第81話
「それを信じろというのは、いささか無理が……いや、そうとも言えんか。可能性として有り得ないわけでは無いな」
酷く悩ましい表情で、呟くように発するファントム。彼の言葉は、太朗が銀河帝国で目覚めた事や、地球についてを語って聞かせた事に対する反応。
「地球……てっきり帝国有史より古い時代を差す言葉だと思っていたが、惑星そのものの名前だったのか……こいつは歴史をひっくり返す事実だな。正直たまげたよ……あぁいや、公表する気は無いから安心してくれ」
フードを取り払った彼の顔は穏やかで、およそ死神と呼ばれる人間のそれには見えなかった。彫りの深い顔に、しっかりとした眉。いつも微笑を浮かべているように見える口元は優しい印象を感じさせるが、目だけは違った。異常なまでに、鋭い。
「信じるのか? 信じている俺が言うのも何だが、荒唐無稽な話だぞ?」
何か気持ちに変化でもあったのか、ソファでくつろいだ様子のアラン。そちらへ、視線だけを向けるファントム。
「アンティークを見せた際の反応を考えると、な。コレクターや知識人であれば知っている可能性も当然あるだろうが、あのように怯えるというのはあり得ない。誰も発射可能だなどとは思わないからな。慎重な人間でも、せいぜい苦笑いする程度さ」
そう言うとファントムは手を伸ばし、机の上にごとりと拳銃を置く。アランが興味深そうにそれを手に取ると、まじまじと観察し始める。
「火薬推進か……うぅむ、こいつは驚くほど原始的な武器だな。引き金とハンマーが連動しているだけで、電子的な装置は何もついていない。む、ライフリングはあるようだが、火薬を注入する場所が無いぞ。薬きょう式か? 装填が面倒だろうな」
元軍人としての血が騒ぐのだろうか。回転式拳銃を弄びながら、口調とは裏腹に楽しげな様子のアラン。
「確か、6個の弾がセットになった、なんつったかな。スピードローダ? そんなんを使って簡単に出来るらしいよ。映画でそんな感じの道具を使ってるのを見た事あるぜ」
身振り手振りで給弾についてを説明する太朗。そんな太朗に「これの事か?」と、ファントムがそのものずばりの給弾装置を手渡して来る。
「そうそう、これこれ……あぁいや、拳銃の弾ってこんなデカかったっけ?」
円筒形の金属から生える、6本の弾丸。それぞれが太朗の親指よりも大きい。
「言っただろう、そいつはレプリカだ。何億クレジットもするような本物は、コレクター達の倉庫で眠るのが仕事さ。そいつはアイボリーメタルで出来ていて、弾頭はタングステンとの合金だ。推進も火薬では無く、プラズマ膨張体だ。似たようなものだがね」
ファントムの説明に、ほえぇと感嘆の声を上げる太朗。ファントムの説明のほとんどは意味がわからなかったが、その大きな弾丸に込められている力の大きさはなんとなく想像がついた。
「少なくとも、俺の体にあたったら死んじまうだろうなってのは確かだぁね。当たり所によっては大丈夫かもだけど、相当エグい事になりそうだな……って、アラン? いや、何しとん?」
太朗の手より弾丸を奪い、無表情で拳銃へ装填するアラン。まるで勝手知ったる武器であるかのように自然とそれを行うと、ゆっくりとファントムの額を目がけて銃を構える。
「やめておいた方がいいぞ。反動は大型ライフルより大きい。手首が折れるだけでは済まないだろう」
銃を向けられながら、涼しい顔のファントム。
「だろうな……ところで、この弾頭はお前さんに致命傷を与えられるかな?」
「どうだろうな。難しいとは思うが、試すのは個人的には遠慮したい。強化骨格は弾丸を弾くだろうが、痛いものは痛いんだ。皮膚の再生にも時間がかかる」
「そうか。なら、いいんだ。返すよ」
何事も無かったように、ファントムへ銃を投げ渡すアラン。ファントムはそれを受け取ると、慣れた手つきで弾丸を抜き取る。そしてひとりわけがわからず、おろおろとする太朗。
「大丈夫だよ、テイロー。気は済んだ。悪かったな……一応こいつは、仲間の仇だったから」
困ったような笑みの、アラン。太朗は「そっか……」と呟くと、かけるべき言葉が見つからずに黙りこくる。アランの言葉が過去形である事が救いだった。
「それに、引き金を引いてもこいつには当たらんだろう。彼は弾丸を"避ける"からな。指をわずかでも動かした瞬間、俺は手首から先としばらくのお別れだ。あの時がそうだった。今もそうじゃないとは思えない」
何か諦めた表情で、ソファへどさりと腰かけるアラン。アランの言葉を受け、「別に避けてるわけじゃない」とファントム。
「BISHOPで見た未来を元に、事前に安全な位置へと移動してるだけさ……さぁ、今日はもういいだろう。そろそろお開きとしようじゃないか。重要な話は済んだと考えるべきだ」
「えぇ、いや、まだ返事をもらって――」
「答えはノーだよ、少年。アンティークコレクターとして非常に興味はあるが、それは君自身に対してだ。君の会社にでは無い」
ファントムはそう言うと、入口のドアを指で指し示す。太朗はなおも食い下がろうとするが、得策では無いだろうと思い直し、取り止める。
「わかりました。今日の所はこれで失礼します……えぇと、地球の事とか色々詳しそうなんでもっとお話聞きたいんですが、また来てもいいですかね?」
「いつでも歓迎するよ……と言いたい所だが、止めておいた方がいいだろう。俺と一緒にいる所を帝国に知られたら、君は要注意人物どころの話では無くなるんじゃないかな」
「あー、確かに。何か悪い事企んでると思われてもおかしく無さそうっすね……ちなみに、最後にひとつ聞いてもいいですかね?」
入口のドアへ手をかけ、振り返り気味に太朗。ファントムはどうといった様子も無く「なんだい?」と答える。
「なんでわざわざ、俺を助けてくれたんですかね」
「……続けてくれ」
「あぁ、はい。いやほら、ファントムさん俺の命を狙ってる風な事言ってましたけど、あれって嘘ですよね。ここへ越してきたばかりの人が地元の組織とつるんでるってのも変な話だし、俺がやばい為政者ならわざわざ脅すまでもなくサクッと殺れちゃいますよね?」
「……君は、いい人のようだったからね。市民のひとりとして期待はしているのさ」
指を一本あげ、ゆっくりと顔を近づけてくるファントム。
「表立っては中立だが、エンツィオ同盟と裏で繋がりのある企業に最近動きがある。ハンター連中もだ。何かがリークされてると考えるべきだろう……恐らく君は、近い内に賞金首になるはずだ。エンツィオ出資のね」
「……あ~、なるほど。そういう事っすか……それでわざわざ警戒するよう促してくれたんすね。ありがとうございます」
「自分が何者かを名乗るわけにはいかないし、それで注意しろと言った所で信じてもらえたとは思えないからね。残念ながら嗅ぎつけられてしまったようだが、そればかりはどうにも。まさか7年前の生き残りと君に繋がりがあったとは、さすがに予想ができないだろう」
「ですね。俺も知らなかったですし……しかし広い銀河でこんな偶然があるなんて、こいつはまさに運命という奴なんじゃないっすかね?」
「確率の神は、たまに思わぬいたずらをするのさ……俺の事はもう諦めろ。慈善事業をするつもりは無い」
表情を消し、追いたてるように太朗を押しやるファントム。まるで戦車にでも押されているかのような力に、抗うのは全くの無駄だろうなと想像する太朗。
「えっと、そんじゃ、これ。これ妹さんにあげて下さい。おみやげ代わりに持ってきたんです!!」
ドアが閉じられるその瞬間、手にしていた小さな箱を差し出す太朗。ファントムはわずかにあいた隙間からそれを受け取ると、「ありがとう。今度こそさようならだ」とドアを強く閉め切った。
「あぁ、その。なんだ。今日は、本当に済まなかった」
ファントム宅とされる、謎の番地から帰る車の中。太朗の向かいに座ったアランが、実に申し訳無さそうに発する。そんなアランに「何が?」と太朗。
「何がって、せっかくのチャンスだったのに滅茶苦茶にしちまった。俺は幹部失格だ。首にでもなんでもしてもらって構わない」
覇気のない、虚ろな表情のアラン。太朗はそんなアランをしばらく無言で眺めると、口を開く。
「あそこで引き金を引いてたら、そうしてたかもな……でも、あれがあっても無くても結果は一緒だったと思うし、俺も普段滅茶苦茶やってるから。おあいこ、な」
本当にそう思っているぞと、心を籠める太朗。太朗の言葉を聞いたアランは、顔を下げたままもう一度「すまない」と続ける。
「恐らくこれで、もう二度とあいつを見つける事は出来なくなっただろう。やたらと自分の事を話していたし、ねぐらを移すはずだ」
「いやまぁ、元々偶然からお願いしてみようって話だったわけで、いわゆる駄目元でしょ。次に行こうぜ、次に……それに――」
太朗は手に残る箱の感触を思い出しながら、おみやげを作る為に行った散々な苦労を思い返す。一週間にわたる、マールと小梅を巻き込んだ不眠不休での作業だった。
「――きっと何かしら反応があるんじゃないかな。あの人、多分いい人だから」
ファントムとの話し合いから、三日後。ステーション防衛設備の新調や新艦隊の構想を練っていたライジングサンの面々は、いつものように慌ただしくも着実に業務を行っていた。
教育組織を作るという案は一時棚上げとなっていたが、かといって何もしないわけにもいかない。ゴーサインが出た後のスムーズな進行を考えると、やっておくべき事は山ほどあった。
「没になるかもしれない案を煮詰めるってのは、やっぱり気乗りがしないわね」
頬杖をつき、つまらなそうにしているマール。太朗も全く同感で、どうにも気が入らなかった。
「やっぱ気長にいい感じで優秀な人が来るのを待つしかねぇかなぁ……帝国の退役軍人とかそんな感じの」
「そんなの無理に決まってるじゃない。価格競争についていけないわ。どこも喉から手が出る程欲しいと思ってるんだから……それより、この前のアレ。どうなったの?」
マールが言っているのは、恐らくレイラに送った例のおみやげの事。太朗は「あぁ、あれね」と続ける。
「一応贈るには贈ったんだけど、あれから全く連絡が――」
肩を竦めた太朗がそう発した時。執務室の扉が勢いよく開き、血相を変えたアランが駆け込んでくる。いったい何事かと視線を向ける一同に、アランが発する。
「テイロー!! お前、いったいどんな魔法を使ったんだ。ファントムから連絡があって、例の件について前向きに検討したいと言ってきたぞ!!」
アランの報告に、ガッツポーズをしながら飛び上がる太朗。アランはそんな太朗に歩み寄ると、「お前にだ」と一枚のチップを手渡して来る。太朗はチップを額にあてると、その中にあった短い文章が頭の中へ流れ込んで来た。
"君の誠意を見せてもらったよ。素敵なおみやげを、ありがとう。妹も大層喜んでいる。どうやってこれを作ったのかは聞かないでおくが、相当苦労した事だろう。俺もこの歳になって、まさか彼女とまともに会話が出来るようになるとは思わなかった。あんなにお喋りな妹だとは思わなかったがね。この翻訳機はまだまだ語彙が増やせそうだが、そこは君の意思の現れだと受け取っておいた。次のバージョンを、期待している"




