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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第4章 ユニオン
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第59話

  ――"安全装置解除、BISHOP連動システム作動"――


 デルタステーションより遥か遠方。恒星デルタへ向けた剥き身の砲身が小さく震え、プラムⅡの船体に乗せられた実験装置がうなり声を上げる。


「"発射まで残り15秒……13、12、11……"」


 マールの声が秒読みを始め、それまでああでも無いこうでも無いとわめきあっていたマキナの社員一同が、太朗共々ディスプレイに映し出された装置へと注目する。


  ――"弾道制御リンク 開始"――


 太朗はいつも通りの手順で弾頭へとアクセスすると、そこに刻まれたシンプルな姿勢制御関数を眺める。プラムのドックからという慣れない場所からのBISHOP操作だったが、実験に支障は無さそうだった。


「"8、7、6……"」


 誰かの喉がごくりと鳴り、緊張の為か、浅い呼吸が聞こえて来る。


「"3、2、1、発射"」


 瞬間、光と共に火を吹くレールガンの砲身。光り輝く魔法の弾が信じられない程の早さで飛び去り、その相対位置座標をプラムへと送り続けて来る。


「右……左……フェイント…………そんで突撃っと」


 完全に集中しきった太朗はぶつぶつと呟くと、BISHOPの世界で自らの役割を果たす。


「命中です、ミスター・テイロー。目標精度との誤差は15%。許容範囲です」


「おしっ、とりあえず第一段階は成功やね。次はどうかな?」


 太朗はふうと一息つくと、忙しそうに各種装置をいじるマキナの社員を眺める。


「急げ急げ!! 急いで冷やすんだ!! すぐ次弾を装填するぞ!!」


「データは回収したか? センサー類はどうだ?」


「感熱センサーが死んでます!! 交換しないと!!」


 宇宙服を着た作業員がレールガンタレットのまわりをうろつきまわり、ドックでは地面に直接置かれた端末を何人ものスタッフが険しい顔で見つめている。太朗は仕事熱心な彼らに、目一杯の尊敬の念を送る。


「職人、って感じだな。こういうのに一生懸命なのは今も昔も変わらないやね」


「えぇ、そうですね、ミスター・テイロー。何かに懸命な人間というのは、それだけで見ていて気持ちの良いものです」


「だなぁ……まぁ、いくらかよこしまな気持ちが無いわけでも無いだろうけど」


 太朗は実験の成功に、直接ボーナスと特別休暇の支給を約束していた。今も耳をすませば「ひとり1万クレジット――」だの「2週間の休暇を――」だのといった煩悩丸出しな発言が聞こえてきたりもする。しかし太朗はそれで構わないと思っていたし、それでやる気が出るのであればむしろ歓迎していた。


「ぶっちゃけ、弾薬費に比べれば安い」


 マキナへの大規模な開発資金提供額について出た、社員からの疑問に対する太朗の答え。

 デルタ地方全体を襲う機械製品の値上がりは今も続いており、その上昇は以前に比べればいくらか緩やかにはなったものの、依然として天井知らずで昇り続けていた。太朗の特注弾頭は既に1発あたり7万クレジットに到達しようとしており、それはかつてのプラムで稼いだ初仕事の報酬を上回る額となっていた。


「一発撃つ度にマールが死にそうな声を出してたけど……まぁ、実際そうだわな」


 今回の遠征で使用した弾頭の数は、ざっと60発。約500万クレジット相当。それは戦闘用のフリゲート艦が、フル装備で買える額でもある。


「"次弾発射用意。発射まで残り――"」


 マールの読み上げにぼんやりと考えていた意識を戻すと、次の弾道制御へ向けて集中を始める太朗。結局の所太朗にとってお金というのは、目標を達成する為のアイテムに過ぎず、それ自体が目的では無かった。いくらか出費がかさんだ所で、仲間の安全が買えるのであれば安いものだと思っていた。


 その日の射撃実験は一定の課題と成果を残し、社員一同は笑顔での帰還となった。満額こそ出なかったが、マキナの社員はボーナスを受け取り、久方ぶりの休暇を楽しむ事になりそうだった。




「え? 割引する? あぁいや、申し訳ないですけど難しいと思いますよ、今の仕入額を下回るのは……えぇ、えぇ。そうですねぇ。はい、もちろん今後も良いお取引をさせていただければと思ってますよ。あはは、それじゃ」


 プラムⅡの談話室にて、その爽やかな声色とは対象にあくどい顔付きをしたテイロー。彼はソファで足を組むと、満足気に大きく後ろへもたれかかる。


「前の弾頭の仕入先かしら?」


 何か手のひらサイズの装置で爪の手入れをしながらマール。太朗がそれに「そやね」と答える。


「今回で仕入れを終えるって言ってやったら、めっちゃ焦ってたぜ。ざまぁみやがれだ。最終的には一発あたり4万まで負けるとか言ってやがってけど、ふざけんなって感じだよな。今までどんだけぼってやがったんだと」


「えぇ、なにそれ。ハイテクノロジーリサーチ社、だったわよね。もうそことの取引、やめた方がいいんじゃないの?」


「う~ん、個人的にはそうしたいんだけど、HTR社と仲のよろしい会社さんもおってね。無下にするわけにもいかんのよねぇ……しがらみってのは面倒やね」


 太朗は頭の後ろで手を組むと、のけぞる様にして大きく伸びをする。ここはプラムⅡの中ではあるが、デルタステーションのドック内でもある。同じ船の中とは言え強い安全の中に身を置くのは久方ぶりの事であり、太朗は心身共にリラックスしていた。


「あぁ、そいやアラン達から連絡が届いたんだっけ。向こうの様子はどうなんだ?」


 太朗の横でじっと立ち尽くしていた小梅が、「そうですね」と答える。


「今のところ異常なしとの事ですよ、ミスター・テイロー。例の作戦についても訓練が進んでいるとの事です」


 小梅の答えに「おっけ」と笑みを見せる太朗。彼は防衛の為にアランをアルファステーションへと残してきており、その際にいくつか思いついた作戦を彼へと言伝していた。

 小梅やマールはアルファ星系が戦場になる可能性は低いのでは無いかと言っていたが、太朗はそうは思わなかったし、アランもそれに同意していた。太朗は先の偶発戦でのディンゴの動きを覚えており、彼は決して侮ってはいけない存在だと感じていた。また、テイローが新しくオーバーライドした民間軍事についての知識は、彼にディンゴの狙いや目的。そして戦術などを含めた様々な予測を教えてくれた。太朗はディンゴが、間違いなくアルファ星系へやってくるだろうと思っていた。


「あいつ、3発目にはレールガンの事に気付いてたからな。上手いこと避けようとしてたし、ぶっちゃけバケモンだと思う」


 これは太朗の正直な感想であり、そして恐らく事実だろうとも思っていた。アランはアランでディンゴの危険性について警戒しており、ふたりはアルファステーションが戦場になった場合についての討論を何度も行っていた。


「それと、ミスター・テイロー。作戦に使用する新造艦も、無事に納品を終えたとの事です。いくつか不具合が見つかったようで現在調整中との事ですが、大きな問題は無さそうです」


「新造艦って、あぁ。例のアレね……あんなの、本当にうまくいくの?」


「う~ん、どうだろ。昔は軍でも使われた戦法だったらしいぜ。今も民間じゃ……あぁいや、今はどうだかしらねえけど」


 太朗は慌ててそう言い直し「ところで」と、そそくさと話題を変える事にする。


「ライザたん、随分遅いっすね。もう約束の時間を1時間も過ぎてるっすよ」


「ん、そういえばそうね……どうしたのかしら。時間には厳しい人だと思ってたけど、何かあったのかしら?」


 頬へ人差し指をあて、首を傾げるマール。太朗はどことなく子供っぽいその仕草に見とれつつも、頭の片隅でBISHOPへのアクセスを行う。


「お、噂をすればなんとかって奴だな。今ドック入りしてるっぽいぜ。たまにはこっちから出向くか」


 太朗はステーションのモニターが捕えたライザの輸送船を見つけると、彼女を出迎えるべく体を起こす。小梅とマールがそれに続く形で歩みを進め、3人は勝手知ったるプラムの廊下をのんびりと歩き出す。


「ねぇ、テイロー。本当にいいの?」


 背後から聞こえるマールの声。太朗はそれに「何が?」と返すと、「ユニオンについてよ」とマールが答える。


「脱退の件についてか? しょうがねぇっしょ。反対を押し切ってまで向こうへ行って、挙句の果てに戦争に巻き込まれるかもって状況だぜ?」


「まぁ、それはそうかもだけど……正直、会社としてはかなりの痛手よ?」


 マールの指摘に、確かにその通りだと頷く太朗。


 TRBユニオンはあくまで輸送稼業が主たる収入源であり、その輸送任務はライザの輸送艦があってこそのものだった。ライジングサンも独自の輸送船を揃えてはいるが、ライザのスピードキャリアーコープのそれとは比べるべくもなかった。

 量だけで言えば単純に大きな船を買えば良いだけの話だったが、品目というと話は変わる。食料品の長期保存を行うには特殊な施設が必要になるし、精密機械やレイザーメタル。ガスや放射性物質等といった輸送に細心の注意が必要となる品物は多かった。そしてそういった品目は需要が高く、すなわち収入も大きい。


 やがてライザの輸送船がとまるドックへ向かった太朗達は、彼女の招きに応じて船内へ続くエレベーター式のタラップへと乗り込む。


「なんでこのタラップ、全面ガラス張りなんだよ……こえぇなんてもんじゃねぇぞ」


 輸送船の出入口は高く、エレベーターはおよそ50m近くまで上昇していく。


「下にいればスカートの中が覗けたかもしれませんね、ミスター・テイロー」


「……小梅さん、なんでもう数分前にそれを言ってくれなかったっすかね」


「いや、あたしは絶対にあんたの先には乗らないわよ」


 出入口に到着したテイロー達は、出迎えに来たスピードキャリアー社の課長に案内され、ライザの待つ応接室へと到着する。太朗はそこでアウタースペースで起こった一連の出来事についてを説明し、ライジングサンの進退についても彼女に述べた。


「ユニオンの共有設備については、全部もっていってもらって構わないっす」


 場合によっては賠償金の支払いも辞さないと続けたテイローに、不快そうな目を向けるライザ。彼女は長く延びたサイドテールを揺らしながらかぶりを振ると、無言で立ち上がる。恐らく殴られるのだろうと、ぎゅっと目を瞑る太朗。


「…………あれ?」


 予想していた衝撃は訪れず、うっすらと開けた目には太朗の右隣。すなわち太朗とマールの間の狭いスペースへと座るライザの姿。ライザは至近とも言える距離で太朗の目を見つめると、にこりと妖艶な笑みを見せる。


「抜け駆けは無しですわよ、テイローさん。我が社はユニオンメンバーとして、全力で支援させて頂きますわ。そんな"おいしい話"、独り占めしようだなんて人が悪いわ」




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