第62話
ディンゴはその小さな駆逐艦の中でレーダースクリーンと戦術モニタとを見比べ、彼の部下達が良い動きを見せている事に満足を覚えていた。
「帝国に対する日ごろの鬱憤が溜まってますからね」
いつになく上機嫌そうな、ディンゴの部下。ディンゴは気を引き締めるよう咎めるかと悩んだが、結局放っておく事にした。士気が高いという事でもある。
「好きなだけ暴れるといい。だが、ステーションにだけは絶対に傷を付けるなよ。後々帝国人引渡しの要求が来るかもしれねぇからな。やっていいのはそれ以外だ」
ディンゴは全員へ聞こえるよう通信機を使ってそう発すると、次なる動きを考える為に腕を組む。
見た目の戦力で言うと、相手はこちらを大きく上回っているように見える。レーダーは敵の艦隊をふたつ検知しており、奥に佇むそれは30隻を数えた。しかし実態はそうではないはずだとディンゴは考えている。
「こんな小せぇ星系に艦隊を集めてるはずがねぇ。EAPに余った艦艇はねぇし、TRBユニオンにもそんな企業体力はねぇはずだ」
ぶつぶつと呟くと、奥の艦隊の光点を見つめるディンゴ。彼は奥に位置する艦隊は十中八九ダミーだろうと確信していたが、そうで無かった場合を想定からはずすわけにもいかなかった。
「部隊を左右へ分けろ。中央は足の速い船で距離を詰めて偵察。やれるようならそのまま食らいつけ」
ディンゴの指示に従い、事前に分けてあった10ずつの艦艇が3つへと別れる。比較的軽装で加速の付くフリゲートが正面へと向かい、強力なスキャナーを積んだその内の一隻を守るように隊形を整え始める。
「野郎はどこだ……あの船だけは舐めちゃなんねぇ」
ディンゴは目を皿のようにしてレーダースクリーンを見つめ続ける。敵はこちらの動きに応じて何らかの行動をするはずであり、それは沢山の情報をディンゴへと届けてくれる。例えば旋回から移動へ移るまでの時間を計測すれば、その船の大体の艦種が推定できる。重い船は遅く、そうでない船は、早い。
「大型艦は……ひとつか。あいつか?」
レーダー上の光点の動きとスキャン情報を届け始めた中央部隊からの情報から、ディンゴは大型艦がたったひとつである事を突き止める。
「左翼、中央の接敵に合わせて全力で駆け付けろ。狙いは巡洋艦。エンジンスラスタが4つのやつだ」
「"こちら左翼、了解。巡洋艦と思われる艦艇、特定済みです"」
「"こちら中央、接敵判定出ます。敵、依然動く気配無し"」
通信機からもたらされる各種報告。ディンゴは中央からもたらされたそれに、ぴくりと眉を動かす。
「撃ってこねぇだと? 要塞は見せかけか?」
ディンゴは事前の広域スキャンにより、大質量の構造体が存在する事は知っていた。そして敵の動きから、相手がそれを要塞として使用するつもりだろうという事も見当が付いた。
「ガンズの野郎、何を考えてやがる。要塞に紛れて格闘戦でもするつもりか?」
アルファ星系は離れてこそいるものの、ディンゴの隣領である。情報は良く入って来るし、偵察も良く行っていた。アルファには悪名高いHAD乗りのマフィアがいる事はディンゴも良く知る所であり、事実、前の戦いでは短時間で2隻もの船を戦闘不能にされていた。
「解せねえな……おい、一旦引け。後ろの到着を待つぞ」
ディンゴは不機嫌そうにそう発すると、テーブルを強く蹴りつける。これがEAP相手であれば何も考えずに突っ込ませていただろうが、今回の相手は慎重にいくつもりだった。彼は太朗が彼に対してそう思っているのと同程度には、太朗の事を強く警戒していた。
「向こう、引いていきます……助かりましたね」
安堵を含んだポールの声。アランは助かったとばかりにシートへ腰を下ろすと、見開きすぎて乾いた目をぱちぱちとまばたく。
「ふぅ……心臓に悪いな。ディンゴが用心深い奴で助かった」
アランは深く息を吐き出すと、次はどうするべきだろうかと考えを巡らせる。彼に必要なのは時間を稼ぐ事であり、それ以上でも以下でも無かった。現時点での主力であるHADは確かに強力な兵器だが、それはあくまで接近格闘用の兵器だった。艦隊に遠距離から砲撃されては、手も足も出ない。
「"あえて攻撃しないなんて、あんたも思い切った事をするね。軍で習ったのかい?"」
通信機からベラの声。アランは「いいや」と答え、続ける。
「士官教育なんぞ受けてないよ。ディンゴは誰が何と言おうと、熟練の指揮官である事には間違い無い。しかしだからこそ、あいつは未知の存在を警戒するはずだ。前の時はテイローに散々な目に合わされてるからな。いつもよりずっと慎重だろうと踏んだのさ」
「"へぇ。とんだ名将ぶりじゃあないかい、アラン。帰ったら一杯おごってやるよ"」
「そいつはどうも。だが名将ってのは違うな。ディンゴ程の熟練相手じゃあ、俺なんかが同じ舞台で勝負した所で結果は見えてる。テイローだって恐らく同じだろう。奇策に頼るしか無いだけさ」
アランは多少自嘲を込めてそう返したが、それは極めて正しいはずだとも思っていた。常に前線で戦い何十年も生き残り続けてきた男を侮れるのは、圧倒的な力を持った者か、もしくはどうしようもない程の馬鹿だけだろうと。
「ウィズ・アラン、遠方からの秘匿通信です。差出人はタイガーとなっています」
「タイガー……リンか? 解読してくれ……あぁいや、俺がやる。まわしてくれ」
アランはポールから暗号化されたデータを受け取ると、BISHOPを用いてそれの解読を始める。固定鍵は以前にリンから受け取っていたが、厳重に暗号化された通信は解読に時間がかかる。
「こんな時あいつがいればすぐなんだがな……早く来やがれってんだ」
彼は今もこちらへ急いでいるだろう上司の顔を思い浮かべると、改めて彼の特異性についてが思い起こされる。彼はこういった暗号通信をほとんど瞬時に解読してしまうのだ。
「まるで量子コンピュータみてぇな野郎だな……よし、出来たぞ……あぁ、くそっ。こいつはあまり見たく無かった内容だな」
リンから送られてきた通信には、EAP側の攻勢が急に弱まったという旨の内容が記されていた。アランは通信に添付されていた戦力分析データに素早く目を通すと、それが意味する事を理解する。
「ベラ、敵の増援が来るぞ。まずい事に戦艦クラスがいる可能性がある。キロメートル級だ」
「"そいつは、またしんどいね。ディンゴの野郎。こっちに主力を回す気なのかい?"」
「みたいだな。あいつからすりゃあ、アルファは喉に突き付けられたナイフみたいなもんだ。意地でもスターゲイトをなんとかしようってんだろ。向こうは恐らく劣勢になってもいずれ取り返せると踏んだんだろうな」
アランはそう言って口を閉じると、次に何をするべきかを懸命に考える。ディンゴの訪れがあまりに早すぎた為、太朗と共に考えた案の多くは無駄になってしまった。しかしだからといって考えるのを止めるわけには行かないし、何も手が無いとも思いたく無かった。
「俺は失敗した事が無いのが自慢なんだぞ……んなとこで汚点を作ってたまるか。久々、本領発揮とさせてもらうぜ」
アランは思いついた意地の悪い作戦を実行するべく、アルファステーションへ搭載された高性能スキャンへのハッキングを開始した。
「ボス、通信スキャナが妙な遠距離通信を捕えました」
自慢の戦艦が到着するまでの間、暇をもてあましていたディンゴ。彼は部下からの一報に顔を上げると、船体データへのアクセスを行う。
「星間空間に対しての通信? なんだそりゃ。欺瞞か?」
ディンゴは考え込むようにしてあごひげをいじると、しばしそれについて考える。
誰もいない空間に向かって通信を行い、あたかも伏兵がいるように見せかけるというのは作戦としては良く使われる手である。しかしそれを逆手に取り、本当にそこへ分隊を配置していないとも限らない。
「指向性スキャンをかけろ。場所は割り出せてるな?」
ディンゴの指示に従い、すぐさま高性能スキャナを積んだ別の船へスキャンの要請が出される。強いスキャンは自分の位置を正確に晒してしまう事になるが、これだけ堂々と敵前に居座っていてはバレようとなんだろうと関係が無い。
やがて数分もしないうちに送られてきた情報に、うなり声を上げるディンゴ。送られてきた情報は、彼が最も警戒していたものだった。
「小型のデブリ。もしくはステルス艦と思わしき艦影多数……通信は双方向か?」
「はい、返信が返っているようです」
「じゃぁデブリじゃあねえ。電子戦機が多数って事か? くそっ、急いで反ドライブ粒子をばらまけ!! そこらじゅうにだ!!」
「ボス、味方の到着が遅れますよ?」
「んなこたあわかってる!! いいから言われた通りにしろ!!」
ディンゴは部下を殴りつけたくなる衝動を押さえ込むと、今後はもう少し戦術的な考えを行える部下を育成しようと心に決める。
「ライジングサンがどれだけ稼ぎ出してるか知らねぇが、複数の電子戦機が買えるだけの財力があるわけがねぇ。だったらとっくに戦艦だのなんだのがアルファを守ってるはずだろう。通信先のそいつは、間違いなく帝国の艦隊だ」
ディンゴは部下に説明をしながらも、次の一手を考える。帝国の電子戦機がいるとなると、現状の装備では一方的に叩かれる恐れがある。幸い反ドライブ粒子の散布は間に合った為、目の前に大艦隊が突然現れるという事は無いだろう。
「ジャマー装備を全部換装しろ。ロックオンスタビライザーと……そうだな。スキャンスタビライザーがいい。全艦艇だ」
かつてディンゴが駆け出しのアウトローだった頃、たった5隻の電子戦機に40からなる艦隊が殲滅されたというニュースを目にした事がある。
5隻の電子戦機は強力なロックオンやスキャンジャマーを発生させ、艦隊の攻撃の一切を封じたのだ。目視で攻撃しようにもステルス化されているために標的を探せず、彼らは一方的に殲滅されていた。それこそ、一発も発射する事が出来なかったらしい。
もしいくらかでもスタビライザーを積んでいれば結果は変わっていたかもしれないが、そのニュースはディンゴに衝撃をもたらした。彼はその日以来、必ず予備のスタビライザーを艦艇に配備するようにしていた。
「だが、これで帝国と奴らの繋がりが確実になった。こいつは悪くねぇ収穫だ」
ディンゴはひとりごちると、悪い面ばかりでは無いと自らを慰める事にした。
「やあ、アラン。どうした。君からの連絡とは珍しいね。軍に戻る気になったのかい?」
通信機に映る、見下したような目のディーン。アランはそんな彼を無表情で眺めると、「変わってないな」と小さく発する。
「残念だが、君らの戦いに関わる気は無いよ。君にも、ディンゴにも肩入れはしない……しかし、良く我々の位置を特定したな。そんなに強力なスキャナを積んでるようには見えないが」
「ん、ステーションの大型スキャナをちょいとね。それと、元々あんたを巻き込むつもりは無いさ。もう目的は果たせたしな」
アランは通信機に映るディーンの不可思議そうな顔を眺めると、無造作に通信を終了する。彼の船に積まれたセンサーはディンゴから帝国分遣隊方面へ向けて放たれたスキャン粒子を感知しており、もはやそれで十分だった。
「さあ、これで随分時間が稼げたぞ。俺にやれるのはこの辺が精一杯だな」
アランは大きく息を吐くと、満足したとばかりにシートへ大きくもたれかかった。




