第75話
カツシカステーション。宇宙空間に浮かぶ、巨大なモジュール型建造物。
四角い立方体のモジュールは、住居だったり店だったり工場だったりと、それこそ目的の数だけ存在する。それらが連結用の骨組み――中は移動レーンとなっている――で結ばれ、巨大なひとつの構造体と化している。
「……ん、これが全部俺らの物って言われても、まったく実感わかねえな」
プラムの艦橋で、モニタ越しにステーションを眺める太朗。
「モジュールの中身は各所有者のものだから、正確に言うと公共施設と骨格部分だけだけどね」
太朗の横で、同じ様にモニタを眺めるマール。傍にはキャッツの面々と戯れる小梅がおり、何が楽しいのか同じ遊びばかりを繰り返している。逃げる猫と、追う小梅。
「まぁ、な。そいやこの前アランとも相談したんだけど、本社機能をこっちに移そうって話があってさ。家賃かからねぇし、自由だし、何よりステーション税かからねぇし」
企業が払う様々な税の中で最も大きいものが、帝国に払う税と、ステーションへ収める税となる。ライジングサンはカツシカ星系の所有者となった為、そのオフィスは税を払う必要が無い。
正確には自社のステーション管理部へ税を納める形となる為、結局は自分たちの懐へ戻ってくるのだ。
「その方が効率は良さそうだけど、でもどうなの。ここって一応最前線扱いなのよね?」
いくらか不安そうな様子のマール。「一応そういう事になるな」と太朗。
「危険が無いとは言わねぇけど、長い目で見ると結構な差になるぜ。何より主要取引先がディンゴとリンの所だから、やり易さがダンチだぜ」
そう太朗が説明すると、「そんな事わかりきってるわ」といった様子のマール。
「星を手に入れるってのは誰もが夢見る事でしょうし、こっちに本社を持ってくるのに反対もしないわよ。でもやっぱりEAPに乗せられてる気がして……信用してないわけじゃないんだけど」
マールは肩を竦めると、もう一度ステーションの映像へと目を向ける。
どこにでもある、四角い箱が寄り集まった中型のステーション。太朗はマールと同じ様にモニタを眺めると、これから訪れるだろう様々な問題や騒動と共に、明るい未来を頭に思い描き始めた。
カツシカステーションの第3商業区。すなわちサービス業の集まるこの区画には、ひときわ広いモジュールに雑多な商店が所狭しと並べられていた。
もっとも、ここに見える商店のほとんどは広告と入り口が存在するだけであり、実際は入り口から移動レーンを使用して各モジュールの店舗へと向かう形となっている。
店舗そのものをモジュール内に置いている高級店や人気店も存在したが、それらは極僅かな勝者達だった。税や家賃は体積に応じて支払われる為、よほどの売り上げが無いと成り立たない。
場所によってはわずか両手を広げる程の面積しかない店舗もあり、そういった所はニューラルネットから直接通販を行うための、単なる宣伝の場と割り切っている店だった。
「住所9-3-2か……うーん、このあたりのはずなんだけど」
太朗がひとり、手元の小型端末に表示された打ち合わせ先の住所を見て呟く。打ち合わせにはマールとアランも同席する事になっていたが、外出先から直接向かった方が早いという事で現地合流する予定だった。
「公園つっても、全くそれらしいモンねぇぞ……別モジュールなのかな。でも明らかに雰囲気違うっぽいんだよなぁ」
太朗の脇にある、どう見てもいかがわしい雰囲気の店舗群。ピンクの波動を感じるそこは、まだいくらか銀河帝国に不慣れな太朗にさえ、とても公園がありそうな場所には思えなかった。
「こんなトコにいるのがマールにバレたらやべぇな……とりあえずちょっと歩くか」
店先で呼び込みをやってる男が太朗に気付いたらしく、何やら話しかけて来そうな気配を見せている。それに気付いた太朗はそそくさとその場を後にすると、とりあえずモジュールの奥の方へと歩き始める事にした。
「しっかし賑わってんなぁ。帝国中枢もこんな感じにすればいいのに」
モジュールを行きかう雑多な人々を眺め、自然と笑顔になる太郎。ここではデルタのような効率化された都会と違い、人々の生活を感じる事が出来た。何でもかんでも通販によって済ませてしまう都会の商いは、太朗には何だか味気ないものに感じられた。
「その分病気や何かの心配が多いとは言ってたけど、風邪くらいで騒ぐようなこっても無いだろうに……っと、ごめんなさい。大丈夫っすか」
きょろきょろと余所見をしながら歩いていた太朗。体に感じた衝撃で誰かにぶつかった事を知った彼は、相手が取り落としてしまったらしい何かを咄嗟に拾い上げる。
「あちゃぁ……壊れちまったかな。ごめんなさい、すぐに弁償しますんで」
地面に落ちた端末は画面の液晶がひび割れ、ハードウェアエラーという表示で固まってしまっている。太朗は本当に申し訳ないと、両手を合わせて頭を下げる。
「…………」
そんな太朗を、無言で見下ろす少女。歳の頃は15かそこらだろうか。技術的な問題で実年齢はわからないが、見た目から太朗はそう推測した。
「……えぇっと、電気屋でいいかな。修理できるか見てもらう形で?」
太朗の声に、無言のまま頷く少女。太朗は急いで端末で電気屋を検索すると、近くに見つけた有名量販店へと足を向ける事にした。
「はい、これでしたらすぐにでも直せますよ。30分程お時間を頂きますが、よろしいですか?」
電気屋の受付にて、年配の店員の答え。太朗はほっと胸を撫で下ろすと、先ほどから一言も発さない少女へ向けて視線を送る。太朗は彼女が怒っているのだろうかと心配していたが、様子を見るにそうでもないらしい。彼女はきょろきょろと興味深そうにあたりを見回していた。
「えぇと、本当にごめんね……あぁ、これ名刺。なんかあったらココに連絡して」
太朗はポケットより小さなチップを取り出すと、少女へ差し出す。名刺代わりのチップには顔写真――といっても実際には動画だが――から連絡先までが登録されており、差し出す相手によって3種類を太朗は用意していた。今回のは、プライベート用である。
「……あれ? えっと、こう。おでこにぺたっと当てると、BISHOPに情報が出るよ」
名刺チップを受け取った少女が何やらまごついているのを見て、恐らく使い方を知らないのだろうなと太朗。少女はそんな太朗の目を申し訳無さそうに見た後、無言のまま苦笑いを浮かべる。
「あー、お客さん。その娘は恐らく、アウトサイダーでしょう。携帯端末が非BISHOP仕様のそれですね」
背中越しにかかる、店員の声。太朗は何のこっちゃと疑問符を浮かべると、ステーションのニューラルネットへアクセスする。
「アウトサイダー、アウトサイダーっと……あぁ、なるほど。君、BISHOPが使えないのか……」
旧ネットからの改変により情報量こそ減ってしまったが、今でも十分な情報の信頼性を持つ銀河百科事典。それによると、何らかの事情でBISHOPが使えない者の事を、通称でアウトサイダーと呼ぶとされていた。
「んじゃあチップじゃダメだな。君の端末に直接連絡先を入れとくよ」
店員が修理中と思われる端末を指差し、笑顔を見せる太朗。少女はそんな太朗へこくりと頷くと、ゆっくりと口を開く。
「******」
「いやいや、こっちが悪いわけだしね……って、え?」
少女の声に自然と返答を返した太朗だったが、少女の口から漏れる言語が聞き覚えの無いそれである事に驚きの声を上げる。
「あちゃぁ……さすがに予想してなかったやね。えぇと、こっちの言葉はわかるのかな? 筆談とかいける?」
太朗の質問に、きょとんと首を傾げる少女。これは駄目そうだと判断した太朗は、再びニューラルネットへとアクセスする。
「ゥァオルガ、イッギネンとか言ってたよな……あぁ、あった。ウンガロンダ語? うわ、使用人数3桁て。マイナーってレベルじゃねぇぞ」
百科事典が返した答えに、思わず呟く太朗。少女は太朗へいくらか非難じみた目を送って来たが、ふとその視線が上にずれる。そして少女は、諦めたかのように溜息を付いた。
「おかげで、まともな翻訳機が無くてな……君は、その娘の友達かい?」
突然、背後より聞こえる声。その声の出所があまりに近く、太朗はびくりと体を震わせる。耳のすぐ後ろにあるだろう顔へ向けて振り返ろうとするが、腰に押し当てられた何かに気付き、それを断念する。
「動くな。質問に答えろ」
低い、少しくぐもった男の声。急激に心拍数を上げて行く心臓。
「そ、その。さっきそこでぶつかって、端末落として、それ、修理を」
腹に力が入らず、ふにゃりとした声で必死に答える太朗。端末の方へ指を伸ばそうとするが、腕は動かなかった。
「と、言ってる。どうなんだ?」
相変わらず至近距離から聞こえる声。太朗は目だけをゆっくりと少女へ向けると、少女は笑顔でゆっくりと頷いた。
そして解放される、腰に押し当てられていた何か。
「い、いえいえ……人から見れば、誘拐に見えなくもないっすかね……ハハ……」
力が抜け、その場にぺたりと座り込む太朗。そのすぐ横を灰色のローブ姿の男がぬっと通り過ぎ、少女の前へと立ち尽くす。店の明かりが逆光となり、その顔はぽっかりと暗く塗りつぶされている。
男は少女と幾つかのやりとりを行うと、膝を付き、太朗の顔を覗き込むように顔を上げる。
「妹が世話になったようだ。礼を言おう。原因が君にあったとしても、な。どうやら君は良い人のようだ。テイロー君」
鋭い眼光の、頬に傷の入った男。太朗と同じ、黒い中分けの髪がゆらりと揺れ、その顔を半分程覆い隠す。彼は「なんで名前……」と発した太朗に、手元のチップを掲げて見せる。
「これは君に返しておこう。内容は覚えたからね……ちなみに君に押し当てたのは、ただの指先だ。こういう事についても少しは勉強しておいた方が、きっと長生きできるぞ」
男はにやりと笑みを見せると、黒い指ぬきグローブをした手を差し出して来る。太朗は礼と共にその手を掴むと、ぐいと体を起こす。
「どうもすんません……って、まるで岩のようっすね」
決して軽い体重というわけでもない太朗を、微動だにする事無く支える男。見た目は太朗をひと回り大きくした程度の体躯であり、アランやスコールよりは小さいだろうか。しかし太朗の手に残る感触は、まるで岩の塊のような安定感だった。
「この星系は、障がい者に対する差別が少ないと聞いてね」
男は太朗の言葉を聞き流す事にしたらしく、ぼそりと呟きながら後ろを返る。しばし男は少女と目線を交わしあうと、ゆっくりと太朗の方へと向き直る。
「新しいステーションマスターも、同様の施政を続けてくれると助かる。そうすれば俺も、君を殺さなくて済むだろう」




