第67話
「結局、どっちが勝ったんだろうな」
アルファステーションのオフィス近く。社員寮として使用している一室で、ソファにひっくり返った太朗がぼそりと呟く。
「何をもって勝ちとするか、によるんじゃないかしら」
太朗の隣で、天井を仰ぐマール。そこへ向かいのアランが「そうだな」と続ける。
「こっちはアルファを守りきったが、向こうは向こうで収穫があったはずだ。後方の安全と、経済の増大。まぁ、良くて引き分けって所だろうな」
「そっかぁ……後はEAPに自力で頑張ってもらうしかねぇな。良い落としどころで終戦になるといいんだけど」
「そうね。でも、わからないわ。ディンゴは何を考えてるのかしら。このままだとEAPの勝ちが濃厚なのよね?」
マールの疑問に、確かにそうだと頷くふたり。
「そのはずなんだが……俺の読み違えという可能性もあるかもな」
アランはそう言うと、本当にわからないといった様子で肩を竦める。太朗はそんなアランに「そうかなぁ」と続ける。
「社員の大勢も同じような意見だったし、何か別んとこに理由があるんじゃねぇかな。戦争ったって、これって要は富の奪い合いだろ? もっと儲かる何かを見付けたとかはねぇのかな?」
太朗の声に、なるほどと頷くマール。
「有り得るわね……あのディンゴが黙って負けを認めるとも思えないし、もうひと波乱あっても良さそうだわ」
マールの言葉に頷く二人。しばらく無言の時が流れた後、「それにしても」と再び口を開くマール。
「なんでも出来て失敗した事が無いのが売り、なんて大きな口叩いてたけど。本当になんでもやれるのね。正直、最悪の想定をしてたけど、良く停戦まで持ってけたわね。今回ばっかりは本気で見直したわ」
アランの方へ向けて、マール。アランは「そうかい?」と平静に答える。
「そいつはどうも。だが、残念ながらあれらの作戦立案者は俺じゃあない。ほとんどがテイローの発案だぞ」
アランの声に、驚きの表情を見せるマール。「冗談でしょ?」という彼女の台詞に、そこまで驚きますかねと口を尖らせる太朗。
「まぁ、確実な作戦だったかっつーと、微妙だけど。いきあたりばったりで上手く行ったって部分も多いしな。ディンゴは粗暴な奴だけど、損得勘定には敏感そうだったから」
太朗の説明に、それでも納得が行かない様子のマール。太朗はこりゃ駄目だとばかりに目を閉じて肩を竦めるが、そこへ突然訪れる、頬への柔らかい感触。
「凄いじゃない。もう、アイスマンなんて馬鹿には出来ないわね」
ぽかんとした表情の太朗に、嬉しそうなマールの笑顔。やがて何をされたのかに気付くと、嬉しくも恥ずかしい気持ちに顔を赤らめる太朗。
「黙ってれば俺がもらってるはずだったのか……くそっ」
明らかに冗談とはわかるが、悔しげな様子を見せるアラン。太朗は高揚した気分のままアランにからかいの言葉を発しようとするが、そこへ小梅からの外線呼び出しが入る。
「ミスター・テイロー、式の準備が整いました。4番ドッグまでお越しください」
冷凍睡眠装置のカプセルにも似た、人ひとりがやっと入れる大きさの装置。それが、がらんとしたドックに27。一寸の狂いも無く、整列して置かれている。
「家族と、会社と、ステーションを守った英雄達に」
アランの低い声が拡声器によって流され、集まった人々がその場で敬礼をする。泣きはらした顔をした老若男女がそこにはおり、太朗の見覚えの無い顔も多かった。
「社員の家族達よ。みんな無償で来てもらったわ」
太朗の横で、同じように人々を見守るマール。太朗はマールに「そっか」と返すと、その後は黙り込む事にした。一言でも発してしまえば、抑えきれない何かが溢れ出しそうだった。
「母なる恒星アルファへ向けて、射出」
カプセルが降下し、地面の下へと消えていく。やがて音も無く射出されたそれが、ドックの向こうへ流れゆく姿がガラス面越しに確認出来た。
「地球人みたいにお墓は作らないけど、恒星は消える事なくそこに在り続けるわ」
じっと黙ったままの太朗へ、マールが優しく語りかけてくる。太朗はそれに無言で頷くと、手を合わせ、頭を下げ、英雄達にお礼と謝罪とを心の中で繰り返した。それを見た社員達が不思議そうな顔で太朗を見ていたが、太朗は気にしない事にした。
気持ちがあれば、どんな形でも構わないはずだと。
ホワイトディンゴとTRBユニオンにおけるたった数日間の戦争が終結し、10日後。人々がようやく未来へ向けて再び歩み始めた頃、太朗の元へ喜ばしくも奇怪な通信が届けられる。
「嘘だろ? おいおい、どうなってんのこれ」
小梅から語られた通信内容に、開いた口の塞がらない太朗。彼が自室でそうしていると、マールやアランが彼の部屋へとなだれ込んでくる。
「テイロー、聞いた? どういう事?」
かなりの距離を急いだのだろう、肩で息をするようにマール。
「どういう事も何も、俺にわかるわけがねぇっす……アラン、これ、どうなん?」
「どう、と言われてもな。少なくともこちらへ矛先を集中させるという事は無いはずだ。そんな事をしたら冗談抜きで帝国軍がやってくるからな」
アランの言葉に、確かにその通りだと頷く太朗。
ディンゴとの間に結ばれた終戦条約には、半年の相互不可侵条約が"帝国承認の元"に行われている。決して少なく無い額のクレジットを帝国に支払う事にはなったが、これ以上にない強固な条約となっている。
帝国はこういった形での保障を有料で行っており、今までほとんど破られた事が無い為に、彼らの良い収入源となっていた。彼らがその利権を固持する為には、違反者に対するあらゆる手段の制裁を行う事だろう。
「EAPとホワイトディンゴが和平、か……くそっ、この戦争は一体なんだったんだ? 何の為に――」
「彼らは死んだんだ?」と、続けようとした太朗。それをアランが「落ち着け」と遮る。
「気持ちはわかるが、その考えはよせ。無駄な死など無いし、彼らは良くやってくれたはずだ。違うか?」
太朗の肩を掴むアラン。太朗は強い視線を向けてくる彼に、言葉も無くうつむく。
「ミスター・テイロー、来客です。取り次いでもよろしいでしょうか」
しんとした室内に響く、小梅の声。太朗は「また今度にしてもらってくれ」と小梅に返すが、彼女は「いいえ」とそれを拒否する。珍しいきっぱりとした否定に、驚きの顔を見せる3人。
「絶対にお会いになるべきですよ、ミスター・テイロー。相手は、ミスター・ディンゴです」
アルファステーションの応接室にて、ディンゴと生で向かい合う太朗。その巨体から発せられる威圧感は恐ろしい程だったが、彼はひとりであり、まわりには太朗の仲間達がいた。
「どの面下げて来たんだよお前、普通じゃねぇぞ。うちの社員が何人死んだと思ってんだ」
いくらか引きつった顔の太朗。ディンゴはそれに「そうだな」と無表情に答える。
「別に懺悔に来たわけじゃあねぇ。うちのも相当数死んでんだ。おあいこといこうじゃねぇか。それに今後の成り行き次第じゃあ、死んだ人数以上を助ける事になるかもしれねえぞ……まぁ、そもそも悪い事をしたとも思ってねぇけどな」
ディンゴのすました様子に、つい激昂しそうになる太郎。それをアランが「気にするな」と宥めにくる。
「はは、おめぇもガキの相手に苦労してそうだな……その甘っちょろい坊主は、政治や社会ってものをわかっちゃいねぇ。10を生かす為に9を殺す決断がおめぇに出来んのか?」
ディンゴの言葉に、一瞬たじろぐ太朗。ディンゴはただ挑発をしているだけなのかもしれないが、太朗はかつてアランに言われた言葉を思い出していた。最大多数を助ける為に、小数を犠牲にする。
「わざわざ説教をしに来たってんなら、帰ってくれないかね。あんたはまだテイローには刺激が強いよ」
ソファでくつろぎ、見下したようにディンゴへ目を向けているベラ。ディンゴは視線をベラへ移すと、口を開く。
「おめぇがガンズのベラだな。長いこと隣にいるが、実際に会うのは初めてだな」
「そうだねぇ。出来れば、今後もお互い無関係でいたい所だね」
「はっはっはっ、ちげぇねぇ!!」
ベラの悪態に、笑い声を上げるディンゴ。大きな声が腹に響き、考えに集中していた太朗は思わずはっと目を向ける。
「だが、事と次第によっちゃあそうはいかねぇな。今日ここへ来た理由はそれだ」
コツコツとテーブルを叩き、注意を集めるディンゴ。彼は全員の視線を確認すると、ひと呼吸してから口を開く。
「EAPの様子がおかしい。和平を持ち出したのも、こっちにあからさまに有利な条件での和平案を作成したのも、向こうだ。こっちはそれを丸呑みしただけだな……こういっちゃなんだが、不可解が過ぎる」
部屋に訪れる沈黙。いったいどういう事だと、顔を見合わせるTBRユニオンの面々。そんな彼らの様子を見て「聞いてねえんだな?」とディンゴ。
「えぇと、まぁ、そうだな。ぶっちゃけ今知ったよ……続きは教えてくれんのか?」
今ひとつ状況がつかめず、正直に話す太朗。ディンゴは伺うように太朗の目を見ると、ソファへゆったりともたれかかる。
「少しは隠す努力くらいしたらどうだ。正直なのは悪くねぇが、経営者としてはよろしくねぇぞ……まぁいい。そうだな、俺も知ってる事はそう多くねぇ。ほとんどが推測になっちまうだろうな。お前、この辺りの有力アライアンスについてどこまで知ってる」
まるで試しているかのようなディンゴの視線。太朗はそれを真っ直ぐに受け止めると、質問に答える。
「大体は、ってとこだな。でけぇところはEAPとお前んとこと、後はふたつみっつあった気がするけど」
「えらい適当だなおい……お前そんなんで良くやってこれたな」
「や、ぶっちゃけアウタースペースに長居する気はなかったから。正直今でもさっさとおさらばしたいと思ってるよ」
「へっ、そうしてくれるんならこっちは大助かりだがな……EAPの奥に四つ、大きなアライアンスがある。長い事そいつら同士で戦争状態だったが、しばらく前に休戦をした。俺はその辺が絡んでるんじゃねぇかと思ってる」
ディンゴの言葉に、「なるほど」とアラン。
「そいつらが矛先をEAPに向けたんじゃないかって事か。可能性としては有り得るかもしれんが、実際問題としてどうなんだ。有り得るのか?」
ディンゴにでは無く、ベラへ向かってアラン。ベラは少し考えた様子を見せた後、「無理だね」と答える。
「わたしも噂では休戦の話を聞いた事があるけど、随分と最近の話じゃないか。疲弊した状態のままでまた戦争かい? 殉死した社員の家族になぶり殺しにされるのがオチじゃないかね」
ベラの答えに「俺もそう思う」とアラン。太朗はその辺りの事情はわからなかったが、生粋のアウタースペーサーであるベラが言うのであればそうだろうと思った。
「まあ、普通に考えりゃあそうなる。だがよ、ここは普通じゃねぇような事ばかりが起こる場所だ。違うか?」
ディンゴの声に、一理あると感じたのだろう。曖昧な頷きを見せる面々。そんな皆を見渡すと、再び机をコツコツと叩くディンゴ。彼は「最悪なのは」と低い声で発する。
「EAPの向こうにあるその四つのアライアンスが、休戦どころじゃあなく手を結んだ場合だ。この辺りに一大勢力が出来る事になる。そうなった場合、どこが連中にとって最も大事な場所になるか。わかるな?」
静けさの中、息を呑む一同。遅ればせながら太朗もディンゴの指し示す意味に気付き、「そんな」と発する。帝国は、アウタースペースに大きな勢力が出来るのを望まない。
「アルファ星系か? 帝国の介入を避ける為に?」
太朗の声に「そうだ」とディンゴ。そして彼は「それだけじゃねぇ」と続ける。
「EAPの奥にあるカリフォルニアやイリノイ星系もだ。そこらを抑えちまえば、帝国の介入はまずありえねぇ。完全に遮断できるからな。簡単に言えば、俺がやろうとしてた事をもっとでかい規模でやるだろうって話だな」
ディンゴは話の内容が染み渡るのを待つかのように、間を空ける。そして全員の視線が集まったところで、彼はゆっくりと口を開く。
「こいつはただの想像にすぎねぇ。だが、前もって手を打っとく必要はあるだろうよ。全く予想がはずれたのなら、笑い話にでもすりゃいい……なぁ、TRBユニオンよ。俺達はそいつらに対抗する為に、ちょっとした準備が必要だとは思わねぇか?」
ディンゴの含んだ様子の言葉に、「おいおい」と苦笑いを浮かべる太朗。彼は「冗談はやめてくれよ」と続けるが、それにディンゴが首を振る事で答える。
「いざという時の為の、防衛協定。今日はそいつの提案に来た。なぁに、お互い馴れ合おうって言ってるわけじゃねぇ。お前らにとっても、十分益のある話のはずだ」
カオス。でもそれがアウタースペース
現状で一区切りという事で、いくばくか更新をお休みさせて頂きます。
また近いうちに再開いたしますので、その際はよろしくお願い致しますm(_ _)m




