第64話
何らかの偶然を挟む余地も無く、ゆっくりと、そして確実に押していく前線。
ディンゴは戦場の流れが思い通りに推移していく様を、にたりとした笑みで見守っていた。
「意気込んで臨んだわりにゃあ、歯ごたえがねぇな」
戦況はまだ全力での火力を投射していないにも関わらず、明らかに自軍に有利な形となっている。
要塞とHADとの組み合わせによる防衛に攻めあぐねてこそいたが、要塞砲さえなんとかすれば良いだけの問題だった。要塞砲が無くなれば、後は遠距離から戦艦で一方的に叩ける。向こうに、それだけの飛距離を持った砲は存在しない。
「慎重に慎重を重ねてるんだ。イレギュラーはありえねぇ……おい、奴はまだ動かねえのか!!」
怒鳴り上げると共に、机を蹴り上げるディンゴ。もう慣れたものなのだろうか、何の動揺も見せずに「いいえ」と答える彼の部下。
「4発の巡洋艦は依然、要塞周辺でビームによる射撃を行っています。実弾を飛ばしているようには見えませんが……」
ディンゴの部下はそう発すると、大型ディスプレイを軽くあおぐ。そこに映し出されたのは不鮮明ながらも見間違えようの無い、4つのスラスターをつけた巡洋艦の姿。
「ある程度至近距離じゃねぇと扱えねぇのか? どういう仕組みかしらねぇが、ありえねぇ話じゃねぇな……引き続き警戒しろ。妙な動きがあればすぐに報せるんだ」
ディンゴは忌々しいとばかりに巡洋艦の姿をにらみつけると、己に慎重になるように言い聞かせる。下手に突撃を行って乱戦を行えば、例の帝国艦隊が隙を乗じて来る可能性がある。戦況は有利に運んでおり、危険を冒す価値は無い。
「敵駆逐艦撃沈、フリゲート大破、中破。HADを2機破壊……ん?」
淡々と戦果を読み上げていた部下が、小さく妙な声を上げる。神経質になっていたディンゴが「なんだ!」と怒鳴り上げると、部下はその場で背筋をぴんと伸ばす。
「はっ!! 前方向遠方より、ドライブの空間予約が入りました。拒否も何も既に反ドライブ粒子が撒かれていますので、そのままキャンセルとなったようです」
「ドライブ粒子……前方ってこたあ帝国はねぇな。援軍か? 数はいくつだ」
「数は、恐らく一隻です」
「恐らく? はっきりしねぇか。つうか、一隻で何をしようってんだ?」
「わかりません。空間予約のサイズは巡洋艦より大きいのですが、戦艦クラスというわけでは無さそうです。空間自体は小さいのですが、反応している粒子の数が非常に多いです」
ディンゴは部下の報告に「わけがわからんぞ」と首を振ると、あごに手をあてながらシートへ収まる。
「くそっ、あの野郎と関わってからわけのわからん事ばかりだ。いっそ――」
ディンゴが「一気にカタを付けてやろうか」と続けようとした時、彼の部下の「えぇ!?」という驚きの声が船内に響く。
「空間予約、固定されました!!」
「なっ、馬鹿な!! どういうこった!!」
「わかりません、対象がワープインします!!」
部下が素早く顔を向けた大型ディスプレイに、ディンゴも同じ様に顔を向ける。船外モニタが映し出すそこには、真っ青に塗り固められた光の弾が集まり、今まさにワープが終了しようとしている空間が確認できた。。
「…………やられた……正面のあれはダミーか!! ちくしょう!!」
吼えるように、ディンゴ。彼の目には、忘れようの無い4つのエンジンスラスタを備えた巡洋艦の姿。
ワープを終了した巡洋艦は勢いのまま高速で駆け抜けると、ディンゴの艦隊の後方へと位置取った。
「うぉぉおおおおぇぇぇっ…………ぺっぺっ、くそ、気持ちわりぃ……これやべぇな。二度とやりたくねぇ」
プラムⅡの管制室。その座りなれたシートの上で、いつも以上の吐き気に襲われている青い顔の太朗。
「えづき方がまるで30代のおっさんでしたよ、ミスター・テイロー。それより、大変な場所へ出てしまったようです」
太朗は「何が?」と顔を上げると、プラムのまわりに散らばる大量の光点に驚きの声を上げる。
「ちょぉっ、これ、敵陣のど真ん中じゃねぇか!?」
「テイロー!! これどうするの!?」
「どうするったって!! え、エンジン全開!! 回避機動!! 迂回軌道で!!」
太朗の声に従い、船体を大きく回頭させるプラム。4つのスラスターが眩しい光を発し、太朗達へ強力なGを発生させる。
「識別信号には当然反応無し。恐らくディンゴの艦隊でしょう、ミスター・テイロー」
「んなこた……わかってる……よ!!」
体にかかるGに、歯を食いしばる太朗。彼は十分な加速がついた事を確認すると、一旦船の速度を少しだけ落とす。
「全タレット開いて!! 弾頭装填!!」
プラムのタレットベイがスライドする形で船体へ隠れ、変わりにせり上がるようにして現れる各種砲塔。丁度そのタイミングで太朗に対する敵からの攻撃も開始され、あっという間に激しい撃ち合いへと発展する。
「敵9番、10番小破。24番中破。シールド残量94%」
「初弾にしちゃ上出来やね!! って、シールド減るのはやっ!!」
「これだけ撃たれてれば減りもするわよ!!」
四方八方から飛来する、青い閃光。まるでプラムが巨大な重力を発生させ、全てがそこへ引き寄せられるかのように、あらゆる方向からビームが降り注ぐ。
「マールたんジャミング!! 小梅、あのでかい船に寄せて!!」
大きく、緩やかなカーブを描きながら進路を変えるプラム。傍へいた巡洋艦サイズの船へ鼻先を向けると、真っ直ぐに突き進む。
「喰らえ!! 誘導弾ってなぁこんな事もできんだぜ!!」
太朗の指示に従い、タレットより射出される弾頭。4つの弾頭は目先の巡洋艦へと向かい、その船体を食い破る。
「敵のタレットを狙い撃ったの!?」
信じられないとばかりに叫ぶマール。太朗はいくらか得意げな調子で「もいっちょ」と次弾を発射する。
「これは良い壁ですね……ミスター・テイロー。貴方の発想には、時々非常に驚かされます」
プラムは素早く減速すると、砲火の激しい方向から見て死角になる位置へと移動する。太朗の放った2射目は巡洋艦のエンジンスラスタを撃ち抜いており、敵艦はもはやシールドを持った浮遊物と化していた。
「ぐへへ、いくらなんでも仲間は撃てねぇだろ……撃てんのかよ!!」
あくどい顔で呟く太朗だったが、それはすぐさま驚きへと取って代わる。一瞬沈黙しかけた敵の砲撃が、再び開始されたからだ。
「理屈はわかってても、普通なかなか出来ねえだろ……くそっ、良く訓練されてること!!」
完全に戦闘状態となった今、人質を助ける余地は無い。であれば人質ごと打ち抜くのが正しい戦術ではあろうが、乗っているのが仲間となると中々出来るものでは無い。
しかしディンゴの艦隊はわずかな逡巡から攻撃を再開しており、これは彼の統率が非常に優秀である為と太朗には思えた。
「ただ脅されてるだけかもしんねぇけどな……アラン、おいアラン!! 聞こえてるか!!」
興奮のまま、通信機へ向かって叫ぶ太朗。やがて通信機に見慣れた男の顔が映ると、「"待ちくたびれたぜ"」との返答が来る。
「"随分遅かったじゃねぇか。あんまりに暇なんで先に始めちまったよ"」
「へへ、そいつは悪かったね。でも予定よりも30分も早く到着したんだぜ?」
「"あぁ、わかってるよ。いったいどんな魔法を使ったんだ? 後で聞かせてくれよ"」
「おうおう、自慢話は大好きだからな。それより状況はどうなってるん?」
「"ご覧の通りの有様さ。要塞砲は75%が損失。今じゃぁただの壁だな。戦力としては3割かそこらがやられたか……それよりテイロー、ビームジャマーに出力を集中させるといいぞ。おもしろいように逸れてくれる"」
「まじで? ……おぉ、マールがびっくりしてるぜ。向こうさん、戦闘だってのにビームスタビライザーを積んでねぇのかな?」
「"ふふ、どうだろうな。さっきちょっとした嘘をついてやったんだが、それに引っかかってくれたんだろう。二度目はないだろうが、今回はうまく行った。それよりテイロー、アレを頼むぜ"」
ディスプレイの向こうで、親指を傾けて見せるアラン。太朗はそんなアランに「それこそ後で聞かせてくれよ!!」と応えると、彼が示したと思われる大物へと意識を向ける。
「戦艦か……でっけぇな。長さで二倍弱って事は、サイズで言うと6倍くらい?」
「肯定です……24番大破。3番撃沈……ミスター・テイロー。ダヴ級ですので、質量はこの船の約5.5倍ですね」
「うへっ、そいつはまたすげぇな。でも――」
レーダースクリーンに映る、ひときわ大きい光点をにらみつける太朗。
「ドでけぇスクラップに変えてやるぜ。喰らいやがれ!! プラムの秘密へきいっ!!」
今まで開く事の無かった2つのタレットベイが、ゆっくりとその蓋を開ける。
「ちょ、たんま。今かんだ」
タレットベイから頭を覗かせた巨大な弾頭がふたつ、第一噴射と共に勢い良く吐き出される。
21世紀を生きる人間から見れば誰もがミサイル、もしくはロケットだと答えるだろう形状。もし軍事に少し詳しい人間であれば、弾道ミサイルだと答えるだろう長細いカプセル型の弾頭。レールガンやビームとは比べようなく遅い動きだったそれは、力強いロケット噴射によってぐんぐんと加速していく。
「……色々突っ込みたいけど、あんたの事だからなんかあるんでしょうね。期待してるわよ」
なんだか納得のいかない様子のマールが、じと目で発する。太朗はこの見た目と遅さじゃ仕方がないかと、苦笑いを返す。いくら加速しているとはいえ敵は遠く、その巨体はレールガン弾頭のように素早い動きが出来るようにも見えない。
「まあ、多分うまくいくさ。それよりあの二発が到着するまでの間、必死に生き残らなきゃならんやね」
太朗は意識のほんの一部だけを放たれた魚雷の制御へと割り当てると、残りはロックオンと射撃管制へと集中する。
「なんか……遠いトコに来ちまったなぁ……」
太朗はぼそりと呟くと、マールの「何が?」という言葉は聞こえないふりをした。




