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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第4章 ユニオン
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第60話



 太朗へとしなだれかかるように、体を預けてくるライザ。太朗は何が何だかわからずに慌てるも、その髪から立ち上る甘い香りを目一杯吸い込んだ。


「積極的に打って出るべきですわ、テイローさん。EAPアライアンスが勝てば、航路の権利の一部は貴方の物になるのですよね?」


 上目で窺うように、ライザが発する。太朗は柔らかい感触にニヤけそうになる顔をなんとか押し留めると、「まぁ、そうなるのかな?」と続ける。


「でも"俺の"じゃなくて、"皆の"だね。ディンゴがこっちに気付くまではEAPとの直接取引は差し控えるけど、こっちの関税免除と、関税収入の1割を受け取る事になってる。現段階の収入はプールしてくれてるはずだな」


「それは、コープ? それともユニオン?」


「もちユニオンっすよ。留守の間、本部の方の売り上げ支えてもらったわけで――」


 言い終える前に、飛び掛かるようにして太朗へと抱擁するライザ。太朗は自分の知らぬ間に世の中の理が変わってしまったのではと訝しがりながらも、より濃厚になったライザの香りを楽しむ。


「はいはい、そこまでよ。狭いからどいてくれないかしら」


 不機嫌そうにライザの体を引くマール。ライザは「あら失礼」とわざとらしく発すると、素直に元の席へと戻っていく。太朗はいくらか残念な気持ちになったが、同時に安堵している自分にも気付いた。


「新航路についてはともかく、私達は積極的に攻勢を仕掛ける気は無いわ。マフィアであるベラ達は別でしょうけど、社員は絶対にいい顔をしないわ」


 身を乗り出すように、マールが発する。それにライザが「えぇ」と返す。


「もちろんわかってるわ、マールさん。でも下の意見や感想を取り入れる事が、いつも正しいとも限らなくてよ?」


「ふん、どうだかね。ねぇ、スピードキャリアーからライジングサンへ異動したいって社員、それがどれだけいるか数えた事ある?」


「なっ……そ、それがどうかしたのかしら? 同じユニオンと言えど、社の経営方針に口を出されるいわれは無いわ」


「別にどうしろって言ってるわけじゃないわよ。あんた、ちょっとは社員の待遇も考えないと、その内絶対に後悔するわよ?」


「……ありがたい忠告として受け取っておくわ」


 ふたりとも、笑顔。太朗は言外に含まれた威圧感に押されながらも、「ちょっちいいかな」と口を挟む。


「多分、ディンゴとは一戦やらかす事になるぜ」


 太朗の言葉に、胸を張って鼻を鳴らすライザ。マールはそんなライザを横目で見ながら、ぴくりと頬を引きつらせる。


「どういう事よ。あんた、自分からは行かないって言ってたじゃない」


 冷たいマールの視線。太朗は心臓を掴まれたかのような感覚に陥りながらも、なんとか「そ、そうじゃなくて」と続ける。


「ディンゴはまず間違いなくアルファへ攻め込んで来るだろうって話だよ。少なくとも俺がディンゴの立場ならそうするし、そうせざるを得ないと思う」


 太朗の答えに「どういう事?」と首を傾げるマール。ライザもそれに興味があるようで、真剣な目で太朗を見つめる。


「地理的な要因だよ。ディンゴは2つの勢力に挟まれてる。両方を相手にはしたくねぇだろうし、厄介ごとは事前に塞ぎたいと思うだろうな」


「2つ? ひとつじゃなくて? EAPアライアンスの他に、どこと争ってるっていうのよ」


 答えてみなさいとばかりに、太朗へ詰め寄るマール。太朗はマールの眼前に指を立てると、「帝国さ」と答える。


「帝国って、帝国軍って事? なんでよ。あそこはアウタースペースよ? 少なくともディンゴは帝国軍に恨まれるような真似はしてないわ」


「ん~、前にディンゴと通信した時の事憶えてる? あいつ俺に向かってこう言ったんだぜ。"帝国の犬がこそ泥の真似をしていいと思ってんのか"、って」


 太朗の指摘に、はっと何かに気付いた様子のマール。


「あいつ、あたし達を帝国軍の関係者か何かだと思ってる?」


「おう、多分な。考えてみりゃおかしな話なんだよ。俺達、ディンゴの領域をまっすぐ通過してEAPアライアンス領に行ったじゃん? 例のブツだかなんだか知らないけど、それはディンゴの手元にあって、俺達を生かしておく必要なんて無くね?」


「そう、ね……秘密の取引の現場を見られたって事でしょうから、どちらかと言えば消えて欲しいでしょうね」


「そゆこと。あいつは軍の報復を恐れて、俺達をあえて放置したんだ」


 互いに頷き合う太朗とマール。会話に入れないせいか、いくらかまごついた様子のライザ。ライザは「ちょっとよろしくて」と続ける。


「貴方達からの報告書で大体はわかりますし、言ってる事も道理かもしれませんわ。でも、それがアルファ星系への攻撃とどう繋がるのかしら?」


 ライザの質問に、太朗が答える。


「封鎖だよ、封鎖。あいつ、EAPのスターゲイトをぶっ壊してただろ。スターゲイトなんてバカ高いもん、普通は持って帰るなり分解するなりするだろ。ぶっ壊したんだぜ?」


 そう語ると、納得の頷きを見せるライザ。


「帝国は地方に軍を送りたがらないという事かしら。ニューラルネットが分断されたせいで、それは以前より顕著だわ。ディンゴはビーコンを隠しましたし、ホワイトディンゴ領へはアルファ星系からの新航路を使うしかない……」


「そうよ。新航路を使わずにディンゴ領へ行くとしたら、EAPアライアンス領の裏側から大回りをする必要があるわ。リンが3ヶ月近くはかかるって言ってたわね。そんなの、軍は絶対に来ないわ」


「そうそう。んでもって、ディンゴがEAPへの素早い増援に気付かないとも思わない。1ヶ月先か、それとも2ヶ月先かは知らねぇけど、新航路の存在に絶対感づくと思う。あいつは帝国が何らかの形で関与してるんじゃねぇかって思うだろうな。このままだと放っておいてもEAPに負けるし、万が一に帝国でも来ようもんならあいつは破滅だ」


「実際に航路を抑える事も考えるでしょうけど、それだけじゃダメね。別のルートを探されるだけだわ。何よりそれじゃ帝国は防げない」


「……だったら根本を叩いてしまえばって事かしら。なるほど、そういう事なのね。それですと、彼がこれから何をしようとしてるかもわかりますわね」


 不機嫌そうに、眉間へシワを寄せるライザ。太朗がそれに「あぁ」と同意を示し、こつこつと机を叩く。


「あいつ、アルファステーションのスターゲイトをぶっ壊す気だろうな。どうせ帝国が遠征してこねぇんなら、第一級だろうがなんだろうがお構いなしのはずだ。なあ、知ってるだろ。"アルファに農業ステーションは無い"んだぜ。待ってるのは完全な服従だ」


 しんと静まり返る応接間。


「ねぇ、テイロー。それって、私達のせいって事にならない?」


「ん~、どうだろうな。かといってEAPアライアンスを見殺しにしたら、今以上にデカくなったディンゴがやって来るだけだと思うぞ。ディンゴの統治で構わないって奴からすりゃ余計なお世話だろうけど、少ねぇんじゃねぇかな。あいつぽんぽん人殺すぞ」


「そう……じゃぁ――」


 諦めたように、肩を竦めるマール。


「頑張るしかないわね」




 EAPアライアンスとの戦争が開始されてから約ひと月。ディンゴは順調に推移する戦況に満足していたが、EAPの想定以上の頑強さに疑問を感じていた。


「おかしいな……あいつが嘘を言うとも思えねぇ。どっかに穴が開いてやがるはずだ」


 TRBユニオンのメンバーが想像していた通り。しかしその予想よりも遥かに早く、ディンゴは封鎖帯の抜け道についてを感じ取っていた。

 彼がEAPに対して疑問を持ったのは、初期の攻撃によってEAPの艦隊へ打撃を与えた後の和平交渉の場においてだった。EAPに常備艦隊の数は少なく、補給のつかない彼らに継戦能力は無いはずだった。ましてや、開戦までに3ヶ月もの間を封鎖していたにも関わらずだ。


「冗談は休み休み言いたまえよ、ディング・ザ・ディンゴ。我々は君に屈しないし、戦う用意は出来ている」


 EAPの代表は、和平交渉の場でそう言い放った。無茶な要求額を送り付けていたし、ディンゴとしても現状で和平が成るとは思っていなかった。しかし、彼らがああいった態度に出る事は完全に予想外だった。彼らは、"かかって来い。相手になってやる"と言ったのだ。当然ディンゴは怒り狂ったが、言ってしまえばそれだけだった。彼にとっては、予想がはずれた事についての疑問の方が大事だった。


「カリフォルニア星系に航路を築いた可能性はありませんかね?」


 駆逐艦の艦長席へ座るディンゴへ、彼の部下が発する。ディンゴはそれを「ありえねぇな」と一蹴すると、つまらなそうに手を振る。


「片道3ヶ月もかかるルートを、いったい誰が通るってんだ。ましてや帝国初期のスクラップ地帯だぞ。今頃ワインドがくさるほど溢れてるだろうよ。あるとすればだ――」


 ディンゴは言葉を切ると、モニタに表示された星系図を指差す。


「アルファからの直行ルートしかありえねぇ。くそが付く程にムカツク事だが、EAPは俺の領をかすめて輸送を行ってやがるわけだ」


 ディンゴの声に「しかし」と返す彼の部下。ディンゴは「しかしじゃねぇよ」と不機嫌そうに返すと、机を強く蹴りつける。


「あのあたりはニューラルネットが繋がらねえって言いてぇんだろ、クソが。んなこたぁわかってる。おめぇよぉ、例のアンティークシップについて調べたか?」


 ディンゴの質問に、無言で俯く部下。


「おうおう、俺のまわりにはまともな部下のひとりもいねぇのか。いいか、良く聞け低能野郎。あの船はTRBユニオンのライジングサン所属だ。代表はテイロー・イチジョウ。恐らく通信で話したヤロウだな。ネットワークに公開されてる特徴と一致する。ガキだ」


 ディンゴは彼がアンティークシップと呼ぶ船との通信内容を思い返すと、燃え上がりそうになる怒りをなんとか鎮めようと努める。


「まだ一年にも満たねぇ新生コープだが、既に200を超える大所帯だ。株式を公開してねぇから詳しい内情はわからねぇが、戦闘艦をメインとした輸送会社って話だ。結成はワインドが活発になりやがる前。その当時にそんな業態の会社をひとつでも聞いた事があったか? 俺はねぇ。こいつは"何か"を知ってやがったんだ」


 ディンゴはポケットからパルスチップを取り出すと、それを無造作に握りつぶす。そこに入っていたのはライジングサンに関する情報で、それはもう彼には必要が無かった。


「奴等が得意としてるのは、誰も知らねえような航路を使った武装船による輸送任務だそうだ。なぁおい、どこかで聞いたような話じゃねぇか?」


 シートを降り、管制室中央に置かれた戦況マップを眺めるディンゴ。


「今の所、大規模戦が出来る程EAPに余裕はねぇ……船を集めろ。アルファ方面の宙域を虱潰しに調べ上げるぞ」




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