第66話
「よう、また会ったなクソガキ。命乞いの文句は考えてきたか?」
大型モニタへ映し出される、宇宙服姿のディンゴ。グリーンのタイトなスーツに身を包んだ彼を見て、太朗は驚きの声を上げる。
「背中……お前、ウィングってやつなのか?」
スーツに存在する、肩甲骨が肥大化したかのような膨らみ。ディンゴは太朗の視線を気にする風でもなく受け止めると、「だからどうした」と続ける。
「"お前には関係のねぇ話だろう。それよりこの落とし前をどうつけてくれるってんだ。聞かせてもらおうじゃねぇか、社長さんよ"」
凄みの聞いたディンゴの声。腹に響くようなその低い声に気圧されそうになる太郎だったが、小梅やマール。そしてアランやベラの事を考えると、自然と力が沸いて来る。
「ふん、落とし前をつけるのはどっちだってんだ。戦争吹っかけてきたのはそっちじゃねぇかよ」
太朗の声に、小さく笑い声を上げるディンゴ。
「"帝国法に乗っ取った、正式な宣戦布告だぜ。文句を言われる筋合いはねぇな。なんなら皇帝陛下に直接意見でもしてきたらどうだ。おめぇにならそれが出来るだろう?"」
「はぁ……予想通りだな。それについては後で詳しく説明してやるよ。それよりそっちの条件は何だよ。別に俺達を皆殺しにしたいわけじゃねぇんだろ?」
「"皆殺しか。それも悪くはねぇな。だが、必要以上に帝国を刺激したくはねぇ。条件はアルファ星系の明け渡しだ。おめぇらは見逃してやる"」
不機嫌そうなディンゴの声。太朗がそれへ言い返そうとした時、「"冗談じゃないね"」とベラの声が入る。
「"誰もあんたの統治なんて望んじゃいないし、あんたもそのつもりは無いだろう。スターゲイトを破壊した後にどうなるかは、想像して楽しいもんじゃないだろうって事くらいはわかるさね"」
視線を横に向けるディンゴ。
「"ガンズのベラか……なぁおめぇ、こっちに来る気はねぇか。アルファの統治は引き続きお前さんらに任せるし、ホワイトディンゴでの地位も約束してやる。というより、お前さん相手にデカい顔する馬鹿もいねぇだろうな……どうだ、悪くねぇ話のはずだぞ"」
ディンゴの提案に「はっ」と吐き捨てるように続けるベラ。
「"確かに悪く無い話だね。だけど、お断りさ。あんたはつまらないからね"」
「"つまらない? わからねぇな。そっちのガキはそうじゃないってか?"」
不快そうな顔のディンゴに、にやりと笑うベラ。
「"あぁ、そうさ。坊やといると飽きないからね。ナンパなら他をあたっておくれ。答えはノーだ"」
びしりと言い放つベラ。太朗は少し照れくささに顔を背けると、小さく「ありがと」と呟く。
「まぁ、聞いての通りそれは飲めない。こっちの条件は無期停戦と、軍の撤退。それだけだ」
「"おいおい、状況がわかってねぇのかてめぇ。主導権を握ってるのはこっちだ。おめぇらじゃねぇ!!"」
机と思われる何かを殴り、声を張り上げるディンゴ。思わずしどろもどろになりそうな太郎だったが、アランの「"まぁ待て"」という言葉に救われる。大型ディスプレイの映像は非常にリアルで迫力のあるものだが、それも考え物だなと息を吐く太朗。
「"俺達が追い詰められているのは事実だ。認めよう。だが、抵抗を続けられない程じゃあないぞ"」
「"強がりはよせよカウボーイ……確かアランだったか? 今時珍しい名前だな。本名じゃねぇだろ"」
「"俺の名前については、今はどうでもいい。そして強がりでは無いぞ、ディンゴ。今こうしてる間にも援軍が向かってきてるし、俺達にはあいつがいる"」
ディスプレイ上の視線が動き、アランの瞳が太朗を見つめる。太朗は「おうよ」と胸を張ると、にかっと笑って見せる。
「魚雷……つってもわかんねぇか。さっきの大型弾頭兵器もレールガンも、まだまだ腐る程あるぞ。そんでもってディンゴ。俺は死ぬ前に必ずお前を道連れにしてやるからな」
太朗の声に、笑い声を上げるディンゴ。
「"お前、俺を舐めてんじゃねぇだろうな。通信は別の船舶を経由してるから、お前が俺の乗る船を特定するのは無理だ。それにあんなでけぇ弾頭をそういくつも積めるわけがねぇだろ。せいぜいあと2発かそこらがいい所だ。違うか?"」
ディンゴの指摘に「うっ」と言葉に詰まる太朗。弾頭に関しては、まさにその通りだった。
「あんな状況で良く見てやがるな……あぁ、そうさ。大型弾頭については確かに後ふたつだ。だけど……アラン、どう?」
親指を上げ、笑顔を見せるアラン。
「"特定したぞ。E00として登録しておいた……ディンゴ、識別信号を直接送るぞ。受け取れ"」
そう言って手元の装置を操作すると、ディンゴの方へと向くアラン。ディンゴは不可解そうな表情でそれを見ていたが、部下から何か報告を受けたのだろう。ちらりと視線を動かし、顔色を変える。
「"てめぇ、ハッキングしやがったな……おい、こいつは明らかな帝国法違反だぞ"」
「"痕跡を見つけられればお縄にでもなんでもついてやるよ。せいぜい努力するといいさ。それよりお前さん、テイローの弾頭兵器を回避する自信があるか?"」
アランの指摘に、眉間へシワを寄せるディンゴ。太朗がそこへ「ちなみに」と続ける。
「シールドが切れるまでぶっ放し続けたとして、約40発のレールガンと2つの魚雷をお前の元に届けられるぜ。脱出機で逃げたって構わねぇよ。タレットを狙い撃つのとそんなに変わんねぇし、魚雷の熱線はちょっとやそっと離れてても関係ねぇしな」
にやりと、人の悪い笑みの太朗。ディンゴは悔しそうに顔をゆがめると、ゆっくりと息を吐き出す。
「"今度も、やっぱりおめぇだ。おめぇが全部を狂わせやがる……くそっ、いいだろう。譲歩案の交渉だ"」
ディンゴはいくらか考え込む様子を見せると、「そうだな」と視線を寄越す。
「"戦争終結までの、スターゲイトビーコンの凍結。その後は好きにするといい。こいつだけはゆずれねえ"」
「いやいや、無理に決まってるだろ。その間にお前がすき放題できんじゃん」
「"坊主、交渉ってのはお互いを信用する所から始めるもんだぜ。いいか、お前は確かに俺を殺せるかもしれねぇ。だがこっちも組織だ。俺を殺しても誰かがお前を殺しに行くぞ。それだけは覚えとけ"」
「堂々と脅してくるようなやつ相手じゃあ、信用もクソもねぇだろ。言ってる事が矛盾してんぞ」
「"黙れクソガキ!! いいか、こっちはな――!!"」
「あぁ? しらねえよ!! ガキだからってなめんなよ!! 俺はな――!!」
そこから続く、壮絶な言い争い。既に交渉も何も無く、ただお互いが無造作に威嚇をし合う。
やがてヒートアップしたふたりが落ち着き始めた頃、アランが冷静な声で「"ちょっといいか"」と手を上げる。
「"なあ、ディンゴ。このままじゃあ、お互い不幸になるのはわかりきってる。ご覧の通り、うちの社長はまだ子供でな。かんしゃくを起こされたら、正直俺も止める自信が無い"」
方眉を上げてみせるアランに、無言で視線を送るディンゴ。太朗はアランの指摘にむっすりとした表情を作るが、心中は全く気にしていなかった。これは事前にアランと示し合わせていた流れであり、想定通りだったからだ。
「"そしてディンゴ、お前さんはひとつだけ勘違いをしてる。帝国はお前をどうこうするつもりはないぞ。直接は、な。こいつを聞いてみろ"」
"直接は"を強調するアラン。彼が何か手元を操作すると、やがてディスプレイにディーンの姿が映し出される。
"やあ、アラン。どうした。君からの連絡とは珍しいね"
"君らの戦いに関わる気は無いよ。君にも、ディンゴにも肩入れはしない"
レコーダーが再生する、ディーンとアランのやり取り。ディンゴはその様子を食らい付くように見つめ、その口元に笑みを作る。
「"なるほど。予想通りおめぇらは帝国関係か……レコーダーは本物みてぇだな。こいつを聞かせたって事は、そういう事だな? それを交渉のテーブルに乗せると?"」
伺うように、ディンゴ。そんなディンゴに頷くアラン。太朗はそれを見て、自分の番が回ってきたと判断する。
「"俺達は兵器廠の実験部隊なんだよ。こっちはワインドが多いし、新兵器の運用実験に向かうトコだったんだ。一部を民間に配備して、実験データをもらおうと思っててね"」
太朗の声に、目を見開くディンゴ。
「"民間に……だと? おめぇ、そいつをEAPに売りやがったのか?"」
ディンゴのつくった驚愕の表情に、内心で「かかった!!」と叫ぶ太朗。
「いやいや、今回のはただの事前調査だったからさ。自前のしか用意してねぇんだよ。これから売りに行くかどうかは、いわゆる交渉次第って奴じゃね?」
にやついた笑みで、首をかしげて見せる太郎。太朗はディンゴがてっきり怒り狂うものかと予想していたが、彼はそうしなかった。ディンゴは無表情のまま一点を見つめると、考え込むようにしてトントンと机を叩き出した。
「"お前らの要求は、軍の撤退と無期停戦だったな……いいだろう。ただしこっちが出せるのは、アルファ星系への不可侵だけだ。監視の為の部隊は一部を駐留させてもらう。口約束だけじゃあなんとでもなるからな。これは絶対に、譲れない"」
挑発するでも無く、何か覚悟を決めたように淡々と続けるディンゴ。太朗はそれを見て、これ以上の譲歩は難しそうだと判断する。
「"お前らに対する要求は、お前らと帝国軍によるホワイトディンゴに対する不可侵。それとEAPに対する新兵器、及び直接戦力の提供禁止だ。駐留軍は交易ルート上でそいつを見張らせてもらう。もちろん、お前らが直接EAPと売買するのも制限させてもらう"」
「いやいや、それだと交易ルートを守った意味がねぇじゃねぇかよ」
「"禁止とは言ってねぇ。むしろ、今以上に儲けさせてやろうじゃねえか"」
ディンゴの言葉に、意味がわからないと首を傾げる太郎。そんな太朗を見て、「くっくっ」と含み笑いのディンゴ。
「"帝国標準単価での計算で、EAPとほぼ同額の取引をこっちともしてもらう。経済規模の差からこっちとの取引からの開始となるだろうが、それくらいは目をつぶれ。お前らは商売を続け、アルファを保持する。俺達はアルファを諦める代わりに、帝国の影響から逃れる。俺に良し、お前に良しだ。そうだろう?"」




