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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第6章 アライアンス
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第76話



 打ち合せ会場となった、それなりに高級なレストラン。間接光で薄暗い店内は、一見しただけでは本物の木材と見分けのつかない、フェイクウッドで作られた調度品が並べられている。店内には数組の客しか来ていないようで、何人かのウェイターが暇そうに立ち尽くしていた。

 そんな中のひと組。太朗を始めとする第1艦隊の面々は、打ち合せ後の余韻と共にデザートへと手を伸ばしていた。商談はうまく行き、商談相手はほくほく顔で帰路へとついていった。


「で、そのまま解放されたというわけか……あまり笑えん事態だな」


 電機屋での顛末を話して聞かせた太朗に対し、険しい顔のアランがそう答える。それに青い顔をしたマールが「そうよ、笑えないわ!!」と強い口調で同意し、口を尖らせる。


「あんた、いくら強力なギフトや艦隊があったって、生身じゃひとりの人間なのよ? そこんとこ、ちゃんとわかってる?」


 掴みかからんばかりの勢いで、マール。太朗は苦笑いと共に、頭を下げる。


「や、ほんとごめん。不注意が過ぎるよな……つっても、まさか暗殺されかかるなんて想定してねえって」


 でしょ、といわんばかりに肩をすくめる太朗。そんな太朗に「ふん!」と腕を組むマール。


「あんたは、あんたが思っている以上に影響力があるの。ちゃんと自覚しなきゃ駄目よ。じゃないと、また今回みたいな事になるわ」


「そ、そやね……でもまぁ、確かに腰抜かしたからなぁ。出来れば二度と御免だわ」


 全く気付く事無く、自分のすぐ後ろまで誰かが迫っていた時の、あの恐怖。太朗はそれを思い出すと、なんとなく気になって後ろを振り向く。


「まぁ……いるわけねぇわな。でもそうなると、どうするよ。護衛とかそういうの、出来れば遠慮したいんだけど」


 四六時中誰かに付きまとわれる自分を想像し、げんなりとした顔の太朗。それへ小梅が「恐らく大丈夫でしょう」と答える。


「ミスター・テイロー。"今の所"という前置きは付きますが、ライジングサンは明確に敵対した組織を持ちません。唯一の例外はホワイトディンゴとエンツィオ同盟となりますが、前者は既に味方です」


 小梅の説明に、頷きながらアランが続ける。


「そうだな。それに、エンツィオがお前を暗殺する理由も弱い。EAPを構成する何百もの企業の内、下から数えた方が早い俺達を狙うってのはどうもな。恐らく歯牙にもかけていないはずだ」


「うーん、アルファを守っているからとか、そういう線は無いのかしら?」


「理由としては結構だが、それだと今こいつを殺しても仕方が無いだろう。アルファが戦場になる頃には、次の代表が就任するのがオチだ。それに――」


 アランは声を潜めると、手元の端末をちらりと確認する。画面に映る表示が盗聴防止用ソフトのそれである事が、太朗にも確認出来た。


「――テイローの持つ能力が敵にとって脅威だろうと知っているのは、実際の所ごくひと握りの人間だけだ。外部には漏れていないと考えて良いだろう。あんな兵器がひとりの人間のギフトから成り立ってるなど、誰も信じるわけが無い」


 アランの言葉に、同意の唸り声を上げる一同。


「なぁテイロー。その男女は、何か身元に繋がるような話をしたりはしていなかったか?」


「身元っすか。いや、普通に連絡先もらったけど」


「……はぁ?」


 太朗へと、呆れた顔を向ける一同。太朗は「ほらこれ」とポケットを探ると、小さな名刺チップを取り出す。各員は身を寄せるようにして机へ乗り出すと、ひとりひとりチップを額に当てて行く。


「レイラ、か。アウトサイダーの少女の方だな。ウンガロンダ語を話す少女か。レイラ、レイラ……んー、どこかで聞いた覚えがあるぞ。それも、あまりよろしく無い意味でだ」


 不吉な言葉と共に、しかめ面で考え込んだ様子を見せるアラン。彼と同じように記憶を探っているのだろう、黙りこくる一同。

 しかし結局答えが出る事は無く、情報部門長。すなわちアランの宿題となった。誰もがもやもやとした気持ちで、釈然としないまま船へと引き返す事となった。


 とりあえずの結論として、既得権益を守るための組織。恐らく弱者救済を訴える団体による脅しだろうとし、それは暗殺者の言葉を考えるともっともらしい説明に思えた。EAPはカツシカに自由な気風を植えつけており、新しい指導者によってそれが変わってしまうのではと心配する者は多い。

 結局、太朗は極力単独での外出を控えるようにし、必要であれば警備隊の誰かを護衛として連れて行く事になった。それはいくらか息苦しさを覚える事になりそうだったが、仕方のない事でもあった。


「だからって、いくらなんでもやりすぎじゃね?」


 自室のベッドの上にて、ひとり呟く太朗。暗がりに視線を転ずると、わずかに光るふたつの目が太朗をじっと見つめていた。


「気にせず寝てていいよ。僕らは物音がすればすぐ起きれるし、1日に20時間くらい寝れるしね」


 太朗の足元で、丸くなったままのチャー。「プライベートが……」と呟く太朗に、「残念だったね」と返すチャー。


「マールのあの剣幕じゃあ、残念だけどしばらくは諦めた方がいいだろうね。監視カメラと特殊センサーよりはマシじゃないかな」


 チャーの言葉に、「確かに」とうなだれる太朗。覗き見のような事をするのはせいぜい小梅くらいのものだろうが、私生活が記録に残るというのは避けたい。


「そんなに言うんなら、マールが直接付き添ってくれりゃいいのに」


 冗談まじりに、太朗。そんな彼へ、「暗殺者を相手して、いったい彼女に何が出来るのさ」とチャーが目をつぶったまま答えた。




「接敵まで、およそ15分。敵は3グループによる編隊。数は14」


 プラムの管制室に響く、小梅の冷静な声。太朗は敵の規模が予想通りである事に安堵の息を吐くと、臨戦態勢を整える。


「プラムから各艦へ。異常は?」


「"バードワン、異常無し"」

「"バードツー、異常無しです"」


「およそ15分後に接敵予定。進路、速度そのまま。バードツーは広域警戒を続けて下さい。なんか気になるんで」


 カツシカの大型哨戒レーダーが捕えた、多数の所属不明船舶。駆逐隊として出動した太朗率いる第1艦隊だったが、ワインドと思われる敵船団の妙な動きに困惑していた。


「どっかに誘い込もうとしてるのかな?」


 レーダースクリーンを見ながら、厳しい表情で首を傾げる太朗。


「誘う動きかと問われると難しい所ですね、ミスター・テイロー。誘うのであればもう少し挑発的な動きをしても良いでしょう」


 太朗とは異なり、視線は上げたままの小梅。彼女はレーダー情報を直接参照する事が可能な為、スクリーンを見る必要は無い。


「うーん、かといって逃げるにしては速度が遅いやね。この距離でこっちに気付いていないって事はないっしょ?」


 太朗の疑問に、マールが「ありえないわ」と返す。


「もう何度か敵側からのスキャン電波を確認してるわ。確実に認識してるはずよ」


「だよなぁ。気象現象も無い?」


「ありませんよ、ミスター・テイロー。フィールドは安定していますし、ドライブ粒子も十分に存在します。御心配であれば反粒子を散布しますが」


 小梅の提案に、手を振って否定する太朗。太朗はしばらく敵の考えについてを思い悩むが、まともな解答が得られそうには思えなかった。機械の思考など、わかるはずがない。


「……プラムから各艦へ。縦列編隊。攻撃は遠距離からの精密射撃。距離は詰めない方向でいこう」


「"こちらバードワン、了解。なぁテイロー、無人偵察機を飛ばしてみたらどうだ"」


「うーん、そやね。ひとつばかし向わせてみようか。ゴンさん、よろしく」


「"こちらキャットワン、了解。そんじゃあんたの脳をちょいと借りるぜ"」


 通信機から聞こえる声に、嫌な例えをするもんだと肩を竦める太朗。


  ――"戦闘機制御中継関数 起動"――


 やがて太朗のBISHOP上に現れる、バイパス用の関数。BBマキナに開発を依頼した、キャッツのBISHOPと戦闘機とを繋ぐ為のものだ。


「いや、これさ。良く考えたら戦闘機一機を動かす分には、俺いらねんじゃね?」


 太朗のマルチタスキングを利用した新システムは、あくまでキャッツのメンバーが複数の戦闘機を運用するために作成したものである。単機を動かすだけなら全く必要が無い。


「"まあ、いいじゃねぇか。こっちもそっちも、いい練習になる"」


 かつてアランが詰めていたドローンベイから、ゴンの返答。太朗はそれに一理あるなと納得すると、中継関数を処理していく。


「偵察用ドローン射出。目標、敵船団付近」


 マールの声に、レーダー上へ新しい光点が生まれた事を確認する太朗。ホロスクリーン上を青い"偵察1"と表示された小さな点が高速で駆け抜け、ぐんぐんと敵船団へと迫っていく。


「"なんつーフィードバック情報量だ。お前さんの脳と、それに船のBISHOP処理機構もか。何がどうなってんだ?"」


 通信機からの、戸惑いの混じった声。そう言われてもな、と首を傾げる太朗。


  ――"緊急通信 バードツー"――


 その時、ふいに表示された赤い文字。太朗はびくりと体を浮かせると、すぐに回線を繋ぐ。


「"こちらバードツー。スキャンが別の船影を多数、捕えました。すぐに情報を送ります"」


 続いて送られてくる、周囲のスキャン結果。そこには確かに、前方にいる集団と同規模の船団が確認できた。


「これは……挟み撃ちを狙ってるのかね。ちょいと安直が過ぎるんじゃ――」


 第一艦隊の進路を変えれば簡単に回避が出来るはずだと、軽く罵ろうとした太朗。しかし新たに見つかった船団の進路が頭に入ると、その考えを一変させる。


「ぜ、全艦急速反転!! ドライブ準備!!」


 太朗の慌てた様子に、訝しげな表情を向ける二人。「どうしたのテイロー」という質問に、太朗は敵艦隊のホログラフ映像を指差す。


「どうしたもなにも、あいつらの向いてる方向だよ!! まんまカツシカ星系の方じゃねぇか!!」


 太朗の返答に、青ざめた顔をするマール。彼女が「それじゃあ、次に来るのは……」と呟くと、予想通りの報告が小梅からもたらされた。


「ミスター・テイロー。前方の艦隊より、強力なワープスクランブラーが投射され始めました。オーバードライブ強度は32%まで低下。粒子の濃いエリアへ移動するか、ジャミング元を断つ必要がありそうです」


 冷静な、小梅の声。太朗は勢い良く顔をレーダースクリーンへと向ける。


「まじぃぞ……こらまじぃぞ……」


 太朗の目に映ったのは、次々とワープドライブを繰り返す敵艦隊の姿。光の矢と化した敵の別働隊は、カツシカ方面へ向けてあっという間に消え去っていった。




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