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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第5章 アウタースペース
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第65話



 戦闘による興奮は、あらゆる感情を押し潰す。

 太朗は沈んでいく船の乗組員達を想うと強い喪失感に襲われたが、意識がそちらへ大きく向く事は無かった。今はそれどころでは無い。


「小梅、シールド残量!!」


「残り60%です、ミスター・テイロー」


「テイロー、次の砲撃が来るわ!!」


「んぬちくしょうっ!!」


 マールの声に、船をすぐさま旋回させる太朗。しかし船体へ大きな衝撃が走り、体がベルトに締め付けられる。


  ――"船体損傷率 15% アラート"――


「第3隔壁が破損、2番タレットが沈黙。火災が発生しています」


「くそっ、ダメコン急いで!! ブロックごと封鎖!!」


 敵の戦艦より定期的に放たれる砲撃。大容量のビームはジャミングの影響をさして受ける事なく、プラムⅡへ向かってほとんどが直進して来る。

 太朗はスキャンスクランブラーを用いて定期的にロックオンを解除する等してかなり時間を稼いだが、恐らく何らかのスタビライザーを起動させたのだろう。それも今では通用しない。

 対してプラムⅡの砲塔は元々が対ワインド用の小型なものであり、敵の戦艦は射程の遥か遠方にいる。レールガン弾頭は直進する為に狙う事自体は出来るだろうが、BISHOP通信の圏外となってしまう為にそれも難しい。直進するだけならば、それはただのデブリと変わらない。

 大型の受信機が搭載されていれば別だが。


「もうちょい、もうちょいなんだ!!」


 太朗のBISHOPに映る、ふたつの座標関数。

 敵の戦艦へ向かって距離を詰めるそれらは、もういくらもしない内に警戒距離へと到達するはずだった。


「"テイロー、要塞砲が全滅した。最悪の場合、生き残り組みだけでも撤退しなきゃならん。急いでこちらと合流してくれ"」


 通信機から聞こえるアランの声に、小さな悲鳴を上げる太朗。アランが言っているのは"そこにいると置いてかれるぞ"という事だ。


「全速前進!! タレットベイを閉じてジャミングとシールドに電力を集中!!」


 太朗はひとまず現状の攻撃は諦めると、アラン達の待つ防衛線へ向けて急ぐ。ビームをかいくぐり、フリゲートの接近を避け、アラン達が設置したのだろう爆雷の隙間を縫うように進んでいく。


  ――"報告 雷撃弾頭が所定の位置に到達"――


 太朗のBISHOP上に現れた報告。太朗はごくりと息を飲むと、「操艦は任せた」と残し、ゆっくりと目を閉じる。


  ――"No1 ビーム飛来 直撃ルート"――

  ――"姿勢制御 平行 No1"――


  ――"No1 ビーム飛来 直撃ルート3"――

  ――"シールド起動 出力オート No1"――


  ――"No2 デブリ焼却レーザー感知"――

  ――"シールド起動 持続出力5% No2"――


  ――"No1 2番エンジンスラスタ損傷"――

  ――"4番エンジンスラスタ出力オフ No1"――


 ディンゴの大型戦艦へ向けて突き進む魚雷弾頭を、太朗はまるで船を操縦しているかのような感覚で動かす。そして実際それは、船とほとんど同様の機構によって成り立っていた。頭に流れ込んでくる膨大な量の情報を、溜めこむのでは無く、片っ端から処理していく太朗。

 魚雷に積まれた小型のスラスタ、シールド、特殊装甲、バッテリーが、ただ敵からのビームとレーザーを回避する為だけに使用されていく。既に役割を終えたメインスラスターが切り離され、その破片すらもがビームジャミング用のチャフ(電子的な囮)として利用される。


「くたばれデカブツ。お前の建造費に比べりゃぁ、魚雷なんて安いもんだろうぜ」


 魚雷の先端が敵船へと到達し、わずかに張られたフィジカルシールドによってその身と速度を削り取られながらも、戦艦の分厚い装甲表面へと軽く接触する。


 レーザー信管へ流れる微弱な電流。

 特殊な金属を透過し、ビームへと変換される全バッテリーの電圧。

 ほんの小さなカプセルへと注がれる、直径数ミリ程の青い光。

 船のエンジンと同じ原理の装置が、

 時間あたり何万倍もの燃料を瞬時に別の物質へと変換させた。




「…………光?」


 ディスプレイに映る外部モニタを眺めるアラン。そこには眩いばかりの光が溢れ、際限なく輝きを増していく。


「"アラン――坊やが――やらかした――ね。半端じゃな――の放射線量が検――れてる"」


 通信機から聞こえる雑音混じりのベラの声。アランはそちらへは顔を向けず、光を見据えたまま答える。


「あぁ、わかってる。今、モニタが電磁波障害で死んだよ。恐らく熱核弾頭だろうな。反応兵器って言った方がいいのか? くそっ、こりゃもう一度歴史を勉強しなおさなきゃならんぞ」


 電磁波障害でブラックアウトしたモニタを見ながら、呆れたように呟くアラン。それから数秒するとモニタは復旧し、元の明るさを取り戻す。


「"誰もやらなかったから規定も無かったけど、こりゃ今後はステーション内には入れさせてもらえなさそうだね"」


「外ならともかく、中で爆発でもされたら全滅だ。内部ドックへの立ち入りは難しいだろうな」


「"でも、これでいくらかとマシな状況になって来たね。ちょいと希望が見えて来たかい?"」


 ディンゴの艦隊がアラン達を圧倒しているのは、何も戦艦の力に頼ったものでは無い。要塞砲は既に破壊されており、言ってしまえば既に必要がなくなっているとも言える。状況は、依然として厳しい。


「テイローが置いて来た艦隊が到着すれば話は別だが……いや、そうでも無いか」


 モニタの表示を切り替え、こちらへ合流しようと懸命に動き続けるプラムⅡの姿を映し出す。


「これは俺のわがままかもしれんが……」


 通信機の発進先を変更し、送信コマンドを実行するアラン。


「このまま最後までアルファを守り抜いたとしても、テイローが死ねば俺達の負けだ。それだけは避けなきゃならん」




 宇宙空間には空気が存在しない。ゆえにいくら核爆発といえども、地上におけるそれのような広い範囲への影響を及ぼす事は無い。しかし放射される中性子は熱を運び、溶かした船体を蒸発させ、蒸気と化した金属による爆発を起こす。

 わき腹を抉り取られたように崩壊させた、ダヴ級戦艦。太朗はその痛ましい姿に罪悪感を感じながらも、それを上回る「ざまぁみやがれ」という気持ちが心を占めていた。


「いい気味だ!! おめぇらのせいで、うちの社員が何人も死んだんだからな!!」


 モニタへ向かって叫ぶ太朗。その声が届く事は無いとわかりきってはいたが、こみ上げる想いが彼にそうさせた。


「テイロー!! 気持ちはわかるけど、戦いはまだ終わってないわ!!」


 マールの声に「わかってる!!」と返し、ディスプレイの表示をレーダースクリーンへと変える太朗。


「あれで戦艦はもう戦えねぇだろ。次はどいつを……って、なんだ?」


 新しい標的を見つけようと、タレットの制御を開始しようとした太朗。しかしふいに訪れた妙な沈黙に、戸惑いの声を上げる。


「攻撃が……止んだ?」


 何が起こったのかと、通信機を作動させる太朗。するとすぐにアランの姿が映し出され、太朗は戸惑いがちに「な、なんか変だぞアラン」と疑問を飛ばす。


「あぁ、わかってる。テイロー、今すぐそこで船を停止させるんだ。緊急停戦が合意に至った」


「緊急停戦? って、あれか。戦闘中に交渉をしたりする時の?」


「あぁ、そうだ。すまないが、向こうと勝手に連絡をさせてもらった。緊急事態だからな。許してくれ」


 太朗は「許すもなにも」とかぶりを振ると、言われた通り船の機関を停止させる。そして可能な限り敵味方との相対位置がずれないよう、軽く逆噴射を行う。

 交渉中に有利な位置へと移動しようとする動きは、偶然であれ故意であれ、交渉の即時中止を意味する。卑怯な行為であり、帝国の定めた民間軍事法の違反でもある。太朗はオーバーライドされた民間軍事の知識により、その重要性を良く知っていた。


「こっちとしては死に掛けてたからね。ひと息つけるだけでもありがたいよ……つーか、あんにゃろが良く合意したね」


 太朗は自軍の勝利をとことんまで信じてはいたが、現状が明らかにディンゴ側へ有利な事くらいは理解していた。戦艦という大物に深手は与えたが、それは戦況に対する決定打にはなり得ない。


「向こうも何か、思う所があるんだろう。恐らくだが、あの戦艦にまだ息があるんだろう。修理費だけでも大変な額にはなるだろうが、一から作り直すよりはずっとマシだからな。しかしお前、良くやってくれたな」


 にやりとした笑顔のアラン。太朗はそれに「へへん」と鼻をこすると、アランに人差し指を向ける。


「プラムⅡを披露した時は散々な言われ方したけど、どうだ。すげぇだろ」


「あぁ、まいったよ。降参だ。正直言って、度肝を抜かれたぜ。弾頭に船舶装備品を一式詰め込んだんだな?」


「おうさ。つっても、足りない分はプラム側で補わなきゃいけないけど」


「自動化は出来ないのか? 昔はそういったものもあったんだろう?」


「いや、出来ない事は無いだろうけど、ジャミングされたら終わりじゃね?」


「なるほど。そりゃそうか……それで全てを手動で操作したってわけか。お前にしか出来ない芸当だな。呆れた野郎だ」


 アランはそう言うと、苦笑いにも似た笑みを浮かべる。彼は何かに気付いたように視線を落とすと、「向こうの用意は出来たらしい」と続ける。


「こちらの手札は決して多くは無いが、それが逆に強みでもある。材料になりそうなデータを送るから、目を通しておいてくれ。きっと役に立つはずだ」


 そう発すると、手元の端末を操作するアラン。太朗はアランからデータを受け取ると、それをじっくりと一通り眺める。そして「なるほどな」と呟くと、アランに混じり気の無い尊敬の眼差しを向けた。




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