第77話
予想外の事態が起こった際の、ふいに訪れる沈黙。太朗はその沈黙の中で必死に頭を回転させると、採り得る事の出来る選択肢を可能な限り絞り込んでいく。
「プラムから各艦へ!! ワープが可能な船体は!!」
モニタ上に羅列された、各艦隊のパラメータ。バードワンの艦長であるアランとバードツーの艦長は、返事をするより先にそれを更新する事で答えてくれた。
「1,2,3……アラン、ワープ可能な5隻と一緒にステーションの防衛に戻って!! 残りの艦艇はバードツーに編入、頼んだ!!」
「"こちらバードワン、了解した。すぐにドライブの準備を行う"」
「いんや、"今すぐ"行って。俺が計算するから!!」
太朗は言い終えるや否や目をつむり、BISHOPの操作へと集中する。
――"データリンク開放要求 段階:マスターキー"――
――"システムアクセス 段階:マスターキー"――
ライジングサンのトップのみが知る、最高権限でのデータアクセス。リンクされた情報の束が先ほどまでと比較にならないほど広がり、プラムⅡのストレージへと流れ込んでくる。
――"高高度ワープスタビライザー搭載艦 該当:6"――
――"目標地点 空間予約……完了"――
――"リンケージオーバードライブ プリスタンバイ"――
「よし、飛んでくれ!! 守備隊とよろしく頼むっすよ!!」
太朗の計算結果を受け取った6隻の艦艇が、一斉にオーバードライブを開始する。
リンケージさせたオーバードライブは計算量が単独でのそれより爆発的に増えるが、同時に目的地に到着する事が出来る。バラバラでのドライブは先に到着した一隻が集中砲火を浴びる可能性がある為、戦場では時間がかかってもこうする事が望ましい。
もっとも、太朗はその計算をわずか数秒で切り上げる事が出来たが。
「ミスター・テイロー。敵船団が移動を開始しました。わずかに距離が離れていっています」
「くそっ、全速前進。全艦砲撃準備!!」
「テイロー、この距離じゃほとんど効果は望めないわよ?」
「わかってるけど、時間が惜しい。まぐれあたりでも可能性がゼロじゃないなら!!」
太朗はそう叫ぶと、返事を待たずにロックオン作業へと集中する。様々なスキャンによって得られた敵の座標をさらに細かく分析し、より正確な敵の位置を導き出して行く。
「スクランブラで偽装してるな……こっちはダミーだ……」
ゴンの操縦する偵察機の情報を元に、さらなる調整を加える。遠距離での砲撃は、わずかな照準のずれが大幅な誤差を生み出す。
「全機ロックオン完了。ちくしょう、就任早々ステーションに被害が出る事になったら笑えねぇぞ!!」
データリンクされた他の艦へ向け、ロックオン情報を送る太朗。各艦がその情報に基づき、次々と射撃を開始する。
「マール、出し惜しみは無しでいいよな?」
太朗の確認に、こくりと頷くマール。
「えぇ、空気が読めない程ケチじゃないつもりよ。さっさとやっちゃいなさい」
親指を立て、太朗へ向けるマール。太朗はそれにウィンクをする事で応えると、6つのレールガンタレットを全て起動させる。
「ゴンさん、全機発進して下さい。射線座標は常に更新しますんで、それは避けて」
呟くように、太朗。すぐに通信機上にゴンの姿が浮かび上がり、ふんと鼻を鳴らす。
「いったい何年戦闘機乗りやってると思ってんだ。言われなくともわかってるさ。おめぇら、いくぞ。気合入れろ!!」
プラムⅡのドローンベイが開放され、そこから無数の戦闘機が次々と発艦していく。
――"戦闘機制御中継関数 同時起動:12"――
キャッツの4人の駆る戦闘機。太朗はそこから送られてくる情報を、リアルタイムで更新、返答を行う為の関数を同時起動させる。すると各爆撃機を護衛する3つずつの支援戦闘機が、キャッツ達の望むがままに動き始める。
「すぐ戻ってくるからよ、目標への誘導指示頼むぜ」
プラムを発艦した爆撃隊が、素晴らしい速度で敵への距離をぐんぐんと縮めていく。太朗は砲撃の合間を利用し、彼らの攻撃目標を指示していく。
「テイロー、航空機の指示はわたしがやるわ。射撃に集中して」
「おっす、よろしく。小梅、敵の様子はどう?」
「変化無しです、ミスター・テイロー……いえ、訂正です。敵編隊、2つにわかれました。こちらへ向ってくる一群があります」
小梅からの報告に、足止めかよと舌打ちをする太郎。
「ん? ってことは、ワープジャミングして来てるのは逃げてる方だよな?」
「肯定です、ミスター・テイロー。それがどうかしましたか?」
「なるほどなるほど、そうですかそうですか。なぁ、マールたん」
口元に笑みを作った太郎が、マールの方を振り返る。マールは太朗の視線に気づくと、「わかってるわよ」と同じ様に笑みを作る。
「プラムから爆撃機隊へ。標的変更よ。迂回して、そのまま奥の集団へ攻撃」
「"こちらキャットワン、了解。こちらへ来てるのは無視していいんだな?"」
「それはこっちで受け持つっす。頼みましたぜ」
マールの指示を受け、大きく進路を変更する爆撃隊。こちらへ向かい来る集団との交戦を避ける為、迂回機動を取り始める。
「E02番、中破。E04番、小破。素晴らしい命中精度ですね、レールガンは」
「ふひひ。つってもこの距離だと、弾着前に次の砲撃が始まってっからな。ぶっちゃけしんどい」
弾着前に次射を放てば、当然制御すべき弾頭は2倍となる。その上遠距離への制御はどうしてもタイムラグが発生する為、命中精度はおせじにも高いとは言えない。
しかし、それでもジャミングされて湾曲していくビームよりは、ずっとマシだった。
「"分遣隊よりプラムへ。ステーションからいくらか離れた位置で敵を捕捉。交戦状態に入った"」
通信機より入った、アランからの声。太朗はほっと安堵の息をつくと、ひたいの汗を手で拭う。横を見るとマールも同様に安心したらしく、のけぞるようにしてシートへと寄りかかっていた。
「爆撃隊、対象へ攻撃を開始……E04を撃沈。E08、E09が小破、停船。オーバードライブ強度が64%まで回復」
小梅の報告に、よしと手を握りこむ太朗。
「"こちらキャットスリー、護衛のシールド補助艦が一隻落ちてもうた。代わりを用意してくれの"」
「"こちらキャットツー、こっちも同じくだ"」
「こちらプラム。各機、了解よ。次もお願いするわ」
太朗の変わりに、マールが答える。その様子に任せても大丈夫だろうと判断した太朗は、艦隊の補助と射撃へと意識の多くを割く事にした。
戦場の推移は、全面的に太朗率いる第一艦隊が優勢に進む事となった。元々こちらへ打撃を与える為の部隊とは思えないワインドの迎撃隊は、艦隊の集中砲火を浴びてあっさりと壊滅していった。
「ひやひやさせやがって、ちくしょう。さっさと沈んじまえ!!」
逃げ続けていた最後の一隻を太朗が破壊すると、宇宙を彩っていたビームの光はそこで途絶える事となった。
太朗と共に追撃を行っていた艦艇は、ワープが可能になった時点で戦線を離脱。ステーションの防衛隊へと合流していた。まだ敵が4隻いるのにプラムが単体で残される形になった時、一隻くらいは僚艦を残しておくべきだったかと太朗は少し後悔したが、終わってみればほとんど無傷の勝利となっていた。しかし――
「これは、防衛計画を練り直す必要がありそうですね、ミスター・テイロー」
今回のワインドが採った作戦は、今までに無い大胆なものだった。グループを分けたり、戦況を有利にする為の"対処的な作戦"とは明らかに異なる。
「だなぁ。あいつら、最初から狙ってやがったよな……どうなってんだ。進化が早すぎんだろ」
彼らが行ったのは、初めから有利な状況で戦闘を開始する為の、"能動的な作戦"だった。結果を見ればこちらの勝ちだが、戦いの主導権は完全に向こうの手にあった。
「進化、ね……嫌な表現だけど、的を射てるわ。これがもっと大艦隊だったらと考えると、ぞっとするわね」
マールの言葉に、深く頷くふたり。今までのように単純な迎撃を行うだけでは、いずれ足元をすくわれる事になるだろうと。
「……ん、アランからだな。向こうも片付いたってさ。駆逐艦が中破1と、フリゲートが中破1、小破2。結構やられたな」
「死傷者は出たの?」
「怪我人は多数なれど、幸い死者は無しだとさ……はぁ。ひとまず良かったやね」
シートを倒すと、緊張した体を楽にする太郎。いつもよりいくらか疲れた自分の体を不思議に思うが、その原因はすぐに思い当たった。
「艦載機の制御か。思ったより疲れるなぁ……でもまぁ、使えそうだな。艦載機」
「えぇ、ミスター・テイロー。おかげで少ない被害で済んだのでしょう。それにBBマキナの作成したシステムはうまく動き、効果的である事が実証されました。悪いことばかりではありません」
「途中で順次ワープした増援が遅れてたら、アランの艦隊がどうなってたかわからないものね。お疲れ様よ、テイロー。後はこっちでやっとくから、ゆっくり休むといいわ」
太朗は二人の声にいくらか照れながらも頷くと、ゆっくりと目を閉じた。
帰った後にやらねばならない事。防衛計画の見直しや艦隊の再編成を考えると頭が痛かったが、今はただ休みたかった。




