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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第6章 アライアンス
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第78話

 アルファステーション総合管理室。味気無いグレーの壁に囲まれた、がらんとした一室。長方形の長テーブルには、添え付けられた椅子と同じ数のホロディスプレイ。各種データは端末で直接アクセスする事が可能な為、調度品の類は存在しない。


「しかしこうして改めてみると、平和な場所だったってのがわかるやね」


 テーブルの中央。上座と呼べるその場所で、太朗がステーションの防衛施設リストを眺めながら呟く。


「例のニューラルネット崩壊が起こるまでは、特別重要な場所でもなんでもなかったからな。今となっては、アルファ。すなわち帝国とこちらを繋ぐ重要な拠点となったがな」


 太朗と同様に、モニタをじっと眺めているアラン。時折端末操作の為にディスプレイへと手を伸ばす事はあったが、基本的にはBISHOPで操作を行っていた。


「極々基本的な、最低限の防衛施設といった感じですね。長距離砲、シールド、いくつかのスクランブラー。ミスター・テイローのおっしゃる通り、今まではこれで事足りたのでしょう」


 太朗の右手後ろで、じっと立ち尽くしている小梅。彼女の右手には太朗の端末から伸びるコードが接続されており、彼女は情報へと直接アクセスする事が出来る。


「必要の無い物にお金をかけたりはしないものね……おかげで私達にしわ寄せが来るわけだけど」


 太朗の右手に座り、星系マーケットの売買品リストを眺めているマール。ステーションで使用する為の大型機材を探しているのだが、あまり芳しい結果は得られていない。あるにはあるのだが、時代遅れの代物であったり、やたらと値段が高かったり。


「やっぱり、注文して作る方が早いわね。出来合いで見つけるのは難しそうよ。需要が大きすぎるのね、きっと」


 マールの端末に映る、物価の動向指数と購入予定品のグラフリスト。需要のグラフがネットワーク分断時期から急上昇しているのに対し、供給のグラフはゆるやかなカーブを描いている。


「大型設備を作れる会社は限られてるからな。ギガンテック社なんかは今世紀最大の売り上げを記録してるだろうよ……艦隊の数を増やす方向で行くしか無いんじゃないか?」


 太朗の正面で、あごを丸い手に乗せたゴン。彼の言葉に「んー、難しいなぁ」と返す太朗。


「船自体は結構増やせると思うんだ。資金的には余裕あるしね。けど、乗組員はそう簡単には集まらないんよ。完全に労働者側の売り手市場だし」


「そうね。結構いい待遇で迎えてるはずなんだけど、集まりはぼちぼちってトコだわ。既に大きなアライアンスと戦争状態になってるってのが、大きなネックになってるんだと思う」


「募集にかかる連中は、一攫千金を目指すゴロツキの割合が大きいからな。人事部がなんとかしてくれと泣きついてきてるぞ」


「うーん、そうは言われてもなぁ……あぁ、そうだ。いっそさ、そういう人達だけで愚連隊でも組んでもらうってのは?」


「却下だ。連中、何をしでかすかわからんぞ。せっかく得たカツシカでの評判を地に落とす気か?」


 アランの指摘に、「だよなぁ」と腕を組んで大きくのけぞる太朗。


 カツシカの防衛は、もっぱら各ステーション搭載の戦闘設備に限定されている。それは小梅の言葉にあった通り、これまではそれで十分だったと思われる。


 しかしワインドが先のような戦術的行動を行うようになった今、それはいささか不十分であると思わざるを得ない。今までのように観測された位置から真っ直ぐ攻撃に向ってくるワインドは、言ってしまえば大型の隕石がやってくるのと対処的にはさして変わり無い。いつ、どこへ、どのような相手がやってくるのかは、計算で導き出せる。後はそれを待ち受ければ良い。


 対して新しいワインドについては、そうはいかない。複数手に別れ、陽動し、こちらの戦力の動向を睨んでいるような相手では、戦場は常に流動的になってしまう。ゴンの言う通り、そういった相手に対抗するには戦力を自由な場所に投射できる艦隊である事が望ましい。


「ミスター・テイロー。ひとつ提案があるのですが、よろしいでしょうか」


 胸のあたりに手を上げ、控えめに発する小梅。太朗は伸びきっていた体を戻すと、小梅へ向ってひとつ頷く。


「アルファ星系における、対ディンゴ攻防戦の際。ライジングサンの主力が到達するまでアルファが持ちこたえられた理由のひとつに、義勇軍の存在が挙げられるかと思われます。市民からすれば現状はそこまで差し迫った状況というわけではありませんが、それでも今回の事に危機感を覚えた人間は少なくないものと推測します」


 小梅の声に、なるほどといった様子で頷く面々。


「無理にライジングサン社内だけで完結させる必要は無いという事か……テイロー、検討の価値があるんじゃないか?」


「義勇軍ねぇ……つっても、無償で戦ってもらうわけにもいかんっしょ? 何か褒賞なりなんなり、線引きする必要はあるよな」


「そうね。こう言っては何だけど、差し迫った状況で戦える船があるのなら、それで逃げる人の方が普通は多いと思うわ」


「よっぽど地元のステーションに愛着でも無けりゃあ、普通はそうなるな。だが他にも問題があるぞ。それぞればらばらに戦われても困るって所だ。相手は統率された集団なわけだろ? 俺達のようなハンターはそこら中にわんさかいるが、集団で戦う事には慣れてない」


 ゴンの指摘に、ううむとうなり声を上げる太朗。彼はしばらく無言で考え込んだ後、口を開く。


「学校を作るってのは、どうかな?」


 今までの流れとおおよそ関係が無さそうな太朗の提案に、怪訝そうな顔を見せる面々。「お前は何を言ってるんだ?」とばかりの表情を他所に、太朗が続ける。


「義勇軍っつーか、傭兵を雇うってのはまぁ、わかる。でもそれをまとめる役が必要で、それだけじゃなくて集団行動にも慣れてもらう必要があると。なら、勉強してもらうのが一番じゃね?」


「軍学校みたいなものを作るって事? ちょっと気が長すぎる計画なんじゃない?」


「いやいや、在籍中もちゃんと戦ってもらうんだよ。自慢じゃないけど俺のここにはさ、艦隊戦の教科書作れる位の知識があるんだぜ?」


 自らの頭を指し示し、にやりと笑う太朗。それを見たマール達は、何かを思い出したかのように得心の表情を作る。


「そういえば、そうよね……となると、学費を取らないかわりにステーションの防衛義務を課すって所かしら。優秀な人材がいるようなら、そのままライジングサンの警備部へスカウトって事も出来るかも?」


「おもしろそうだな。艦隊行動のイロハとなると、大抵はどこの会社でも社外秘だ。戦争が起これば他社は敵だし、帝国は情報を開示していない。退役軍人に頼るのがせいぜいといった所だからな」


「良くはわからねぇが、社長さんにはそういった方面の知識があるんだな? だったらやれそうかもしれねぇがよ、間違いなく他社にも情報が流れる事になるぞ。いいのか?」


 確かにそうだと、ゴンへ向って肯定の頷きを見せるアラン達。そんな彼らへ、太朗がのほほんと言い放つ。


「別にいんじゃね? 各会社がそれで強くなるってんなら、ワインドに対して有利になるっしょ」


 気楽な様子の太朗に、アランが「しかし」と続ける。


「潜在的な脅威が増える事にならないか? いつか敵になった時に、やっかいな事になるぞ?」


「いやいや、みんなちょっと視点が小さいんじゃねぇかな。そら確かにアランの言う通りかもしんないけど、ワインドがこのまま増えるようなら身内で争ってる余裕なんてなくなっちまうぜ?」


「それは確かにそうかもしれんが……お前の持ってる知識は、宝といって良い程に価値があるものなんだぞ?」


「おう、わかってるさ。でもその宝をさ、最大限活かせるだけの環境が無いってのも事実だぜ。だったら大事にしまっとくより、今出来る範囲で活用しちまった方がいいっしょ。何も一般公開するってわけでも、全部をさらけ出すってわけでも無いし」


「身内で争ってる場合じゃない、か……悪くねぇ考えだな。社長さんよ、俺は悪く無い案だと思うぜ。ここの幹部でも何でもねぇけどな」


 にやりと笑い、手を差し出してくるゴン。太朗は笑顔でその手をとると、軽くつまむようにして握手をする。


「ふむ……まぁ、やれるだけやってみるのも悪く無いかもしれんな。失敗しながらも続けなくてはならない義務があるわけでも無いし、人材が足りないというのは間違いの無い事実だ。何人か掘り出し物を見つけられるだけでも価値はあるだろう」


「やぁね、アラン。やるからには失敗なんて御免よ。絶対に成功させるべきだわ。もし問題があるとするなら……」


 その場にいる人間の顔が全て、太朗へと注がれる。太朗はそれを受け止めると、わかってるよとばかりにかぶりを振る。


「俺にそんな事をしてる暇があるのか、って話だろ? ぶっちゃけ問題はそこだよね。アハハ……ねぇアラン。俺の補佐みたいな形で指導にあたれるような、優秀な人材とか知らない?」


「いや、そんなのがいればだ。とっくにここの警備部の教育係にまわしてるだろうが……艦隊運用の知識があり、教育も出来る人間か。そんな都合の良い人間、そうそう簡単に――」


 ふと、言葉を止めるアラン。何事かと彼へ視線が集まり、短い沈黙の時が訪れる。


「レイラ!! 思い出したぞ!! レイラ・ヴィトマだ!!」


 椅子を跳ね除け、ガタリと立ち上がるアラン。いったい何事かと口を開こうとする太朗だが、それに構わずアランが続ける。


「お前いつか、俺にファントムという男について訊ねた事があったろう。数少ない、帝国にNOを突きつけれる男だという話でだ」


 アランの剣幕に押されながらも、「あぁ、そういえば」とディーンから聞いた話を思い出す太朗。初めて帝国の艦隊と遭遇した際、確かに彼がそのような事を言っていた。


「お前の言っていた、例の暗殺者。恐らくそいつがファントムだ。血の繋がりは無いが、確かレイラ・ヴィトマという妹がいる。元帝国軍特殊部隊出身、帝国の襲撃に抵抗して最後まで生き残った化け物だ。くそっ、こんな所に居やがったのか!!」




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