーヒーの香り。太朗は作業を中断して休憩に入る事を決めると、机を離れ、二人掛けのソファへどさりと身を投げる。


「あまり無理しちゃ駄目よ。今の所、あんたの代わりはいないんだから」


 太朗の横で、紅茶をすするマール。太朗は無防備に寛ぐ彼女の姿を横目に見て、世の中何が起こるかわからないものだと息を吐く。

 このソファは、いつか隣にかわいい女の子を座らせたいという想いから購入した物だが、それが実現する事になるとは思っていなかった。マールは贔屓目なしに見ても間違いなく美人だし、ここまで仲良くなれるとも思っていなかった。


「ういさ。限度はわきまえてるつもりだけど、今やってる所はどうしても早めにやっとかなきゃだから」


「そう。確かに基礎の部分は早めになくちゃ駄目だろうけど、そのあたりはアランやファントムに任せてもいいんじゃないの?」


「いやいや、これがなかなかそうもいかんのよ。アランもファントムも、元は帝国軍人じゃん? やっぱ船舶の運用とかドクトリン(方針・基本原則)が帝国準拠なのよ。少ない艦艇による運用を前提にすっと、どうしても非効率なんだよね」


 帝国のドクトリンは大艦隊による飽和攻撃と、徹底的な分業と専門化による火力投射が基本となっている。それは多数の艦艇を運用できる事が前提であり、一般の中小企業が行うには適していない。

 その差異は、運用する戦闘艦の種類から搭載する装備まで、実に様々な部分の差となって現れる。帝国は正面攻防特化艦――例えばサンダーボルトのような――を中心とするが、民間は全方位対応艦を使わなければならない。敵を後ろへ回させない程の船の壁を作ることなど、民間には不可能だ。


「ふぅん……私は作戦とかそういった事は良くわからないけれど、あんたがそう言うんならそうなんでしょうね。でも、意外だわ。あんた、人に物を教える事とか得意だったのね」


「いやいや、全然未経験っすよ。俺はあくまで方針と知識をファントムに伝えるだけで、実際にどう教育してくのかは彼頼みだな」


 太朗はオーバーライドされた多岐に渡る軍事知識を頭の中に備えていたが、それを利用するのと、他人に教えるのとでは、勝手が大きく違う。他人への指導という点では専門家であるファントムに一任する形とし、彼はあくまで要綱と細かい知識の伝達のみを行うつもりだった。

 ファントムの入社が決定し、各種施設の建造が開始された今、後は指導内容のまとめだけが必須事項として取り残されている。

 太朗は交易やワインドの撃退。そして社長業務を送る傍ら、空いた時間を見つけては少しずつ指導内容のまとめを行ってきた。それは大方が形を成してきたし、手ごたえも感じている。

 しかし知識量はあまりに大きく、対する時間は限られていた。


「基本さえまとまっちまえば後はどうって事は無いんだけどなぁ……ぶっちゃけ急ぎすぎだな。これ、何年もかけてやるプランだわ」


「あんたの思いつきなんて、いつもそんなもんじゃない……でも、学校かぁ。いわゆる集団学習施設よね? 私は行った事が無いけど、きっと楽しいんでしょうね」


「おろ、マールたん学校って行ってないん?」


「通信教育という意味でならあるけど、実際に顔を合わせて勉強するってのは無いわ。というか、そんな経験がある人なんてほとんどいないんじゃないかしら。施設のある遠くのステーションへ行かなきゃならないし、非効率だわ」


「あらら、こっちはそんなもんなのか。でも社会性とか協調性ってのも大事だと想うぜ?」


「それは否定しないけど、別にそこじゃないと学べない、という物でも無いじゃない」


「まぁねぇ。でも、この学校ではそういった事も大事な要素として教えてきたいなぁ……つーか、帝国の人達って冷たい人多すぎじゃね? 他人との距離が半端ないっていうか、人との繋がりが希薄っていうか」


「そう? 私にとってはそれが普通だから、ちょっとわからないわね」


 マールはそう言って肩を竦めると、携帯端末を取り出して何かを操作し始める。


「お、ファントムさんか。顔が前と違うな……ちょっと厳つくなった?」


 端末に表示された、ファントムのバストアップ。まわりには彼に関する個人情報が表示されているが、その数は極僅かなものだった。


「念の為、顔は変えておくそうよ。サイボーグって、そういうトコは便利よね……でも、どうなの。本当に信用できるの?」


 太朗の顔を、訝しげな表情で覗きこむマール。それに「どうだろうな」と太朗。


「でも敵対するんなら、とっくに全員殺されてんじゃねぇかな。ちゃんと相手を選ぶハンターみたいだし、基本はいい人だと思うぜ」


 入社と共に再び顔を会わせた際、彼は自分が賞金稼ぎ。すなわちバウンティハンターである事を明かしてきた。ハンターといえばゴン率いるキャッツもそれにあたるし、太朗は別段問題があるとは考えていなかった。帝国では比較的一般的な職業だし、犯罪の抑制には大きな効果を発揮している。

 ハンターの問題点として相手が本当に犯罪者なのかどうかという点があったが、キャッツもファントムもその点はっきりした相手のみを選んでいるようだった。しかし悪徳な企業は無実ではあるが邪魔な相手に対して懸賞をかける事があり、それは別段禁止されている行為というわけでは無かった。アルジモフ博士が良い例だ。

 そして犯罪行為だとわかっていても、それを行おうとするハンターはいくらでもいる。金を受け取り、遠くの星系へ逃げてしまえばそれまでだからだ。帝国は警察を持たず、帝国自身の利益以外には興味が無い。


「結果論から言えばそうなんだけど……まぁいいわ。私も翻訳機を作るのにはひと役買ったわけだし、あれが無駄骨にならなくて済んだって言えるようになりたいものね」


「あはは、あん時は本当に助かったよ。ソフトはともかく、ハードはちんぷんかんぷんだからな」


「急にマニアックな言語の翻訳機を作りたい、なんていうから何かと思ったわ。ちゃんとマキナさん達にもお礼言っとくのよ……ねぇ、テイロー。あの言語って、やっぱりそうなの?」


「たぶん、な。実際翻訳ソフト作ってる時も、ほとんどの単語をするっと帝国標準語に変換できたから。恐らくだけど、日本語かそれに近い言語なんだと思う。英語の成績はアレだったから、知ってる言語つったらそれしかねぇっす」


 端末修理の為に寄った電気屋で彼女の言葉を聞いた際、太朗は無意識のうちに彼女に返答していた事があった。意識的に言葉を聞いても全く理解が出来なかったが、太朗は言い様の無い違和感を確かに感じていた。

 そして太朗は直感的に、それが言語のオーバーライドによるものだと推測した。もちろん聞いた当初は可能性としてゼロでは無いという程度のものだったが、翻訳作業を行う中でそれは確信へと変わって行った。小梅は言語使用者でないと翻訳は無理だと言っていたが、不思議とそれが可能だったからだ。であれば、理由はひとつしか無い。


「そのうち、そのあたりの事も詳しく聞かせてもらえるといいなぁ。既に更地になっちまった惑星出身らしいけど、いい手がかりになると思うんよね」


 ファントムの話によると、彼女の故郷は帝国の手によって完全に更地にされてしまったとの事だった。元々僻地にあったその惑星は、ワインドの襲撃に抗えず、完全に彼らの星とされてしまったらしい。地表を蠢く大量のワインドの姿を想像すると、帝国の行った処分も致し方ないのかもしれない。


「ねぇ、テイロー。その、もしかしたら……いえ、なんでも無いわ」


 視線を逸らし、俯きがちになるマール。太朗は彼女が言わんとした事が理解できたが、あえて言葉は返さなかった。更地になったその惑星こそが地球かもしれないなどとは、考えたくもなかった。


「あ、テイロー、小梅からだわ。投票結果が出たそうよ。アレックス・シルバーマンが市長当選。なんていうか、予想通りね」


 端末を傾け、太朗へ名前と数字の羅列を見せ付けるマール。太朗はそれをまじまじと眺めると、確かに予想通りだと頷く。


「昔っからある老舗企業の元役員だったっけか。カツシカに根付いてる企業みたいだし、そら人気あるわな。ほいじゃちょっくら、御挨拶と行きますか」


 太朗はカツシカ星系において、その管理代行役を選挙投票によって決める法案を決定していた。これは民主主義という考えがいまだに根強い太朗の希望でもあったが、もっと現実的な理由もあった。太朗達はステーションに留まって執務を行うわけにはいかず、それを務める事が可能なだけの人材もいない。星系の規模に対し、会社が小さすぎるのだ。


「運営費は私たちのお金なわけだし、どういう人なのかしっかり見極めないとね……それにしても、人気投票で代表を決めるなんておもしろいわね。ちょっと不安もあるけど、自分達の事を自分達で決めるのはいい事だわ」


 ふたりは立ち上がると、船の出口へ向けて歩き出す。太朗はマールへ「選挙って言うんだぜ」と得意げに答えると、今後のカツシカの行方を頭に思い描き始めた。




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