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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第3章 グロウイングアップ
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第53話




 太朗は震える手を押さえつけると、小梅の方へと顔を向ける。


「リン・バルクホルン……なぁ、小梅。聞いたか?」


 深刻な顔つきに応えるように、きりとした表情を作る小梅。


「えぇ、ミスター・テイロー。非常に強そうな苗字ですね」


「そこじゃねぇよ!!」


 太朗は少し離れた場所にいる小梅へ向けて手のひらを返すと、「トーキョーって単語に憶えは?」と尋ねる。


「トーキョーですか、ミスター・テイロー。少々お待ちを…………はい、残念ですがエンサイクロペディアギャラクティカ(銀河百科事典)にそのような単語の記載はありませんね」


 小梅の答えに、やはりただの偶然だったかと肩を落とす太朗。彼は通信機の向こうで戸惑いの顔を見せている少年に気付き、謝罪をする。


「ごめん、話を折っちまった。んで、そのアラ……なんだっけ?」


「アライアンス(同盟)よ、テイロー。ユニオン同士の同盟ね。厳密な定義は無いけど、普通は相互防衛と戦闘艦の通行許可が付随する結束の事を言うわ。EAPはニューラルネットに登録されてる名前だし、識別信号の情報とも一致してるわね」


「なるほど、んじゃ信用出来そうやね……ふむ。同盟って超軍事知識っぽい単語だけど、なんで俺知らねえんだ?」


 マールの言葉に疑問が浮かぶ太朗だったが、少し考えるとすぐに答えは出た。帝国には敵もいなければ、同盟という形で協力する勢力も存在しないからだ。


「HADと同じかぁ。民間の軍事についても勉強が必要だな……あぁ、すまんすまん。で、そのアライアンスが俺っちに何の用でしょうかね?」


 今にも泣きそうな顔をしていた通信機越しの表情が、ようやく自分の出番だとばかりにぱっと輝く。


「"はい、ここは税関ですので、通るのであれば関税を徴収させて頂きます"」


 リン・バルクホルンの元気な声。太朗はぽかんとした表情を横に向けると「そういうのもあるの?」と発する。


「あるの、って聞かれても、知らないわよ。ここは帝国じゃないんだから、統治者の数だけ法が存在するわ。正直早くプラムを休ませたいから、額にもよるけど払っちゃっていいんじゃないかしら」


 太朗はマールの声に「道理やね」と頷くと、再び回線へと意識を戻す。


「払うよ。いくらっすかね?」


「"はい、積荷によりけりですので、リストをお送り頂ければ算出しますよ。予定収益の1%を事前に収めて頂いて、帰りの際に再び同額を。売買益にかかる税はまた別ですので、あしからず"」


 その程度であればと、支払の準備を始める太郎。しかしそこへ「待って」とマールが割り込んでくる。


「帝国との第二次調整条約は?」


「"はい、もちろんです"」


「そう。それなら大丈夫だわ。テイロー、久しぶりのお仕事と行きましょう」


 満足気な表情を見せるマール。太朗はそれに、なんのこっちゃと首を傾げる。


「帝国と諸管理コープとの間で結ばれている条約ですよ、ミスター・テイロー。税金の二重支払を防止する為の、相互控除の取り決めですね」


「二重支払っすか。こっちでも税金払って、帝国でも払ってってならないようにしよって事?」


「えぇ、そうよ。全額が負担から減るわけじゃないけど、いくらか控除が働くのよ。限度額も決まってるわね」


 小梅とマールの説明に、なるほどと得心の表情を作る太朗。彼は現金として持ち運んできた交易品の一部を支払に宛て、対価として安全やステーションへの寄港を認める旨の契約書をその場で作成すると、リンの乗る船へ向かって送信する。


「お釣りが出ると嬉しいんだけど、どうすかね? とりあえずそっちの相場平均で構わないけれど」


 アウタースペースは帝国中央はおろか、アルファ星系エリアとも通信が繋がっていない。帝国で流通しているクレジットは全て電子マネーであり、通信が繋がっていない場所には送金自体が行えない。帝国は昔ながらのマネーチップを大量に量産しているようだが、生産がまだまだ追いつかない状況という事らしい。


「"はい、大丈夫ですよ。ちょっとお話したい事もありますし、ステーションまで誘導しますね"」


 通信機より聞こえた返答に、安堵の息を漏らす太朗。

 太朗はビーコン信号を発信しながら先導するリンの巡洋艦に従い、いくらか移動した後に極短い距離へのオーバードライブを実行する。

 到着した先に見えたのは、アウタースペースで見て来た中では珍しく大きなサイズの宇宙ステーション。船舶も多数忙しそうに動き回っているのが確認でき、太朗でなくともここ周辺の経済活動の中心地であろう事が容易に想像出来そうだった。


「でけぇな……アルファの数倍はありそうだ」


 太朗はリンの船に続く形で桟橋へ向かうと、帝国のそれと変わらないガイダンスに従い、ドッキングを行う。ゴーストシップで行ったいつかのそれとは違い、全てが自動化された難しくもなんともない作業。太朗はシートに寝そべりながら、お気に入りのフルーツジュースを口にする。


 ――"ドッキング完了 ようこそカツシカステーションへ"――


 吹き出すジュース。避ける小梅。顔にジュースを浴び、無言で立ち尽くすマール。


「カ、カツシカぁ!!? いやいやいやいや、これ、ぜってぇ日本人が絡んでるだろ!?」


 BISHOP上の表示に突っ込む太朗。太朗は言うと同時に歩み寄るマールの存在に気付き「あ……えっと、すいませんでした」といそいそと正座をし始める。


「別にいいわ……怒ってないし……で? なんなの? 何があんたをそこまで驚かせたわけ? 納得の出来る理由を聞かせて欲しいわね」


 感情の無い瞳で、マール。太朗は「めっちゃ怒ってますやん」と小声で呟くと、ぴくりと動いたマールの口元に、急いで説明を始める。


「あぁいや、あの、あれです。俺が住んでた場所の名前がトーキョーで、その地名の一つにカツシカってのがあったんです」


「ふうん……偶然って可能性は無いの?」


「あぁ、いや。どうなんだろな……詳しくは向こうに聞いてみなきゃだけど、いくらなんでもなぁ」


 銀河帝国における今までの生活。そこで耳にしていた地名や単語は、全て銀河帝国標準語と呼ばれる、恐らく英語が元になっただろう言語だった。国籍不明のものだったり、およそ意味を成さない音による単語というものもあったが、明らかに日本語と思われる音を持つ言葉には出会っていなかったと断言できる。太朗はオーバーライドにより日本語を話す事が出来なくなっていたが、全ての日本語に関する知識が失われたわけでは無い。


「まぁ、開けてビックリ玉手箱ってな。行ってみようぜ」




 宇宙ステーションにおける最初の乗り入れ口、ゲートロビー。カツシカステーションのそれは、帝国の洗練されたデザインのものと違い、雑多で、活気に溢れていた。一辺が数百メートルはあるだろう巨大なフロアは、どこもかしこも人と露天で埋め尽くされていた。太朗とマール、そして小梅の三人はリンに連れられながら、人ごみを掻き分けるようにして歩みを進める。


「よう、そこの兄ちゃん。ちょっと見てってくんな!! 帝国最新式の腕時計だぜ!!」


「あ~いや、いつもAIと一緒なんで。すんません」


「やぁあんた、宇宙船乗りかい? 見ての通りパイロットスーツがどれも3割引だ。一着どうだい? 試着もできるぞ?」


「い、いやぁ、さすがに7色のストライプは着れないかなぁ。あ、でもそっちの青いのはカックイイね」


「ほら、クォンタム産の高級葉巻だ。本物だぜ? 10本買うなら1本おまけだよ」


「お、それいいな。ベラさんが喜びそうだ。おっちゃん、100本頂戴」


 通路の左右に設けられた露天の数々。良く見ると床に線が引かれており、きちんと区画分けされているのがわかる。太朗は田舎から都会に来たおのぼりさんの様にきょろきょろとあたりを眺め、声をかけられてはそれに返答していた。


「これだよ、俺が求めていたマーケットってのは、こういう奴だよ!!」


 満面の笑みで太朗。それにマールがいくらかうんざりした顔で「後にしなさいよ」と返す。太朗はマールが不機嫌なのは知っていた――何より自分がその原因を作った――し、誘導するリンにも迷惑をかけている事も承知していた。しかしそれでも、今はこの活気溢れた空間を手放したくなかった。


「いやいや、ほら、あれ見ろって。超でかい銅像。やばくね?」


 子供の様にはしゃぐ太朗。マールはリンに謝罪の目線を向けると、リンがそれに苦笑いを返した。


 その後太朗が満足するまでロビーで過ごした三人は、リンの手配した応接室でしばらくを過ごす。やがて柔らかい快適なソファでくつろいでいると、リンが二人の男と共に部屋へとやってくる。太朗は見知らぬ顔ぶれに一瞬身を強張らせるが、リンが気を利かせたのだろう。二人の男はすぐに部屋の外へと出て行った。


「さて、テイローさん。最初にひとつお聞きしたい事があるのですが」


 太朗の向かい合わせに座ったリン。彼は何かそわそわしたように身体を動かすと、一度咳払いをする。


「おほん。えぇと、テイローさんは、その。帝国から、来たんですよね?」


 思いがけぬ質問。太朗は何の意味があるのだろうかと考えながらも、「はぁ、まぁ」と気の無い返答をする。


「ど、どうやってですか!!?」


 身を乗り出すようにして、リン。太朗はそんなリンに驚きながらも答える。


「えぇ? ど、どうやっても何も、普通に飛んで来たぜ? まだ生身でワープが出来る程ぶっとんだ世界にはなって無いよな?」


 隣のマールへ視線を向ける太朗。マールはまだ怒りが収まっていないのか、不機嫌そうに答える。


「いや、そこで私に振られても面白い返しは出来ないわよ……えぇと、そうね。帝国からディンゴのエリアを抜けて、真っ直ぐにここへ来たわよ。それの何かおかしいの?」


 マールの声に、ぐっと手を握りこむリン。彼は何かを考え込んだように下を向くと、しばらくの間黙りこくる。やがて何か決心がついたのだろうか、ゆっくりと顔を上げるリン。


「現在、ディンゴがエリアの境界を封鎖しています。今ここは、帝国から完全に切り離されているんです」




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