表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第4章 ユニオン
58/274

第58話



 アルファステーションへと到達した太朗達は、休息も束の間、すぐに航路の検討に取り掛かった。実地調査を行う事で得られた情報を元に、安全と時間とを天秤にかけてルートを算定する作業だ。

 ドライブ粒子の無い場所にビーコンを設置したり、緊急時の為の避難場所の想定を行ったりと、ルートはただ通れれば良いという物でも無い。


 幸い資金面に関しては潤沢なクレジットを持つEAPアライアンスなだけはあり、ほとんど数日の内に必要と思われる資材の発注を済ませてしまった。彼らはすぐに帝国中央エリアへ向けて快速船を飛ばし、ギガンテック社からレンタルした超大型輸送船に全てを詰め込んで帰ってきた。それは数日のレンタル料だけで新しい船が買えてしまうような額だったが、今は時間の方が大事だった。


「でけぇ……相変わらず超でけぇ……」


 アルファ研究ステーションからの帰り道、すれ違うようにして現れた巨大なその船体にため息を吐く太朗。全長数キロに及ぶ、巨大な卵型の鉄塊。


「まあ、銀河中でもこんなに大きい船は他にないでしょうし。それより博士、喜んでたわね。もうふたつのデータも早く届けてあげたいわ」


 研究ステーションで観測データを受け取った博士は、10年越しの夢が叶ったと笑顔を見せていた。博士が自ら観測機器の修理に出た当時、ワインドもさほど活発で無く、ディンゴとEAPアライアンスが今ほど険悪な形でも無かったらしい。半ば諦めかけていた所に太朗達が現れた為、博士としては嬉しい誤算だったようだ。


「いつかうちの会社も、あんなんをバシバシ飛ばしてぇなぁ」


 太朗は大型輸送船から発生する重力に警戒して船を離すと、遠ざかって行くその巨船へ向けて通信を飛ばす。


「やっふー、リンちゃん。元気してるぅ~?」


 くねくねとした動きの太朗。やがて通信機に現れるリンの姿。


「"は、はぁい。超イケイケって感じですぅ……ね、ねぇテイローさん。これやっぱりやめません? 恥ずかしいですよ……部下も大勢見てますし"」


 おおよそ男らしくない姿勢で、もじもじとするリン。太朗は「甘いな」と指を振ると、「余計な羞恥心は捨てちまえ!!」と続ける。


「俺達の挨拶はこうしようって決めたじゃないか!! 男と男のやぶほくぅぅぅっ!?」


 横から発した衝撃に、地面を転がる太朗。「腎臓はやめてくれ……」とうめく彼に、仁王立ちをしたマールが冷たい視線を向ける。


「リンを変な道に進ませようとするのは止めなさい……ねぇリン。何を約束したんだか知らないけど、忘れていいわよ。保障するわ」


 マールは冷たくそう言い放つと、太朗のシートのモニタを覗き込み「またね」と笑顔を見せる。


「向こうでも元気でやりなさいよ。ディンゴなんてこてんぱんにしてやりなさい。戦争は経済力だって事、わんちゃんに教育してあげるのよ」


「"はいっ!! 戦争が終わったら、必ずまたここへ戻って来ます。またお会いできるのを楽しみにしてます!!"」


「いつつ……おーい、リン。出来る事はもうねぇかもだけど、応援はしてっからな。負けたりしたら承知しねぇぞ」


「"あはは、了解です。帰ってきたらまた色々と教えて下さい、テイローさん"」


 モニタに映るリンの瞳には涙が溢れ、太朗は思わずもらい泣きしそうになる。


「何泣いてんだお前。そういうのは勝った後だろ? 俺はもういくぜ。頑張れよ!!」


 太朗は込み上げる涙を無理矢理抑え込むと、プラムⅡのエンジンを大きく吹かす。別れの場で泣いたとして誰が責めるわけでも無かったろうが、太朗の男の子としてのつまらない矜持が、それを許さなかった。


「"はい、また会いましょう。メール、送ります!!"」


 巨船のまわりが薄青く包まれ、新しく策定した交易ルートへ向けて引き延ばされ始める。それが光の矢となって消えて行くと同時に、通信機上のリンの姿も消えた。


「……行っちゃったわね。彼、うまくやれるかしら」


 リンの消えて行った先をモニタ上眺め、ふうと息を吐くマール。それに太朗が「あたりめえだろ」と続ける。


「艦隊が揃うまではまともにぶつかるなって言ってあるし、ゲリラ戦についてのイロハを教えたからな。それなりにやれるんじゃねぇかなと思う。問題はまわりの協力を得られるかどうか、だろなぁ」


 太朗はリンとのルート開拓の日々において、EAPアライアンスについての内情や何かもいくらか知る事となっていた。深い所まではさすがに話題に出なかったが、それでもリンの表情は語り口から察する事は出来た。

 EAPは巨大なアライアンス――あくまで太朗達から見ればだが――であるがゆえに決して一枚岩では無いようで、各ユニオンやコープが独自の利益を求めて動きを見せているとの事だった。現段階で離反を起こすような組織は無いだろうが、それでも戦況次第ではわからない。


「まぁ、新ルートの交易隊にニュースデータの搬送もお願いしといたから、定期的に様子は伺えるっしょ。それより問題はウチらの方だな」


 太朗はうんざりとした気持ちで箱に詰められたデータチップの山を見つめると、どこから手をつけたものやらと考える。この情報の塊は、太朗達が留守にしていた間に溜まりに溜まったライジングサンのあらゆる報告書。最重要案件とされているものは帰還してからの数日の内に全て目を通しておいたが、細かいものとなるとお手上げだった。


「ちょっとずつ処理していくしか無いでしょうね……ディンゴの件をライザと相談する必要もあるでしょうし、一度デルタの本社へ戻りましょう」


 太朗と同じように、うんざりとした表情のマール。太朗は彼女に賛成の意を示すと、さっそくスターゲイト管理局へ予約の通信を入れる事にした。




「社長、こちら設備投資の次期予算案になります」


 久方ぶりに到着した、デルタステーションのオフィス。太朗は社長室で大勢の社員達に囲まれながら、何故もっとしっかりとした引継ぎをしておかなかったのだろうかと過去の自分を殴りたい気分で一杯だった。


「はい、予算ね。考えたのは……本部長か。承認で」


「新入社員の募集要項についてですが、戦争についての規定を明確にしますか?」


「あぁ~、それはあれだ。ユニオンでの方針を相談してからで」


「こちらをご覧下さい社長。物価動向から考えて、もう少し備品全体の調達をまとめるか効率化させるべきかと」


「備品~は、マールに持ってって。あ、でも戦闘に関する備品は減らさないでね。命に関わるから」


「社長、交易ルートの振り分けが偏り過ぎているという意見があります。リスク分散の為にもベータ星系方面へ進出してみては?」


「ベータ……帝国中枢の方だっけ? ダメダメ。競争激しいトコ行っても勝てねえって。こっちが10往復して運ぶ量を片道で済ますような会社がゴロゴロしてんだぜ?」


「テイロー社長、頼まれていた社員寮の見積もりが完成しています。デルタとアルファ、両方です」


「おぉ、あんがとさん……あ~、デルタの方は無理だなこれ。家賃高すぎ。一応B案の大部屋でも人が集まるかどうか、アンケートとっといて」


「社長、スペースカウボーイ社とINF社の代表から会談の申し出が届いています」


「えぇぇ……俺あの人達嫌いなんだよなぁ……いや、好き嫌いで判断しちゃまずいか。しばらくいる予定だから、日程組んどいて」


 無数の社員に囲まれながら、なんやかんやと仕事を片付けていく太朗。しかし3ヶ月の間に溜まった作業は莫大で、社長室から社員がひとり去ればひとり入る。またひとり去れば、今度はふたりが入ってくるといった具合だった。


「あ、ほら!! 12時になったぜ!! 昼、昼の時間!!」


 聞こえてきたアラームの音に、ここぞとばかり反応する太朗。それに傍へいた社員がにこりとした笑顔で答える。


「えぇ、そうですね社長。しかし我々は裁量労働ですので、休憩時間は任意です。当然社長、あなたもですよ。急ぎ決裁が必要な事案がありますので、こちら目を通しておいて下さい」


 太朗の目前に積まれる、新たな情報チップ。太朗はうんざりとしながらそのチップの束を流し見すると、ふとその中のひとつに書かれたラベルの文字に目を止める。


「これ……レールガン砲弾試射結果と、その実用性試験について……うおお、マキナさん、上手くいったのか!!」


 チップを手に、立ち上がる太朗。彼は居ても立ってもいられないと、出口へ向かって走り出す。慌てた社員が彼を止めようとするも、太朗はするするとその隙間を抜けて行く。


「ごめん、ちょっと出てくる!! 多分すぐ戻るー!!」


 ドアも閉めずに、勢いのまま走り去る太朗。残された社員達は顔を見合わせると、致し方なしといった様子で、互いに苦笑いを交し合う。


「……まぁ、いつもの事ではあるな」


 誰かが発した言葉に、まわりの人間がうんうんと頷いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ