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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第5章 アウタースペース
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第71話

 カツシカステーションにおける新しく契約したオフィスにて、各種手続きチップの承認を行っている太朗。チップは結構な量が溜まっていたが、決して悲鳴を上げる程というわけでも無かった。


「さすがクラークさんだな。やっぱあの人に頼んで正解だわ」


 本社であるデルタから速達で送られて来るチップの中身は、どれも判り易くまとめられており、本当に太朗が必要とする箇所のみが未決裁という形になっていた。おかげで太朗はほとんどを流れ作業的に行い、高度な判断が必要な問題をゆっくりと考える事が出来た。


「まぁ、誰もが認める本部長様だからな。まだ若いし、将来も有望だ。あれで何のギフトも持って無いってんだから、世の中わからんもんだな」


 太朗の隣で、艦隊の再構成案を練っているアラン。彼はそう発すると、一時休憩だとばかりに大きく伸びをする。


「新しい編成はどう。出来た?」


 アランの手元を覗き込む太朗。アランは手にしていた端末を太朗の方へ向けると、「ぼちぼちだな」と続ける。


「ほとんど規模が倍になっちまうからな、船を振り分けるのは簡単だが、人はそうもいかん。前にも聞いたが、俺が第二艦隊を率いるわけにはいかんのだろう?」


「うーん。どうしてもって言うんなら止めないけど、出来ればこっちにいて欲しいかな。いざって時に頼れるし、ベラさんだと制御できる自信ねぇよ?」


「まぁ、彼女はな。だったら艦隊のトップとして動いてもらった方が何かとやり易いか……ふむ。しかしそれだと、ライジングサンの艦隊を他社が運営する事になるぞ。そいつは頂けない」


「あぁ、確かに。んじゃあ、あれだ。ユニオンへの貸与って形ならいんじゃね?」


「ふむ、それが妥当な線か……そうなると使用料として供出金を抑えられるかもしれん」


 アランは自らの端末を眺めると、なにやら操作をし始める。


「社長、そろそろお時間ですが」


 ドアの向こうより聞こえる声。太朗はその声に会談の約束をしていた事を思い出すと、アランを伴い急ぎ応接室へと向かう事にした。




「確か4人組の賞金稼ぎだったっけ? 戦闘機の操縦が得意な」


 応接室で相手の到着を待つ太朗が、ソファへ座ったまま訊ねる。アランは「そうだな」と答えると、手元の端末で資料を確認する。


「キャッツというグループで、リーダーはゴン。フリゲートを母艦とした戦闘機の運用を得意としてるらしいな。主要メンバーの生還率が10年で100%か。異常だな」


「超一流って事? って、ベラさんの紹介だからそうなんだろうけど」


「運の良さもあるだろうが、間違いなくそうだろうな。10年ハンターを続けるとなると、平均で54%は死亡するか引退するかしてるらしい……驚いたな、しかもこいつら爆撃隊だぞ。大物狩りだ」


 アランの言葉に、頭の中の知識を探る太朗。するとすぐに、オーバーライドされた民間軍事の知識が答えを運んで来てくれた。


「シールド反応距離の内側に突っ込んで、直接攻撃すんだっけか……命知らずだな」


 相手の船に接近すれば、当然着弾までの時間は短くなる。シールド発生装置が反応しきれないレベルにまで近づいてしまえば、攻撃はシールドに阻まれる事無く直撃する。シールドは常に張り続けていられるほど、長時間使用する事が出来ないからだ。

 しかしそうなると、当然相手の攻撃も防ぐ事は出来なくなる。ましてや出力の小さな小型船であり、艦砲が直撃すればシールドがあったとしても一撃で木っ端微塵だろう。


「お前の放つレールガンに、直接乗り込んで操作してるようなもんだな。体当たりをするわけじゃないが、原理は同じだ」


「なるほどなぁ。相手にHADがいたらやばそうだけど、ワインドは使ってこねぇだろうしな」


「今のところは、と言いたいな俺は。最近のあいつらは……っと、来たようだな」


 来客が到着した事を示す報告がBISHOP上に流れ、二人は居住まいを正す。それから5分も経ったろうか。部屋のブザーが鳴らされ、自動ドアが音も無く開いた。


「…………はぁ?」


 思わず、間抜けな声を漏らす太朗。

 そこにいたのは、4匹の小さな猫だった。




「どうも、失礼するぜ。俺がリーダーのゴンだ」


 太朗の向かいの席に、ぴょんと飛び乗った白猫。恰幅が良いと言えば聞こえが良いが、明らかに太りすぎに見えるその体がぷるりと揺れる。


「しゃ、喋った……いやいや、え? これ、猫だよね? え?」


 わけがわからず、おどおどとする太朗。そんな太朗にアランが「ネコとは何だ?」と訝しげな表情で答える。


「いや、何だって言われても。今目の前にいるこれ……もとい。この、方々?」


 自分で言っておきながら、疑問符と共に首を傾げる太朗。そんな太朗へ、白猫と同様に椅子へ飛び乗った他の猫が答える。


「俺はタイキだ。よろしくな。おたくは中央出身か? カト族なんぞ別に珍しくも無いだろう」


 毛足の長い、茶色の猫。太朗はどうやらエイリアンの一種なのだろうと判断し、引きつった顔をなんとか笑顔に変えて応じる。


「いや、はは……えぇ、その。ちょっと世間知らずな所がありまして。気分を害したのなら謝ります。あ、椅子低いですかね?」


 太朗は椅子の高さを調節しようとするが、そうするより先に彼らの椅子が自然とせり上がり、丁度テーブルの上へ顔がのぞくような形になる。太朗はそれにより、目の前の猫達がBISHOPを使えるのだという事実を目の当たりにする。


「お気遣い無く。自分の事は自分で出来るよ。僕はチャー、よろしく」


 キジトラの猫が、前足を額に当てる。太朗は自分もおずおずと手を上げると、恐らくチャーと名乗った猫がしているのと同様に、帝国流の挨拶として揃えた指を額に当てる。


「はい、よろしく……ええと、いい肉球っすね」


 いったい何を話すべきなのかと、適当に思いついた言葉を発する太朗。チャーはそれに満足したのか、ふふんと鼻を鳴らす。


「手入れを欠かさないからね。こっちの白いのはユキ。もう54年も生きてるんだ。凄いでしょ。カトでも珍しいんだ」


 54年という年齢に、目を見開く太朗。どうやら寿命に関しても地球の猫とは大きく違うようだと。


「もしかして、たまにステーションですれ違ってた猫達も……」


 ぼそりと、各所で目にした事のある猫達を思い浮かべる太朗。そういえば猫の話題を振った際に、マールの反応が妙だったなと思い出す。


「自己紹介はいいだろう。お互いデータで十分に把握してるはずだ。なあテイローさんよ、単刀直入に聞きたい。この妙な好待遇の裏にあるのは何だ?」


 猫達のリーダーであるゴンが、鋭い眼光を太朗へ向けてくる。太朗は机の上に乗せられた前足――恐ろしい事に鋭利な爪が見えている!!――にごくりと唾を飲み込むと、助けを求めるようにアランへ視線を向ける。


「正直に話してしまっていいんじゃないか。どうせすぐバレる」


 アランからのそっけない一言。太朗はいくらか逡巡した後、ライジングサンの現状を彼らに語る事にした。

 彼らは太朗の話を黙って聞いていたが、エンツィオ同盟と明確に敵対する旨の話をすると、さすがに思う所があったのだろう。顔を歪めて考え込んだ様子を見せる。


「なるほど。上4つのアライアンスとやり合う予定なのか……だとすると、納得だな。お前さんらは不利だ」


 キャッツのリーダーであるゴンが、太朗に向かって眉を上げる。数本の長い眉毛がふわりと揺れ、太朗の視線を誘う。


「まあ、ね。でもEAPと違って生きるか死ぬかって立場じゃないし、アルファは最悪ステーションごと避難って手もある。社員揃って玉砕、なんて事にはならないと思うよ」


 出来るだけ正直に、そう伝える。ゴンは「ふむ」と鼻を鳴らし、いくらか悩んだ様子で首を傾げる。やがて彼は椅子に座る仲間達へちらりと視線を向けると、各々の頷きを確認してから再び口を開く。


「で、具体的に俺達に何をさせるつもりだ。人間相手に戦った事がねぇとは言わねぇが、あまり期待はできねぇぞ。小型戦闘機はHADに弱いからな」


「うんうん、そこら辺は大丈夫。基本的には前と同じようにワインドと戦ってもらう事になるから。アライアンス相手は基本的にEAPとディンゴの仕事かな」


「ふむ……お前さんの所は例の"やっかいな"ワインドを受け持とうって事か?」


 ゴンの指摘に、ぴくりと頬を動かす太朗。太朗が「良くご存じで」で苦笑いをすると、ゴンがにやりと牙を覗かせる。


「自慢じゃないが、俺達はプロだぜ。情報を集める事だって重要な仕事の内だ。まだ一般には知られてねぇが、集団行動をするワインドがいるってんで業界じゃ噂になってる」


 太朗はそうであれば話が早いと、大型モニタへ星系マップを表示させる。表示された地図はアルファからEAPにかけての物で、太朗達が開拓した交易ルートがひときわ明るい線で描かれている。


「EAPに比べれば、俺達は吹けば飛ぶようなちっちゃい会社だからね。矢面に立って戦ったってたかが知れてるっしょ? だから基本的にはこの交易ルートの安定と、例の得体の知れないワインドの相手と調査をするのが主な仕事やね」


 太朗は地図を拡大させると、EAP側の交易ルート終着点。すなわちカツシカ星系を大きく映し出す。カツシカ星系周辺にいくつもの光点が現れ、それぞれの光点に日時を示す注釈が付けられている。


「カツシカからEAPの深部に向けて、例のワインドの出現が集中してる。EAPは付近に何かあるんじゃないかと思ってるみたいだけど、範囲が広すぎるからそれも微妙やね」


「他のアライアンスやステーションから同様の報告があったりはしないのか?」


「んー、どうだろ。帝国に問い合わせてみたけど、知らぬ存ぜぬだったな。知らねぇわけがねぇのに。EAPと交流のある業者からは、他所の星系でもそういう話があるって噂だけど」


 太朗の説明に「なるほどな」と頷いてみせるゴン。


「事情はなんとなくだが、わかった。いいだろう。サインをしよう。これからよろしく頼むぜ、社長」


 差し出される手。太朗はおずおずとそれに向けて手を伸ばすと、握手と共にぷにっとした肉球の感触を楽しんだ。



 ゴン達が退出した後の応接室。太朗は手に残る柔らかい感触を思い出しながら、「思ったより硬かった」とアランに発する。


「確かネコと言ったか? 地球にもカトがいるんだな」


 さして興味も無さそうにアラン。太朗は「ん~、どうだろ」と考え込む。


「姿かたちは全く一緒だけど、中身は大違いだな。賢い動物だけど、さすがに人間並みの知能があったわけじゃないし。いわゆるペットってやつだな」


「ふむ、なるほどな。ちなみにその発言は他所では言うなよ。カトの怒りを買うぞ」


「あー、誇り高そうだもんな。了解……ところで爆撃機について考えてたんだけど、あれって自動化できねぇの?」


 太朗の言葉に、不思議そうな顔を見せるアラン。


「出来ないことは無いだろうが、何の意味があるんだ?」


「や、意味っていうか、AIの方が反応早いだろうし、無理な機動も出来るだろうし。あらゆる面で有利じゃね?」


「……後半はその通りだが、反応に関しては逆だぞ。BISHOPより早い反応など不可能だ。理論的にな」


 アランのきっぱりとした物言いに、はてなと首を傾げる太朗。


「いやいや、なんかで聞いた事があるぜ。人間って情報を受け取って行動に移すのに、約0.1秒くらいかかるんだろ? ビームやレーザーの戦場で0.1秒って長くね?」


「ん、長いな。では逆に聞くが――」


 もったいぶった様子のアラン。彼は太朗の目を見て続ける。


「お前はどうやってビームを回避してるんだ。船体しかり、弾頭しかり。お前の主張によると、それは不可能じゃないか?」


 はっと、固まる太朗。


「……あれ? 確かに言われてみればそうだな。どうなってんだ?」


 自らの行動を思い出し、頭一杯に疑問符を浮かべる太郎。

 彼は確かに敵のビームやレーザーの動きを確認し、そして回避行動をとっていた。敵の砲塔の向きやタイミングから先読みした行動をとる事も当然あったが、ビームが届くまでのわずかな時間はそれに十分だとは思えない。


「どうなってるも何も……俺はお前がBISHOPについてそこまで無知だという事実に驚いたぞ」


 呆れた様子のアラン。太朗はそんな彼に「仕方ねえじゃんよ」と口を尖らせる。


「何千年だかなんだかしらねえけどよ、宇宙船の中で寝てたんだぜ?」


「まあな。銀河帝国では誰もが幼少期に習う事だ。知っていて当然として、誰もあえて説明する事もなかったのかもな……ふむ。面倒だから細かい点は省くが、BISHOPはお前に未来を見せてくれる」


 アランの発言に、ぽかんとした顔をする太朗。


「えっと、いやいや。俺はファンタジー世界に来たつもりはねぇぞ。何それ。ありえなくね?」


「うーん、俺達にとっては当たり前の事実なんだがな……そうだな。ドライブ粒子については知ってるんだよな?」


「おうよ、ワープに使うあれだろ。小梅が色々言ってたけど、細かいトコまでは覚えてねぇっす」


「そうか……体験的にも知ってる事だろうが、ドライブ粒子は光速を大きく超えて移動する。それはいいな? そして古典的な物理学でも語られている事だが、光速を超える速度で移動する粒子は、時間軸の向きが逆になるんだ。ドライブ粒子も例外じゃない。そして大事なのは、BISHOPがドライブ粒子を利用した通信手段のひとつであるという事だ」


 ふむふむと、とりあえず頷く太朗。正直な所良くわからなかったが、出来るだけ素直に事実として受け止めようとする。アランが嘘を言うとも思えない。


「ドライブ粒子。つまり可能性粒子は、近い未来で起こった情報をこちらへ届けてくれる。我々がそれに基づいて行動する事で未来が変わってしまう……未来からすれば過去が変わるわけだが、それでパラドクスが生じた事は無いな。学者達は多次元世界理論パラレルワールドが正しい宇宙の姿であると言ってる。実際がどうだかは知らんがな」


「はぁ……良くはわからねぇけど、BISHOPを使えば未来が見えると。んで、その見えた未来を元に、俺達は先読みして行動してんのか」


「そういう事だ。情報の量や時間に限度はあるがな。だからビームを避けられるし、シールドをタイミング良く発生させる事も出来る。もちろん限られた時間に行動するわけだから、個人の反射神経や何かも重要になるな。カトはその辺凄いぞ」


「あぁ~……猫だもんなぁ……しかしそんな魔法みてぇな装置だったんやね、BISHOP。これ作った奴凄くね? 超大金持ちじゃね?」


 太朗の声に「そうだな」と笑顔を見せるアラン。しかし急に真面目な顔になり、「だがな」と太郎へ顔を寄せる。


「BISHOP。というよりドライブ検知素子という部品だが、こいつを作ったのが誰だか実は良くわかっていないんだ。人々は便利だからという理由で使っているに過ぎない。全人類がそんなあやふやな物を使っていると考えると、こいつは中々に恐ろしい事だとは思わないか?」


 何か怪談でも話すかのような様子のアラン。太朗はそれに空恐ろしさを感じ、ごくりと息を飲む。


「いや、でもさ。装置自体は量産できてるわけじゃん? という事は、仕組みについては良くわかってるんでしょ?」


 太朗の疑問に、首を振るアラン。


「全てのドライブ素子は、オリジナルを特殊な製法でコピーしてるだけだ。我々はそれについて全く理解を進められていないし、素子自体を一から作り出す事など不可能だ。そのオリジナルが、いつ、どこで、誰によって作られたのか。そいつは銀河帝国史最大の謎と言っても良いだろうな……さぁ、そろそろ次の客が来るぞ。用意をしようじゃないか」


 アランが喋っている途中で、来客が来た事を告げるブザーが鳴る。太朗ははっと意識を戻すと、何か釈然としない気持ちのまま準備を進める事にする。太朗には、その気持ちがBISHOPに対してのものか、それともアランに対してのものか。それが良くわからなかった。


「その"我々"ってのは、銀河帝国人としてって事だよな?」


 太朗はアランに聞こえない程度の声で、ぼそりと呟いた。




人っぽかったり、二本足で立ったり、いっさいしません。猫です。

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